IF『守護者ルート』その22後編(あらゆるネタバレあり)
※前編があります。
結論から言うと惚れ薬は、その場では、何も変わらなかった。
バレンタインで女性陣から襲撃されたのを真似て、男性陣も朝っぱらから襲撃をし返した。その甲斐あって、犠牲者は出つつも、なんとかお返しの惚れ薬クッキーはティティーの口を通った。
ホワイトデーのお返し作戦は成功――かと思えた。
しかし、食べた瞬間に、ティティーが全く動かなくなったのだ。
黙ったまま、じっとカナミを見つめること、数十秒。
ティティーは何度か首を傾げたあと、満面の笑みで宣言した。
「――んーーー? なーんにも問題なーし! カナミのことは元々大好きじゃからのー! 惚れ薬を飲まされようとも、気持ちが大きく変わることはない! いつも通りじゃ!!」
自分が飲まされた薬も察した上で、ダブルピースまで決めた。
その堂々と宣言していく姿は――
確かに、いつも通り。
効きが良い悪いのレベルにさえ至っていない。
なので、襲撃した男性陣は「なんも変わんねえ! 安牌を選びすぎたか!?」「命懸けで突破したって言うのに!?」と騒ぎだして、次々と肩を落としていく。
ただ、ガッカリしつつも、この結果を全く予想していなかったわけではない。
すぐに現実として受け入れていく。
それは女性陣も同様だった。
惚れ薬を作ったときから、ティティーならばこうなるだろうという予測があった。
その予測が当たって、被害がゼロと分かったことで、仕返しの仕返しに出ることはなく、軽く「残念ー!」「そこでティティーを狙うところが駄目なんだ」と勝利宣言をしていって、それで終わった。
珍しく、和やかな決着だった。
とても平和に「楽しかったな」「頑張ったねー」「でもダメだったねー」と男性陣たちを煽ってから、そのまま解散――
――そんなホワイトデーの夕方のことだった。
カナミがクッキー制作で汚れたキッチンの清掃をしていたときに、彼女は現れた。
「カナミー。まだおるかー?」
キッチンの清掃は男性陣のみ。
ホワイトデーに勝利した女性陣は、意気揚々と街中まで祝勝会に繰り出していたはずだった。
「ティティー? 今日は女の子だけで、いいところに泊まるとか言ってなかったっけ?」
「観光用ホテルには行ったぞ! しかし、そこの祝勝会で、みんな酔い潰れてしまってなあ!」
「酔い潰れた? ああ、あのアイド特製のお酒を持ち出したの?」
「そうじゃな! で、暇になったところで、そろそろこっちの後片付けも終わった頃かなーと思って来たわけじゃ!」
珍しく、ティティーが一人だけ。
単独行動で男性陣に混ざりに来ている。
さらに言えば、珍しいのは他にもあった。
「ティティー、その服……」
「うむ。向こうでみんなと買い物して、少しオシャレをしてみたのじゃ。……どうじゃ? 変か?」
「いや、変じゃないよ。似合ってる……どころじゃない。凄く綺麗だ」
「……えへへ」
珍しく、いつもの衣装ではなかった。
髪飾りは最小限で、髪型はストレートロング。
こざっぱりとした上下一体の白のワンピース。
よく見れば、どこか『元の世界』を思い出す近代的ファッションであり、カナミの性癖ど真ん中でもあった。
そのフォーマルで清廉な姿に、カナミは何度も「いい。本当にいい。凄くいい」と頷き続けている。
褒められる度にティティーは顔を赤くして、服の裾を掴んで「そうかな?」と、はにかんだ。
なぜか仕草まで、服に合わせたかのようにお淑やかだった。
「ということで、ちょっと遊びに行きたいと思っておるのじゃが……。おぬしら、カナミを借りていってよいか?」
そう言いつつ、カナミの近くまで寄って、その腕を引っ張る――が、力はない。
馬鹿力を抑えて、普通の女の子のレベルまでティティーは力を抑えられていた。
その立ち振る舞いに清楚さを感じて、カナミは驚き、困惑する。
続いて、キッチンの奥にいたアイドとローウェンも(ファフナー・ティーダ・セルドラは後片付けから逃げた)驚いて、困惑しつつ「構わない」と頷いた。
「行ってもいいみたいだけど……。遊ぶってことは、また迷宮の奥に?」
「今日はおぬしらと戦って、少し疲れたからのう。いつもの迷宮遊びとは趣向を変えて……。そうじゃっ、ゆっくりと街で劇とか見るのはどうじゃ?」
「珍しい。でも、僕は劇大好きだから、それは大賛成」
「決定じゃな。では、地上へ急ごうぞ」
「え、あ、うん。じゃあ、みんな行ってくるね」
そのデートプラン提案は、露骨にカナミという男を攻略するのに理想的だった。
カナミはティティーに腕を取られたまま、《コネクション》を作り出して、残ったアイドとローウェンに手を振ってから、迷宮10層を去って行くしかなくなる。
そして、黒い液体の家に残されたアイドとローウェン。
鈍い二人でも「流石にこれは何かおかしい。もしかして……」と気付いていた。
なので、仲間たちを呼び戻すことになる。
数十分後。
黒い家のリビングには、また男性陣が全員揃っていた。
キッチンの清掃を終えて、中央にある大きな炬燵(向こうの世界で購入して、10層に持ち込まれているもの)に足を突っ込んで、リビングの超大型テレビと向かい合っている。
画面には、セルドラが日本で購入したドローンによる盗撮映像が映っていた。
無属性の振動魔法技術で改造されているので、集音機能は抜群。
高級レストランのオープンテラスの様子を、綺麗な夜景も含めて全て、しっかりと高解像度で撮影できていた。
男性陣は食い入るように、その映像を見る。
あのティティーがレストランで美味しいものを前にしながら、まともな礼儀作法をキープしつつ、談笑に集中できている姿を――
雰囲気が良い。
男女二人きりとしては最高のシチュエーションに、自分たちのホワイトデーお返し作戦がまだ生きていると理解していった。
ティーダ、アイド、ローウェン、セルドラはテレビの前で煎餅を囓りながら話し合っていく。
「あの変なティティーは……、効いてる……んだよな? 例の惚れ薬が」
「で、ですね。いつもの姉様のようでいて、いつもの姉様ではありません。カナミ様と手を繋ぐことは偶にありますが、指の絡ませ方が、その……」
「非常に積極的なロード様だったね。二人で歩くときも、女性であることを上手く感じさせる距離感だった。正直、らしくない雰囲気だ」
「胸、当ててたな。……そもそも、雰囲気というか装いがおかしいじゃねえか。髪、服、顔。全部がよ」
目の前のテレビと同じく異世界から仕入れた緑茶を啜りながら、それぞれ分析していく。
「惚れただけでこうなるとは、ワタシは思わないんだが」
「恋をすると女性は綺麗になると聞きますよ? しかし、確かに変わりすぎているような気がしますね」
「仕草が女性らしくなっている。あと私の『感応』が、そりゃもう凄い音でこれはやばいぞーって忠告しまくってる」
「笑い方一つとっても、どこかの高貴なお姫様かのような気品があるな。いや、そんな気品を持ってても、別におかしくはないんだが。まあ、らしくはない」
そこまで話したところで、とても小さな独り言が呟かれる。
「あれが、ティティー姉様……」
弟アイドが見つめる先。
そこでは女の子らしく、お淑やかに笑っている姉。
見蕩れていた。
他の面々も、その女らしいティティーに目を奪われていって――
ティーダだけが、そのティティーから畏怖を感じていた。
性格と能力性質上、ティーダだけは『魅了』や『鏡』といった精神干渉系に対して強い。もしかして、いまティティーが持っているのは、人造の『魅了』の一種だけではない……?
――と精神科医の経験で看破しかけたところで、さらに一言アイドが漏らす。
「パ、『パーフェクトシスター』……」
ぼそりと、懐かしい単語を呟いたあと、何事なかったかのようにアイドは仲間に提案していく。
「では、この姉様で固定できるように、惚れ薬の増産に着手しましょうか」
「おい、アイドォ! 孤児院からの親友のアイドォ!!」
「な、なんでしょう……?」
「迷いがなさすぎだろ。この俺でも、その即断は人としてどうかと思うぞ?」
「しかし、あれは……、近づいているのです! ずっと欲しかった姉様に! 理想たるカナミ様ほどではないとしても! これまでの長い人生において、次善な姉様と言えるでしょう! セルドラ様は、あのティティー姉様を見て、何も思わないのですかっ!?」
「それは、確かに……。だけど、あれは……――」
セルドラは逡巡する。
思い出すのは故郷の従姉の姿だった。
近づいていると言えば、こちらにも近づいている――というまともな回想は『呪い』で避けているので、特に考えなかった。
とにかく、外道キャラのお株を弟分には取られまいと、セルドラは全力で同調していくことにする。
「そ、そうだな……! まあ、いいかあ! もうチェンジしちまおう! と決まれば、俺も協力するぜ! 俺だって、あっちの妖艶な我が王のほうがいいに決まってる! もっと跪きたくなる!」
「ええっ、自分はセルドラ様のマゾな部分を信じていましたよ! これぞ、幼馴染みの絆!!」
「いやっ、マゾじゃあないからな!? が一応、幼馴染みの絆ぁ!!」
臣下組は、炬燵から立ち上がって、がっしりと握手を交わした。
ただ、その気持ち悪さに残りの三騎士たちは引いて、首を振っていく。
「ワタシは反対だ。そもそも、その幼馴染みの絆に、ロード・ティティーの意見は入れないのか……?」
「カナミ以外の人格を無理矢理に固定となると、女性の面々が黙ってないと思うよ」
「惚れ薬は、イベントの一日だけだから許されるネタだよなあ。なりたい自分には、自分の力でなるべきだって、俺は思うぜ!」
綺麗に、北側と南側で別れてしまった。
そこに懐かしさを北側は感じつつ、ゆっくりと炬燵から距離を取っていく。
「おいアイド、孤児院からの親友のアイド。ここは……」
「はいセルドラ様、孤児院からの親友のセルドラ様。ここは……」
無駄に呼吸が合っていた。
このまま二人で逃げて、あのレストランまで向かう気なのは明らかだった。
すぐさま、異常を感じ取っていたティーダが、仮リーダーとなって叫ぶ。
「ローウェン、ファフナー! とりあえず、二人を止める! 止めないとワタシたちも、とばっちりを食らうぞ!」
「ああ、分かってる! あの女性陣は、こっちの事情など汲まず、一纏めに攻撃してくる!」
「俺としては、そこまで止めなくてもいい……と思うが、久しぶりに三騎士一緒ってのが盛り上がる! 懐かしさで、ちょっと本気出したくなってきたぜえ!」
三人も炬燵から立ち上がった。
そして、そう広くはないリビングにて、五人は戦意を持って向かい合う。
その中で最も強い――いや、『最強』という肩書きを欲しいままにしていた男が、その肩書きを持っていた頃のベストコンディションで、笑う。
「おいおい、やるのかあ? アイドのバックアップありだと、全盛期ヒタキレベルで俺は強いぜ? くははははっ――!」
一切の驕りのない事実だった。
北の三騎士も身に染みて知っているからこそ、息を呑み、覚悟を決めていく。
かつて「あんな世界のバグキャラたちとまともにやり合うのは、馬鹿のやることだろ」と避けてきた南の三人が。
対して、「三騎士とかいう人類への嫌がらせキャラと三面戦するのは、死ぬほど面倒臭いって」と愚痴っていた北の二人が。
南北の最終決戦が、この時代で擬似的に行われようとしていた。
◆◆◆◆◆
一方、地上のティティーとカナミは食事を終えて、街中の劇場まで向かっていた。
そして、その劇も見終えて、二人で夜の街を散策していく。
仲良く、劇の感想を交じえつつ、その手まで交えていた。
「いい劇だったね。久しぶりに見て、ドキドキしちゃった」
「あ、うん。僕も恋愛劇は久しぶりだったから、新鮮だったよ」
「ふふっ。面白かったね。昔から悪友だと思っていた男女が、ちょっとした切っ掛けで恋愛まで発展する物語――」
歩いている間、ずっと二人は手を繋いでいる。
ティティーが子供っぽく「手を繋ご!」と提案して、それにカナミが応えたからなのだが……。
流石に恋人繋ぎだったのは予想外で、カナミの心臓はずっとドキドキと脈打っていた。
「……ちょっと酔っちゃったな」
「え? ああ、酔ったんだ……。え? アイドのお酒、レストランにも持ち込んでたの?」
「まさか、持ち込むなんて無粋なことしないよ」
「持ち込んでない? それは、どういう――」
言い終える前に、手を繋いでいたティティーが、カナミの方にしな垂れかかる
その吐息が首に掛かる距離で、ティティーは「どういう意味だろうね」と応えた。
カナミの心音が跳ねる。
当たり前だが、ティティーは美人だ。
傾国どころか傾陸させた美人だ。
その絶世の美女に、耳元で囁かれてしまっている。
「カナミなら、分かってるよね?」
「え、分かって、え……? あ、ああ……。いや、え?」
カナミの『混乱』が加速する。
ずっと悪友と思っていた友達が、いつの間にか例の「のじゃ口調」が消えて、美女らしい言葉の旋律を紡いでいるのだ。
ドキドキが止まらない。
ちょっとした火遊び気分が、本気の恋の駆け引きになりかけている。
すでにカナミは、自分で自分の気持ちが分からなくなっていた。
ティティーが綺麗すぎて、『混乱』がどこまでも加速している。
本当に加速としか言えない展開に、その心臓は早打って――
カナミは心底焦っていき――
――焦るのは、実況席もだった。
南北でチームを分けての戦いでファフナー、ティーダ、アイドの三人は早々にぶっ飛ばされて、仲良く倒れていた。
擬似的な決戦に燃えていた面々だが、南北で真正面から総力戦すれば、即セルドラとローウェンの一騎打ちになるのは必然の話だった。
三人とも外傷は少ない。が、すでに魔力と体力がなくなって、戦闘には戻れず休憩中だ。
そして、うつ伏せで、顔だけはあげて、観戦する余裕があった。
十層の端っこで、地べたに置いたテレビを前にして、いまのティティーとカナミを観ていた。
もちろん、ティーダとファフナーも困惑の果てに、慌てて相談していく。
「え、えぇ……? これ……。やばいな、これ……!」
「やっべえ! 煎餅囓って油断してたが、なんか早くないか!? 展開が早くないか!?」
「ああ、展開が早い! カナミが絡む恋愛なら、どうせ少女漫画レベルのノロノロだろうとワタシも油断していたが、これは……!」
「これまでは相手も小学生レベルだったからセーフだったってだけか?」
「今回のティティーの手管は、逆にとても大人だ。積極的になったとかいうレベルの話じゃない」
口にしつつ、ティーダは原因を推測し終えている。
あの例の惚れ薬を呑んでからの数十秒で、すぐに気付くべきだった。
おそらく、『魅了』の効果は一瞬で発揮していた。さらに言えば、『反転』『素直』『自由』なども。
そして、カナミに惚れた直後に「惚れたカナミを自分のものにするにはどうすればいい? 誰にも気づかれず、自分のものにするには――」と、老獪に計画を練り始めていたのだ。
それから、ティティーは子供っぽい演技をして、老獪な計画通りに女性陣全員を欺き切り、酔い潰して、カナミと二人きりとなり、たった一晩でチェックメイトをかけようとして、いま、成功しかけている。
「惚れ薬を食らったあと、よくすぐに動かず、誤魔化し切ったなあ!? いや、経歴とか考えると、このくらい老獪なのは当たり前の話なんだがよ……!」
「ワタシが思うに、いままでティティーが故意に活かしてこなかった王時代のスキルの数々が、今回の薬で全部引っ張り出されている」
「というか、カナミのやつ! ガチで惚れかけてないか!?」
「しょうがない! カナミは正真正銘の小学生レベルだから、勘違いしやすい! そういうところが昔から、困るくらいあった! 洗脳されやすいのアナザーパターンだ! 今回だと相性最悪にも程がある!」
「なら、マジで不味いぜ! これがアルティやノスフィーにバレたくらいなら、まだ拷問で済むが……、妹さんあたりにバレたときは……!」
「ストップをかけに行く! ファフナー、動けるか!?」
「動けなくはないが、どうやって止める!?」
「もう一度惚れ薬を使う! 別の人物で上書きして、まずはカナミを冷めさせる!」
「惚れる相手の変更して……、そいつはティティーから全力で離れればいいわけだな! 効果が切れるまで!」
「ああ!」
ティーダとファフナーは同じ危機感を抱いて、ホワイトデープレゼントの延長を計画していった。
ただ、その相談は大声でしていたために、遠くで戦っていた耳ざとい男が叫びながら飛んできて、合流する。
「その話っ、俺も聞かせてもらったあ! その次のティティーの想い人役、このセルドラに任せろぉお! って最初から、ずっと言ってんだろぉ! そろそろ、マジで頼むぅう!!」
続いて、一騎打ちで地面を駆け続けていたローウェンも、テレビ前に合流していく。
戦っていたセルドラは背中を見せていたが、不意打ちは仕掛けなかった。
理由は一つ。
楽しい。とにかく、楽しい――
という理由だけで疲労困憊も忘れて、ハイになったまま、勝手な要望を出していく。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……! いいやっ、待て、セルドラ! それよりも、私との決着が先だぁっ! ハァッ、はぁっはは、ははははっはーはっはー!! どちらが真の『最強』か、決着をつける時がきたんだぁあああ! セルドラアアアア! セールードーラァアアーーー!!」
もっと遊ぼう、と。
ライバルとの久しぶりの真っ当な戦いに、ローウェンは興奮で我を忘れていた。
セルドラも戦いは楽しんでいたが、いまはそれよりも大事なことが多い。
「剣術バカは、ちょっと黙ってろ! おまえと戦ると、俺とおまえの無限成長で、あとでみんなが困るんだっての! いい加減気づけ、バカ!」
「そ、それでもっ! それがいいんだろう!? 頼む、セルドラァ!!」
「久しぶりの剣術全開で、トリップしてんな……! 嬉しいのは分かるが、俺とおまえが戦って起こる急成長は、おまえ以外つまんねえんだよ! ここまで付き合ってやったこと自体、最近の友情分ギリギリだって分かれ!」
「そ、そこをどうか……、延長を! 延長を頼む! こんなに周囲で死者が出ない決闘なんて初めてだろう!?」
「まーた今度だ! 俺たちの正面勝負は、みんなの成長に合わせて、ちょっとずつ! いいな、ローウェン! 我慢だ! 現代のおまえは暴走する『死神』じゃない! 我慢のできる『剣聖』だ!」
「くっ、ぅっぅうう……! し、仕方ない! 現代のワタシなら、君の言っていることも少し分かる。分かってしまうのが悔しいが、また友情ポイントを少しずつ貯めて、お願いすることにしよう……」
「偉いぞ! 千年前と違って、聞き分けが良くて、結構マジで偉いぞ! 『相違』のコントロールができてる! 現在どっかで暴走中の『死神』と違ってよ!」
珍しくセルドラは、本気でローウェンを褒めた。
そのライバルからの「偉い」の一言は本当に待望で、ローウェンは滅茶苦茶満足してしまい――照れながらコホンッと一度咳払いしてから、いつものテンションと呼吸に戻っていく。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……、はぁー……、というわけで。一応私も、みんなの解説実況のおかげで、向こうの状況は把握できてるよ。新たに惚れ薬を飲ませるとして、とりあえずセルドラはナシで話は進めようか」
「おい! いま、めっちゃ褒めてやったのに冷たいな、おいっ!? さっきのバトル、一番俺が優位だったんだから、俺の意見を少しは通してくれてもいいだろ!?」
「それはそれ、これはこれだよ。というか、いま大事なのは惚れ薬の効果を終わらせることなんだから。彼女と一番恋愛を楽しみそうな男に任せるわけがないだろう?」
ローウェンは褒められて成仏しかけていても、決してセルドラの味方に付くことはなかった。
その冷静な状況整理に、足下で転がっているファフナーとアイドも「うんうん」と頷いて同意している。
ただ、おかしなことに、次のローウェンの提案は――
「つまり、終わらせるのが目的なら……、私。私あたりがいいんじゃないかな? 自分で言うのもなんだが、この中で一番色恋沙汰に疎い自信がある」
「確かに、おまえは剣術バカの天然記念物。甘い空気を白けさせる天才なのは、一番俺がよく知っている……」
セルドラは頷いた。
だが、足下の仲間の一人ファフナーは逆。
「いや、待て。おかしいぞ、ローウェン。俺は騙されないぜ。ここでおまえに変わるのは、色々と危なくないか?」
「危ない? 一体何を言ってるんだ、ファフナー?」
「おまえの剣術はセルドラさんがよく知っていても、おまえの私生活をよく知っているのは、三騎士の俺だ」
「それはそうだろうね。……千年前、死を恐れずに接してくれたのは君くらいだ。とても感謝してる」
「いまの大人ティティーは、おまえの憧れである貴族的要素たっぷり……というか、その頂点の王族少女ロード様だ。ぶっちゃけると、おまえの好みど真ん中じゃねえか?」
「はっ、はあ……!? はあ!? いや、違う! 私の好みと言えば……、剣の達者な少女! それ以外ない!」
「ああ、それは嘘じゃないな。嘘をつける性格じゃないのは、よく知っている。ただ、そこに加えて、貴族要素もおまえには重要だろう? 独自の風剣術を身に付けた上に、女王様なティティーは、ドストライクもドストライク……いや、さっきから言ってて思うが、本当に危ないだろ、これ」
「いや、ないっ! 絶対ない! ……そもそもの話! それを言うなら、ファフナーのほうがストライクだろう!? こっちだって、君の私生活はよく知ってる! そこに映ってるティティーの空気感は、例の救世主様ってやつじゃないのか!?」
「え? いやまあ……、元々かなりのオーラ持ちの女だからなあ。ここまでくると、若干の神々しさは感じなくもない……? 確かに、神々しいな。なかなかに神々しい。うん」
「既に手を合わせて祈りだしているが、自分で気付いているか!?」
「うっ……。このあと、消去法で俺が惚れ薬を飲ませるべきだって主張しようと思ってたんだが……」
「ナシ! 君もセルドラと同じでナシだ! もう神秘的な女性なら誰でもいいって顔してるぞ!?」
「いやいや、そこまで俺の救世主像は適当じゃないぞ!? 適当じゃない……、はず!?」
「いまの自分の目の輝きを鏡で見てくれ! かなりキラキラ狂ってきてるからな!?」
二人は言い合う。
まるで傾国の美女を奪い合うように、幼稚な口喧嘩を――
「――――っ」
そこでティーダだけが、ついに確信する。
ティティーはチョコクッキーで『呪い』を受けただけではない。
――用法用量を間違えた失敗薬物によって、周囲にも『呪い』の影響を及ぼし始めている。
それも、数種類。同時に。
結果、影でアイドまでもが、もぞもぞと倒れたまま這って、移動しようとしていた。当然だが、それはすぐに親友が呼び止める。
「って、おいアイドォ! 孤児院からの親友のアイドォオ!!」
「くっ……、親友ならば、どうか見逃してください。セルドラ様……!」
「いや親友なら抜け駆けせず、力を合わせようぜ!? おまえ、千年前もそういうところあったぞ!? 親友を信じているようで信じ切ってなくて、一人で動いてばかりなところが!!」
「あ、あれは……、すみません。ただ、いま思えば、あれはセルドラ様の危険性を、本能的に察知していたからのような……?」
「そ、それは……、まあ、もうバレてるからちょっとだけ白状するが、その勘はどっちかって言うと当たりだったな」
「やっぱりじゃないですかぁ!! 今回も二人で協力して勝ったあと、私を裏切って、一人勝ちする腹づもりだったのでしょう!?」
「それは違う! 解釈違いだ! 信じてくれ! 俺は裏で嗤ってても、表だって裏切りはしない男だ!」
「いや、その言葉を信じても、かなり最悪ですからね!? 親友やめたくなる新事実ですからね!?」
過去最高に、ギスギスしていた。
ティーダの推測を裏付けるように、男性陣は何らかの影響で『混乱』している。
美女の取り合いなんて理由で、あの北と南が仲間割れし出すほどに。
このままエスカレートすれば、今度はチーム戦でなく、『理を盗むもの』によるバトルロワイヤルが始まってしまう――
――ティーダは本当の『魔法』の使用も選択肢に浮かべた。
そのときのことだった。
10層の隅っこにある《コネクション》から、台風の目になっていた男が逃げ込んでくる。
「や、やっぱりみんな観てた!! た、助けて! このままだと、やばい! ティティーを好きになる!」
カナミが形振り構わずに、ティティーのデートから脱出していた。
ただ、その助けの声に、テレビから目を離していた四人は気付くのが遅れる。
唯一、冷静に地上と地下の状況を追いかけていたティーダだけが、すぐさまカナミと合流できる。
「カナミ、ワタシだ! ワタシとバトンタッチだ!」
「ティーダ!?」
「クッキーは失敗作だった! いまからワタシが普通の惚れ薬を飲ませて、そのまま一日、逃げ隠れ続ける! それにはワタシが一番向いている! 能力的にも!」
闇魔法は逃亡に優れている。
さらに言えば、カナミもホワイトデーの流れのおかしさには気づいていて――そこでクッキー失敗の情報を最速でくれたティーダは信頼できた。
あと単純に、他の四人が酷すぎた。
カナミがやって来たときに口論していた上、遅れて振り向いたときの目が、とにかく血走っていたのだ。
瞬時に状況を理解したカナミは、駆け出したティーダとすれ違いながら、臨戦態勢に入る。
「性格的にも、ティーダが一番向いてるって思う! そこの変な感じになってる四人は僕が止めるから! ティーダはティティーに勝って、飲ませて、それから一日逃げ切って!」
「ああ、頼まれた!」
ティティーに勝て。
かなりの無茶な注文だったが、ティーダは即答した。
そのまま、全力で《コネクション》を通っていき、その魔法の扉は即座に消失していく。
ティーダのために、カナミが道を塞いだのだ。
――こうして、ティーダにとって、ホワイトデーの長い夜が始まっていく。
自分を見失っているティティーに一対一で勝てるのは、『理を盗むもの』でもそうそういない。
しかし、ティーダは言い出しっぺとして、もう退くことはできなかった。
丁度いまは運良く、夜。
市中の夜戦において、『闇の理を盗むもの』ティーダは無類の力を発揮していく。
かつての通り名を思い出させるような戦い方で、無駄なプライドは捨てて女性陣の協力も仰いで、『風の理を盗むもの』を攻略していき――
そのホワイトデー延長戦は、次の日の夜まで続くことになるのだった。
◆◆◆◆◆
そんな最悪のホワイトデーから、さらに数日後。
見事、連合国崩壊を事前に止めきったティーダは、ため息をつきながら手に持ったグラスで酒を呑んでいた。
「って感じで……、なぜか最近はワタシが常識人枠。まとめ役になっているのだが……」
「へ、へー、そうかい。それは大変だ、ティーダの旦那も」
それに付き合わされているのは、ティーダと最も付き合いの長い一般人であるパリンクロン・レガシィだった。
場所は、とある酒場のVIP部屋。『木の理を盗むもの』特製のお酒が、そこには堂々と大量に持ち込まれていた。
「ああ、大変だった。千年前、カナミと二人でロミスやレガシィと戦ったときを思い出すくらいに、大変な流れだった……」
知りもしない過去話をし始めて、年寄り特有の面倒臭さをパリンクロンは嗅ぎ取り、話の転換を促していく。
「えー、あー。それで結局、原因のほうは? 俺はそっちのほうが気になるな」
「クッキーに、惚れ薬以外の『呪い』薬品が多く混ざっていた。それを大食らいのティティーが、短時間で食べてしまったせいだ。『反転』の薬まで入っていたのがよくなかったのだろう。ああも老獪な魔性の女となったのは、子供にこだわっているティティーならではの変化だ」
「なるほど。『呪い』の過剰摂取が、狙った男は必ず落とす『反転ティティー』様を誕生させたわけか。何事も食べ過ぎ呑みすぎは良くないってことだな」
「ああ。過剰摂取は……、身体に良くない」
と言いつつ、ティーダは持ち込んだ酒を過剰に摂取していく。
「ちょ、ちょっと呑み過ぎだぜ。旦那ぁ」
「上手く……、黒幕ができないんだ……」
自分の安全のためにも、パリンクロンは飲酒を止めた。
ただ、急に。
恐ろしい弱音と本音が返ってくる。
長い付き合いの『理を盗むもの』の本音を、しょうもない事件を切っ掛けに聞いてしまい、パリンクロンは素面になって敬語を返すしかなくなる。どこかの一番弟子のように。
「そ、そっすか」
「黒幕になりたかったんだ、本当は……。ロミスみたいに、格好良く……」
「あっ、俺のご先祖様っすね、ロミス・ネイシャさん。幼馴染みでしたっけ?」
「けど、もうワタシの黒幕レベルでは、みんなをコントロールできなくなってしまっている……」
「そこはもう、俺は諦めてるぜ? 許容範囲ってのが、人にはあるしな」
「そう、ワタシの許容範囲は……。黒幕レベルは、本当に浅かったんだ……。あのティアラやヒタキと比べれば、それはもう……、もうっ……!!」
「あそこらへんと肩を並べちゃうと、人の心がないも同然だから、いいことだと俺は思うがなあ」
「じゃあ、もう扇動役でいいかぁと思っていたところだが……、もうみんな勝手に盛り上がっていくし……!」
「確かにセルドラとファフナーも、あと意外に元伝説の宰相様もノリいいからなあ。そこは仕方ないだろ」
「裏切りのお株も、みんなにモテモテなラグネ・カイクヲラに奪われてしまった。は、ははははは……」
「あ、あいつはタイミングの取り方が本当に上手いからな。……これも仕方ない」
「比べて、俺は本当に駄目な奴だ。何の取り柄もない……。いまや、物語の悪役すらできない。いいとこ序盤の中ボス役くらいだろう」
「そ、それはどうだろうな? 少なくとも、いま俺は旦那に、かなりの恐怖を感じてるぜ?」
「本当は、おまえみたいに訳知り顔で笑うトリックスターでいたかったんだ……。ああ、トリックスター役のボスキャラがよかったなあ……」
「いやぁ、そこまで俺は狂言回し役じゃないと思うがぁ……」
「ああ、ダメだ。もうワタシは、ダメなんだ。みんなに負けて、おまえにすら負けて……。だから……、もしかして、ワタシの影って、凄く薄いんじゃないかと最近は思い出してる……」
「か、影っすか……」
「みんなとキャラが被りまくっているんだ。それなのに、キャラの濃さで完全に負けている……」
「…………」
ティーダは敗北感で、『理を盗むもの』以前の自分まで戻っていた。
その情けない姿を見て、パリンクロン・レガシィも昔の自分を思い出す――のは全力で振り切って、その次に似ていそうな人物を想い描いた。
親友のレイル・センクスだ。
パリンクロンの同期で、ギルド『エピックシーカー』のサブマスター。
かつては、いまのティーダと同じ悩みを持って、個性を作るために頭を丸めている。
もちろん、パリンクロンは親友レイルを高く評価して、心から尊敬している。
影は薄くとも強く、こっそりと裏で問題を解決できるというのは、最高の人材だ。
逆に目立って強く、けれど大事な問題は解決できないようなのは、最低な人材だ。
と昔の自分を少し思い出してしまい、色々と腹が立ってきたパリンクロンは、ついに体裁を取り繕えなくなる。
「――いや、旦那。さっきから贅沢すぎる悩みだろ。その顔と能力でキャラが薄いとか、一般人の俺に言われても困る。というか、ムカつく」
そうはっきりと言ってしまった。
その厳しい言葉にティーダは、酒の勢いのままに騒ぎ出す。
「パリンクロン! おまえだけはワタシのことを理解してくれるはずだろぉおおお!?」
「知るかぁあっ! 理解してるからこそ! さっきから、クッソめんどくせぇえんだよおお!!」
「そうは言うがっ! おまえだって、同じくらい面倒臭い男だろぉお!?」
「影が薄いぃい!? ここまで真面目に聞いていた俺が馬鹿らしくなるような悩みしやがって! ご先祖様のオマケが! あー、もう俺も呑む! その怪しげな『木の理を盗むもの』の酒っ、俺も呑む――!」
「それは許そう! 呑め! ワタシも呑んで、色々忘れることにする――!!」
と『理を盗むもの』たちと同じく、二人も喧嘩をしつつ結局は仲が良かった。
――そして、二人は夜明けまで一緒に呑んで、馬鹿話をしていく。
旧知の友のように、二人は酒を酌み交わせた。
たとえ血と縁の繋がりを勘違いしていても、色々後回しにしていても……。
過去の過ちを一時だけでも忘れて、楽しく生きられる権利が、この世界(の酒)にはあった。
男しかいないからできる馬鹿話(恋バナ?)というテーマなホワイトデーでした。
『反転ティティー』は、いわゆるキャラのオルタ化やってみたいなあ……と思って、けど展開に余り特別感がなく、デジャブも感じて(そもそも、オルタって作中本編の病んだ『理を盗む者』じゃないかと書いていて思いましたので)、ずっと後回しにされていたネタですね。
明日は8/13。
コミックマーケット100さんにて、異世界迷宮の最深部を目指そうの合同誌第三弾が出るようです。どうかそちらもよろしくお願いします。
合わせて、三時間後の明日にでも、IFヒロインたち編の前編を出したいです。
それでは。




