IF『守護者ルート』その21後編(あらゆるネタバレあり)
※前編があります。
真剣に向かい合われて、ローウェンも自らの弱みを明かしていく。
「ああ。枝……というより、柄だな。握りの部分がないと駄目なんだ。上手く剣のイメージができず、『魔力物質化』が成功しない」
「確かに、イメージは大事っすけど。柄がないと、全くもって駄目なんすか?」
「全くもって駄目だ。長年の鍛錬の弊害か、何かを握ってないと剣を作れる気がしない」
「……それで、その柄ありの魔力の剣。曲げたり、細くしたりは?」
「できない。が、できなくはない。こうして、曲がったり細くなっているように、上手くフォローすれば――」
そう言ってローウェンはヒュヒュッと、素早い腕の振りで『魔力物質化』の剣を動かした。
確かに、目の前のラグネが見ると、刃が曲がり、細くなり、時には消えているかのように見える。
だが、そういう話ではないと、師として首を振る。
「いや、できてないっすよ。それは『剣術』のスキルであって、『魔力物質化』のスキルじゃないっすから。……はあ。ローウェンさん、全然じゃないっすか。基礎すらできてないっす」
「き、基礎すら? 基礎くらいならばできていると、自分では思っていたのだが」
「ぶっちゃけた感想、『魔力物質化』の初心者レベルっすね。私からすると、うわっ、へたくそだなーって評価っす」
ラグネは憧れていた人とお揃いのスキルが、自分より下どころか実は素人レベルで、他の能力で補助していただけと知り、露骨にガッカリした様子を見せた。
それにローウェンは焦る。
これからもラグネには憧れ続けて貰いたくて、力を誇示していく。
「いや、待てっ。伸縮スピードには自信がある! あと、斬れ味も!」
「その二つ特化なんっすね。魔力物質の流動とか表面の材質変化もできないっと。ほんと才能ないんっすねー」
「ぐっ。……け、剣の分野で私にそんなことを言えるのは、君くらいだと言っておこう」
「はいはい。その無駄なプライドは捨て置いて、ついでに枝も捨て置くっす。基礎から教えるっすから」
「……助かります、師よ」
そうラグネは溜め息をつきながら答えつつも、ローウェンが自分と同じ切断特化なことに内心で喜んでいた。
ただ、お揃いとはいえ、その器用さとセンスには天と地の差がある。
「――なるほど。大体わかったっす。たぶん、剣だけしかイメトレしてこなかった弊害っすね、これ」
「ああ、それは私も感じている。心当たりが多すぎるほどだ」
「あと、その鍛錬のときに、何か口にしてなかったっす? 掛け声か恨み言か何か、癖みたいに」
「掛け声はいいと知っているが、私は無言が多かったな……。いや、一つだけあったか。ことあるごとに『アレイスの剣は、全ての魔を断つ』という家訓を祈っていた」
「あー、それが原因っすね。それで一種の『代償』が起きてたなら……それじゃあ、復唱っす。『アレイスの剣は、そろそろ卒業』! 『これからは遊びまくるっすよー』!」
「ア、『アレイスの剣は、そろそろ卒業』『これからは遊びまくるっすよー』……?」
「駄目で元々、鍛錬の前後に心を込めて詠んでくださいっす。それだけであっさりと、色々なことが解決するかもなんで」
「わかった。あのティアラ様やヒタキさんから明かされた真実からすると、ありえない話じゃない」
ローウェンは遠い目をして、規格外二人を思い浮かべて微笑した。
ラグネも『呪い』に詳しい二人へ思いを馳せて、苦笑いを浮かべてから、師としての話を続けていく。
「じゃあ次は、柄がなくても『魔力物質化』を発動できるようにしましょーっす。ちなみに手刀って、やったことあるっす?」
「ふふっ、私を手刀の達人だと思っているんだろう? 千年前も、よく聞かれたものだ。剣を極めれば、無刀に至るものじゃないのかと。そして、その度、私は答えた。剣を極めたんだから剣はあったほうが絶対いいし、手刀なんて一度もやったことないと」
「自慢げに言わないでくださいっす。しかし、ほんと剣だけの剣術バカだったんっすね。なら、その身のこなしも、実は――」
「全て剣ありきの『体術』だ。剣なしでの動きは、やむを得ずやることはあっても、考えたことも鍛えたこともない」
「考えたこともないって……、剣がないときに強敵と出遭ったらどうするつもりだったんすか?」
「まず大前提として、千年前の私は剣を肌身離さず持ち歩いていた。さらに言えば、戦場で剣がないということは考えられない。あの時代は、いまほど魔法が発達しておらず、どの兵も剣を帯びていたからね」
「ああ。もし剣が折れても、そこらへんの死体から拾って戦ってたんすね」
「そういうことだね。さらに言えば、もし剣を拾えなくとも、枝一つすらないという状況は人生で一度も味わったことがない」
「それで、『剣術』だけを鍛えた結果、この歪で下手クソな『魔力物質化』になっちゃったんすねー」
「私の持つ他のスキルは全て、『剣術』を鍛える途中で偶々身に付けたものしかないと思ってくれ」
「ドヤらないでくださいっす。……はあ、ほんと剣だけに生きて、剣に死んだんすね。誇張なく」
アホだなー。
そうラグネは思ったが、憧れは増してもいた。
――そのアホを完成させた魂は美しい。
普通は剣がない場合のことを考える。私は考えた。
しかし、ローウェンは考えなかった。いや、考えたくなかった? 剣のない自分など、この世に存在できないとでも言うかのように?
潔いな。
その果て、枝一つで一個師団どころか、まさしく《全ての魔を絶つ剣》そのものみたいな存在に至ったのだから、アホはアホでもアホの極みだ。
本当にアホだ。だが、その在り方は清々しく、綺麗だと思う。
どこかの最強の生物や探索者よりも、こういうタイプのほうが私好みなのだろう。
という個人的な憧れは決して表に出さず、話を続ける。
「でも、今日は剣なしっすからねー。ということで、まずその手が柄と思ってください」
「手刀か。ああ、試してみよう」
ローウェンは促されるままに、魔力を手に集中させていく。
ただ、その形状は安定しない。
軟体動物のようにグニャグニャしては霧散していく。
「あはは、ほんとへったくそっすねー」
「ま、待て、ラグネ君。こんな私でも、それなりに傷つくんだ。君みたいに綺麗な女の子から言われ続けると、色々辛くなる」
「…………。涙目になるくらいなら、もっと集中するっすよー! とにかく魔力コントロールが下手すぎるっすから!」
「くっ! 何かしらを手に持っていたら、ちょっとはマシになるんだが……!」
「なしで頑張るっす。その幼い頃にかけたお呪いは、今日ここで卒業すると誓うっすよ! はいっ、口に出して!」
「わかった……! ――『今日ここで、私は卒業する』!!」
ラグネが応援する傍らで、ローウェンは左手を沿えて、渾身の魔力を右手に集めていく。
だが、どれだけ続けても、一向に『魔力物質化』は成立しない。
その理由をラグネは思案する。
一応、お代を貰う予定な以上、教師として本気で向き合い続ける。
「んー、少し良くなったっすけど……。まだまだイメージ悪いっすね。ローウェンさん、目を瞑ってくださいっす。あと、脱力も」
「ああ。しかし、何を?」
ローウェンは忠実に従う。
その無防備な彼にラグネは近づいて、耳元に囁いていく。
「――その手は刀身。つまり、肘先は柄頭、手首が鍔となり、指の腹が刃に、揃った五本の指先は剣先と、それぞれ象っていた――」
「う、腕が刀身?」
「――いや、その先だ。先まで、あなたなら行ける。なぜなら、あなたは剣だった。ならば、もう柄を得ているはずだ。あなたという存在の根元にある魂こそが、あなたの柄であり、その刃を支えていた。昔から、ずっと。あなたは、あなたという魂の柄に支えられ続けていた――」
「私の魂が、私という剣の柄……」
耳と脳をくすぐるウィスパーボイスで、『詐術』の上位互換である『誘導』『調教』『洗脳』が開始された。
最近のラグネは、自身の『鏡』の性質を完全に把握して、多くのスキルに覚醒している。
それらの力は、メンタルカウンセリングや宗教活動に活かされるだけではない。
鏡に映して、よく相手の『自分』が見えるようになる。
それは心の底の気持ちだったり、隠された才能だったり、人生の向き不向きだったり。
そして、そのよく見えた『自分』が、どうすれば上手く、気持ち良く、都合良く、才能を開花できるかも、ラグネは分かるようになってきたから――
「できてるっすよ。ローウェンさん」
「え? おぉっ。……あ、あっ!」
ラグネに声をかけられて、ローウェンは目を見開いた。
柄なしで、その自らの手に『魔力物質化』による剣が発生しているのを確認して、しかしすぐに霧散した。
「いい感じに維持できてたっすね」
「ああ、できていた。柄は持ってなかったのに」
「持ってなくても、普通はできるんすよ。で、感覚は掴めたっす?」
「掴んだ。が、まだまだ安定して再現するのは難しそうだ」
「大丈夫っすよ。もうローウェンさんは、新しい柄を手にしたっすから。その身と魂に」
ラグネは言い切る。
催眠術のように思い込ませることが大事だと理解していたからだ。
そして、確定した事実として知らされたローウェンは、それを信じ込んでいく。
「確かに、もういつでも柄は持っているという感覚がある……。ありがとう、ラグネ君」
「あとは、安定させるために練習あるのみっすねー」
「それは私の得意分野だな。朝晩、毎日やろう。病める日だろうと、空から何が振ろうと、必ず」
「っすね。睡眠時間を十分の一にして、腕が折れても続けてたら、そのうちできてるはずっす」
例の元剣道部部員たちが聞いたら顔を顰める鍛錬スタイルだったが、二人は笑って同意し合った。
幼き頃の鍛え方が一緒だと発覚して、さらに気分が良くなったラグネは続けていく。
「というわけで、先入観と苦手意識をなくしたところで、次っすね! お待ちかね、糸編みの時間っす!」
「そこまで教授してくれるのかい? いまの時点で、十分過ぎるものを貰っていると思うのだが」
「最初に教えて欲しいって言ってたのは糸っすからね。それに、糸の技術くらい出し惜しみするほどでもないっす」
「ラグネ君にとっては、本当に基礎の技というわけか……。そう言えば以前は、その糸の上に刃を滑らしたりしていたな」
「他にも、糸を編んで網にしたり、球状にしたり。上級技になると、『魔力の腕』を作って動かしたりできるっす」
そう言って、ラグネは目を瞑ってから先ほどのローウェンのように集中していく。
ただ、『魔力物質化』が発生するのは手の先からではなく、その肩からだった。
さらに、形状は剣ではなく、人の腕――
「おぉ……! 腕が四つに……!」
「これが『魔力物質化』上級者の理想形っすね。正直、剣や盾といった物への変化は初心者っす。それで、ここからさらにー、その両腕に魔力の剣を持たせることもできるんすがー」
『魔力の腕』が粘土のように歪んだあと、その魔の手のひらから『魔力物質化』による剣が生まれる。
その間、ラグネの生身の腕はだらりと垂れ下がったまま。だが、『魔力物質化』による腕と剣だけは動き、横薙ぎの一閃を放つ。
「面白い。が、見るからに動きが悪いな」
「はい、これは観賞用っすね。考える脳みそが二つあったりしない限り、四本腕は活かしきれないっす」
「なるほど。基本、『剣術』は二本腕専用の技術で、三本目四本目の『魔力の腕』は想定されていない。しかし、頭が二つ……いや、魂が二つあれば、あるいは……」
「そんな特殊ケース、そうそうないっすよ。なので、この『魔法の腕』は昨今だと、失った四肢を補うのを一番の目的としてるらしいっすねー。とはいえ、そもそもがレアスキルなのでそうそう上手くいってないみたいっすけど」
「……ふむ、失った四肢の代わりか。それならば、二本腕用の『剣術』に適応するな。むしろ、『魔力の腕』なら関節を無視した動きができる以上、生身よりもいいのか? さらなる『剣術』の高みを目指すなら、両腕を切り落として『魔力の腕』に取り替えたほうが効率的なのだろうか?」
「ほー、いい発想っすねー。ただ効率的っすけど、両腕がないのは少々目立つっす」
「戦場ならば相手を油断させられる。悪い目立ち方ではないと思うが?」
「でも戦っている間、ずっと魔力を放出し続けることになるっすよ。少なくとも、私には無理っす」
「私にも無理だな。魔力を放出し続ければ、すぐに枯渇する」
「レアな魔力持ちとはいえ、私らの魔力って並以下っすからね」
「あと単純に、身一つ剣一つで戦うのが好みというのもある。腕を増やしたり、ぐねぐねと動かしたりは、どれだけ素晴らしい『剣術』だろうと邪道な気がしてくる」
「あ、やっぱりっすか。そのへんのこだわりはある感じなんっすね」
少々物騒な話を繰り広げつつ、話は綺麗に着地した。
二人の殺伐とした価値観は似通っており、いくらでも話は弾む。だが、すぐにラグネは気を取り直して本題に入る。
「話が逸れたっすね。いまは、腕よりも糸っす。ってことで、また目を瞑るっすよ。で、まず人差し指を付き合わせてくださいっす」
「了解した、師よ」
「で、先ほどの『魔力物質化』を、今度は指でやるだけっす。そのまま、ねばねばが伸びるようなイメージで、ツツーっと」
「くっ――」
言われた通りに、ローウェンは試すが上手くいかない。
指先に『魔力物質化』発生の兆候は見えても、糸となることはなかった。
「さっきより難しいっすからね。ここは少しお手伝いするっす」
なので、ラグネは一歩前に出た。
そして、ローウェンの両手の上に、自らの手を重ね合わせる。
さらに自らの『魔力物質化』で彼の手を覆っていく。
「――――っ」
「集中してくださいっす。ローウェンさんの魔力がねばねばな糸になるのを、私の魔力で誘うだけっすから」
「……ああ」
どちらも相手を異性として意識することはない。
周囲からの目も、そのお揃いの髪色と身長差から兄妹と思われるだけだろう。
二人は照れることはなく、互いの体温を感じ合っていく。
感覚と魔力が同調していき、ローウェンが指先を離したとき、確かに一本の魔力の糸が完成していた。
が、ラグネの魔力のフォローがなくなると、すぐに霧散する。
しかし、ローウェンは一切めげずに、その作業を繰り返していく。
自分が不器用なのを承知で、何度も何度も何度も――
そして、数十分後。
ラグネという補助輪なしで、ついにローウェンは単独で成功する。
「――で、できたっ。一センチくらいで限界だが……」
「何度も言うっすけど、ほんとへたくそっすねー。コツさえ掴めば、一メートルくらいすぐできるはずなんすけど」
「私が不器用なのは分かっている。君みたいに何十メートルも伸ばすのは、まだまだ無理だろう。だが、それでも私にとっては待望の一歩だ」
「待望っすか。なら、よかったっす」
「この調子で、いつかは咄嗟に盾ぐらい編んで作れるようにしたいところだ」
「盾っす? あんまりローウェンさんのイメージじゃないっすけど」
「現代のアレイスの流行は盾だと教わったんだ。我が末裔フェンリルから」
「ああ、あのお爺さんっすね。確かに、あっちは盾のイメージあるっす。『剣術』も戦いも、防戦特化してるんで」
「……知っているのか?」
「……いや、いやいやいや、そりゃ知らないわけないっす。ローウェンさんにとっては格下かもっすけど、我らが連合国の『剣聖』様っすよ?」
ローウェンは「剣聖フェンリルの剣と打ち合ったことがあるのか?」と聞いたのだが、ラグネは「大貴族様だから知っているだけ」と誤魔化した。
ローウェンの直感は正解で、過去にラグネは仕事でフェンリルと一度殺し合っている。
つまり、暗殺業が得意な工作員だと知られていて――その上で、妙に気に入られてしまっているので、とにかくフェンリルの話題は避けたがっていた。
それを察したローウェンは深く追求せず、新スキル教授のお礼をしていく。
「そうか。……しかし、ラグネ君は教えるのが上手いな。いや、思考の誘導が上手いと言うべきか」
「そうっすか? 正直、今日の技術くらいなら、本気で鍛えようとローウェンさんが思えば、独りで勝手に習得できたと思うっすけど」
「そんなことはないよ。君がいてこその今日の成果だ。まるで鏡のように、君は私のことを理解して、技術習得まで促してくれた」
「いやぁー。ただ、へたくそへたくそーって、きっつい言葉を繰り返してただけと思うっすけどねー!」
「最初は少しショックな言葉だったよ……。けど、本気で教えてくれていると分かってからは、むしろそう言われるのが嬉しかったくらいだ。――とにかく、君は教えるのが上手い。アイドみたいに、教職を考えるのもいいんじゃないかな?」
「……変な評価っすけど、一応どうもと受け取っておくっす」
「なにより、面白かったよ。今日、君と話せて良かった。本当にありがとう、ラグネ君」
ローウェンは誰かに教えて貰ったことがないから、厳しい言葉でも嬉しく感じるだけ――と心を読めていても、ラグネは少し照れた。
そして、今度はローウェンが一歩近づき、そのまま彼女の頭を撫でる。
「――――!? え、えぇえ……? 子供じゃなくて、もう結構年いってるんすけどね、私」
そのお礼の仕方にラグネは驚き、しかし避けることはなかった。
呆れながら笑ったのを見て、すぐにローウェンは手を引いた。
「す、すまない。女性相手にやることじゃなかったか」
「その通りっす。育ちが育ちとはいえ、距離感おかしいっすよ。……でも、まあ、悪い気分じゃなかったんで、今回は許してあげるっす」
「そう言ってくれると助かる」
ローウェンはお礼の仕方を間違えた。
しかし、そこに気恥ずかしさはなかった。
もう二人の間に、気まずさはない。
知己の友人となったことで、ローウェンは軽くお願いする。
「また教えて貰ってもいいかな?」
「お礼があるなら、いいっすよ。……それに、なんだかんだ、あなたとのお話は貴重っすから」
「ありがとう。それじゃあ、今日はここまでにしておいて……。これから私は急いで、セルドラのところに行こうと思う」
「セルドラ? ああ、『無の理を盗むもの』っすか?」
「この前、「……おいおい、このくらいのこともできないのかぁ?」と煽られたから、ちょっと見返したいんだ」
「はー。意外に、そこと仲が悪いんすねー、ローウェンさんって」
「仲が悪いとは少し違うな。ずっといいライバルだったから、その延長線上で少しぶつかり合ってるだけだ。向こうはどうか知らないが、こっちはライバルとして凄く楽しいよ」
「なるほどなるほど。それじゃあ、そのライバルさんに自慢してくるといいっすよ。たぶん、そのくらいできて当然だろぉって、また煽られると思うっすけど」
「そう言われるのもいいんだ。千年前は、その程度の会話すらできなかったからね」
そこでローウェンは「じゃあ、また」と言って、背中を向けて歩き出した。
それをラグネは軽く手を振って、見送る。
じっと背中を見つめ続けもした。
そして、そのあとに残った余韻を、よく味わう。
「…………」
魂の残り香とも言えるようなものが、彼の背中にはあった。
ラグネ・カイクヲラにとって、なぜかローウェン・アレイスは酷く懐かしかった。
とある思い出が蘇っていく。
とても昔、シドア村にいた私。
そのさらに昔、シドア村の前の私。
郷愁で、生まれたときまで遡って、眩しさでよく見えない顔まで思い出しかけて――
笑い声が響く。
「ひ、ひひひ、ひひひひひ――」
「――――っ!!」
ラグネは振り返る。
感知能力に長けた騎士だからこそ、背後を取られたことに驚き、焦り、臨戦態勢となった。
そして、振り向いた先には、黒の襤褸を纏った褐色の少女。
黒髪黒目の『死神』が、親しげに笑いかけていた。
「ひひひ。いい雰囲気だったねー、二人とも。見てて、ちょっと嫉妬しちゃったよ」
「グリム・リム・リーパー? み、見てたんすか? いや、別に雰囲気は、そこまで良くは……」
「見てたよ。あのローウェンからすると、奇跡的な雰囲気の良さと言っていいよっ! おめでとう!」
「……ちなみに、いつからっす?」
「いつから? ひ、ひひひっ、ずっと、だよ? 私は『呪い』で消えられるからね。二人の間に入って、最初から、ずっと立ってたよ!」
「そ、そっすか。最初からっすか。みなさん本当に『呪い』の制御ができるようになってて、なによりっす。ただ、ずっと間に入って立ってたんすか……。間に」
「うん、間に。ローウェンとラグネお姉ちゃんの近さと同じくらいの距離で、間で、じっと見て、聞いてた。殺気はゼロだったから、流石の二人でも気づけなかったみたいだね、ひひひ」
可能なのか? 例の『呪い』とファフナーから聞いた『怪異』を合わせて考えれば、成長著しい彼女なら可能なのかもしれないが――
とラグネは答えを出したが、その答えは恐怖でもあった。
単純に、その様子を想像すると不気味過ぎたのだ。
一体どんな表情で、私とローウェンさんの交流を見ていたのだろうか……。
「うんっ! 笑えなかったなぁ! だからアタシ、ラグネお姉ちゃんにだけは負けたくないんだよね……! ひひひっ、絶対の絶ぇー対に負けないから!」
「い、いや、リーパーちゃんは色々勘違いしてるっすよ。あの人とは、そういうアレじゃないっす。どうか分かって欲しいっすぅ……!」
「うん、それも分かってる。いま私は、全部分かってるんだ。でも、頭で分かっても譲れないときってあるよね? だから――」
会話の切り上げは早かった。
どちらも、その察しの良さで、話の要点を最初から得ているからだろう。
その上で、リーパーは素早く別れを告げる。
「またね、『月の理を盗むもの』のお姉ちゃん! 月のない夜には気をつけるよーに!」
明るく物騒すぎる言葉を残して、霧のように消えた。
「……うーむ」
ラグネは唸り、冷や汗を浮かべる。
可愛い笑顔だったが、その奥に秘められた感情は毒々しかった。
あと、嫉妬で釘を刺しにやってきながら、この引き際の良さ。
《魔法ティアラ》の模造品が《魔法グリム・リム・リーパー》とは聞いていたが……。
下手すれば、あのティアラ様以上のプレッシャーだった。
なので、すぐにリーパーの評価を「『死神』ローウェン・アレイスよりも、よっぽどこっちのほうが『死神』らしいじゃん!」と直してから、独り言を呟いておく。
「よおっし、二度とローウェンさんには近づかないでおこう! やっぱり、ぼっちキャラはぼっちじゃないと、個性死んじゃうっすからねー!」
どこか宣言するような独り言は、リーパーに聞いていて欲しかったからだが――
――ただ、その宣言は虚しく、叶うことはない。
後日、ローウェンは「またセルドラに馬鹿にされた! なんとかして、ラグネ君!」と新しいスキル習得の催促に来てしまう。
さらにリーパーの嫉妬を溜めていくのだった。
お喋り回はやっぱり楽!
IFリーパーは本編三章を経ていないので、執着心も童話パワーも消えておらず――むしろ、ティアラから知識を色々得て、「怪異」として次のステージに至っていますね。
なので、感知能力MAXなローウェン・ラグネだろうと認識できません。本編と違って、癒し系童話キャラではなく、ティアラコピーとしての側面が強くなってきてます。
対して、IFラグネは本編七章をスルーしたので、本編カナミの宗教家タイプにかなり近づいていますね。
来週も少し投稿するかもです。
そして、コミックマーケット100さんにて、異世界迷宮の最深部を目指そうの合同誌第三弾が出るようです……、嬉しや!!
8/13みたいです! どうかそちらもよろしくお願いします!
それではー。




