それから3年後
夢のような10歳の誕生日から3年後。
私はルリジオン様より先に13歳になり、少し遅れて彼が13歳になった。
毎年お互いの誕生日の時はお祝いの言葉を書いて手紙を送っていたので、今年も当然その日に到着するように手紙を送っていた。
いつもならすぐに返事が届くのに、今回はいつまで経っても返事が来なかった。
(忙しいのかしら……?)
若干不安には思ったもののしつこくお祝いの言葉に対する返事を聞くのも失礼だと思い私はモヤモヤしながらも日々を過ごしていた。
少しするとソレイユ国に来訪する事になり、私は何事もなかったように来訪の旨を手紙で告げる手紙を書いて送ってみた。
もしかしたら誕生日の手紙は慌ただしい日々のうちに書いたつもりになって忘れてしまっただけかもしれない。今度の手紙を見たら普通に返事が貰えるかもしれない、そんな期待も虚しく、新しい手紙にも返事が来ることはなかった。
胸騒ぎがする中、ソレイユ国へ訪問する日となった。
今回の来訪は約1年ぶりで、それもまた不安を煽る。
オロールお兄様は16歳を迎え既にソレイユ国に留学中の身のため、私はオロールお兄様の弟の13歳のミニュイ様と、15歳となり来年留学を控えた私のお兄様と向かっていた。
お兄様は私が落ち込んでいる理由を知っていて、ソレイユ国へ向かう道中の馬車で様子を聞かれた。
「ルリジオン王子から返事、来たのか?」
「いえ……来ていません」
「そうか……あの王子に限って心変わりはないと思うし、忙しいだけだと思うから気にすんな!」
「はい……」
「本当に、どうしたのでしょうね……?」
ミニュイ様にまで心配そうに言われてしまったのに返すいい言葉も思いつかず、ぎゅっと手を握り、下を向いた。
色々考えられる理由は考え尽くした。誕生日の手紙になにか不備があったのではないか。もしかして手紙自体が届かず気を悪くされたか。
いや、そんなはずはない。考えれば考えるほどわからなくなり、結局はルリジオン様本人に会って確かめるしかないのだと気持ちを落ち着けようとした。
やりきれない思いで外を見ると馬車はメルキュール国を越え、ソレイユ国との国境付近を抜けるところだった。
「ま、今日会えるんだしすぐに……うわっ!」
突然、ガタンという大きな音とともに馬車が揺れる。
「きゃっ!?」
「何事ですか!?」
中の私たちは身体を打ち付けんばかりに座席から飛び上がる。外に投げ出されなかっただけマシと言えるだろう。
「ま、魔物が……!進路を変えていますが、逃げられるかどうか……!」
御者が悲鳴に近い声でなんとか状況を報告してきて、私たちは窓の外を見る。
先に進んでいた荷物の馬車は魔物らしき塊に襲われていて、御者と馬の悲鳴が聞こえる。
「あっ……!何とかしてあげて!」
思わず大きな声で助けるように言ったが、そんなことは誰も出来ないことはわかっている。
近づけば勿論こちらまで魔物に襲われるし、そもそもこちらが標的になるのも時間の問題かもしれない。
「馬車から絶対に出ないでくださいっ!!!こちらに、別の魔物が!!」
御者の声が聞こえ、馬車に重力がかかるような嫌な音がした。
その瞬間、私のすぐ後ろの壁がおもちゃのように剥がれ、すぐ目の前に巨大なトカゲのような魔物が現れた。
「いやああっ!!」
――助けて!まだ死にたくない!!
……突然、目の前の視界が開いた。
魔物は溶けるように消え去り、目の前には黒い馬に乗った彼が……ルリジオン様がいた。
「ルリジオン……さま……」
力が入らずかすれた声を出して呟くと
「怪我はないな」
そう言ったルリジオン様は私を一瞥すると馬を引き返し、荷物の馬車の方に向かっていった。
荷物の馬車の方にはルフレ様と騎士団が数名いて、ちょうど剣で仕留めたところだった。
「エテルネル!」
こちらを見るとすぐさまルフレ様が駆けつけてきて馬から降りた。
「ミニュイとアヴニールも無事でしたか?」
「無事です。ありがとうございます」
エテルネルのついでかよ、とお兄様が呟く声が聞こえたが無視して私は最大限の礼をした。
「助けて下さり、ありがとうございました。本当に……ここで終わるのかと思いました……」
「怪我がなくて良かったです。貴女のその美しい顔に傷でも出来たらメルキュール国王とエテルネルのお父上に申し訳が立ちませんからね」
ルフレ様が私の頬に触れて軽く微笑んだ。白い手袋に乗っていた馬も真っ白で、本当に光のプリンスそのものだと思いながらも、今目の前で起こったことが信じられないでいた。
「魔物が……ここで出るなんて知りませんでした」
「そうですね……最近魔物がよく出没するようになってきていて……危ないと思い警護を固めていたつもりでしたが、危険な目に合わせてしまい申し訳ありません」
「いえ!怪我もなかったので、大丈夫ですわ」
「荷物の方の馬車の御者と馬が負傷しているので代わりの馬を寄越します」
「……ありがとうございます」
「こちらの馬車は壁がないようですが走れそうですね。後ろを騎士団が守りますので」
「はい。宜しくお願い致します」
この一連のやり取りの間も私の心は先ほど一瞬見かけたルリジオン様が気になって仕方なかった。
助けては、くれた。でも……ちらりと私を一瞥した目は、かつての優しい光はなかった、ように見えた。
そして彼はすぐに王都に引き返したようで今は姿も見えない。
(ルリジオン様……)
私は不安なままソレイユ国へ到着した。




