乱される心
side ルリジオン
次くらいで一旦終われそうです。
エテルネルは聡明な少女だ。
魔王を封じる本当の仕組みもすんなり理解し取り乱すことなく私の話に時折涙を見せながらも聞き入れてくれた。
このまま私と一緒にいても彼女に得になることは何もないということもわかっただろう。
とは言ってもすんなり私から離れていかれるのも寂しい気持ちはある。でも今は個人の感情は優先出来ることではない。
これからは別々の道を進んでいくことになるだろう。
そう考えると胸の奥がチクリと痛んだ。
頭ではこんなにも理解しているのに感情というものがついて行っていないようで戸惑いを覚える。
「いつか…忘れるだろう。お互いに」
言い聞かせるように呟いた。
どんな事があったとしてもやがて夜は明けて日常は進んでいく。
真実を話した次の日も滞りなく礼拝を済ませると、もう現れないと思っていたエテルネルがやってきて私に話がある様子だった。
避けることもないと思い話を聞くと、彼女は魔王の封印には他の漆黒の髪の魔力を借りることは出来ないかと言う。
単純に、魔力を加算することによって封印するのではなく倒してしまうことは出来ないかと思っている様子だった。
私はそんな手段はないとわかっているが、彼女なりに私を生かす道を考えているようだ。
昨夜は眠れなかったのだろう、顔色が悪く珍しく目の下もくすんでいる様子が窺える。
もう十分だった。
それ以上の気持ちは私を困惑させる。
私がこの世界に未練を残さないよう覚悟を決めていることが理解されていないように、彼女がどんな気持ちで私の命を考えているかどうかはきっと理解しない方がいい。
これからは別の道を進むんだ。そう決めて、私は淡々と言葉を吐き出していった。彼女に私との未来を期待させないために。
「…何を言い出すかと思えば…それは無駄なことだ」
「何故…ですの?」
「魔王は相手が絶命するまで魔力を吸い取る。だから、漆黒の髪の者の魔力によって次の復活まで数十年から数百年と差があるんだ。漆黒の者が他にいたとしても、魔王の復活までの年月が増えるだけで意味はない。イムヌ殿や関係ない者を巻き込むわけにはいかない」
「そんな……でもそうすると、ルリジオン様が犠牲にならなければならない理由もないと思います」
「私が逃げ出したらどうなる。国を守らねばならない立場の王族が、民を犠牲にして逃げてどうする」
「命まで犠牲にして欲しいとは、民も思いませんわ…!」
「それで多数の者が犠牲になってもか?何千何万という数の命を、たったの私一人の命で救えるのだ。安いものだろう」
「…納得、いきませんわ」
「漆黒の髪に生まれた運命だ」
「…嫌です」
「…」
思ったよりエテルネルは強情で、戸惑いを覚えた。
「そんな話なら二度とするな。私が決めたことだ。いや、私だけの気持ちではない。この国、世界の全ての意思だ。覚悟を決めている。その気持ちを乱すようなことはするな」
しっかりと彼女の目を見て、それ以上の気持ちは必要ないと示した。
「もう私に関わらないでくれ」
関わらないと決めてからは態度を徹底した。
彼女の言葉を聞くと私はきっと迷う。魔王と散るべき命を惜しいと思ってしまう。
強く心を持って自分のすべき事を果たし、かつてない年月、彼女が生きている間は確実に目覚めないように魔力を増やすことに尽力したいと思った。
彼女はそれから毎日バルコニーで私を待っている様子だった。
それには応えるべきではない。
知ってはいるものの彼女の元に行くことはなく、それでも心配で彼女が諦め部屋に戻るのを確認してから自分も部屋に戻るようにしたので寝不足が続く。
そして事件は起きた。
眠気を堪えながら魔物も出没エリアの確認と警護を済ませるが、集中力を欠いているため時間がかかった。
それでもエテルネルがバルコニーにいるかどうかを確認してから自分も休もうと上空から確認すると…
「……エテルネル!!」
彼女はうずくまったままの姿勢で動かず、その細い身体はバルコニーで小さく小さく見えた。
慌てて彼女の元に降り立ち名前を呼ぶが、うずくまったまま動かない。頬に触れると冷たい…一体いつから?このままでは命が危ない。
季節は春とはいっても今年は寒さが続いて夜には上着なしには出られないほどだった。そんな中外で寝たら確実に凍死する。
焦って冷え切った身体を抱き抱え運ぼうとすると彼女の唇が動き、言葉が紡がれた。
「ルリジオンさま…」
はっとして彼女を見ると意識はないままのようだった。
ここで私が彼女を救うとまた互いの気持ちが離れないのではないか。
そう思って、苦渋の決断で彼女を元の場所に座らせ、兄上の部屋に向かった。
「あにうえっ!」
「…どうした?慌てて」
ルフレ兄上は自室で読書をしていたようで不思議そうに出てきた。
それはそうだろう。私は兄上の部屋を訪れるようなことはほとんどして来なかった。
「理由は聞かないでください。今すぐ、5階のバルコニーに行ってください」
「ルリジオン?」
「お願いします!急いで下さい」
「…わかった」
兄上は何かを悟ったように部屋から出てきた。
「…私が行ってもいいの?」
「…兄上にお願いしているのです」
「本当に、いいのだね」
「私に言われたことは他言しないでください」
「…承知」
走り出す兄上を見送り、私は顔を覆ってその場にしゃがんだ。
これでいい。これでいいんだ。
そう言い聞かせながら。
エテルネルは思ったよりも身体が弱っていたらしく、目覚めるのに2日ほどかかった。
恐らく連日の睡眠不足も祟ったのだろうと私は推測出来たが、そんな事は口に出さなかった。自分のせいで…という罪の意識に苛まれたが祈ることしか出来ない。
やがてエテルネルが目覚めたとの情報が入り、ほっと安堵する。
目覚めたとの情報で次から次に見舞いが訪れ、身体に障るからと追い返されている様子だった。
私は勿論見舞いになど行かない。彼女が無事に目覚めたならそれで良い。
夜の見回りをしている間、かつてエテルネルを連れて一面のチューリップを見せた畑を通りかかった。
現在は時期的なものもありチューリップではなくアネモネが咲き誇っている。
10歳の誕生日を迎えたエテルネルに渡したのはピンクのチューリップ。
彼女の淡い水色の髪、透き通るような白い肌、髪の毛よりやや濃い薄いブルーの瞳に良く似合う薄いピンクだ。
ピンクのチューリップの花言葉は「愛の芽生え、誠実な愛」。まるで自分たちのようだと感じた。
6歳で出会った時に既に恋に落ちていたとは思うが、10歳の節目の年に贈りたかった。
今後も誠実な愛を捧げ続けると、示したかった。
彼女は凄く喜んでこんな素敵な誕生日は初めてと言い、泣きそうな顔になったあとはにかんで微笑んだ。
その笑顔を見て異性としてドクンと胸が高鳴るのを感じた。
私が彼女の髪に口付けをしたとき、ふとした拍子に顔が近づいたとき、手が触れたとき。
そういった折に彼女は一瞬びっくりしたあと、いつも照れたようにはにかんで微笑む。その表情がとても可愛くて好きだった。
(今は…悲しい顔をさせてばかりだ)
目の前に広がるのはアネモネの花。とても愛らしいが、花言葉は裏腹に恋の苦しみを表す。
(ぴったりの花が目の前に現れるものなんだな)
感心するような自嘲するような気持ちになって花を一つ摘み取る。
赤のアネモネは、その中でも君を愛す、という意味も持っている。
(エテルネル…)
今の私にぴったりの花を彼女の部屋にこっそり置いてこよう。そう思って私は花を摘み始めた。
メルキュール国ではあまり花言葉を考えないらしい。
以前兄上たちが女性に贈る花について話していた時に兄上は赤いバラを贈るのがいいと言い、オロールさんは好いた人に似合うものをその時選ぶ、と言った。
兄上がそれでは状況に合わない花言葉のものを選ぶ危険がないかと言うと、オロールさんは知らなかったようでとても興味を持たれていたのだった。
だからきっとエテルネルも私が以前贈ったチューリップの意味も、アネモネの意味も考えないだろう。
彼女の部屋の前に置いたアネモネの花束は、それから数日の間彼女の部屋の窓辺に置かれていた。
「ルリジオン様!」
エテルネルに話しかけられたのは花束を置いてから2日ほど経った頃だった。すっかり元気になった様子だけ見てすぐにその場を立ち去ろうとした。
「お待ちください!」
最近は私が一度無視すると諦めるようになっていたのに、今日は随分と食いついてくる。何か言いたい事でもあるのだろうか、と思った瞬間衝撃的な言葉が聞こえた。
「先日臥せっていた際はアネモネの花束をありがとうございました!」
「…!私ではない」
何故わかったんだと思いながら動揺を顔に出さないようにして否定する。
やはり部屋のドアの前に置いておくだけというのは不自然だったか。
「…兄上のどちらかだろう。私は違う」
認めるべきか迷った。仮に認めても、花言葉の真意さえ伝わらなければただの見舞いだとごまかすことも出来る。しかし最初に否定した手前自分ではないと言い続けるしかない。
「お二人でしたら手渡し下さいますわ。それに…ルフレ様からは赤いバラを頂いております」
耳を疑った。兄上は、赤いバラを贈っている。ということは本気でエテルネルを想っていて私が離れたこの機会に距離を縮めるつもりなのだろう。
ちょうど助けたのが兄上だという事実がまるで運命のようにもエテルネルには見えるかも知れない。だからあの時兄上は何度も確認するように聞いたのか。
「本当に、いいのだね」……それはエテルネルを助けに行く以外の意味も込められていたに違いない。
「…では他の者だろう」
やっとのことで言葉を返す。
「…アネモネの花言葉は、はかない恋。恋の苦しみ。まるで私の事のようですわ…私も、はかなく終わろうとしている恋に苦しんでおります」
「…!」
ぎょっとして思わずエテルネルの顔を見た。何故、花言葉を知っている?そしてアネモネを自分の事のようだと?
思わず顔色を変えた私に気づいているのかいないのか、彼女は涼しい顔で続けた。
「そしてアネモネには色ごとの花言葉がございますわ。戴いた赤は…
――君を愛す。
「わかった!もういい!」
聞くに堪えかねて慌てて彼女の口を塞いだ。こんな公の場で自分の本心を大声で言われてしまうのは心を丸裸にされたようでとてもいたたまれない。
顔がカッと熱くなってその恥ずかしさに悶えそうになり横を向く。
「君もしつこい奴だな!」
いつの間に花言葉を…これでは避けていた意味が全くないではないか…自分の迂闊さによってそれを台無しにした情けなさから、八つ当たりに近い状態で彼女に文句を言った。
「そのようですわね。私も、それだけ失いたくないものがあるということです」
「やっぱり、ルリジオン様だったのですね…」
「…っ」
「ありがとうございます。その、嬉しかったです」
「…私を待ってバルコニーにいたのだろう…責任も感じる」
最早隠しても仕方ないので率直に答えた。
「少し、お話がしたいのですが…」
「これから魔術の修練だ。遊んでる暇はない」
「…」
そう言って、引き下がる君ではないだろう?
「夜に、礼拝堂にいる」
何とか押し殺していた私の気持ちを知られた以上、話には応じないといけないだろう。
それだけ、失いたくないものがあるということです。彼女のその言葉が嬉しかった。




