窓から翔ぶ君
side ルリジオン
続きます。
それから私はエテルネルと関わるのが最小限になるように努めた。
礼拝と食事の時間は決まっているから避けようがないが、なるべく話しかけられないように、話しかけられても反応しないようにした。
彼女はそれでも私の後を追ってきたりしたが、逃げるように魔術の修練に向かったり用がないときは自室から出ないようにして過ごした。
(こんなに避けてるのに、何故エテルネルは諦めない?)
私が無視している時には時折泣くのを堪えているような様子も見られる。
きっと傷つけているに違いない。何故、それでも私のところに来るのをやめないのだろう。
エテルネルの涙は見たくない。彼女を傷つけている自分が許せなく思い、どうしたら最善の道なのかがわからない自分を未熟だと感じた。
答えを探すわけではないが心を鎮めるために礼拝堂に向かう。
(あれは…エテルネルと、兄上?)
見ると、礼拝堂の入口付近でエテルネルとルフレ兄上が話をしている。
エテルネルは首を振ると少しだけ口の端をあげて微笑み、兄上を見上げた。
胸がズキンと痛む。
(そんな顔して他の男に笑うなよ)
元々ルフレ兄上はエテルネルを気に入っていた。
何も知らなかった6歳の頃、兄上のあとを付いて回るエテルネルを見て将来の妃候補だと思っていたこともあったくらいだ。
それが今になって思い出され、胸を締め付ける。
礼拝堂に行くには二人の前を通らなくてはならない。でも今その場には絶対に行きたくない。
足を踏み出せずにいると、兄上がなにやら屈んでエテルネルの耳元で何かを囁いた。
(…!)
エテルネルは驚いた顔をした後どこか嬉しそうなはにかんだ顔を見せた。
ドクンドクンと胸の鼓動が煩い。彼女のその表情は見覚えがある。それはかつて私が彼女に触れたとき。誕生日に花を渡したとき。
そういった折に見せていた、私だけが見ていた表情だったはずだ。
兄上は彼女の顔を見ると満足そうに微笑んで立ち去り、エテルネルがこちらに向かって歩いてきて私に気付き気まずそうにした。
(私に見られて困るような事でもしたのか?それだけ兄上と親密になったってことなのか?)
「ご機嫌よう…」
まるで本当に機嫌を伺うような言い方に苛立ちを隠せず、すぐさま顔を背けると礼拝堂に向かって大股で歩いて行った。
礼拝堂で祈りを捧げながら、自分の嫉妬深さに呆れる。
彼女の幸せを願いながらも、兄上と親密な様子を見ただけでこんなに心がかき乱されるとは。
欲を捨て、国のためだけを考える人間にならないと身が持たない。
一時は憎んだこともあった祈りの基本を思い出し、一生懸命心を鎮めることに努めた。
夜になり、杖に乗って外に飛び出す。
このところの魔物の増加により、夜人々が寝静まった頃に魔物の気を探ってどの辺りが危ないかを調査しているのだ。
日によって地区を分け調査したあと、王都と城周辺の警護をして帰ってくる。
最後に、5階のエテルネルの部屋の明かりが消えていること…
それを確認するのも日課となっていた。
その日はエテルネルの部屋にまだ明かりが灯っているのが遠くからも見えた。
(まだ寝ていないのか?)
不思議に思って見ていると、なにか白いものが動いているのが見える。
その白い人影は窓から身を乗り出し、なんと隣のバルコニーに手をかけて窓から出ようとし、あっという間に風に煽られる。その姿はまるで白い蝶のようだった。
「危ないっ!」
考えるより先にそう叫んで慌てて城壁に近づき、飛ばされる身体を受け止める。
腕の中には顔面蒼白になったエテルネルがいて縮こまっていた。
「なにをやってるんだ!危ないだろう!!」
受け止めることが出来た安堵と同時に、もし私がいなかったら、間に合わなかったら…という最悪な状況が簡単に想像できてつい大きな声で怒鳴ってしまった。
「も…申し訳ございません…」
「こんな高さから落ちたら死ぬんだぞ!」
「はい…」
こんなに細くて頼りない身体が5階から落ちたらひとたまりもないに違いない。ゾッとして彼女を抱く腕に力をこめた。
まさか死のうとしていたようには見えないし、一体なにが彼女を窓の外に駆り立てたのだろう。魔法が使えるわけでもないのに命知らずにも程がある。
距離を置こうと決めていたのに問い詰めずにはいられない。
「一体なんで、こんなことをしていたんだ。死にそうになってまでどこに行くつもりだったんだ!」
「あの…そこのバルコニーに…」
「は…?」
「ルリジオン様が外の警護をしていると聞きましたので、バルコニーからならよく見えるかと…」
……
何を言っているんだこの子は?
私を見ようとして、バルコニーに飛び移ろうと??
理解できない。何故私を見ようとした?そもそも、バルコニーに出たいのだったら…
「…だったら隣の広間に回ってバルコニーに出たらいいだろう」
死ぬような思いをして、何をやっているのかと思えば…
「そうですわね…」
「…」
本当に今気づいたとばかりに彼女は驚いた顔をした後、呆けたように呟く。
「本当に、どうして気がつかなかったのでしょう…」
「…!」
「本当に…っ」
彼女の大きな瞳からぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。怖くて泣いているのかと思いなんと言葉をかけたら良いか戸惑っていると、彼女が私の心を抉る言葉を放った。
「…たかったのです…貴方に…どうしても、会いたかったのです…っ」
彼女が危険な行動に出る原因を作ったのは、この私だった。
それだけ彼女の思いが深いとかそれ以前に、私自身が一方的に関わるなと言った言葉だけでは彼女を納得させることが出来ないのだと悟って溜息が出た。
これ以上、彼女を危険な目に合わせたくはない。
「そこまで言うなら…説明する」
「…」
「魔王の復活の話には、代々の国王と漆黒の髪にしか知らされない事実がある」
私は真相を語り始めた。
魔王の復活と封印には、とんだからくりがある。
漆黒の髪は確かに代々魔王を封印してきたが、魔王の封印には自分の命が引き換えなのが鉄則という事は国王と本人しか知らされない事実ということ。
失敗して命を落としたと見えるものも、全て、そうなるべくして起こった結果ということ。
漆黒の髪は、魔王の贄となるために存在して育てられてきている。
つまり、私の命は魔王の復活まで。
「あんまりですわ…」
腕の中の彼女が震えるように呟く。
「仕方のないことだ。だから…もう私には関わるな」
「…」
「この話もするつもりはなかった。他言は無用だ。ただ…」
――これだけは言いたかった。
「傷つけてすまなかった」
こんな終わりを望んでいたんじゃない。
出来ることなら彼女を娶って幸せにしてやりたかった。自分が、そうしたかった。
でもそれは叶わない。
やり方がわからずきっと沢山傷つけたのに、それでも私に向き合ってくれようとした。
それだけで十分だ。
彼女の目に涙が溜まり、こらえきれず一粒こぼれ落ちる。
その涙を指ですくって、頬を拭いた。
「泣かないで…もう私にはなにも出来ない」
「…っ」
「部屋に戻るんだ。そして、これからは危ないことはしないでくれ。もう私は…助けてやれない」
軽い、儚げな身体の彼女を抱くのはこれが最後だろう。名残惜しいが窓から自室に戻す。
こんなに近くにいるのもこれで最後なら彼女の姿をしっかりと目に焼き付けよう。しっかりと見つめて話を続けた。
「6歳の時エテルネルと出会わなかったら、私はこの国のために自分を犠牲にしようと思えなかったと思う。自分の漆黒の髪を呪っていたこともあったくらいだ。民が犠牲になろうと自分だけでも生き延びようとしたかもしれない」
父上が言ったとおりに。
「…」
「あの時も今も、変わらず私に向き合ってくれてありがとう」
君がいたから、あの暗い日々から抜け出すことが出来たんだ。
「そんな事…言わないでくださいませ」
目を伏せて言う彼女の髪がさらりと動き、反射的にそのひと房をとって口付けた。
「ずっと傍にいると言えなくて、すまない。私の事は忘れてくれ」
君が幸せでいてくれるなら。
この世界を魔王から守るから。どうか泣かずに私を見送って欲しい。




