十三歳の誕生日から
side ルリジオン
十三歳の誕生日を迎えて、ルリジオンがエテルネルを避けた時の様子です。
毎年、春になり花々が咲き誇る頃にエテルネルが、それから間もなく自分が誕生日を迎える。
先日彼女が13歳の誕生日を迎えたばかりで、先ほど自分の誕生日を祝う彼女からの手紙が届いたところだった。
「お誕生日おめでとうございます
こうして毎年お祝い出来ることを嬉しく思います
また素敵な思い出になる誕生日を一緒に過ごせますように」
思わず顔がニヤけるのを抑えられず、部屋に誰もいないとわかってはいてもキョロキョロと周囲を確認してしまった。
(返事はなんて書こう。兄上のように気の利いた言葉でも浮かぶのならいいのだけど)
筆を取って便箋を前にあれこれ考えていると部屋がノックされ、父上が呼んでいるので謁見の間に行くようにと使いの者が言いに来た。
きっと両親からの誕生日を祝う言葉だろうと深く考えず謁見の間に行った私はとんでもない真実を聞かされることとなった。
「…つまり…魔王の封印は漆黒の髪の、私の、魔力と命と引き換えということですか…」
「……そう、なる。が、私は、魔王を倒さなくても良いと思っている」
「…何故ですか」
「私は我が子を犠牲にしようとは思えない。みんなで暗黒時代を過ごしたって、助け合って行けばなんとかなる」
「…国民は、そう思うでしょうか…」
「この事実を知っているのは私とお前だけだ。失敗したことにすればいいんだ」
「…」
「魔王はそのうち復活する。その時お前は討伐に行く形は取っても魔王に魔力を吸い取られないようにすればいい。いや、そうしてくれ」
「…」
「よく、考えておくれ」
はいともいいえとも言えず、その場を後にする。何が何だかわからない。
(私は、最初から魔王の贄になるために育てられてきたということだったのか)
だから…
「あなた様は聖職者として生きる身分なのです」
「国の安泰を願い、そのために祈りを捧げるのですよ」
「祈りとは自分のためのものではありません。そして自分を犠牲にしても国を、民を守る義務がある立場なのです」
そう言われてきた。
自分の存在は国と一緒にあると叩き込まれた。
つまり、国のために命を捨てよと。幼い頃からそう教え込まれてきた。
神官たちは真実は知らないという。それでも、漆黒の髪を「確実に」贄にするために。
きっと過去の国王が漆黒の髪をそう教育せよと神官に伝えてきたのだろう。
自分を不吉な存在と言ってきた奴等に洗脳されて教育されていたとは。
皮肉すぎる。
そんな奴等のために、世を平和にするために命を犠牲にするのか私は。
もし、父上の言うとおりに失敗したふりして逃げ帰ってきたら…?
――神官たちには役立たずの第三王子と言われるに違いない。それも癪に障る。
国には帰らず、どこかに逃亡するか?
…父上はどうなる。魔王が世を支配した暗黒時代には、人口も半減したと聞いた。
民たちだけでなく、家族も犠牲になるかもしれない…
エテルネルも…
エテルネル…
私が逃げ出したとわかったら失望するだろうか。
もし魔王を倒すために命を犠牲にしたら、彼女は悲しんでくれるだろうか。
それとも、よくやったと言うのだろうか。
エテルネルはいつも我が国のために、祖国のために、礼拝堂で祈りを捧げていた。
そんな彼女は民が傷つくことを望んではいないだろう。
「個人の願いではなく、周囲が幸せになることを、そして今の幸せを感謝するものと」
そう祈っていた。
では、私のすべき道は逃げることではない。
彼女の生きていく道を、安全な光で照らしてやることだ。
私がいなくても…彼女なら誰からも愛されて幸せになれるだろう。
「…っ」
胸がズキンと痛んだ。
「ふ…」
不吉な漆黒の髪を唯一綺麗だと触れてくれた彼女の傍にいたいと願ってきた。それもこれまでだ。
漆黒は漆黒らしく魔王と消えるべきだ。自嘲するかのように笑ってみたが泣きそうな顔にしかならなかった。
彼女とは、もう関わらない方がいい。
いずれ消える者と交流したって彼女に益はない。
それどころか、私との仲が周知されればされるほど、今後彼女の障害になるに違いない。
魔王とともに消えた漆黒の髪の手が付いたかもしれない姫君なんて言われたら彼女が困る。
それならば早い段階で関係を絶った方がいい。
それが互いのためだ。未練も、辛さも残さないために…
誕生日を祝う手紙には返事を出さなかった。
それから数週間ほどして、エテルネルがソレイユ国に来訪するという連絡をよこしてきた。
私が先の手紙に返事を書かなかったことについては一切触れず、当たり障りなく。
その連絡にも反応をしなかったが、それ以上手紙が届くことはなかった。
そうしている間にメルキュール国からエテルネル達がやってくる日になり、魔物が出没する場所の護衛に向かうことになった。
最近ではかなり魔物が出没するようになり国境付近も危険地帯となってきた。
エテルネルと顔を合わせるのは少し気まずいが、彼女を守らないと意味がない。
そもそも彼女と関わらないことなんて出来るのだろうか?
笑顔で挨拶され、傍に来られたら?
(冷静さを保つ自信がないな…)
そう考えながら国境付近に向かうと予想よりも早く馬車が入国したようで既に馬車が来ているのが見える。
「!?」
運悪く、魔物が一つの馬車に襲いかかっているのが見えた。散らばる荷物からして、そこには人は乗っていない。
ほっと安堵する間もなく、もう一体の魔物がもうひとつの馬車に襲い掛かり、後ろの壁を引き剥がした。
(エテルネル…!)
ざっと顔から血の気が引き、次いで魔物に対する怒りで全身の血が沸騰するような錯覚を覚えた。
その怒りのまま、魔力開放にて魔物を一瞬にして消し去る。
馬車の中の皆は無事で、エテルネルが震えている様子が見えた。
「…怪我はないな」
そう呟いてすぐにもうひとつの馬車の方に向かうと、兄たち騎士団が魔物を倒した後だった。
「エテルネル!」
兄上がそう言って駆け寄るのを横目で見ながら自分は直ちに城に戻り、無事と被害状況を報告した。
父上は到着したエテルネルたちに魔王の復活の兆しを説明したようだった。
漆黒の髪である自分の役目が、魔王にとどめをさすことであることも。
「ルリジオン様…っ!あの…!」
避けているのを気づいているのかいないのか、礼拝後にエテルネルに呼び止められる。
「…なんだ」
平静を装って振り返り、最低限の言葉で告げる。
「父上から聞いているだろう。魔王が近く復活する。遊んでる暇はない」
「…申し訳ありません…」
彼女が悪いわけではない。謝られると心が痛む。
「わかったらもう私に構うな…」
「あの…っ!何か…非礼があったのならお詫び致しますわ!ですから、その…理由をお聞かせ頂けないでしょうか?」
見ると懸命に震える手を両手で握って抑えている。なんて健気で、必死で…愛しい。
手紙の返事がなかったことを、自分のせいだと思っている様子だった。そんなはずはない。そんなはずはないのに、彼女は自分に非があったのではないかと気にしてくれている。
これ以上見ると私の心も限界を迎えそうで思わず顔を背けて告げた。
「そのようなことは…ない。ただ、もう遊びの時間は終わりだ」
「私のことは、ご迷惑だと…」
「…っ!…そうだ」
「…お呼び止めして、申し訳ございませんでした」
彼女が頭を下げて詫びる。震えている。泣くのを堪えているのだろう。
(このまま抱きしめて、全て嘘だと言えたらどんなにいいか)
迷惑なんかじゃない。それでも、もう一緒にいるべきじゃない。それがお互いのためだから。
そう言いたい気持ちをぐっと堪えて、私は彼女に背を向けて歩き出した。




