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IF『守護者ルート』その13(学園編その3の下)(9章までのネタバレあり)




 河原にて、ラグネとヒタキが決闘を始めた。


 その裏で。

 別の物語が動いていく。

 それも、ヒタキの息抜きという油断を突く形で。


 まず、相川家の長女カナミ。

 いつの間にか家からいなくなった妹を心配して、彼女は外に探しに出ていた。


 そして、一人暮らしの少女ラスティアラ。

 ラグネの協力者サポーターとして、常に近くで控えていたのだが、急に携帯で連絡が繋がらなくなってしまい、慌てて街中を走り回っていた。


 カナミとラスティアラ。

 本来ならば、ヒタキとティアラが全力で抑えている特異点が二人。

 裏の空白時間にて、二人は自由な移動が許されてしまった。


 それは住宅街ならばどこにでもある十字路だった。

 石壁が少し高く、見通しが悪い曲がり角。


 走るカナミと走るラスティアラ。

 糸で引っ張り合っているかのように、二人は引き寄せられていき――


 ゴツンッと。

 痛く重く、生々しい音だった。


いたっ!」

「つー!」


 カナミとラスティアラは、曲がり角でぶつかってしまう。

 身体だけでなく、頭部も勢いよく衝突したせいで、かなりの衝撃と痛みが両者に走った。


 どちらも後ろに転びかける。

 だが、すぐさまカナミのほうだけは体勢を立て直して、自分とぶつかってしまった相手に手を伸ばした。


 倒れそうになったラスティアラの手を掴み、その全身を支えるカナミ。

 自然と二人は向かい合い、近くで互いの姿を確認し合う。


「……え、あれ? カナミ先輩?」

「あなたは、前に学校で会った……」


 学校で有名人であるカナミの顔は、たとえ暗がりでもはっきりとわかった。

 そして、制服を着ていたラスティアラは、カナミにとって特別な意味を持っていた。以前に「どこかで会ったことがある?」とナンパのような声かけをしてしまった相手だからこそ、とてもよく覚えていた。


 二人は「大丈夫?」と声を掛け合って、互いにぶつけた額を見せ合って看病し合う。

 どちらも大事になっていないのを確認してから、カナミは話を聞く。


「ええっ!? 一人なの? こんな夜中に?」


 ここですぐにお別れとならないのが、カナミという人間だった。

 夜中に一人で歩く少女を心配して、できれば家まで送ってあげようかと自然に考えていたのだが、ラスティアラは家に帰るわけにはいかない事情を話す。


「はい。ちょっと連絡のつかない友達を探してまして……」

「そうなんだ。実は、私も妹を探してて……。妹の携帯は家に置いたままで、困ってて」


 二人は目的を共有し合い、視線を交わし合った。


 不思議と、どちらも視線を逸らせない。

 その空気に耐えられなくなったカナミは、無理やり視線を外して、自動販売機を探した。暖かいものを飲んで一息入れたかったが、目の届くところに都合よく設置されてはいない。

 仕方なく、思いついたままの言葉を口にするしかなかった。


「それじゃあ、一緒に探す? 最近は不審者が多いって聞くからね」

「……は、はい! お願いします!」


 その理想の答えに、ラスティアラは飛び跳ねて喜んだ。

 予期せず、憧れの演劇部スターと交流を持てた。だが、すぐに我に返って、丁寧な自己紹介を始める。


「あ……、中等部二年のラスティアラです。よろしくお願いします、先輩」

「どうも初めまして。高等部二年の相川渦波だよ」

「ええ、よく知ってます。有名人ですから、先輩って」

「うっ……。ちょ、ちょっと照れるね」


 その照れ顔を、くすくすと笑うラスティアラ。


 本来、ラスティアラは内向的な性格だ。だが、なぜかカナミ相手だけは上手くコミュニケーションが取れて、弄ることさえできた。

 そして、それがカナミにとってマイナスにはならない。ラスティアラという新しい後輩が隣にいるだけで、なぜか不思議な心地よさがあったからだ。


「とりあえず、こっちかなー? 二人で、目ぼしいコンビニを回っていこうか」

「はい。それがいいと思います」


 こうして、なぜか気が合う先輩後輩は並んで、夜道を歩き出す。


 そのラスティアラの足取りは羽のように軽い。

 だが、カナミのほうは少しだけ足が重い。


 原因は、先ほどぶつかったときから続く奇妙な頭痛。

 ずきずきというほどではない。だが、つつつと撫でられるような違和感がある。


 ラスティアラと接触してから、痛みだけでなく、熱くもあった。

 心臓の鼓動が早まっているような気もする。

 カナミは不思議だった。


 ちょっとぶつかっただけなのに、私の身体に何が起きているのだろう……?

 先ほどから、胸のどきどきが止まらない……。


 そう考え込むカナミの頭によぎる言葉が一つ。


 ――『たった一人の運命の人』。


「…………」


 すぐにカナミは首を振る。


 いや、それはおかしいだろ。

 ラスティアラは女性だ。

 なのに、『たった一人の運命の人』?


 ありえない。

 当たり前だが、それには非常に大きな問題がある……。

 問題が、ある……はず?


「……ん?」


 なぜか、そうでもないような気がした。


 ただ、問題がないということは。

 それはつまり、私とラスティアラの間に障壁は何もないということ。

 その答えを出したロジックを逆に辿っていき、微かに思い出される記憶――


 とても暗い洞窟のような場所。

 そこにはゲームに出てくるような真っ黒なスライムモンスターが、陽気に笑っていた。他には、身体が炎の少女も。背中に翼がある少女も。たくさんの特徴的な人たちに囲まれて、私も笑っていた。いや、私ではない。

 そこには僕と呼ぶべき黒髪黒目の少年・・が、とても楽しそうにみんなと話をしている。


 ――男だった相川渦波の記憶が、フラッシュバックする。


 …………。

 私が、男……?

 いや、絶対にありえない。


 さっき、女性用サンタコスを着ていた私が?

 色々と押し切られつつも、気分よくアイドルステップを踏んでいた私が?

 はははっ。


 学園でも、私は女性で通っている。

 もし性別が違えば、大事だ。

 特別な理由があれば構わないだろうが、基本的には禁足事項で犯罪行為だろう。


 いまのところ、私に生まれながらの特別な事情など特にない。

 ないのに、もし男だったとすれば、それは私が常日頃から女装しているということになる。女装して学園潜入なんて、どこかのゲームか漫画か。

 現実には絶対ありえない。

 そう自分で結論付けかけたとき、ふとよぎる記憶がまた一つ――


 どこか見知らぬ学園だった。

 いや、それが『魔法学院』であると、知識で知っている。

 そこには美人の四姉妹が通っていた。

 魔法の世界らしい翠と赤の髪の女性、それと私の妹ノスフィー。

 その三人の後ろを見守るように歩く長身の――女装をした黒髪黒目の男、相川渦波。


 ――女装して美人四姉妹を演じていた記憶が、フラッシュバックする。


 んー?

 いや。

 いやいやいや。

 そんなはずはない。


 四姉妹はおかしい。

 うちは三姉妹だ。

 ずっと相川家は、三姉妹でやってきて……。


 相川家が、三姉妹?

 引っ掛かる。

 いや、三姉妹で合っている。

 合っている……はずなのだ。

 なのに、なぜか三姉妹もおかしい気がしてきた。


 よーく思い出せ、私。

 よーくよーくよーくだ。

 私は生まれた頃から、ずっと女性だった。

 女性の中の女性として、ずっと生きてきた。

 どこに出ても恥ずかしくない女性を目指してきたからこそ、ふとよぎる記憶――


 その日はクリスマス・イブ。

 こことは違う都会の街で、私は一緒に歩いていた。

 可愛い私の娘と手を繋いで、歩いていた。

 理想の『母娘』が「あーん」をして、二人で笑い合う。

 その人生最高の素晴らしい時間は、次の日の誕生日まで続いた。


 ――ラグネ・カイクヲラのママだった記憶が、フラッシュバックする。


 ママ……?

 この年で……!?

 いや、ありえなくはないか……。色々な事情の人もいる。実際、私の母も若い年で妊娠した上に、かなりの早産だった。


 だとしても、流石に私は違う。

 もし子供がいたとして、それを忘れることだけは絶対ない。

 忘れて「知らない」「ありえない」なんて言っていたら、それは本当に最低最悪の鬼畜のゴミクズだ。


 私はママじゃない。

 そんなはずがない。

 ママじゃなくて、僕は相川家の長女だ。

 そう。理想のママじゃなくて、僕は理想の姉。

 僕は僕だ。妹のために、立派な兄として――


 あ、兄……?

 あれ……?


 すぐに手を胸に持って行って、確認する。

 胸はある。あるのが安心するが、あるのはおかしい気もする。


 わ、訳が分からない。

 ただ、混乱するだけではない。

 相反する矛盾した情報が複雑過ぎて、余りに統一感がない。

 頭の中の疑問符ばかりが膨れ上がって、脳の熱暴走が止まらない。


 あれ? え? あれ? え? と目がぐるぐる回る。

 足元がふらついて、いまにも誰かの手に縋りつきたい。

 けれど、後輩のラスティアラは不味い。

 直視しているだけで、こんなにも胸が熱くて――



「――説明してやろうか?」



 闇の中、静かな声が響いた。


 聞こえた方角は前方。

 また曲がり角だ。


 カナミは驚き、身構えながら、目を凝らす。

 そして、曲がり角の暗がりから現れる一人の男。


「この世は、本当に幻ばかりだよなあ? 誰もが本当の自分を、誰にも証明できない。こっちだと胡蝶の夢って言うらしいが……。確かに、この世に確かなものなど一つもない。その通り。だが――」


 一言一言が、カナミに突き刺さる。

 いまのカナミの状況どころか、頭の中まで読んでいるかのような言葉だった。


 男の声は言葉でなく、まるで詩を詠み唱えているように、夜に響き満ちていく。


「だが、確かに証明される絆は存在するだろう。それは例えば、どこだろうと、何があろうと、赤い糸によって二人は必ず出会う運命。くだらない呪いだが、いまだけは便利だったな。なあ? カナミ、知りたくはないか? ――この世界の仕組みを。そして、真実を」


 男の宣言と共に、闇を晴らす月の光が強まっていく。

 夜道の中央に立った男の姿が照らされて、その輪郭がはっきりと見えた。


 すらりとした長身の男だった。

 装いはクラシカルなジャケットで、中に少し派手なシャツとベストを着こんでいる。

 少し髭が伸びすぎかと思ったが、どこか気品がある。俳優が休日にお忍びで散歩しているような姿で、記憶にある父親を少し思い出す。


 カナミは見惚れてしまう。

 それほどまでに、月を背にした男は神秘的だった。

 色気のようなものを纏い、向かい合っているだけで全身の毛が騒立つ。

 ごくりとカナミが唾を飲んだとき、隣のラスティアラが懐に手を入れて呟く。


「あ、この人……。不審者さん……」


 容赦なく携帯を取り出して、素早く警察への連絡を行おうとする。

 その有能過ぎるが為に物語を破綻させる系の行動に、ただならぬ空気を演出していたパリンクロンとその流れに合わせていたカナミは同時に焦る。


「え、え? ちょっと待って、ラスティアラ!」

「つ、通報は止めてくれ! まじで! ほらっ、ちゃんと身なり整えてんだろ!?」


 その力強くも息の合った制止に、ラスティアラは驚く。


「でも、パリンクロン・レガシィさんですよね? 学園に張り紙されてる……」

「そうだけども! あれは誤解なんだ! 色々あって、クソ性格の悪いやべえ後輩に裏切られてしまって……、そう! 俺は嵌められただけなんだ! 俺は無実だ! 信じてくれ!」


 ここまでの神秘的な空気を霧散させて、パリンクロンは懇願する。


 その必死過ぎる姿に、ラスティアラの指が携帯から離れていく。

 んーと眉を顰めて、じぃっとパリンクロンを眺めてから、呟く。


「確かに、そこまで悪い人じゃないような……?」


 そして、カナミと全く同じ感想を抱いた。

 九死に一生を得たパリンクロンは額の汗を拭いながら、知人と話すような気軽さを見せていく。


「っふー、助かったぜー。たぶん、頭の隅っこに、俺の記憶が残ってるんだろうな。これでも、生まれたてのおまえを大事に育ててやった一人だ。そのくらいのボーナスはあってくれないと困る」

「――え? 私の古い知り合いなのかなーくらいに思っていましたが……。私を育てた?」

「古いも古い。生まれた頃からの付き合いだ。もう覚えてないだろうけどな」

「つまり、あなたが私の育ての――」

「ハインが母ならば、俺は父のような存在だろう。向こうだと騒がしい聖堂暮らしだったが、こっちだと寂しい一人暮らしだろ? 気軽にパパと呼んでくれてもいいぞ? そうしてくれたら、この世界での俺の立場もちょっとはマシになるから」


 悪い人ではない。

 奇跡的に、そう女学生二人は感じていた(おそらく、この世界でこの二人だけ)。

 だというのに、胡散臭い上に気持ち悪い提案がなされて、カナミの警戒度が急上昇して色々と考え直す。


 父と似ているなんて勘違いだった。

 この変態不審者野郎にラスティアラが詰め寄られている以上、やるべきことは一つ。


「騙されたら駄目、ラスティアラ。出会ったばかりの学生にパパと呼ばせる男が、本当にパパのはずない」


 守るように、ずいっと一歩前に出るカナミ。

 その反応を見て、パリンクロンはどこか嬉しそうに笑う。


「へえ? 身体どころか記憶も女だというのに、まるで自然にナイト様のようなことをする。やはり、カナミはカナミだな」

「私のことも、よく知っているような口ぶり。あなたは何かを知っているのですか? ……この私の頭の中にある奇妙な記憶のことも含めて」

「ほう……。頭痛だけでなく、記憶まで言及するか」


 ぐいっとパリンクロンの口角が釣り上がる。

 口が緩んだかと思われたが――


「しかし、まだ全てを言うときではないな」


 だが、肝心なところだけは閉ざされる。


 カナミは睨みつけて、パリンクロンの内心を知ろうとする。

 月を背にした男は、いま半身になっている。

 傾いた横顔は影が多く、非常に表情が読み取りにくい。


 本当に胡散臭い男だ。

 そうカナミは思った。


 見ていてわくわくする狂言回しトリックスタームーブだが、ここが重要な選択肢であることは本能的に理解していた。なので仕方なく、カナミも携帯を取り出して、その指を動かす振りをしてみる。


「じゃあ1、1、0――」

「ほんと駄目なんだっての! 110で繋がるの警察じゃなくて、ヒタキだから! 全回線、あいつ直通だから!!」


 取り繕い直された恰好いい狂言回しトリックスタームーブが、また霧散して、必死の懇願が始まる。本当に110番だけは駄目のようだ。


 ただ、なんだか一度くらいは通報して、逮捕してみたくなる。

 たとえ牢獄に入っていても、大事なときには必ず出てきてくれる。

 そんな奇妙な信頼があって、とても弄りやすく、親近感溢れる人だ。

 しかし、その感想は心の底に隠して、カナミは呆れながら話す。


「パリンクロンさん。通報が嫌なら、知っていることをはきはきと吐いてください。私は漫画やゲームで勿体ぶって「まだそのときではない」とかいうキャラクターは……すごく好きですけど、実際に会うと非常に困ります」

「そう言われてもな。まじで、そのときじゃないんだっての。俺だって、おまえらの記憶は戻したい。じゃないと、キャラが壊れたままだしな。だが、ただ戻せば面白いってわけじゃ――いや、ただ戻せばいいってわけじゃない。いま中途半端に記憶が戻ると余計にややこしくなる」


 困り顔で、うーんうーんと唸るパリンクロン。


 その何度追い詰められようとも、どこか余裕のある顔がカナミは癪に障った。

 この男の心は沼のように深く、淀んでいて、見通せない。

 ただ、表面分までならば、カナミは演劇部のおかげか理解できた。


 いまの「面白い」という言い間違えは、わざとだ。

 この男も舞台役者。

 あとは何というか……、少し目立ちたがりか?

 面白い舞台が好きすぎて、壇上に上がりたがり。

 好みの二人がいれば、その間に挟まりたがり。


 そんな印象をカナミは受けて、警戒を露にする。


「本当の本当に? ほんの少しも話せないのですか?」

「いまだって、ぎりぎりの綱渡りをしてるとこなんだぜ? この『学園世界』は余りに便利で強すぎるゆえに、常にパンクしている。突き方によっては、どう破裂するかわからない。いまだって予定外の形で、寂しがったヒタキがラグネに絡んでるしな」

「え? 陽滝は、いま……。ラスティアラの友達と一緒にいるんですか?」

「めっちゃ楽しそうに二人で遊んでる。はしゃいでると言っていい」


 話せないと言いつつ、いま二人が欲しがっている情報が、不意に投げつけられる。


 カナミとラスティアラは大事な人の状況がわかり、少し安堵する。

 ただ、それはパリンクロンの手のひらの上だった。


「この『学園世界』をパンクさせるなら、上手く破裂させるのが重要だ。だから、酒を……『魔の毒』のオート防御を突き抜ける成分を、上手く使ったわけだ。いやぁ、セルドラ印の違法酒が、あそこまでヒタキに効くとは思わなかったぜ。近くのコンビニで地道にアルバイトして、色々混入させた甲斐があった」


 この男が店番して「らっしゃーせー」とか言う姿を想像して、吹き出しかける。

 しかし、笑っている場合ではない。

 口調は軽いが、かなりの犯罪行為――状況によってはテロリズムだ。


「そういえば、今日は記念日だからって、コンビニで一本だけ買ってきたスパークリングワイン……! あのシャンパンに毒!? だから、ノスフィーが今日おかしかったんですね!?」

「あれはノスフィーのやつの素だろ。あいつ、最初から色々とおかしいから」

「ノスフィーがおかしい!? ノスフィーは世界一清楚です! とてもお淑やかで、美しく、可愛い、自慢の妹の一人です!!」

「と主張するおまえが一番おかしいんだっての。さっきのふっふー↑を思い出せ。お淑やか要素とかゼロだろ」

「ぐぬっ、ぬぬぬっ……! でも毒を混ぜたと、いまあなたは自分で白状しました!」

「毒じゃねえ。ちょっとアルコール濃度足しただけだ。ただ、科学的にじゃなくて魔法的にな。魔法のアルコールってやつだ」

「魔法的!? 魔法と言いましたか!? いま!!」

「あ、ああ……」


 カナミは声を張り上げて、パリンクロンは一歩退いた。

 しかし、すぐにパリンクロンは口角を釣り上げて、芝居がかかった口調で畳みかける。


「そうっ、魔法だ! 夜中に出会った怪しげなおじさんについていくと、オマケで魔法が貰えるぞ! ここで運命的に出会った二人だけの限定フェア! 記憶が戻るにつれて、なんと魔法使いに!? ご契約できるのは今日まで! ほんとガチで、魔法を教えられるのは今日だけなんだよなぁ! ははははっ!」

「魔法を教えて貰えるぅ……!? 魔法をぉお!?」

「待て。まだ交渉一歩目のジョーク部分なのに、揺れ過ぎだ。魔法って単語に弱すぎてビビるぞ、カナミ。怪しいおじさんには絶対ついていくなよ、おじさんと約束だ」

「だ、だって……、魔法はロマンです! 若い学生の――それも、演劇部に属しちゃってる夢見る学生には特効なんです! こちとら、特別な力に目覚めたい年頃なんですよ!!」

「あー、確かに。俺もあったっけな。色々とタイミング合わなくて、こんなおっさんになっちまったから、勿体ぶって「まだそのときではない」とかいうキャラクターで我慢してるが、本当はなぁ……。はあ……」

「わかる人のようですね!! それで本当に魔法使えるようになるんですか!? 言っておきますが、特別な力を欲しがってる学生を騙す罪は重いですよ!」

「あー、なるなる。絶対なるよーって感じで、あえて信用を落として遊びたいところだが……、マジでなるぜ。おまえら二人に関しては、絶対だ」


 奇妙な談笑のあと、急にパリンクロンは真面目に低い声を出した。

 その緩急をつけた交渉に、カナミは唸る。


「くっ……!!」


 それを笑うパリンクロン。


 カナミは本当に揺れていた。

 非常に胡散臭い話だ。なのに、要所だけは信用できるような気がしてくる。妹たちと話しているときよりも、なぜか心が落ち着く。


 そして、その感想は、ラスティアラも同じだった。

 カナミとパリンクロンの談笑を、くすくすと後ろで見守っていた彼女が手を挙げる。


「パリンクロンさん。私、魔法使ってみたいです。演劇部ほどではありませんが、文芸部も夢見る系なので」

「駄目だよ! こんなやつの言うこと信じちゃ!!」


 ひしっと抱き着いて、ラスティアラを守るカナミ。


 一番信じちゃってる先輩に苦笑いしながら、ラスティアラは一歩前に出る。

 守られるだけではないと、とても強い一歩を。


「だって、カナミ先輩が一番魔法を使いたそうですから。もし私が理由で色々と遠慮してるなら、それは止めてください。そういうのは嫌なんです」

「ラスティアラ……」

「先輩、二人で魔法少女になりませんか?」


 そして、カナミの手を引っ張る。

 力強く先んじようとするラスティアラの手に、カナミの心は決まる。


 負けじと強気に、冗談を飛ばして、胸を張る。


「……せっかくなら私は、魔法少女よりもローファンタジー系の魔術師がいいかな? 魔術を秘匿する組織とかあって、暗く渋めで、命が軽い感じなやつ」

「え? 魔法少女の命も軽いですよね? 似たようなものだから大丈夫ですよ」

「そう言えば、そうだったような……? 高校に入ってから、アニメ見にくい空気になって疎遠に……あれ、ほんとなんで疎遠になったんだろ?」

「それじゃあ、次の休日にでも一緒に見ませんか? 私おすすめの上映会で、先輩の勘を取り戻しましょう」


 わいわいと。

 久方ぶりに気の合う相手を見つけた二人は、まるで親友同士のようにトークを広げていく。

 そして、十分に談笑がなされたあと、二人は名前を呼び捨て合っていた。ここから先は敬語も遠慮も無粋と、鏡合わせの姉妹のように笑い合う。


 その早すぎる意気投合は、異常も異常。

 付き合う相手や場によって、コロコロとキャラが変じていくカナミの胡散臭過ぎる姿を見たパリンクロンは、とても満足そうに本題へ入っていく。


「――くくっ。よし、もうそろそろよさそうだな。とにかく、ここにいる三人で同盟組もうぜ? 裏で、こっそりとな」


 新たな陣営の発足が、ここに始まる。

 その提案にカナミは「は? あなたはまだ信用ならないから」と最初は返していくけれど、次第に少しずつ信用していってしまい、取引内容は詰められて、最低限ながら同盟と言えなくもない結束が三人に発生する。


 その間、ずっとカナミは不思議な安心感を覚えていた。

 家で大事な家族二人、ヒタキとノスフィーと比べても。

 ここで初めて出会った二人、ラスティアラとパリンクロンは。

 同じくらいに信頼できるような気がして――


 という非常に危険な方向へと、状況が進んでいる裏で。

 つまりは、裏の裏で。

 表のヒタキとラグネの決闘は、佳境に入っていっていた。



◆◆◆◆◆



 接待決闘をするつもりだった。

 それがラグネ・カイクヲラの生まれながらの生き方だった。


 だが、すぐにそんなことをする余裕はなくなってしまった。

 休む間のない夜通しの決闘が繰り広げられ、ついには――


「そい!」

「せい!」


 河原から水道蛇口のある公園に、私とヒタキは移動していた。


 その砂場で、互いに作った泥団子(色んな砂を混ざ合わせて、乾かして、素手で研磨した。かなり固いので、どちらかというと砂団子)を掛け声と共にぶつけ合う。


 先攻後攻と決めて既定の高さから衝突し合うこと、数回。

 先に砕け散ったのは、ヒタキ側だった。

 粉々になった砂団子を前に、ひたきは両手足を地面につけて、嘆く。


「ぁあああぁあぁあああっ!! 大事に大事に育てた兄さんがぁあああぁ! 私の『最強兄さんKANAMIスぺシャルマークツー』があああああ、また壊れたぁああああああ!!」


 かなり大事にしていた砂団子が砕け散って、その残骸を肴に、手に持った酒瓶をぐびりと傾ける。叫び乾いた喉を「ういー」と潤すヒタキの目の前で、私は勝利のVサインを決める。


「うっし、私の勝ちー。『土くれの戦士ロエスゴーレム』君の勝ちっすね。ヒタキは変な名前ばかりつけるからっすよ。古来より、子供に変な名前を付けるアルコール中毒の母親はまともな子育てできねーってのは、常識っすー。っすっすっすー」

「私を煽るためだけに、その新たな笑い声をキャラ付けしてますよね!? ラグネの魂は兄さんと一緒だから、キャラが戻らなくなりますよ!?」


 笑うラグネに、ヒタキは怒る――のは口だけで、にこにこで笑い返していた。


 こうして、また一つの戦いに決着がつき、ラグネは「そろそろ終わりっすかねー。流石に、もう朝が近いっす」という解散の空気を出し始める。

 だが、直前で負けたヒタキの興奮は収まらず、解散を止めようとする。


「もういっかい!」

「えー? どうしよーっすー」

「次は私が勝てます! 勝ち逃げはよくないですよ、ラグネ!」

「そっすかねー。これ、完全に私が有利っすから、次も同じ結果だと思うっすよー」

「もっかい!! ……先に言っておきますが、先ほどの最強兄さんは壊れる前提です! 予備の最強兄さんシリーズは、まだまだあるのです!」

「ふっふっふっすー。そのリセマラ途中で大量生産された廉価品で、この私に勝てるとは思わないことっすねー」

「ふっ。そちらこそ、油断していませんか? 私の最強兄さんは使い捨てにされることが真骨頂。つまり……」

「まさか、次は自爆特化型!? まず私のエースである『土くれの戦士ロエスゴーレム』君を破壊する気っすか!? 卑怯な!」

「それもまた戦略の内です。だから、次の自爆担当『最強兄さんKANAMIスぺシャルマークスリー』とのサヨナラはコラテラルダメージ。必要経費です」

「その名前長すぎて噛みません? 聞いているだけで、こっちの手元狂うんすけど」


 と談笑しながら、次のゲームの準備を私たちは始めている。

 もうかれこれ三時間以上、この調子で遊び続けていた。


 そして、時間が経てば経つほど、ヒタキのテンションは際限なく上がっていく。

 対照的に私は色々と楽しみつつも、きちんと冷静に状況を分析できていた。


 やっぱり、なんかおかしい……。

 原因は、あのお酒っぽいっすけど……。


 ヒタキの手にある酒瓶に問題があると見抜き、それが悪いことばかりではないとまで当たりをつけて、このゲームに付き合い続けている。

 なにせ、酔いどれている限り、ヒタキの能力は異常なまでに制限される。


「――ぁあああぁああああアアア!? わ、私の予備の最強兄さんシリーズが全てぇえええ! 全滅ぅううううウウ!?」

「また私の勝ちっすねー! かなり、勝率取り戻してきたっすよー!」


 そのおかげか。

 ちょっと仲良くなってきたような気もする。


 ――夜通しの決闘は、いま、百戦を超えた。


 私が負け越している。けれど、当初のヒタキの全戦全勝宣言を考えると、かなり健闘しているほうだ。

 いい汗を掻いて拭う私の前で、それ以上にいい汗を掻いたヒタキが、切りのいい百戦を終えたことを理由に、やっと解散を受け入れていく。でも――


「――またやりますよ、ラグネ。こんなアナログが極まった幼稚なゲームでは、私の真価が発揮されないので」


 近くの草相撲用の茎やら砂団子やら笹船やらを指差して、苦手だったと言い訳する。

 こっちとしては「私よりも楽しそうだったくせに……」と言いたいのだが、ぐっと堪えていると次までの宿題まで出されてしまう。


「なので、ラグネは次の休日までに、デジタルなゲームを鍛えてきてくるように!」

「えー。でも、スマホしか持ってないっす。フレンドと協力する系のゲームしかしたことないし……」

「はあああああああ? 協力する系ーーー? ゲームの意味って、何か知ってますかー!? 競争ですよ! 競って、争う! どちらが上か下かを、はっきりさせる! それがゲーム! ――ということで、はいっ、これ! 据え置きゲーム本体、買っておきました! こっちは課金用カード! 一応、対戦系ソフトも! ランクマとかレートがあるやつは、全国ランカーになっておいてくださいね!」


 いつの間にか、近くにあるベンチに高そうなパッケージが積まれていた。

 その用意のいいようで、クソ面倒くさいヒタキの押しつけに私は唸る。


「ええぇ……」


 おそらくだが、カナミ・ノスフィーはみんなで楽しめるスマホゲームを好む為、殺伐とする据え置き対戦ゲームを一緒にやってくれる人が彼女の周囲にいないのだろう。

 

「あなたなら得意でしょう!? 次は寝ずにやりますよ! 今回はあなたのフィールドの屋外でしたが、次は宅内! テーブルゲームとお菓子もありますからね! 徹夜です! 覚悟して、準備しておいてください!!」

「う、うぃーっす」

「絶対ですよ!」


 少しやる気のない返事をする私に、ヒタキは念押しする。


 そして、次の遊びの約束を(無理やり)取り付けたヒタキは、ぷんぷんと肩をいからせながら、一人先に帰っていく。


 もうそろそろ帰らないと時間的に不味いのだろう。

 つまり、時間は飛ばせても、巻き戻せはしないということ。おそらく、そこは氷結魔法の構造と関りがあるのだろう――と遊び以外の真面目なことを考えているのを感じ取ったのか、見えなくなる前にヒタキはもう一度振り返って、念を押す。


「絶対の絶対ですよ!?」

「はいはい、絶対っす! 絶対、また明日ーーーっす!」


 そう返すと、ようやく安心した様子で曲がり角を曲がって、姿が見えなくなっていった。

 見送り切り、私は公園の砂場に一人だけ取り残される。


「……っふー」


 夜の空気は瑞々しい。

 少しだけ藍色の混じった夜空を見上げながら、「あと少しで朝を迎えるな」「あの一杯の箱、どうやって持って帰ろう」と考えつつ、公園の滑り台に上っていく。


 もちろん滑り降りることはなく、一番上のところで腰を下ろして日の出を待ち、今日の情報を頭の中で纏める。


 少しだけ視方が変わった気がする。

 ずっと私は、ヒタキを絶対に相容れない敵と認識していた。


 しかし、なんというか、彼女は色々と一杯一杯で……。

 限界で堪らなくて、でも対等な相手はいなくて……。


 次は宅内か。

 テーブルゲームもあると言っていた。

 たぶん、四人用が多いはず。

 ヒタキに言われた通り、ゲームの準備は必要だ。

 単純な鍛錬だけでなく、裏技も仕込みも色々と。


 例えば、ティアラ様とパリンクロンさんを連れて行って、バトルロワイヤルと見せかけて裏で結託して、最悪な3対1でも仕掛けてみるとか?

 ヒタキならば、激しく文句を付けながら、喜ぶような気がした。

 そして、その上で、ぎりぎりのところでティアラ様とパリンクロンさんを裏切って、二人を後ろから刺してやるのだ。


「そしたら、ヒタキはどんな顔するっすかねー」


 面白そうだ。

 場合によっては、全力でヒタキと組んでもいい。

 そんなことを考えながら、私は朝を迎えていった。


 この『学園世界』の終わりが近づいているのを感じながら――

2020/05/01追記 ※「異世界迷宮の最深部を目指そう」10章の1話目を、5月22日に投稿します。

 どうかよろしくお願いします。

(ただ、その前に「九章までのおさらい」を5月15日に投稿すると思います。6章にある「五章までのキャラ紹介」のようなやつで、本編には関係ないです)


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― 新着の感想 ―
[一言] いぶそうは新たなパワーワードの宝庫ですな。 new 不審者に寄せられる期待
[一言] ifの守護者ルートとても面白いです! こうしてifルートを読むとどれも魅力的なキャラクターだなぁと改めて思いました! 10章も楽しみにしてます!
[気になる点] 陽滝は、ラグネで見逃した。もしくは、予定調和……ティアラは今、何やっているんだろう? だいぶ、面白く珍しい展開だったので、盗撮でもしているのだろうか?
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