ローウェンの物語の終わり(三章までのネタバレあり)
※三章までのネタバレがありますのでご注意ください。
とある日、アレイス家で催し物が開かれた。
貴族の子どもたちが、たくさん集まった。
しかし、赤銅色の髪の少年は、その遊びの輪に入れなかった。不浄の子である少年には資格がなかったからだ。
ゆえに少年は独り、寂れた屋敷で剣を振る。
強くなれば、外の世界へ出られると少年は信じていたからだ。
アレイス家の家訓に準じて最強の剣士になれば、不浄の子である自分でも、貴族の一員になれると教えられていた。だから、振り続ける。
鬱蒼とした森の中にある屋敷。
その庭で少年は空を見上げる。
『英雄』にさえなれれば、あの青い空へ飛び出せる。
『栄光』が自分を幸せにしてくれる。
そう信じて、剣を鍛え続けた。
少年は早朝から深夜まで、休むことなく剣を振った。
雨が降ろうとも、風が吹き荒ぼうとも、剣を振った。
身を焼くような暑い日も、身を凍らせるような寒い日も、剣を振った。
熱を出した日も。寒気のある日も。病の日も。どんな日でも――
たとえ、死んだとしても、少年は剣を振るだろう。
間もなく、少年は疎まれるがまま戦場へ捨てられる。
しかし、彼は『貴族』になれない。
そして、少年は世界の『理』に気づいてしまう。
けれども、彼は『栄光』を得られない。
続いて、少年は史上最強の剣士となる。
だが、彼は『英雄』になれない。
その果てに、少年は世界に拒まれ、殺されてしまう。
そのとき、彼の傍には――
――誰も居なかった。
友も仲間も居ない。
家族もいない。
戦場という地獄の中、ただ独り。
少年は誰よりも強くなった。
多くの魂を守って殺した。まさしく、少年は教えられたとおりの存在となった。
けれど、誰も少年を褒めてくれはしなかった
賞賛も何もない。
『栄光』どころか、返り血を浴び続けた人生。
死体の山の中、その中心で、少年は虫のように蠢く。
笛のような細い呼吸を繰り返し、死に行く自分の人生を走馬灯に見る。
報われない人生だった。
だったが、もしここで誰か一人でも少年を慰めることができたならば、彼はそこで終われていただろう。
「がんばったね」「すごいね」と一言だけでいい。
貴族でも平民でも、敵でも味方でもいい。
そう、たった一言――
たった一言さえあれば、少年は報われたのだ。
けれど、少年は血塗れの地獄で、報われることなく息絶えてしまう。たった独りで。
そして、少年は青年となる。
少しだけ大人になってしまう。
『理を盗むもの』となり、死後も戦い続ける。
『英雄』ではなく『化物』となってしまい、間違いを犯し続ける。
そして、たった一言が欲しかったことも忘れかけた頃……。
戦争の終焉に青年は出会う。
グリム・リム・リーパー。
そして、アイカワ・カナミ。
その二人こそ、赤銅色の髪の少年が心から欲しがっていたものだ。
それを青年は思い出さないといけない。
なにせ。
思い出さなければ、彼は死んでも死にきれないのだから――
◆◆◆◆◆
千年の時を経て、青年は『頂点』へと辿りついた。
死んでも戦い続けた。果てまで進み続けた。その結果が、巨大劇場船『ヴアルフウラ』だ。
けれど、長き戦いも今日で終わりだ。ここが『頂点』。ここから先はない。
『栄光』と『英雄』、『貴族』と『アレイス家』、多くの鎖に足を止められながらも青年は到達した。
『頂点』で、かつて赤銅色の髪の少年が抱いていた願いを思い出す。
青年は全てを思い出し、親友を待つ。
親友たちが願いを叶えてくれると信じていたからだ。
多くの者に裏切られようと、親友だけは裏切らないと信じていたからだ。
そして、親友は現れる。
約束を忘れることなく、待ち合わせに遅れることもなかった。
最高の親友を得たと、青年は笑う。
誰も辿りつけない『頂点』の世界へ、親友たちはついてきてくれた。
声の届く距離で、はっきりと『一言』を教えてくれた。
私は独りじゃないとまで言ってくれた。
最期の未練をも叶えてくれた。
もう、心残りはない。
あるはずない。
『頂点』で青年は、親友たちに看取られる。
戦いが終わり、光の粒子となって、消え行く中――
眩い白光の中で、青年ローウェンは幻視する。
いつかの夢の続きを――
◆◆◆◆◆
寂れた屋敷に、赤銅色の髪の少年は友人たちを招く。
たくさんの子どもたちが訪れ、ボロボロの屋敷の中を駆け回る。
子どもたちは貴族の子ではなく、どこにでもいる平民の子どもたちだ。
結局、少年は貴族たちの輪には入れなかった。しかし、そのおかげで、もっと素晴らしい友人たちを得ることができたようだ。
その中心で、少年は木の枝を使って遊ぶ。
子どもたちの騎士ごっこが始まる。
少年は子どもたちの中で一番の腕前だった。それも当然だろう。少年は来る日も来る日も木の枝を振り続けたのだ。ここで一番にならなければ余りにも報われない。
子どもたちは少年を讃える。
「すごいね」「頑張ったね」と。
少年はそれが誇らしかった。
毎日の修練が無駄ではなかったと思い、大いに喜んだ。
そして、その賞賛の中に親友たちも居た。
黒髪の親友が二人。確かに、親友と呼べる存在がそこにいてくれた。
少年にとって、それが何よりも嬉しかった。
嬉しくて堪らなかった。
ずっと、このために生きていたのだ。
そう。
ずっとだ――
少年はたくさん遊んだ。
楽しくて時間を忘れるほど遊んだ。
しかし、どんなものにも終わりは来る。
楽しい時間ほど短いものだ。
夜が訪れ、一人、また一人と友達は帰っていく。
そして、ついには黒髪の親友たちとも別れることになる。
けれど、少年たちに遣り残しはない。
願いは果たされ、報われ、未練はなくなった。
だから、人生で一番の笑顔で別れることができる。
黒髪の親友二人と別れ、また少年は独りになる。
独りになり――、世界が終わりを迎える――
少年の世界は黒く塗りつぶされていく。森と空が消えていく。
寂れた屋敷が光の粒子となって空へ舞い上がっていく。
軋んだ音を立てる廊下も、蜘蛛の巣の張った部屋も消えていく。
調度品も、家紋も、剣も、全て消えていく。
何もかもなくなる。
けれど、少年は満足げだった。
たった独りでも幸せそうに笑う。
もう夜に剣を振ることも、隣の屋敷の貴族を羨むこともないからだ。
少年には本当の願いを叶え、未練を果たした。終わることに恐怖はない。
世界が消え行く中、最期に残った古いベッドの中へと少年は潜り込む。
そして、遊び疲れた身体を横にして、少年はまぶたを閉じる。
微笑みながら、眠りにつく。
その微笑みは、彼の人生が無駄ではなかった証だった。
千年の時を経て、赤銅色の髪の少年ローウェンは報われた。
赤銅色の髪の少年ローウェンは、やっと、安らかに眠ることができたのだった。
長い長い戦いの末、やっと。
安らかに――
『舞闘大会』決勝戦を間に挟んで、これでローウェンの話は終わりです。
次は、スノウのIFストーリーです。
三章でスノウやリーパーとの交流が上手くいっておらず、「もし、カナミが記憶復活後の判断を間違えたら」というIFルートです。