IF『守護者ルート』その20くらい?(あらゆるネタバレあり)
「学園世界が終わったあとの話」
申し訳ありせん。現在、学園世界の完結編にあたるであろうIFルート17,18,19話はまだ存在しません。いつか書き足せるように空けておきたいので、ここから唐突に20(?)話が始まります。
・お題は「バレンタイデー二回目」
・登場キャラクターは「ティアラ、ヒタキ、ラグネ、リーパー、アルティ、ティティー、ノスフィー」
それは『学園世界』が終わったあとのこと。
なんやかんやで守護者の面子に、『月の理を盗む者』ラグネと『水の理を盗むもの』ヒタキと『神聖の理を盗むもの』ティアラが加わり、いつもの日常に戻って――
すぐあとのことだった。
暦にすれば、お正月を越えて、二月を迎えた頃。
『元の世界』での知識や習慣を、守護者たちが『異世界』まで持ち帰ったことで、そのイベントは起こってしまった。
場所は、過去にお店の運営勝負を行った『スイーツガーディアン』――のチェーン店の一つ。
あの日から流行に流行が重なったことで、連合国の各所には甘味処が増えていた。
その中のとある小さな店舗に、経営見直しするという理不尽なオーナー命令が下されて、守護者たちによって一時的に乗っ取られていた。
ただ、「小さな店舗」というが、連合国内では大きいほうである。
事前に色々と改装も行い(守護者らしい反則的な方法で)、奥の厨房は外観以上に広々としていた。
その潤沢な資金と権力を持っている守護者がオーナーだから可能な荒技の果て、いま『スイーツガーディアン第七支店』では――
「――はいっ! 特製チョコケーキ一つに、パワーアップチョコ二つに、スイーツガーディアンバレンタインデー記念セット四つっすねー! 少々お待ちくださーいっす!」
接客する『月の理を盗むもの』ラグネの声がカウンターから、バックヤード奥の厨房まで鳴り響いていた。
そして、その厨房奥では、その注文を受けるはずの店員たちがサボって、全く関係のないことで盛り上がっている。
最奥にあるスペースの様子にて、くすんだ髪を垂らした少女がコックの装いをして、叫ぶ。
「いいよぉ、リーパーちゃん! ナイスポージング! はいっ、そこで決め台詞!」
『学園世界』の暗躍で魔法生命体となった『聖人』ティアラだ。
彼女は同じ生い立ちの褐色少女リーパーと行動を共にすることが多かった。
そして、いまは軽装(ほぼ裸)のリーパーに赤いリボンを巻いて、別の次元で考案されたそうなネタの続きで遊んでいた。
「……え、ええっと、ハッピーバレンタイン? アタシをプレゼントだよ?」
「すごくいいよ、リーパーちゃん! やっぱり、綺麗な褐色に似合うねー! これでローウェン・アレイスなんて、一発KOだぁ!」
「え、ティアラお姉ちゃん様、それほんと!?」
「ほんとほんと! ティアラお姉ちゃん様は『聖人』だから! 『聖人』ウソツカナイ! 同じ魔法生命体の姉妹の絆を信じるのだ、我が妹よー!!」
「んー……。わかった、信じる。ティアラお姉ちゃん様は、世界で唯一の本当のお姉ちゃんだからね。あと『学園世界』であれだけチョコ贈っても駄目だったから、もうこのくらいやるしかないってのもある!」
「うんっ、本当のお姉ちゃんだよー。いやー、本当の妹というのは可愛いねー。ねー、別に本当のお姉ちゃんじゃない陽滝姉ー」
そして、知識はあれど経験の浅い妹を騙すティアラは、楽しそうに近くで真面目に調理中の仲間に話しかける。
「……はあ。私は、そういう下品なのは苦手です」
ケーキの注文を受けていた『水の理を盗むもの』ヒタキは溜め息をつきつつ、不機嫌そうに答えた。
彼女もお揃いのコック服を纏っていて、話しながらも手は止めていない。
その仏頂面に向かって、ティアラは手に剥き身のチョコを持って近づく。
「あ、ちょっと嫉妬してくれてる……? なら、はいっ、陽滝姉にも! 私からバレンタインあげる! あーん!」
「ハート型チョコ? 初めて見る形と匂いですね」
「私が陽滝姉のために、特製チョコを作ってないわけないじゃん! もちろん、これこそ本命も本命だよ!」
「本命は冗談でしょうけど……。手作りの上にそこまで言われると、無碍にはできませんね。あ、あーん……」
まんざらでもない顔で、ヒタキは差し出された剥き身のチョコを口にした。
ただ、そのとき、ずっと調理していたヒタキの手が止まる。
「いひひっ。まあ中身は、例の『木の理を盗むもの』のお酒――の特製の特製なんだけどね!」
「ぐっ、ぁあっ……! に、匂いは甘そうだったのに、食べてみると酒が濃い……!」
「今年のバレンタインプレゼントは、陽滝姉を楽にしてくれる特製ウィスキーボンボンの特注品でしたー!」
「よ、余計な物を。いまの私は九重の『呪い』によって、容態が安定しているというのに……。こんなに濃いチョコを……、こんなに美味しいもの味わってしまえば――」
「もちろん、吐き出してもいいけど……「しかし! せっかくの別に本当の妹じゃないけど、そこそこ可愛い妹分からのプレゼントですからねぇ! これは不可抗力でしょう!」
口では抗いつつも、『学園世界』で見事アルコール中毒症状患者となったヒタキは抗えなかった。
すぐさま陽気になって、そのチョコを全力で味わっていく。
「こんなに美味しい食べ物を吐くだなんて、もったいないおばけが出ますよ! 兄さんから「禁酒だ、禁酒!」と言われていたような気はしますが、こういう特別な日は仕方ありません! ええっ、仕方なくです! ああ、お酒美味しいー!!」
「いえーい! それでこそ、陽滝姉だ! ちなみに、私も食べてるよー! 結構酔ってるよー!」
十分にプレゼントを味わい飲み下した陽滝は、頬を紅潮させて「ふふふふふふ」と笑みを零し始めて、「アルコールが入ってる状態で調理はよくないですからね」と厨房から離れていく。
異常な酒の回り方だった。
なにせティアラは、あのティアラである。
その手作りチョコは、ただアルコールを濃縮しただけのものには決してならない。
ただの特製魔法チョコで済むはずがない。
血やら肉やら駆使して、魔法道具の域を越えていた。
本人の認識としては「相川兄妹の別人格を引き出すお薬」程度だが、見る人が見れば伝説的な呪物か聖遺物となる。
「陽滝姉、ウィスキーボンボン美味しかったねー! それで、どう? このリーパーちゃんの艶姿は!」
「ふ、ふふふっ――まあっ、狙いは分からなくもありませんね! ゲームイベントとかに、このような露骨にあざといプレゼントは出てきますから、私もよく知っていますよ!」
「だよねえ! 古今東西、バレンタインイベントと言えば、こういうのだよねえ! 私はよく知らないけど!」
「個人的に、えっちなことはよくありません……。が、元々リーパーは半裸キャラですから、今更って感じでしょう! なので、これは正当な進化の果てにある王道の完成形ではないかって気さえします! あーーー、可愛い! こういう妹が欲しかったなああああ! 兄さんの好みは、ほんと私と合うなああああああ!」
「いーっひっひっひ! やっぱ、このノリだよ! 陽滝姉のこの一面を見つけてくれたラグネちゃんとパリンクロンには、感謝しても仕切れないね!」
「そんなことより、もっとキャラとしての完成度を足すために、チョコアクセとか足しません? これからチョコ塗れにするんでしょうが、それだけでは工夫が足りません」
「陽滝姉も師匠に似て、ゲーム脳の凝り性だよね! ……というか、無詠唱《アイス》で作るの早っ!」
「せっかくなので、その一心同体な黒マントも、一時的にチョコにしましょうか。もちろん、魂の改造は私の得意分野なので、何も心配要りませんよ」
「おー、流動するチョコマントだぁ……。弱体化どころか封印されてるレベルなのに、ほんと無駄にハイスペだね、陽滝姉!」
「さあ、これでチョコ味の可愛い死神ちゃんが完成! 我ながら、いい味してるキャラクターに昇華できたのではないでしょうか! 邪悪の滲み出るティアラと比べて、こちらはいい! ラブリーシスター!!」
「ちょいちょいディスがこっちに飛んでくるけど、身に覚えもあって何も言い返せない私! ただ、ほんと凄い完成度だね! これってつまり、チョコ部分を全部食べて、そのままプレゼントされたリーパーちゃんをペロペロしろってこと!? あの純情殺人鬼のローウェンに!?」
「別に、そういう意図は私にはありませんでしたが……。そうなったらそうなったで面白――クソぼっちのローウェン・アレイスもやっと幸せになれるので、いいことでしょう! 千年前、彼にはかなり無理矢理に『理を盗むもの』枠の穴埋めをして貰いましたからね! このくらいのお礼はしておかないと!」
酔っ払い二人は笑い合い、千年越しに楽しく他愛もない話を繰り広げていく。
当然ながら、それは調理を任せていたオーダー係にとっては堪ったものではない。
お店のカウンターにて接客をしていたラグネが、厨房まで怒鳴り込んでくる。
「チョコケ一にパワチョ二にセット四ってぇ、さっきから言ってるっすよねえええ!? というか厨房で幼子を脱がせて、チョコデコしようとするなぁ! お二人とも反省労働中でしょぉお!!」
その侍従服を着た友人のガチギレに、ヒタキは顔を明るくして酔いを加速させる。
「ふふっ、あーはっはっははは! ラグネェエエエエ! あなたも、よく似合ってますよぉおおお! その制服ぅうう!!」
「そんなことは聞いてないから、いいから働けっす! 馬鹿ヒタキ!」
「しかし、もう私は呑んでしまいましてぇ、私個人としてはアルコールありの運転や調理、お仕事は良くないと思っていますので……、先にあがっても構いません? ちゃんと衛生面を考えて、休憩室で遊りますので」
「こらぁ! 都合のいい『元の世界』のコンプラを持ち出しても、こっちにはないっすからね! いいからサボるな、この酔っ払い!!」
真似して叫び返されて、ラグネの苛立ちは頂点に達していた。
「ええ、酔っ払いの私ですよー。酔ってるので、ちょっとしたお茶目くらいは許してくださいー」
「そういう言い訳が通るのは、身内相手だけっすからね! そういう予防線を張る酒飲みは、ただただ厄介なだけっす」
「ふふふ。しかし、そんな厄介な酒飲みにさせたのは、あなたですよ? ちゃんと責任を取ってくださいね、ラグネ」
「全く知らない話っすねー。ただの他人っすから、私ー」
最近身内扱いしてきて遠慮が無くなっているので、ラグネは全力でヒタキを突き放す(二人の仲の良さを、かなり重い視線で見つめるティアラが怖いというのもある)。
すぐにラグネは視線を二人から外して、厨房にある窓に向けた。
「とにかく、見るっす! この外の行列を!!」
いま、連合国は空前のチョコブームにあった。
いつもの守護者たちの悪ふざけ+大宣伝の結果だ。
各地でチョコが売りに出されては、バレンタインデー(パリンクロンと協力して、こちらでも設定された)が近づくのを、いまかいまかと民衆は待っている。
当然、『元の世界』の材料と調理技術を加えたことで、連合国で最も美味しいチョコを出している『スイーツガーディアン』は大繁盛となる。
「こんな小さいお店に、この客の量! んで、嫌がらせのように接客は、ほぼ私一人! 過労で死ぬっす!!」
ラグネは半ワンオペ状態になっているのを従業員として訴えた。
ただ、返ってくるのはブラック職場らしい答えだけ。
「とか言ってー、ラグネちゃん。一人でお店さばけてるくせにー」
「ですね。ラグネは兄さんと似て、限界を演じて、余裕を作る悪癖があります。この私さえ騙す『演技』持ちなので信用なりません」
「こ、この二人はぁ……! あと、このお店を始めた人たちは、全く手伝おうとしてくれないしぃ……!!」
怒りに震えて、ラグネはバックヤードの隅っこに目を向ける。
そこには大きなテーブルがあって、三人の守護者が席に着いていた。
近くには商品開発部兼試食部という立て札があって、仲良く『火の理を盗むもの』アルティ『光の理を盗むもの』ノスフィー『風の理を盗むもの』ティティーがチョコを嗜んでいる。
店のメニューは、この三人の手によって開発されている。
なので、連合国では手に入ることのない魔法チョコばかりだ。
先ほどのティアラ作ほどではないとしても、一個で酔えるチョコレートボンボン。逆に、酔いを一瞬で覚ます解毒チョコ。あとは迷宮のスポンサーとして、探索で需要がありそうな高カロリーチョコ。バフや回復の効果のあるチョコまで。何でもござれとなっている。
その開発陣の一人であるアルティが、従業員ラグネの訴えを却下していく。
「はあ? ラグネ、当たり前だろう? おまえのせいで、どれだけ私たちが『学園世界』で辱めを受けたと思うんだ。あっちで私たちが苦労した分、おまえはここで苦労し続けろ」
ばっさりと冷たく切り捨てるが、試食担当のティティーは少し同情的である。
「んーむ、しかしヒタキまで抜けて、一人で作って一人で売るとなると……。正直、童は手伝ってもよいのじゃが……まあ、ここはしっかりと罰を受けたほうが後腐れなくてよいじゃろうて。あと一ヶ月くらい頑張れ、ラグネよ。それで童たちの仲間入りじゃぞー」
ラグネは一番の味方であるティティーからも見捨てられてしまったが、まだ諦めない。
「し、しかし、この私が『学園世界』脱出の突破口を開いたのは確かっすよ。あの功績を踏まえて、もっと私に優しく――」
「いや、ラグネがあの日、カナミ様を騙し討ちで『元の世界』に連れ去らなければ良かった話ですからね。あれ」
しかし、ノスフィーに逃げ道を塞がれる。
仕方なくラグネは、矛先を酔っ払い二人に移す。
「そうかもっすけどぉ! 『学園世界』なんて馬鹿なのを始めたのは、あそこにいる馬鹿ヒタキとティアラ様っす……!」
「そう言われましても、『学園世界』は終わってみれば、そこまで悪意のあるものじゃありませんでしたし……。辱めは辱めでしたが……」
ノスフィーは穏やかな目を、はしゃぐ酔っ払い二人に向ける。
千年前の事情で特別な憧れと親愛を抱いているので、ラグネと比べてかなり二人に甘く、減刑されていた。
その裁判官の差別に、どうしてもラグネからは愚痴が零れる。
「うぅ、なんか『世界』が、私にだけ冷たい気がするっす……。『学園世界』で結構頑張ってた気がするのに……」
「『学園世界』脱出の一番の功労者はティアラ様ですからね。そこの差は受け入れてください」
「…………。……へいへいっすー」
結局、『学園世界』脱出は「全てティアラ・フーズヤーズのおかげ」となっていた。
当然ながら、本当のところは違う。
千年前と同じく、またティアラの手のひらの上で、有耶無耶にされてしまったのだ。
つまり相変わらず、この時代の守護者たちは何も解決することなく――いや、より千年前以上に事態を悪化させて、いまを謳歌している状態だった。
中でも、特に謳歌しているのはティティーだ。ばくばくと試作や失敗作のチョコを口に入れては、満面の笑みを浮かべる。
「よし、話は綺麗に纏まったのう! というわけで、童は新作チョコを……ああ、どれも美味い! 美味い! 美味い!」
「食べ方がだらしないですよ、ティティー。ほら、口拭いて」
「ありがとなのじゃ!」
ティティーの口回りについたチョコに、ノスフィーは布巾を当てる。
その様子を見るアルティは、ずっと微笑み続けている。
「やはり、チョコフォンデュが一番好評か。というか、私にとって一番得意で、手軽というのもあるな」
「あなたなら、常に火加減ばっちしですからね。……ただ、もっと別のことも挑戦してみませんか? 例の《ミドガルズ》系の魔法を応用して、チョコの蛇とか。獲物の口を追尾して、絶対逃がさない感じの」
「は、はあ……? おい、ノスフィー。頭がおかしくなったか? そんな魔法作るわけないだろ。何の役に立つって言うんだ」
「どうしてもチョコを食べさせたいとき、必要になるでしょう」
「どうしても、食べさせたいとき?」
「はい。……そろそろですね」
そう言って、ノスフィーは口元を拭いていた相手に目を向ける。
すると、ティティーは目の前の人物に目を奪われたかのように、全身を震えさせながら愛おしげに手を差しのばす。
「う、うぅぅ……、ノスフィーよぉ、いつもありがとうじゃあ……。おぬしは千年前から、本当に可愛いのう。千年と百十一年前から愛しておるぞぉぉぉ……」
そのまま、べったりとノスフィーに抱き付いて、告白までした。
二人の仲がいいことは知っていても、普通ではないと判断したアルティは、この異常の原因に向かって問いただす。
「ノスフィー。これは……、なんだ?」
「惚れ薬です。定番ですね」
「惚れ薬ぃ? 確かに定番かもしれないが……、あのティティーだぞ? 伝説の『統べる王』に影響するとなると、普通じゃない。もしかして、これは……、例の『魅了』か?」
「流石、アルティは話が早くて助かります。――所謂、これは『呪い』のチョコですね。ティアラ様から教わった『呪い』抽出技術を応用しました。ちなみに、他の『呪い』のチョコもあります。ということで、ティティー、どうぞ。バレンタインプレゼントですよー」
ノスフィーは説明しながら、次のチョコを持ちだした。
想い人から渡されるプレゼントを、ティティーは嬉しそうに受け取って、すぐ口に含む。
「うむ! ああっ、美味いぞ! 美味い、美味い、美味い! 美味っ軽いなぁああああ!」
ただ、その楽しそう過ぎる反応には、アルティは少し顔を顰める。
「なんか危険な麻薬みたいになってないか? 流石の史上最強大魔王ティティーでも、解毒に時間がかかりそうだが」
「もちろん、解毒チョコも用意してますので、ご安心を。理論上、三十個ほどで完治ですね。ほら、ティティー。たーんとお食べ」
ノスフィーはペットに餌をやるように、次々と新たなチョコを持ちだしては、ティティーの口に放り込んでいく。
そして、リスかハムスターのように頬を膨らませたティティーは、数秒後に魔法チョコの効果から脱する。
「もぐもぐもぐもぐもぐ……ハッ!? わ、童は一体なにを……!」
「いや、そんなハッとするほど変わってませんでしたからね。ただのテンション高いティティーでしたよ」
「言われてみれば、そうじゃな。もぐもぐ」
色々と盛られるティティーだが、親友ノスフィーに対する信用に揺るぎなかった。
それと基本的に『理を盗むもの』の倫理観がボロボロというのもある。
なので、千年前にモルモットと軍人の経験のあるアルティの評価は、問題なく上々となる。
「……なるほど。悪くない。私たちの『呪い』の研究は大事なことだからな。あの理不尽な最悪を、ここまで制御できているのは……、本当に素晴らしい。あの故郷の研究院でも、なしえないことだろう」
「アルティなら分かってくれると思いましたよ。……ちなみに、性格の『反転』チョコや記憶の『忘却』チョコも一応あります。が、これは流石に『持ち物』に封印ですかね」
「そこはアウトかい? しかし、惚れ薬だけは特例で、ティティーで臨床実験したとなると――」
「ええ。今回の最大の目的は、カナミ様に惚れ薬を盛ることです。意中の異性を堕とすチョコレート……。それだけの為に、今回私は全力でバレンタイりました」
「バレンタイってしまったか。……ああ、いつだっておまえはそういうやつだ。だから、さっき私に《ミドガルズ・チョコ》を強請ったんだな」
「惚れ薬を察知されて、食べて貰えなくなる可能性は高いですからね。そのとき、強制的に食べさせる魔法が、一つは欲しいところ。なにせ、いまの私たちでカナミ様の相手は――」
「カナミ、『学園世界』で強くなったからなあ。専用の食べさせる魔法がないときつそうだ」
「魔力や素質といった『ステータス』は低くとも、あの新しく手にした『魔法少女』の力が侮れません」
「それで、胃が破裂してもいい《ミドガルズ・チョコ》の出番か。……正直、危なくないか?」
「すぐに回復させますから平気ですよ。これでも、私は回復魔法のプロフェッショナルですから」
「確かに、内臓破裂程度なら……よくあることだし、大丈夫か」
「ちなみに惚れ薬ですが……、私とアルティ、交代で惚れて貰いましょう。そういう旨みがないと、あなたも協力し甲斐がないでしょうから」
「別に、私は……。そんなことなくても、おまえに協力するぞ。最近あいつ、私が師だったことを忘れているからな。少しお灸を据えねばならんと思っていたのもある」
「……そうですね。そういうことにしておいてあげましょう」
もっと理由は複雑で様々だろうにと、自分以上に素直になれない相棒アルティに向かって、ノスフィーは笑いかけた。
そして、そのままデリケートな心中までは追求することなく、退店の準備を始めていく。
それを見たティティーは、慌てて注文を追加する。
「むっ。それじゃあ、童はアイドに土産を買っておいてやるかの。家族チョコとやらの概念もあるらしいからな! ということでラグネよー。持ち帰りに、さらに十セット頼むのじゃー」
「ふ、ふざけんなぁああー!! あいつらチョコデコするからってガチで別室に行って、こっちは一人になって大変なんっすよぉおー!!」
「まあまあ、その分くらいは童も手伝おうぞ。ちょっとは手作り感出しておかんといかんからのうー」
「え? て、天使っすか……」
すぐさま忙しなく店内を走り回るラグネから叫び返されたが、ティティーは珍しく姉らしい顔つきで協力し始めた。
その後ろでは、ノスフィーが「家族チョコ……。ああ、そう言えば」と思い出したかのように『持ち物』から、また別のチョコを取り出す。
「アルティ、知っていますか? 家族チョコ以外にも、友チョコというのもあるのですよ」
「知っているとも。『学園世界』は長かったからな。無駄に知識だけは増えている」
「では。あーん」
「…………」
口元まで近づけられたチョコを、アルティは黙ったまま睨み付ける。
その警戒心の強い猫のような顔をノスフィーは苦笑しながら、首を振る。
「惚れ薬チョコではありませんよ。本当に、普通の友チョコです」
「……分かった。疑って悪かったな」
嘘はなく、素直な好意だと、二人の間柄ゆえに伝わり合った。
アルティは恥ずかしがりながらも、その差し出されたチョコの端っこを唇でくわえて、ぱくりとそのまま口の中に入れた。
そして、ゆっくりと噛み味わうこと、数秒。
「……お味はどうですか?」
ノスフィーは聞きながら、どこか誇った顔をしていた。
自信作ゆえだ。
その万能さと器用さは一流シェフレベルで、必ずアルティは「美味しい」と答えつつ唸ると確信していた。
が、その予想と違い、第一声は――
「――ノスフィー、好きだぞ」
「……ぇ? え? う、ぅえぇっ!?」
その唐突な告白にノスフィーは驚き、逆に唸ってしまっていた。
すぐさま『持ち物』に手を突っ込んで、自分が渡したチョコが惚れ薬と間違えていないかの確認を取る。
その慌て具合に満足して、アルティは笑い返す。
「冗談だ。さっきから、ずっとペースを握られているのが癪だったからな」
「だからと言って、惚れ薬を食べた振りは……」
「照れたかい? ただ、こっちは友チョコを無警戒で食べるくらいには、普通におまえのことが好きなんだがなあ」
「……あー、はいはい。こっちもですよ。こっちも好きですから、もうやめてくださいね。思ったよりも、恥ずかしかったので」
「ドッキリ成功だな。……美味しいプレゼントをありがとう、ノスフィー」
ちょっとした悪戯はあったが、最終的には名前を呼んで真っ直ぐお礼を言うことで収まる。
それにノスフィーも真っ直ぐ見つめ返して、「どういたしまして」と答えた。
そこでラグネと一緒に走り回っていたティティーが、仲間はずれを嫌って叫びながら近づいてくる。
その両手には、持ち帰り用のチョコが入った木製網カゴが二つずつ。
「待てい! 童も、おぬしらのことが大好きじゃぞー!」
そう来ると最初からわかっていたノスフィーは、慣れた手つきでアルティに渡したのと同じチョコを『持ち物』から取り出して、餌をやるように放り投げる。
「はいはい。ティティーにも友チョコ友チョコ」
ポポイッと投げられたチョコを、ティティーは器用に口でキャッチする。
「うむ! 友チョコも美味い! いや、一番美味い!」
「でしょうね。あなたたちの為に時間をかけて、本気出しましたから」
「では、そろそろ行こうかのう! 早く行かないとバレンタインが終わってしまって、他のたくさんの「好き」を、伝え損なってしまうのじゃ!」
「ですね」
それを最後に、仲良し三人組はバックヤードから裏口に向かう。
とりあえずの挨拶代わりのノリで、アイカワカナミに惚れ薬を盛る為に、店を出て行く――
◆◆◆◆◆
――そして、夜。
一日働きづめだったラグネは、息も絶え絶えになって、バックヤードにあるテーブルに突っ伏していた。
「ぜーはー……、ぜーはー……。結局、まともに手伝ってくれたの、リーパーちゃんだけだったっす……。ただ、チョコアクセたっぷりで、バレンタイン限定キャラみたいな感じが人気過ぎて、口コミで客が増えた気もするっすけど……」
ほぼ一人で一日お店を回しきったことで、彼女の体力は限界だった。
対して、お店の同僚たちは手抜きに手を抜いていたので、同じテーブルに座りながらまだまだ元気である。
日中の話を楽しそうに続けていく。
それも、さらなる戦利品を加えて――
「ということで、闇の開発部で制作された呪物の余りが、ここに」
そうティアラは言って、テーブルの上に、様々な魔法チョコを広げる。
それには、ずっと開発部の話に聞き耳を立てていたヒタキが疑問を浮かべて、すぐさま断定していく。
「向こうで、余りは封印するとか言ってませんでした? ……ティアラ、盗みましたね」
「人聞き悪いなぁ、陽滝姉! 盗んだんじゃないよ! 正当なスポンサー報酬だよ!」
「千年前からあなたは本当に……、そういう言い訳で美味しいところばかり盗んで……」
「そう言わない言わない。少なくとも、WinWinになってるのは確かなんだから。『呪い』についての知識を教えたから完成したものだからねー、これー」
「それは……、確かにあなたの千年前から今日まで溜め込んだ知識の価値は計り知れませんが……」
「でしょ! 陽滝姉に十種の『呪い』を重ね乗せた経験が、あちこちで活きてるね!」
「いま思い出すと、あれは少々賭けでしたが……。毒をもって病を制した形ですし」
「いつだって医療って、そういうものだよ。――という脱線話は置いといて。どうぞリーパーちゃん、今日のお給料だよ」
数あるチョコの中から選んで、同じテーブルのリーパーに手渡す。
それを見たリーパーは、少しだけ焦る。
「ほ、惚れ薬……。これってすごくレアアイテムなんじゃないの? アタシが使ってもいいの?」
「いいんだよ。リーパーちゃんの為に作られたと言っても過言はないからね、これ」
「……ごくり。これさえあれば、ローウェンでも――」
「これさえあれば、乙女の悩みは全て即解決! 勝った! リーパー・ローウェン編、完! ということで、かんぱーい!」
「か、かんぱい!」
そして、『持ち物』からグラスと酒を取り出して振る舞い、それにリーパーは続いた。
堂々と未成年飲酒がなされる空間の中、ヒタキはグラスコップを傾けながら聞く。
「というより、その惚れ薬さえあれば、最初から小細工など要らなかったのでは? えっちなチョコデコで私を食ーべてーなんて、ベタな作戦をやるまでもなく」
「いや、甘いよ、陽滝姉。『相違』持ちのローウェン相手に、それじゃあ足らない。全然足りない。……あと、陽滝姉の呑み具合も足りない」
「え? あ、ああ……。呑みます呑みます」
「大事なのは、既成事実だよ! もうどうしようもないくらいに逃げ場を潰して、完膚無きまでの詰みにして、相手の心を折ることこそ肝要! じゃないと私みたいなしぶとい何かに化ける可能性があるって、よーく知ってるでしょ! 止めって、超大事!」
「……た、確かにっ! 逃げ場を防ぎ、詰ませて、止めを刺すのは大事なことでした! あと単純に、どうせなら完勝が気持ちいいですからねぇええ!」
「いひひひー! そーゆーこと!」
すぐさま同意を得られて、ティアラは満面の笑みを浮かべた。
カナミと同じゲーマー気質でも、妹のほうは感性と価値観が真逆だ。アルコールさえあればノリのよかった姉に感謝しながら、次の遊び場に向かう準備を行っていく。
「ということで、ローウェンには『魅了』をぶちこむぞー! 他の面々は、性格の『反転』チョコあたりをぶちこむ!!」
「私のときと同じく、『呪い』を重ねての治療実験ですか! いいですねぇ! ファフナーとセルドラあたりは、かなり詰んでる『未練』なので、これであっさりと本当に解決する可能性ありますからね!」
「だよね! まあ、もし駄目だったとしてもあの面倒な性格が改善するってことで、良いこと尽くめ!」
完璧な計画だと「あはははは」と称え合う二人の横では、ラグネは突っ伏したまま「こ、こわー」と友人たちのモラルの無さと邪悪っぷりに引いていた。
なので、その全身で関わり合いを拒否しているラグネは置いて、三人だけの出発となる。
「それじゃあ、襲撃に行こっ! アタシはローウェンだけ狙うけど! ひひひっ、楽しみだなあ!」
「ローウェンは任せたよ! 他の面々を面白くするのは、この本当のお姉ちゃん様にお任せぇ! いひひっ、楽しみだねー! 初めてのバレンタインで、迷宮のお家でハラハラワクワクソワソワしてる男性陣を、絶望のどん底に落とすのはー!」
「行きましょうか! ここまで色々言い訳しましたが、あの大嫌いな兄さんが惚れ薬で大嫌いな私に夢中になるかもしれないというだけで、このイベントは逃せない! ラスティアラさんは良い子ですが、大事な本当の妹を放置しすぎです! たとえ仲は最悪でも、兄は妹に尽くす義務があるってぇ、世の理から決まってるんですからあー!!」
こうして、お昼に出発した仲良し三人組よりも邪悪な仲良し三人組も、子供が遊びに行くかのようにダダダと駆け出していく。
それを耳にして、ラグネは「やれやれっす……」と顔を上げた。
その視界の先。
なぜか、一人だけバックヤードに残っていた少女が映る。
裏口の手前で振り返っていたティアラだ。
全ての黒幕が、ラグネに笑いかける。
「……ラグネちゃん。他人事みたいだけど、共犯者だからね? 陽滝姉を『相違』させて『忘却』させて『自失』させて――とにかく、いまの状況を作り出した私の共犯者」
その笑みには、粘つくような執着的親愛と狂気的信頼が含まれていた。
それをラグネは否定することなく、『呪い』研究の助手として頷く。
「別に、いまさら止めるなんて言わないっすよ。お嬢とヒタキが……いや、みんなが幸せなら、私には十分過ぎるっす」
「うん……。いま私たちは、千年前の何百倍も幸せなんだよ……。だから、これを私は続けられる限り続ける……! だって、このみんなのハッピーな毎日こそが、この私の本当の『未練』だったんだ! いーひっひっひっ! ああ、新しい展開ってのはいつだって楽しいなああ! 物語の章跨ぎは、いつもハラハラワクワクソワソワするなぁああ!」
そう言い残して、ティアラは「いひひっ」と笑いながら、大好きな妹と姉のあとを追いかけて行った。それをラグネは見送り、思う。
「いってらっしゃいっすー」
……正直、これから先どうなるかは全く分からない。
『呪い』の重ねがけ治療は、所詮は対症療法で根本治療ではなく、問題の先延ばしだ。
ただ、彼女の言うとおり、いまだけは誰もが幸せで楽しそうなのも、確かで――
十分過ぎるか。
私も『演技』なく話せて、対等な友人がこれだけ増えた。
ただ、それはそれとして――
「んで、まじで誰もお店手伝ってくれねーんっすね! 明日の準備と仕込みとか、ここからが大変なのに! うぅ……」
お店で苦労した分は「信用させ続けて、いつか裏切ってやるっす!」と笑みを浮かべて、楽しい未来に思いを馳せた。
こうして、これからも『理を盗むもの』たちは争い合い、解決し合い、笑い合う。
ティアラの宣言通り、続けられる限り。
その未来に向かって、守護者たちは今日も明日も、楽しみ続けていく。
本当は14日に投稿する予定でしたが、一週間以上遅れた上に色々雑で、すみません……。
ティアラはラグネが作った「ヒタキの気の許せる友人枠」を奪おうと必死です。
モテを気にする男性陣はカット。リーパーは悪い友人(主にティアラ)の影響で癒し率ダウン。そんなネタでした。
次ですが、たぶん新作かもです。
とはいえ、本格的なのはやらないと思います。常に習作で実験作! それではまたー!




