ローウェンその1(三章までのネタバレあり)
※三章までのネタバレがありますのでご注意ください。
私の一番古い記憶――
住む人はいないのに、無駄に広い寂れた屋敷。
埃だらけで、天井の角には蜘蛛の巣が張られてある。廊下を歩けば、今にも底の抜けそうな不安な音が鳴る。匂いも酷いものだ。獣の匂いが強く、人の住む場所とは到底思えない。
屋敷の暗がりには苔がたくさんあり、壁が崩れているところもある。
およそ人の住める場所ではない屋敷――
それが私の原点。
物心ついたとき、私の手には身の丈にも近い直剣が握らされていた。
そして、その直剣を引きずりながら、私はその屋敷を歩き回っていた。
なぜ、そこを歩いていたのか。その理由は思い出せない。
どういった過程を経て、そこに辿りついたのかも思い出せない。
何もかもは遠い記憶。
思い出せることは本当に少ない。
しかし、それでも確信できることがある。
ここが――、この屋敷こそが私の家だ。
だから、私はここに誰かを招きたかった。
子供心に、このぼろっちい屋敷を自慢したかった。
なぜだか、わからないが……。
私はこの家が大好きだった……。
もしかしたら、家族と会うことすらできない私にとって、あの家こそが家族だったのかもしれない。
けど、終ぞ、この屋敷には誰も招待されなかった。
死んだ後は帰ることすらできなかった。
…………。
ああ、あの屋敷は今でも残っているのだろうか……?
残っているわけがないとわかっていても、私は未練がましく思いを馳せる。
たとえ、あの家が私を疎ましく思っていても、私にとってはあの家こそが家族だった。
世界に拒まれ、誰とも繋がることのできなかった私にとって、家族は大切な存在だった。
私の中にあるものは、『剣』と『家名』だけ。
だからこそ、私はその二つを大切にした。
化け物である私は、それにすがりつかなければ、人であれなかった。
今となっては、それが愚かであるとわかっている。
けれど、同時に誇らしくも思っている。
そんな遠い記憶の欠片――
◆◆◆◆◆
過去の夢をよく見る。
とても懐かしい夢を見ていた気がする。しかし、目を覚ましたときには、それを鮮明に思い出せない。そんな類の夢ばかりだ。
それが生前の後悔の夢だいうことだとはわかっている。できればそんな夢は見たくない。だが、私は諦めていた。
過去の夢を見るのは『私たち』の本質だ。それから逃げることは不可能だろう。
――私の名はローウェン・アレイス。
30層の守護者。現代に蘇った『地の理を盗むもの』という名のモンスターだ。
役目は人間を迷宮の最深部に誘うこと。その代わり、生前に果たせなかった未練を解消する時間をもらえるという契約をしている。
穴の大きい契約だ。
守護者を監督する存在がいないのだから、守護者たちは真面目に人間たちを鍛えようとはしないだろう。ただ、自分の未練解消だけに没頭するに違いない。
案の定、10層と20層の守護者はもう消えていた。
この契約を作ったのは慎重で合理的なやつのはずだ。こんな大きな穴を放置するのは、らしくない。不慮の事故があったのかもしれない。
けれど、私には関係のないことだ。私は『私を呼び起こしたアイカワ・カナミ』と共に未練解消へ没頭することにした。
私も他の守護者と一緒で、未練解消が第一だからだ。
しかし、相変わらず、アイカワ・カナミはよくわからない状態だった。どうやら、記憶が封印されているらしい。
よくよく調べると、それは20層の守護者『闇の理を盗むもの』ティーダの残した試練だった。
あいつも相変わらずだ。よくわからない試練で、理不尽に人を試す。
私はカナミの記憶に関わらないと決め、自分の未練解消に集中する。カナミにはカナミの人生があり、ティーダにはティーダの事情があり、私には私の目的がある。そうするのが自然だと思った。
けど、それも長くは続かない。
全てはリーパーに庇われたときだ。
スノウ君に竜討伐を誘われ、軽い気持ちでドラヴドラゴンと戦った日に、全てが始まった。
私は私なりに自分の未練を解消していた。そのせいで、自分の存在が希薄になっていたのが原因だった。想像以上に身体が弱体化していたのだ。
こと戦いにおいて、ローウェン・アレイスが遅れをとるはずがない。そう過信していたのも原因だろう。
その傲慢のせいで、私は大きな過ちを犯すところだった。
そのとき、焦りと恐怖が生まれる。
あの日、私と一緒に『魔法陣』に飲み込まれてしまった少女リーパー。
彼女は私にこだわっていた。その気持ちは良くわかる。家族のいない彼女は、最も長いときを過ごした私を家族のように慕っていた。――慕ってしまっていた。
私も同じだからこそ、それに気づけた。
おそらく、リーパーは私のためなら命をも捨ててしまうだろう。
だが、それは絶対に許せないことだった。
早く未練を解消して消えないと、リーパーはこんな愚かな死人のせいで死んでしまう。
いや、リーパーだけじゃない。私が中途半端に現世へ残るだけで、あらゆる危険が世界に付きまとう。
下手をすれば、また多くの国が滅ぶ。
それほどまでに『理を盗むもの』たちは危険なのだ。
歴史を繰り返さないためにも、私は早急に、完全に、未練を消すと決める。
決めるが――。
私は自分の未練を、はっきりと理解できていなかった。
いや、多すぎて絞りきれないというのが正しいかもしれない。
だから、子どもの頃の夢なんて安易な願いへ手を伸ばすことしかできなかった。それだけが、唯一自信の持てる願いだったのだ。
私はアレイス家の全てを背負わされ、名を残すためだけに生きてきた存在だ。人として真っ当に自分の願いを叶えるなんて、少し難易度が高い。
ゆえに、私は未練解消の協力を仲間に呼びかけた。
しかし、リーパーは笑って拒否し、カナミは自分の記憶を取り戻すことを優先した。
両者共に仕方がなかった。私の目的とは相容れなかったからだ。
私は仕方がなく、最後にスノウ君を頼る。
けれど――
「――絶対嫌」
「そ、そんなに嫌なのか」
即答で断られる。
スノウ君の目的と私の目的は相容れないわけではない。しかし、『彼女』と『私』が相容れなかったようだ。
「私はローウェン・アレイスの生き方が嫌い。その人生、その願い、その戦い方、何もかもが気に障る。だから嫌」
「そこまで言うか……。私は君に何かしたか? 少なくとも、同じく『英雄』を求めるものとして理解し合えるところがあると思っていたのだが」
「理解し合えるから駄目。昔の私を見てるみたいでイライラする」
「昔のスノウ君……?」
「子供のように『英雄』に憧れて、純真無垢に『栄光』を求める。その姿は昔の私そのもの。愚かな昔の私……」
スノウ君は苦々しそうに、過去を語る。
その後、おぼろげにだが、『栄光』のために大切なものを失ったことを話してくれた。
「つまり、君は『英雄』が嫌いなのか?」
「ううん、大好きだよ。ただ、私は絶対になりたくないだけ」
「はは、自分はなりたくないというのに、カナミを『英雄』にしようとはするんだな……」
「……だって、カナミは強い。私にできないことを、代わりにやってくれる。ギルドマスターになって、ずっとやってくれた。だから、これからもずっと――」
スノウ君は歪だった。
対人経験の少ない私でもそれがわかった。
それを正直に彼女へ伝える。
「もし、私が守護者でなく人間だとして、スノウ君は『英雄』になった私と結婚しようと思うかい……?」
「ローウェン・アレイスと結婚……?」
「きっと、スノウ君はしない。口が裂けてもそんなことは言わない。私はそう思う」
「何を言って――?」
気恥ずかしくて、それ以上は言えなかった。
あとは自分で気づいて欲しい。私もそれほど余裕があるわけじゃない。
結局、私たちの同盟は成立せず、互いの目的の邪魔をしない程度に落ち着く。
最後に私とスノウ君は確認しあう。
「――きっとカナミの言うとおり、私たちは願いを間違えているのかもしれないな」
「そうかもしれない」
「だけど、私たちはそれを認められない。認めない……」
「ん、認めない」
薄々とわかってはいる。
けれど、それを認めることは出来ない。
それが簡単にできるのなら、貴族なんてものが栄えやしない。
どうしても、それを捨てきれないからこそ、いつまでも残る。
貴族――、『千年前のアレイス家』『現代のウォーカー家』、共に人を束縛することにかけては一級品だった。
「ローウェン・アレイス。私から言えるのは『栄光』なんて、ろくなものじゃないということだけ」
「わかっている。しかし、だからといって確かめないわけにはいかない。……そもそも、家に囚われてる君が言っても説得力はないぞ?」
「……そうだね」
私たちは違う道を進む。
結局、4人の仲間たちは、誰一人協力し合うことはなかった。
それぞれの道を、独りで進んでいく。
そして、『舞闘大会』を迎える。
私の未練は『舞闘大会』を優勝し、『栄光』を得ること。
生まれたときから望んでいたことだ。これを得られれば、消えることができるはずなのだ。誰もが違うと言えど、それを私は確かめないわけにいかない。
しかし、『栄光』を得るためには、ただ優勝すればいいわけでもない。
強敵を打ち倒し、観客全員が納得する優勝でなければ意味はない。辺境の地の小大会では意味がないのと一緒だ。
そういった意味で、カナミは適任だ。強い上に、私の剣の弟子という立場は完璧だ。
アレイスの剣を使う弟子カナミと、その師匠である私。
2人が決勝戦で激闘を繰り広げた末に、私が優勝する。それが理想。
誰もがローウェン・アレイスのことを忘れないだろう。
そして、私の生きた証である『アレイス家の剣』は永遠にそこへ残る。
観客たちから褒め称えられ、私は『栄光』を得て、誰もが認める『英雄』となり、消える。
完璧だ。
――そう。これで完璧のはずなのだ。
そして、この完璧な計画には、カナミは必須だ。
カナミでないと、ダメなのだ……。
…………。
ああ、わかってる。
私も歪だ。
薄々と気づいている。私もスノウ君と同じ。
同じなのだが止まれない。そういうものだ。
スノウ君だってそうだ。
だから、私も『本当の英雄』を待つ――
カナミを求める――
カナミを得るために戦い続ける。
そして、『舞闘大会』初日の夜、私はカナミを奪おうとするラスティアラ・フーズヤーズと戦うことになる。
私の戦いは終わっていない。
千年の時を経ようとも、まだ終わるわけにはいかない。
今日までの全ての戦いを無駄にしないため、止まることはできない。
そう心の中で繰り返し、今日も私は剣を抜く。
カナミを誰にも奪わせはしない。
カナミは私のものだ。
◆◆◆◆◆
私は全身全霊をもってラスティアラ・フーズヤーズと戦った。
しかし、結果は引き分け。
私は少年を拾って、自室へと戻るしかなかった。
トーナメント表に恵まれず、焦ってしまったのが敗因だろう。
剣技は私のほうが遥か上をいっていた。しかし、その焦りをラスティアラ・フーズヤーズに読まれていたのだ。
そして、『舞闘大会』二日目の朝。
ベッドで眠る少年が目を覚ます。
「……ぁ、あなたは。……確か、ローウェン?」
気絶から回復した少年の名前はライナー・ヘルヴィルシャイン。
この少年が、あの『ヘルヴィルシャイン』の末裔というのだから驚きだ。全く似ていない。
「私を知ってるのかい?」
「出場者は一通り把握してますから……」
「そうか……。君のほうはライナー・ヘルヴィルシャインで間違いないかな?」
「あ、はい。この度は助けていただきありがとうございました……」
戦闘中とは打って変わって、ライナー君はとても礼儀正しかった。
こっちの性格が本来の彼なのかもしれない。
ライナー君は自分の寝ていたベッドを整え、深々と礼をしたあと、部屋から出て行こうとする。
「ちょ、ちょっとまて。どこへ行くんだ、ライナー君」
「もちろん、キリスト・ユーラシアのところです」
ライナー君は戦意を再燃させながら、カナミの過去の名を呟く。
兄が死に、その原因であるカナミとラスティアラ・フーズヤーズを恨んでいるという話らしいが、少しばかりカナミに同情する。彼は今、身に覚えのない恨みで命を狙われているのだ。
「……行っても無駄だ。君ではカナミに勝てない」
「そ、そんなこと、わかってます! けど、勝てないからって諦めるわけにいかないんですよ!」
「それが君の願いなのか?」
「願い? そうですよ、これが僕の願いです。誰にも邪魔はさせません」
それは私であろうと例外ではないらしい。
全身から殺意を噴き出させ、私を睨む。
私は肩をすくめながら、首を振る。
「……別に邪魔をするつもりはない。最初から言っているが、私は君と利害が一致している。私たちは協力ができる。だからこそ、止めているんだ。今行っても無駄だ。返り討ちになって捕まるだけだろうな。……だから、もっと賢くなれ、ライナー君」
「……賢く?」
「ここに君より強い剣士がいる。なら、私から剣を教わり、もっと強くなってから挑むという発想は出てこないのか? そのほうが成功確率は高い。そう思わないか?」
「確かに、あなたは強いんでしょうけど……。それでも、僕は今すぐ戦わないと……」
ライナー君の様子から、彼が勝ち負けよりも戦うことに意味を見出していることに気づく。
しかし、私はそれに気づきながら、気づかない振りをする。
打算があった。
今の私には仲間が1人もいない。
カナミには『ティアラさん』と『シス』がいる。スノウ君には『エピックシーカー』と『ウォーカー家』がいる。
それに対し、私はたった独りだ。
できれば彼を仲間にしたい。
今度こそ焦ることなく、じっくりとライナー君を鍛え、利用するのだ。
もちろん、ライナー君にお代は払う。彼には最高の剣術を与え、復讐より大切なものを教えるつもりだ。
「それは残念だ。君は筋がいい。更なるステージへ上がれる才能がある。私の剣を学べば、もっと強くなれると思ったのだが……」
「はっ、ははっ、そんな馬鹿な。僕に才能なんてありません。ただの凡人ですよ」
「私はそう思わないな。焦りさえしなければ、君は届きそうな人間だ」
「届きそう……?」
『理を盗むもの』たち特有の表現のせいで、ライナー君は眉をひそめる。
「あの妙に強いカナミたちに勝てそうってことさ。君が強くなって、カナミに勝てそうになれば、私にとっても都合がいい。頼むよ、私の稽古を受けてくれないか?」
「……強くなれるなら、そりゃなりたいですけど」
ようやく気を引くことが出来た。
私は言葉を間違えないように説得していく。
「強くなれる。一朝一夕でできることは高が知れているが、足りないところは武器が補ってくれるだろう。君に渡した剣は強力だからな。この時代で表現するなら、伝説の『聖遺物』ってやつかな?」
「え、え? これが『聖遺物』? こんなに禍々しくて、心がざらざらするのに……?」
「すごいな。心がざらざらする程度で済むのか。私は『感応』を使って無視しないと握ることすらできないというのに……。精神力が私やカナミとは段違いだ。いや、相性か?」
「これ、明らかに呪われた魔剣とかの類ですよ?」
「うーむ、確かにあらためて言われると、これに『聖』とつけるのはおかしい気がするな。けど、ティアラさんが使ってたのは確かだしな……。そういえば、最後に使ってたのはティーダだったな……、もしかして、そのせいか?」
「――ティアラ? 聖人ティアラ様のことですか?」
「そうだ。この国が信じているレヴァン教の聖人様のことだ。彼女の使っていた剣の1つなんだよ、それ」
「え、ええ? 聖人様の縁の物なんですかこれ!? あわ、わわわ」
ライナー君は手に持っていた剣を両手で握りなおし、扱いに困り始める。
その姿を見るのは面白かった。私にとってティアラさんは、ただのノリのいいお姉さんだ。しかし、この時代だと神様のような扱いとなっている。そのギャップのせいで自然と口がほころぶ。
ライナー君は、すぐに私のほうへと剣を差し出す。
「お、お返しします。そんなにすごいものだと思ってなかったので」
「いや、使ってくれ。それは君の手にあったほうがいい。そっちのほうが――、剣も喜ぶ」
――「カナミのためになりそうだ」。
そう思ったが、そこまでは口に出さないでおく。
「本当にいいんですか……? 『聖遺物』なんですよね、これ」
「構わない。私には何の魅力もないものだ」
私からすれば、この世界の伝説はどれも身近なものすぎて有り難味がない。
この剣も知り合いお手製の剣ぐらいにしか感じられない。
「ありがとうございます。この剣が力になってくれるのはわかるので、遠慮なく頂きます」
「そうだ。若者は遠慮するな」
「若者って……、ローウェンさんも若者の範疇だと思いますよ?」
「え? あ、ああ、そうだな。そういえばそうだ」
遥か過去を生きてきたせいか、いつの間にか老けた気分になっていた。
いや、年齢だけならば、今の私は千才を超えているのだが……。
「話がずれたな。今はそれよりも、君のことだ。私から剣を学んで欲しい。君なら強くなれる」
「……これを頂いた以上、断りづらいですよ」
「ふっ。それはよかった」
戦力の確保ができて、一安心する。
決勝までに彼を一人前へと鍛えあげれば、障害の排除の役に立つ。
私は席を立ち、部屋を出るように促す。
彼は戸惑いながらも、私と一緒に部屋を出ていく。
向かうのは闘技場だ。
今は『舞闘大会』の真っ最中だが、だからといって全ての闘技場が埋まっているわけじゃない。出場者として頼み込むと、空いているところを一つ貸してくれた。
私とライナー君は闘技場の中央で向かい合い、剣を抜き合う。
「さて、早急に始めようか。君にも私にも、余裕と時間がない。最低限のことだけを教えよう」
「よ、よろしくお願いしますね」
その後、私の試合外の時間は彼に付きっ切りとなる。寝る間も惜しんで、ライナー君を鍛え上げた。
彼も本気で応えてくれた。
僅かな時間で自分の技量が上がっているとわかってからは、彼は私を本格的に師匠と認めてくれた。
『ヴアルフウラ』の寂れた闘技場で、剣と剣が鳴る。
迷宮でカナミに剣を教えたのを思い出す。
流石にカナミと比べると上達速度は見劣るが、ライナー君も破格の才能の持ち主だ。おそらく、連合国中を探しても、彼より優秀な人間はそういないだろう。
教え込めば、本当に届きそうだ。
ヘルヴィルシャインなだけはある。これでヘルヴィルシャインでないのなら驚きだが、あの血を受け継いでいるのなら納得はいく。
教える途中、ライナー君は疑問を口にする。
「――ローウェンさんの剣って、もしかして『アレイス』の剣技ですか?」
「よくわかるね。双剣を使っていても、癖が出るのかな?」
ライナー君に合わせて、私も双剣を使って相手していた。
しかし、それでも彼は私の流派を当ててみせた。
「いえ、癖はありません。けど、なんとなくそう思っただけで……」
勘のいい子だ。
そして、この世界での勘の良さとは、『理』への理解力に繋がる。やはり、ライナー・ヘルヴィルシャインは逸材だ。
そして、ライナー君は少し不安そうになる。
師事する相手が、自分と全く違う種の剣を使うのだ。このまま教わり続けてもいいのかと迷うのも当然だろう。
「気にすることはない。私は双剣も達人だ。剣一つが本来の私なのは確かだが、双剣でも最強だから問題ない」
「す、すごい自信ですね……」
「こればっかりは自信満々だ。生まれてこの方、ずっと剣を振り続けたのだからな。自信ないほうがおかしい」
「……最強なのは認めますよ。あの『剣聖フェンリル・アレイス』と剣を合わせたことがありますけど、あのときはまだ勝てるヴィジョンが見えました。けど、ローウェンさんは別次元過ぎて、全く勝てる気がしません。……間違いなく、『剣聖』よりも強いです」
「ああ、そうだろうな。だから心配するな。それに教えてるのは、細かな剣技ではなく、全てに共通するコツや心構えばかりだ。君の双剣術は間違いなく強くなっている」
「ええ、それがわかっているから、素直に教えを受けているんですよ。そうでなければ、あなたを無視して出て行ってます」
ライナー君は毒を吐きながら、剣を振り直す。
私はそれを苦笑と共に受ける。
教えれば教えるほど、ライナー君はスポンジのように吸収していく。
鏡のように吸収したカナミを除けば、弟子の子どもたちの中ではトップのセンスだ。
誰かに教えるという行為は、とても楽しい。
そして、同時に力の消失を感じる。
教えれば教えるほど、身体の力が抜けていくのがわかる。
しかし、それを認めるわけにはいかない。
それを認めることは、私の人生を否定するのと同じだ。ゆえに、私はそれから目を逸らしつつ、教え続けた。
ライナー君の訓練は朝まで行われた。
そして、二日目。
『最強』の『英雄』グレン・ウォーカーとの試合の日を迎える。