久しぶりのソレイユ国
留学編が始まります。
簡単に人物を紹介します。年齢は、留学開始して誕生日を迎えたあとのものです。
エテルネル(16) メルキュール国 国王弟の長女
ルリジオン(16) ソレイユ国 第三王子
ルフレ(19) ソレイユ国 第一王子
エタンセル(17) ソレイユ国 第二王子
オロール(19) メルキュール国 第一王子
アヴニール(18) メルキュール国 国王弟の長男・エテルネルの兄
ミニュイ(16) メルキュール国 第二王子
イヴェール(17) プリュトン国 国王妹
他の留学生の名前はややこしくなりそうで必要に応じて出していきます。出てこない可能性も……(笑)
――ソレイユ国――
「エテルネル!」
「お兄様。お出迎え下さりありがとうございます」
「なんだよ他人行儀だな。もう二年振りくらいになるな」
「そうですわね」
ソレイユ国訪問は実に二年ぶり。今月16歳を迎える私はもうただの来訪ではなく正式にソレイユ国へ留学という形で、既に留学中のメンバーが出迎えに来てくれ挨拶を交わす。
お兄様が簡単な挨拶のあと随分驚いた顔をして私を見つめるので居心地が悪い。
「エテルネル……少し見ない間に随分大きくなったな。その……色々と!!」
お兄様があからさまに私の胸元を見つめて感嘆するように言う。かなりやめてもらいたい。いくら必要以上に盛り上がり女性らしく男性を魅了する躰つきに成長していたにしても、だ。
我が兄ながらドン引きで助けを求め見回すと、ルリジオン様が顔を赤くして俯き、ルフレ様とオロールお兄様は気まずそうに目を逸らし横を向き、私と同い年のミニュイ様は引いていた。
そこでエタンセル様がうんうんと力強く頷いて私のお兄様と「な!」等と言っているところが意外で印象に残った。
(第一王子はどの国も奥ゆかしい性格なのは共通みたいだけど、そうじゃない方は結構……)
未婚の女性は比較的胸元がすっきり開いているドレスを着るのが裏目に出たようで目立って仕方ない。侍女に勧められたからとはいえ今度からもっと控えめのドレスにしようと心に誓った。
ため息をついてルリジオン様をちらっと見ると、若干まだちょっと困った顔ではあったが久しぶりに会えたということもあって笑顔で頷いてくれてほっとする。
彼に会うのは魔王を倒した後お忍びで私の部屋まで会いに来て下さった以来だった。
ルリジオン様が魔王を消した事は近隣諸国でも大きなニュースとなり、メルキュール国でもソレイユ大国の第三王子ルリジオンの名を知らないものはいないくらいの英雄扱いとなった。
お父様は勿論我が国の国王様も、私がルリジオン様と幼少の頃から特別な仲であってどうやら婚約も可能な話だということを大層喜んでいた。
かつてお父様は私をルフレ様にと目論んでいてルリジオン様と仲が深いことに若干不満そうだったのに、大した変わりようだと半ば私は呆れたような気持ちでそれを眺めた。
政治的背景も関わるからそれは仕方ないことなのかも知れないのはわかる。私がルリジオン様に嫁げば将来は弱小メルキュール国もソレイユ大国に次ぐ扱いになるかもしれない。私の周囲はそんな期待を持っているようだった。
(ルリジオン様の魅力は私だけがわかっていれば良かったのに……!)
これにはため息をつかずにはいられない。
弱冠15歳にして魔王を消し去り国の豊穣を約束出来るほどの多大な魔力を持っていることは勿論、老若男女問わず目にした人がはっと息を呑む美貌を兼ね備えているということに皆気付いてしまった。
既にソレイユ国では彼が訪れる教会は美しい第三王子を一目見ようと多くの人が訪れ大盛況となっているらしい。
一番の問題は彼が16歳になったら婚約者候補に名乗りをあげようとソレイユ国中の貴族の令嬢が待ち構えているという噂まで聞いてしまったことだった。
ソレイユ国だけならまだ良いが、近隣諸国の王族の適齢期の娘たちを妃に、と息巻いてる王族の親も多いようで私は不安しか感じなかった。
早く、ルリジオン様が16歳となって私を婚約者として据え置いてくださるように……
過去においては本人たちの様子を見て早々に婚約者を決めることも多々あったようなのだが政治的背景から親が無理強いをして決めることがないようにと、現ソレイユ国王(加藤さんとも言う)が婚約者を正式に定められる16歳までは様子を見る方針を貫いている。
それが今の私にとっては大変もどかしいこととなってしまっているのだが……
「エテルネル」
「はいっ!」
考え事をしていたのでルリジオン様の声掛けにびっくりした返事になってしまった。
「やっと……我が国に来てくれたな」
「はい」
「これから毎日近くで過ごせるのかと思うと嬉しくて堪らない」
「私もです……ルリジオン様」
彼の甘い言葉が嬉しくて顔が緩む。それに気づかれないように私は下を向いてこっそりと笑顔を崩した。
(これから、毎日顔を見ることが出来るんだわ)
これからソレイユ大国で淑女として社交界のマナーを日々学んでいく。
近日中にデビューも控えているので緊張はするが、幼い頃から必要な知識は自国でも学んできた。
加え、国王様とはある意味特別な知り合いでもあるので緊張はそこまでない。きっと完璧に対応出来るだろうと思えた。
それも近くにルリジオン様がいるならきっと楽しいことも沢山あるに違いない。
あとは他の王子たちとHAPPY ENDに繋がるようなシナリオを発動させなければきっと彼と幸せに過ごしていけるはずだ。
「夜の礼拝の後、少し話せる?」
「勿論ですわ!」
そんなお誘いも嬉しい。
夕方の食事のあと、礼拝の時間に合わせて礼拝堂に行く。
ルリジオン様効果で礼拝堂は以前よりも大盛況で人がそれなりにいるものの皆静かに祈りを捧げている。
私は彼がいるかどうか定位置に目をやった。
(なに、あれ……)
中央の列の、最前列。そこに変わらずルリジオン様がいる。
――その隣にはどこかの令嬢がぴったりと寄り添って祈りを捧げていた。
ピンク色の髪が美しく可憐な様子だ。
(どちらの方なのかしら……)
正直かなり面白くない気持ちを覚えながらも、私の定位置だった斜め後ろに座り、祈りを捧げ始めた。
それでも心がなかなか鎮まらず、過去の来訪で出会った令嬢や王女たちを必死で思い出していたところ記憶が繋がった。
(このピンクの髪!プリュトン国のイヴェール!)
「光のプリンス」ではルフレ様の婚約者として登場し、散々に私を虐めてくれた。
プリュトン国の若き国王の末の妹で、私よりひとつ年上の17歳。
(なんだってルリジオン様にべったりなのよ!あんたはルフレ様の婚約者じゃないの!?)
頭に疑問符が飛び交いながら祈りを終えて顔を上げると、前方の席のルリジオン様がなにやらイヴェールに話しかけられている。
「ルリジオン様は戻られませんの?」
「いや、私は……その……少し彼女と話を」
そう言って私を振り返り、同意を求められたので私も動揺を隠して頷く。
「まあ!では私もご一緒してもよろしいかしら?」
「は、はあ……」
(はい!?邪魔だってわからないの?)
イヴェールは物凄く距離を詰めようとし、ルリジオン様が引く。するとイヴェールが更に近付きルリジオン様の腕を取ろうとしたので彼は耐え切れず立ち上がり、私の横にストンと座った。
「エテルネル……良いかな?」
「……はい」
ソレイユ大国に次いで大きなプリュトン国の国王の妹のお願いを断るなど、弱小国のただの姫君に出来るはずがない。
私が返事をすると、イヴェールが立ち上がりルリジオン様を挟んだ反対側に座る。
「お久しぶりですのね。覚えていらっしゃるかしら?エテルネル」
「勿論、覚えております。イヴェール様、本当にお久しぶりですわね」
「確か、貴女の10歳のお誕生日の際にお会いしたのが最後でしたかしら?」
「そうでしたわね。懐かしいです」
その頃はゲームのシナリオと違い彼女の態度はとても優しかった。でも今はそうではなさそうなのは視線の端々から感じる。
「あの頃貴女はルリジオン様とは仲良くていらっしゃったわね?今も交流があるのかしら?」
(あるから、こうして話をしようとしてたんじゃないか!!)
「え、ええ……」
「まあ!幼馴染として気のおけないお友達なのですね」
(お友達……)
まさかのシナリオ通りの悪役令嬢誕生の瞬間に頭がクラクラする。この令嬢はルフレ様以外にも各国の第一王子を選んだ時に横恋慕して悪役と化していた。シナリオ通りだと第二王子以降は興味がないはずなのに、全く違う展開になっている。
「色々と、ルリジオン様の幼い頃のお話をお教え下さいませね」
「……私が知っていることでしたらお教え致しますわ」
「エテルネル。私の事は二人だけの秘密にしてくれないか」
「……!」
本気で困った様子のルリジオン様の言葉にイヴェールの顔が一瞬悔しそうに歪む。が、すぐに元の笑顔に戻り可愛らしく拗ねてみせた。
「まあ!本当に仲が良くていらっしゃるのですね。ではこれからは私と楽しい時間を共有してくださいませね?」
「いや……私は聖職者ですので……華やかな場には出ませんし楽しい時間は提供できかねます」
「大丈夫ですわ。今この時間も私にとっては素敵なひとときですもの。あ、エテルネル?私たちには構わず、お戻り下さいね?」
「……っ!」
どうやら本気で私を邪魔者とみなしているらしい態度だ。帰れと催促されそれが意に沿わなくとも立場が違うので反論も出来ない。
「はい。では私はお先に失礼いたします」
「エテルネル!待ってくれないか」
ルリジオン様が呼んで下さるが私は目を合わせず最低限の礼をしてその場を立ち去る。もうこれ以上その場所に留まりたくなかった。
(なんなの?なんなの?どういうこと!?)
少しだけ期待したルリジオン様は当然追って来ず足音をドスドスたてたいくらいの腹立たしさをなんとか抑え足早に歩く。たった今起こった不愉快な出来事と、イヴェールが悪役令嬢となっている事が頭を混乱させた。
「エテルネル?そんなに急いでどうしました?」
「ルフレ様……」
(貴方がイヴェールをしっかり捕まえておけばいいのに!)
突然現れたルフレ様に怒りをぶつけんばかりの視線を向けると、ルフレ様が少し怯えたように聞いてくる。
「久しぶりの我が国はどうですか?仲良くなれそうな令嬢などは出来ましたか?」
「全く、出来ておりません!」
(あ……しまった!)
この質問には覚えがあった。
ここで出来ていないと答えてしまうとルフレ様とのシナリオが発動するはずだ。
ここは誰か具体的な名前を選ぶと好感度があがらずルフレ様とのストーリーは失敗に繋がる最初の分岐点だったのだ。
「そうですか。では明日にでも私が城内を案内致しましょう。ここ最近増築してエテルネルの知らない部分もあると思います」
「あ……えっと、大丈夫ですわ。ルリジオン様にお願いしますので」
「……そうですね。ルリジオンが適任でしたね」
ルフレ様が少し寂しそうな顔で笑って答えて下さる。本来はそのまま次の日の約束をしてさっそくツーショットという場面に繋がるのだがこれは避けるしかない。
「で、では失礼いたします」
ぺこりとお辞儀をして足早に部屋に戻るとどっと疲れが出てきた。
(確かルフレ様はイヴェールと婚約していたはずなのに……)
またしても知っているストーリーとは違う展開を目の当たりにして正直不安しかない。
どのストーリーでもイヴェールはルフレ様かオロールお兄様、ヴェニュス国の第一王子にしか興味を持たない。しかも、ルフレ様以外の王子であっても横恋慕して邪魔しに来るのでハッピーエンドルートでは必ずルフレ様との婚約は破棄されるという設定だった。
それが何故。あの様子だと明らかにルリジオン様狙いで私を虐めてくるフラグが立っている。
ゲーム上でされた嫌がらせの数々の記憶が蘇り、私は安泰なルリジオン様との未来には進めないのだろうかという不安が拭えなかった。
 




