魔法の杖
魔王討伐後、留学前の時期。
魔法の杖について書いてみました。
「そういえばルリジオン様は杖で飛ぶようになったんですね」
10歳の頃初めて一緒に外を飛んだ時は魔法の絨毯だったことを思い出して聞いてみる。
彼が使っているのは魔法の杖!という様子の、上に向かうに従い太く丸く形づいた大きめな木の棒だった。
「うん。一人で飛ぶ時は絨毯よりも早いものがいいからな」
「この杖はどうされたのですか?」
「これはイムヌ殿に頂いたんだ。まだ魔力が安定しない頃、棒状のものに意識を集中させるといいというアドバイスをしてもらった。その時にこれを譲り受けた」
「魔道士の方に貰ったものだったのですね」
「うん。…前にエテルネルが箒って言っただろう?」
「言いましたね」
それは以前、魔法使いが飛ぶ時と言ったら箒という連想からうっかり発言して不審がられたので覚えている。
「箒はさすがに見た目が良くないからな。私がそんなものを持ってうろつくわけにはいかないし、ちょうど頂いた時に試しにこの杖で飛んでみたら凄く速かった」
「そうだったのですね…!」
確かに前世での世界では魔法使いには箒、というイメージだったが、それを知らない世界の人からしたら王子が箒を持ち歩くなんて異様な光景と思うに違いない。
「でも箒で飛んでる姿も見てみたいですわ…」
「えっ?どうしてそんなに箒にこだわるんだ?箒には何か凄い能力が隠されているとか?」
「ふふ。内緒です。あと、黒ネコなんかも連れていて欲しいですわぁ…」
「ネコならそのへんにいるだろう。黒いのがいいのか?」
「あと、真っ黒なローブと…」
「まるで辺境の旅人ではないか。エテルネルは…少し変わってる…」
魔法使い像が浮かんできてクスクス笑う私と、少し引いているルリジオン様。
「…でも変わってる方がエテルネルを狙う男が減るから私には良いのかもな」
悪戯っぽい瞳で顔を覗き込まれ、至近距離での美しい顔に焦りまくる私。
「わっ私をそういう目で見てくださる方なんていらっしゃりませんわ!」
「君は自分の事を全く理解していないんだな。兄上だって君を好きだった。いや、今もかもしれない」
「…」
仮にそんな人がいてもきっとヒロイン機能が働いているだけで私自身にはなんの魅力もないのに、と本気で思う。
見た目はヒロインとして恵まれているかもしれない。でも中身は…正直自分に自信がない。
「私なんて…王族といっても小さな国の、それも国王の娘ですらない者ですし…ルリジオン様の仰るとおり変わっているでしょうし…」
礼拝堂で熱心に祈りを捧げる王侯貴族の娘はあまり見たことがない。まして庭師のおじさんと親身に話す高貴な娘はもっと見たことがない。
窓から落ちそうになるのも、バルコニーで凍死しかかるのも…
考えれば考えるほど自分が異端に思えてきて落ち込む。
「ルリジオン様はそのような娘はお嫌いでしょうか?もしかして、私が強引だから無理に付き合ってくださっていr」
「そんな事はない!」
私の言葉を遮ってルリジオン様が強い口調で言う。
「エテルネルは本当に自分をよくわかっていないな」
「…」
「君はとても魅力的だ。その、容姿もだし…君は時々強引に突き進むけれど、危なっかしいけれど、きちんと芯が通っていて考えがしっかりしているところが…凄く尊敬できる」
若干ディスられているような気もしたが、それでも大丈夫ということなのだろうか?
そして魅力的だなんて言葉をさらっと言えるところはルフレ様にも通じる王子っぽさを感じて少しくすぐったい。
「…ありがとうございます」
「16歳になって私が早く婚約者として名乗りをあげないと君は縁談が溢れるだろうな」
「そうでしょうか?それならルリジオン様の方がよっぽど姫君たちの注目の的ではないかと」
魔王を封印するどころか消してしまったという前例のない偉業を成し遂げた漆黒んの髪として、ルリジオン様は英雄のような扱いになっている。
加え、とても美しい容姿が世の女性たちの視線を射止めて、平民ですらその姿を一目見ようと彼が祈りを捧げに訪れる教会はどこも大盛況となって社会現象を巻き起こしている。
「今までは不吉な漆黒の髪として敬遠されていたのに。私はその頃から変わらないエテルネルしか信じない」
心底嫌そうに呟く彼を見て、良くない記憶を思い出させてしまったと申し訳なく思った。
かつては漆黒の髪が不吉視され、神官たちにも恐れられたり不遠慮な言葉を投げかけられてきたことは知っている。
実の母である王妃様にも恐れられ傷ついていた少年時代を見てきていただけに、その話題になるとなんと言葉をかけたら良いのかわからなくなる。
でもこれだけは言える。
「私は出会った時から、ルリジオン様の味方です。それはこれからも変わりません」
「…ありがとう」
少し照れて微笑む彼がとても愛しいと思った。




