バラとアネモネ
目覚めると私は自室のベッドで、侍女の人が目覚めた私に気付くと大丈夫ですかと心配そうに聞き、すぐに医師を呼んでくると告げて部屋を出て行った。
やってきた医師によると私は寒いバルコニーで寝てしまったことによって凍死しかかり、更に連日の寝不足で体力がなくなっていたのもあり2日ほど寝込んでしまっていたと聞かされた。もう少し発見が遅かったら本当にどうなっていたかわからないとも。
数日は安静にするようにと医師が言い出て行ったあと国王様とお兄様がやってきて、特にお兄さまには何故バルコニーにいたのかかなり問い詰められたが私は答えようがなくまだ意識がはっきりしないフリをしてやり過ごした。国王様には何度も大丈夫かと聞かれ、そこで私を発見して暖かい所に連れて行ってくれたのがルフレ様だと知った。
意識が朦朧とする中誰かに抱き上げられた腕を覚えていたので、もしかしたらそれがルリジオン様かもしれないと甘い期待をしていた自分が情けなく、こんなことをしていては余計にルリジオン様に嫌われるに違いないと落ち込んだ。
その後はルフレ様をはじめ16歳となってソレイユ国に留学中の従兄のオロールお兄様や弟のミニュイ様、ソレイユ国の第二王子のエタンセル様など様々な方がお見舞いに来てくださっていた様子だったが、まだ身体に障るといけないからと皆入口で追い返されてしまっていた。
落ち着いた頃、夕食を届けに来てくださったのはルフレ様だった。
「食欲はありますか?」
「ルフレ様!そのような事までしてくださらなくても!」
ソレイユ大国の第一王子自ら食事を持ってくるなんて聞いたこともない。
慌てて立ち上がって受け取ろうとすると今度はルフレ様が慌ててそれを止めた。
「まだ、本調子ではないのですから!寝ていないとだめです!」
「でも……っ」
「私にやらせてください。ほら、座って」
「……はい」
「食べられそうですか?」
「はい……じゃなくて、あの……!助けて下さりありがとうございました!」
「そのような事は当然ですから。ほら、エテルネル。今はちゃんと食事を摂って栄養をつけてください」
言い聞かせられベッドに座って見ると、まだ病人食といった暖かい流動食に近いもので、これなら食べられそうだと思った。
「はい……」
「……良かった」
そう言うとルフレ様がテーブルを用意して配膳してくれる。
「……ありがとうございます。いただきます」
2日間寝ていたので食事は久しぶりだ。暖かい食事が胃に染み渡って、何故か涙が出そうになった。
「エテルネル」
「はい」
「貴女には、本当に申し訳ないことをしました」
「え?」
一体何がだろう?むしろ助けてもらった礼はまだまだし足りないくらいなのに、とルフレ様の方を見ると、ルフレ様が立ち上がり、なんと片膝をついて頭を下げた。
「私が……ルリジオンが夜に外の警護をしていると……そう言ったせいで、貴女を危険な目に合わせてしまいました。そして、もっと早く発見出来なかったことを……どうか許してください」
「ルフレ様のせいではありませんわ!どうかお顔を、お顔を上げてくださいませ!」
「……上げられません」
「いえ、おやめください!私が勝手にしたことなのです。ルフレ様が責任を感じられることはございませんわ!」
ルフレ様に頭を下げられるなんて一体この世に何人いるのだろう。いや、いないに違いない。国王様相手ですら、きっと優秀なルフレ様が謝らなければないことなんてほとんどないはずだ。
とにかく恐縮で、一刻も早く頭を上げてもらいたかった。
「……ルリジオンとは話をしなかったのですか?」
ルフレ様が膝をついたまま顔を上げて問いかけてくる。
「はい……あの、一度だけお会いしました。そして……」
(魔王の封印の真実はルフレ様も知らないから言えない……)
「お話はしました。そこで、もう関わるなとはっきり言われたのです」
「……ルリジオンが……そんな事を」
「はい。でも私も諦められなくて……ご迷惑と思いながらももう一度お話がしたくて、連日バルコニーでお待ちしたのです。でも、もういらっしゃいませんでした」
「……」
「最初の時に話はもう済んでいるのです。その後の事は、私が勝手にしたこと。ですから、ルフレ様は責任を感じないでくださいませ。それに、助けて下さったではないですか。本当にありがとうございました」
ルフレ様の気遣うような悲しい瞳が私をとても心配してくださっている事を物語っている。
「辛い話をさせてしまい、申し訳ありません」
ルフレ様が立ち上がり、胸の内側から真っ赤なバラを一輪取り出す。
「見舞いの花です。受け取ってください」
「綺麗ですね……ありがとうございます」
「では、また来ます。無理なさらないようゆっくり休んでください」
「はい、ありがとうございます」
部屋を出て行くルフレ様を見ながら、真っ赤なバラは10歳の誕生日の時と同じだとぼんやり考える。
(今日は沢山の人が来てなんだか疲れたわ。でも、ルリジオン様はやっぱりいらっしゃらなかった……)
私はため息をついて残りの食事を平らげた。
(……)
夜中に目が覚めた私は耳を澄ませた。
ドアの外に人の気配がしたような気がしたのだ。
少し迷ったがベッドから出てドアまで歩いていく。迷いながらもドアを開けて、部屋の外を窺い見た。
(誰もいない……)
気のせいかと思いドアを閉めようとして、ドアの下にアネモネの花束が置いてあるのを見つけた。
(花束?もしかしたら……でもまさか……)
私はそのアネモネの花束を窓辺に置いて再び眠りについた。




