帰還・その後
第二章完了しましたが、番外編です。
そのあとの二人の時間はこんな感じでした。
私を抱き抱えて外に飛び出したルリジオン様が問いかける。
「どこか行きたい場所はある?」
「いえ…突然で。どこへでも」
貴方と一緒ならば。
「わかった。寒くはないか?」
「大丈夫です」
寝ようとしていたので寝巻きではあるがカーディガンを羽織っていたので寒くはなかった。しかしルリジオン様は無言で自分の着ていた上着を私に羽織らせた。
「着ておいてくれ」
「あ…ありがとうございます」
かなりぶっきらぼうに言われ何かあったかと思ったが、私ももう年頃で男性の前で寝巻きのような格好でいることははしたないものだと気付き上着の前をきゅっと合わせた。
この数年で私の身体もすっかり大人に近付き、ヒロインの特権とも言うべき魅惑的なスタイルに変化していた。恐らく同じく年頃の男の子には目の毒なのだろう。
そう意識すると途端に身体が強張り、それがルリジオン様にも伝わったのか少し気まずい。
ここは何とか話を逸らさないとと私は話しかけてみた。
「こうして一緒に飛ぶことが出来るのは本当に久しぶりですね」
「ああ。前はエテルネルの誕生日の時と…」
「あとは…窓から落ちかけた時ですわね」
「あの時は本当にびっくりした。まさか窓から出ようとするなんて」
「それだけ…必死だったのです」
13歳の頃、魔王を自分の命と引き換えで封印する事を覚悟したルリジオン様から避けられたことがあった。
諦められない私はルリジオン様が夜に外を飛んで警護していると聞き窓から外がよく見渡せるバルコニーに飛び移ろうとして失敗し、彼に助けられたのだった。
「…すまなかった。あの頃は個人の感情よりも国のために生きる事が最優先だと…未練を残さないために一切人と関わらないと決めてしまっていた」
「済んだことですわ。今となれば」
「エテルネルがあんなに歩み寄ってくれなかったら今私は生きていない」
「止めるために必死でしたから…」
「感謝している」
私の髪に顔を埋めてルリジオン様が呟いた。
冴えない喪女OLだった頃の私だったらきっとそこまで積極的になれずルリジオン様に自分の熱意を伝えることが出来なかった。
「それだけルリジオン様を失いたくない気持ちが強かったのですわ」
「その君の気持ちが嬉しかった。私も自分の気持ちをないものとはせず、君と向き合いたいと思った」
「私も嬉しいです」
ルリジオン様を見上げると穏やかな顔で微笑んでいて愛しさが溢れた。
(ああ、好き!)
発作のような気持ちに襲われ、私はルリジオン様にしがみついている腕に力を込めた。
「寒い?」
心配そうに聞く彼に私の下心がバレないような答えを返す。
「少し。それに、上着を脱いでしまったらルリジオン様も寒くはありませんか?」
「私は大丈夫だ。もう少しだから辛抱してくれ」
(もう少しこのままがいいのだけど)
ぎゅうっとくっつきながら私はしばしの時間を堪能した。
「ここは…?」
「城の礼拝堂と、王都にあるもの以外では一番大きな教会なんだ」
「綺麗…」
「王都の洗練されたものも美しいがこちらの木の温かみを感じられる教会も好きで時々来る」
到着したのは少し遠くの場所にあるらしい教会で、見上げると天井が高く木材を無駄なく美しく見せる設計となっていて、足元にはかすかに明かりが灯り素敵な雰囲気を演出していた。
「薄暗い様子もいいけれど明るいとまた違って綺麗なんだ。今度明るい時にも来よう」
「楽しみですわ!あの、夜にもよくいらっしゃるのですか?」
「…ああ。祈るのは私の仕事のようなものだから…色々な地で祈りを捧げる。公には日中が多いけど、夜に自分を見つめるためにひとりで来ることも多かった。これからはきっと豊穣を祈るためにもっと頻繁に色々な場に出向くことが増えるだろう」
「魔王を倒したことと関係があるのですか?」
「そうだ。今までは魔王が漆黒の髪から奪った魔力を放出して作物に力を与えていた。今後は私がそれをやっていかねば」
「…そうなのですね」
大きな使命があるのは魔王を倒す前も倒してからも変わらず彼に課せられている。
ルリジオン様がいつかこの世界からいなくなる時には、同じような力を持つ漆黒の髪が現れるのだろうか。想像もつかないしその頃には世界も変わっているかもしれない。
途方もない先のことを考えるより、今どうしたら幸せに生きていけるかを考えた方が良さそうだ。
彼は魔王との戦いで敗れず、いなくならず帰ってきてくれた。まずはその奇跡をしっかりと喜びたい。
私が16歳になるまでもう少し。魔王はいなくなったけれど、彼がいなくなる危険がもうありませんように。
「どうかした?」
じっと見つめる私に彼が不思議に思ったのかどこか不安そうに気遣うように聞いてくる。
「いいえ…でも本当にご無事で戻られて、そしてこうして一緒にいて下さるのが不思議で、嬉しくて…」
命があるなら、見ているだけでも。と思っていたこともあった。
「魔王がいない今、私に敵はいない。エテルネルが不安になるようなことはもうないから」
ふわ、と彼が私の頭を撫でた。
「安心して」
「はい…」
私の髪を耳にかけながらルリジオン様が囁く。
「…普段も綺麗だけど、そうして髪を下ろしている姿が私は一番好きだ」
「え?」
「その姿は私以外には見せないで欲しい」
「もちろんですわ!」
そもそも、寝ようとしてる時に会いに来る人なんてルリジオン様以外にいない。
そう思ってクスクス笑っていると彼もそれに気づいたようで少し顔を赤らめて話を続けた。
「私も、エテルネルが寛いでいる時間に会いに行くのは褒められたものではなかったな」
「いいえ。子供の頃から一緒ですから。変わらないでいてくださって嬉しいです」
「…もう、子供じゃない」
そう言われて口元を抑えていた手を彼に掴まれ、はっと見上げると真剣で男性を感じさせるルリジオン様の視線を感じて私の胸はドクンと波打った。
その手を掴まれたまま彼は少し顔を落とし、私の顔に近づいて…
(えっ?どどどうしよう、目を瞑っていいのかしら、期待してるみたいではしたない?どうすべきなの??)
喪女と姫君の私が総動員で大急ぎで考えている間に彼はコツンと額をつけて溜息をつく。
「…まずい。もう帰ろう」
と一言呟いて離れ、私の手を引いて出口に向かって歩き出したのだった。
(まずいって?えっ?えっ!?目を開けたままだったから?)
理由がわからず焦る私に手を繋いだまま私の前を歩いてるルリジオン様から、また王族らしからぬ行いを…と呟く声が聞こえ本音がようやくわかる。
(しても良かったのに…キス)
少し残念な気持ちのまま、それでも本音をぽろっと呟いてしまう彼が可愛くて私は後ろを歩いたまま顔がニヤけるのを止められないのだった。
番外編もちょいちょい書いていけたらと思います。
留学編も構想まとめてます。
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