IF『守護者ルート』その9(学園編その0)(最終章までのネタバレあり)
※最終章までのネタバレがありますのでご注意ください。
『異世界の『理を盗むもの』たちが――全員、こちらの世界に侵入しましたよ』
その一言と共に、世界は塗り変わってしまった。
そして、始まった。
『学園世界』とも呼ぶべき新たな舞台が――
遠くから聴こえてくるのは、下校時の学生たちならではの高揚感に満ちたざわめき。
窓から入り込むのは、暖かな春風と夕焼けの光。
橙色に照らされた『教室』の中、ラグネ・カイクヲラは一人――いや、この異常な世界へ共に放り込まれたラスティアラ・フーズヤーズと、立ち尽くす。
いま、私は非常に『混乱』していた。
なにせ、『フーズヤーズの騎士ラグネ』と『ママの娘ラグネ』――二つの『世界』の記憶が、同時にあるという状態だったからだ。
色々なものがミキサーで掻き混ぜられての『混乱』だ。
しかし、それでも、いまの状況を正確にわかっていた。
いや、わからされていた。
いま自分がいる場所は、石造りの学び舎――という煩わしい異世界言語の壁を感じることなく、都内有数の小中高一貫の学校『■■県立■■異文化総合学園』であることが、既に頭の中に入っている。
異世界の人間である私にはわからないはずの単語が、丸々っと再翻訳され、なぜか『異文化総合学園』の概要として「203■年に設立。国際化が完全浸透した世界情勢に合わせて、国が主導して――」などの覚えのない設定までわかってしまう。
明らかに記憶に■という穴が空いているというのに、それが気にならないというのは酷い違和感だ。
その感覚の中、私は時刻と記憶を確認する。
今日は平日、その夕方。
当然のように、お昼頃、この学園で授業を受けていた記憶が、頭の中にはあった。
さらに、朝方ではパンを咥えた自分が「――私、ラグネ・カイクヲラ! どこにでもいる中等部の二年生! 今日からパパの勤めている『異文化総合学園』に転入するんだ! 新しい環境に、どっきどきのわっくわく! ああ、ちょっと不安! ちゃんと新しいお友達ができるかな――」という独白をしながらの登校中に、制服姿のイケメン男子とぶつかって、朝のホームルームでの紹介の時間で再会するという記憶もあった。
「こ、これは……」
う、胡散臭過ぎる……。
こんなキャラは、私じゃない。
できなくはないけど、決して私ではない……!
完全に覚えのない設定を植えつけられていた私は、ちょっとだけ赤面して首を振った。
本来ならば、この違和感に気づくことはなく、この教室で『学園もの』をやらされる予定だったのだろう。
しかし、すでにわかっている。
「間違いなく、『何らかの魔法の攻撃』を受けている――!」
そう認識して、『制服』姿となった自分の袖を睨みながら、呟いた。
おそらく、これは幻覚系の魔法。
もしくは、高度な光属性の精神干渉。
それらを複合させた結界の可能性が高い。
さらに言えば、これほどまでに強力で広範囲の魔法は、最低でも『理を盗むもの』クラスでないと無理――
そう分析し終わって、次は教室の窓際に立ち、外を眺める。
二階から見える風景だと、下校中の生徒たちを正確に数えられた。
その数は、ざっと数百人。
そして、その大人数を内包して、敷地を狭く感じない。
どこまでも舗装された道が続き、その両端には植林された木々が規則正しく並んでいる。さらに、その隣には大きな校舎が、何棟も連なりながら建っている。
ここからだと正門を確認することができないほどに、学園は広い。
となると、ここの生徒たちはみんな、宿舎か何かに泊まって――泊まれるだけではなく、ちょっと進めば、バス乗り場がある。学園の敷地内の地下には、鉄道も伸びているので、どれだけ広くても安心安全。近代化に合わせて、校舎にはエレベーター・エスカレーターも完備。机に付随する液晶タブレットで、授業も円滑に――
…………。
明らかに、いま、必要に応じて設定が足された気がする。
やはり、この学園は歪だ。
異様なまでに留学生が多く敷地が広いのは、私たちの世界の『エルトラリュー学院』で慣れているが、妙に落ち着かない。
――まるで急ごしらえをしたかのような未完成感。
だからこそ、完成する前に動く必要があると、私は直感する。
ここを用意した黒幕が、酔ってミスした隙がある内に。
いますぐ、と――
「あ、あのー、ラグネさん……?」
そう決意し終えたとき、隣の少女が私に声をかけてきた。
「あー、それじゃあ、お嬢……じゃなくて、ラスティアラちゃん! 案内をお願いっす! それと、私のことはラグネちゃんでお願いっす!」
輝く星のような長髪を揺らめかせる少女は、かつて私が教育係として友達となった子。
「え、あっ、はい。名前、覚えてくれたんですね。嬉しいです」
「当たり前っすよー、さっき間違えたのは冗談っす! だって、その綺麗な髪は、中々忘れられないっすからねー!」
「あ、ありがとうございます……」
「触っていいっすかー? もう触ったっすー! おー、さらさらー、綺麗ー。どこかの深窓のご令嬢様みたいっすー。やっぱ、お嬢っすねー」
「そうなのですか……?」
んーむ。
すごく新鮮。
出会った頃の初期型お嬢だ。
いかに生まれながら知識を刻み込まれようとも、まだ自信というものが一切なかった時期と似ている。
そして、そのままフーズヤーズ国や大聖堂とは無縁の場所で、綺麗に成長した感じか?
周囲に私・ハインさん・パリンクロンさん・セラ先輩といった汚れ担当がいなくて、普通に育てれば、お嬢はこうなっていたのだろうか?
自らの顔を前髪で隠して、引っ込み思案。
好きな本を読むのだけが生き甲斐で、自身の凶悪な魅力に無頓着。
とりあえず、お嬢はお嬢でも、『綺麗なお嬢』と暫定的に呼称しておこう。
と考察し終えて、私は背伸びを止めて、お嬢の頭をわしゃわしゃするのを止める。
「っふー、堪能したっすー。それじゃあ、お嬢、案内お願いするっす」
「……私でよろしければ。しかし、どうして、私しか教室にいないのでしょう? 朝は転入生のラグネちゃんに、教室は大騒ぎだったのに……。私が本に熱中している内に、いつの間にか誰もいなくなってます」
「どうしてでしょーね! やっぱり、最初は転入生が珍しくても、半日もすれば興味は薄れちゃうんっすかね! なんか設定が雑っすよねえええーー!」
「え? せ、設定……?」
こうしてお嬢を弄るのは、少し懐かしい気分になる。
あの『再誕』の儀式以来だと思いつつ、私たちは教室を出ていく。
異世界らしい回廊を歩き、綺麗なお嬢から校舎の説明を受けつつ、ゆっくりと歩く。
平行して、この結界から抜け出す方法を考える。
軽く手の平を開け閉めして、自らの魔力を確認した。
ここは「魔力のない科学の発達した世界」だが、普通に魔法は使えるようだ。
しかし、この学園の形をした結界を、私の魔法で突破するのは不可能だろう。
正直、私は魔力の制御は得意でも、魔法そのものは未熟。
なので、フィールドを支配するタイプの魔法使いと戦うとき、私は常に本体を狙う。
今回のケースも同じだ。
ここの黒幕を――あの『黒髪黒目の少女』を探して、どうにかするしかない。
それが最終目標となるだろう。
必ず、私は取り戻す……。
失った大切な人との時間を、この手に取り戻さないといけない――
そう戦術・戦略を練っていると、様々な学年のクラスを紹介して貰ったところで校舎を出る。
私たちがいた校舎の真正面には、学生の大声が響く建物があった。
校舎と違って、背が低く、その造りから用途は推察できる。
「体育館……?」
「はい。第四体育館で……、ここは剣道部が使用中ですね。全国一位の選手が、うちにはいるんですよ」
「体育館、たくさんあるんすねー。で、ここには、剣道の一位様がいらっしゃると」
「そういえば、ラグネちゃん。自己紹介で剣道をやってると言ってませんでしたか? 見学してみるのは、いいと思いますよ」
「自己紹介で剣術やってるってバラしちゃってたんすね。畜生、行きましょーっす」
「ち、畜生……?」
私は困惑する綺麗なお嬢に導かれるまま、体育館の中に向かう。
そして、入った瞬間、迸る熱気が全身を撫でた。
建物の窓は開放されている。だが、中にいる生徒たちの鍛錬の熱は凄まじく、その温度が入り口付近まで届いている。
見習い騎士だった頃を思い出す空気だ。
懐かしい匂いを味わいつつ、奥に進んでいくと、そこには――
「一本!!」
一際目立つところで、一際大きな声があがった。
体育館は広く、他にも鍛錬している生徒たちは多かったが、その方角に私たちの目は奪われる。
それだけの存在感が、そこにはあった。
「――試合終了!」
どうやら、剣道の練習試合をしていたところだったようで、いま丁度、決着がついたようだ。
剣道具を身に着けている二人の生徒が礼をしながら、少しずつ距離を取っていく。
そして、剣道の作法が一段落ついたところで、周囲で観戦していたであろう剣道部員たちが、抑え切れないといった様子で歓声をあげる。
「すげえ……! 流石、部長だ……!」
「ローウェン先輩、かっこいいー!」
「やっぱ、全国大会一位は半端ねぇ……! 普通、あそこで面を取りにいくか……!?」
んんぅ?
聞いたことのある名前が出てきて、私は内心で大きな疑問符を作った。
色々とツッコミを入れたい。
いますぐにでも「ちょっと待ったぁああ!」と割り込みたい衝動を抑えて、私は情報収集に徹して、静観する。
剣道部員たちの賞賛の中、練習試合をしていた片方の男が剣道具の面を脱ぎながら、その荒い呼吸を整えていく。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……。また、俺の負けですね……。主将、どうすれば俺も主将みたいになれるのでしょうか……」
教えを乞おうとする男と向かい合っていた勝者も、ゆっくりと面を脱いでいく。
こちらは息を全く荒らげておらず、苦しそうな素振りは一切ない。
敗者と対照的な男が、汗を輝き散らせながら、その顔を見せた。
「ふうっ――」
爽やかな一息と共に、栗色の髪を靡かせたのは『地の理を盗むもの』。
目の下の隈がなくなったローウェン・アレイスだった。
つまり――
魔法の世界で『剣術』を極めて、千年を超越する不老の存在となり、『地の理を盗むもの』としての力も持つチート剣士が、異世界で年齢詐称をして学生に交じり、年甲斐もなく剣道部主将として無双していた。
――ということ。
対戦相手と向かい合う綺麗なローウェンは、とてもいい笑顔で謙遜していく。
「練習あるのみだよ。剣の道を歩む方法は、それだけだ。……もちろん、まだまだ私も、道の途上だけどね」
「ぶ、部長ぉ……!」
その『学園剣道部部長』ローウェンの言葉に、周囲の剣道部員たちは感銘を受けている様子だった。
ちなみに私の心には、全く響かない。
もし、ここではなく、ちゃんと魔法の世界で、対等なライバル相手に勝利したあと、この言葉を聞ければ、また違う感想を抱けただろうが――、ここでは無理だ。なんかそれっぽいことを言って、調子乗ってんなーって感じである。
「ふっ。やはり、反復練習あるのみなのですね……。ただ、何年経ってもローウェン部長に届く気はしませんが……」
「そう簡単に届かれると、私が困るよ。……私は剣だけを生まれた頃からやってきて、これだけしか取り得がないんだからね」
「何言ってるんですか、ローウェン部長! これだけしか取り得がないなんて、そんなことないですよ! 部長には他の人にはない人望があるじゃないですか!」
「え? いや、そんなことは――」
ここで周囲の人たちも会話の加勢に入る。
「――その通りです! それと部長はすごく優しいし、教えるのも上手いですよ!」
「いやいや、そんなことは――」
「あと普通にかっこいいじゃないっすかー。イケメンが謙遜しすぎると、逆に嫌味っすよー!」
「いやいやいや――」
「今日も私たちに教えてください! 部長のおかげで、うちは団体戦も強いんですから!」
「そ、そうかい……?」
凄まじい声量と熱によって、ローウェンは押し切られる。
そして、何度も部員たちの言葉を反芻して、ついに――その気になる。
「――そうかっ!! ならば、私が誠心誠意、教えよう!! このっ、教えるのが上手くて人望ある部長! みんなに慕われる剣道部の部長ローウェン・アレイスが、剣道部のみんなに!!」
篭手をつけたまま、ドンッと胸を叩いて、剣を教えることを請け負った。
そして、その力強く頼もしい部長の言葉に、部員たちは「ありがとうございます!」と大喜びしていく。
…………。
という一幕を、私たちは見学した。
「ラグネちゃん、どうです? あれがうちの学園のヒーロー、高等部三年のアレイス先輩です」
その剣道部の様子を見て、隣の綺麗なお嬢は、どこか自慢げに胸をそらした。
あれで自慢になるらしい。
「どうって言われてもっす……」
「学園どころか、世界中で超人気者で、彼に憧れて入部――どころか、転入までしてくる人もいるくらいです。大きな大会のあとだと、スカウトとか記者とかで、体育館が一杯になるんですよ」
「んー……。んーーー!」
「どうです? 剣道部に入りたくなりましたか?」
ツッコミを耐え続ける私に、お嬢は聞く。
正直、そこまで驚いてはいないし、衝撃も受けていない。
事前情報からして、ここに彼がいるんじゃないかと思ってたし、そうなるんじゃないかと薄々と感じてて……あ、本当にいたって感じだ。
まあ、いるのはいい。
彼がいてくれて、ちょっと嬉しいと思っている私もいる。
ただ、どっぷりと結界の術中に嵌っているのが……、非常に残念だ。
私みたいに完全覚醒とまでは言わずとも、もう少し違和感を覚えてもいいはずだ。
おそらく、そういうスキルを持ってるはずなのに、この体たらくである。
纏めると、私の感想は――
影ながらローウェンさんには、結構憧れてたのに……。
憧れてたのになー、もー!
――だ。
私の中でローウェン・アレイスの評価は急速墜落中だった。
異世界で無双して、ちやほやされて、満更でもない感じが、かなり幻滅だ。
「――流石、ローウェン部長です!!」
「ははっ、それほどでもないよ!」
完全に黒幕の術中。
手の平の上で踊るどころか、一生住みつく勢い。
その様は、どこかの誰かさんを思い出すようで、妙に懐かしくて親しみ深く、非常に胡散臭くて苛立つ。
そう。
この学園は、基本的に胡散臭いのだ。
私は『元老院』の工作員として、『理を盗むもの』たちの調査を行なっているので、彼の人柄をよく知っている。
『地の理を盗むもの』ローウェン・アレイスは、剣だけに生き続け、非常に一途で、孤高――と見せかけて、天然キャラ。
気の利かなさは有名で、仲間内で「ぼっち気質」と揶揄されているほどだ。
その彼が慕う後輩たちに囲まれているなんて、余りにも胡散臭い。
私の「どっきどきの転入生」が胡散臭いポイント80で、「綺麗なお嬢」が7とすると、「後輩に慕われる人望厚い超人気者の剣道部部長」は余裕で5000くらいはある。
5000UKP(胡散臭いポイントの略)だ。
もし「剣道部部長」だけなら5UKPだったが(「ぼっち剣道部員」ならば、0UKP。現実に即している)、「後輩に慕われ」「人望厚い」「超人気者」はダウトで、一つにつき10倍を計上する。
そして、その明らかに胡散臭い状況を、ローウェンは享受し続けていく。
後輩に教えを請われ、ときにはマネージャーからも慕われる。
「――ローウェン、お疲れ! はいっ、タオル!」
褐色の女の子――いつもローウェン・アレイスとセットでいるリーパーちゃんも、ここに配置されていたようだ。
剣道部マネージャーに見える。
この『異文化総合学園』は高等部の部活に初等部の子が関われるようだ。
「ああ、ありがとう。リーパー、いつも助かる」
「そうだよー! アタシのおかげで助かってるんだから、ローウェンはもっともっとアタシに感謝するよーに!」
「わかってるわかってる。私が全国大会で一位を取れたのも、幼馴染で親友のリーパーが、子供の頃から私の鍛錬に付き合ってくれたからだ。その恩は、片時も忘れてないさ」
「ひひひっ。うんうんっ。そのとーり!」
正直、彼女もUKPは高い。
あと、前々からツッコミを入れたかったが、この身長差の激しい二人が並ぶと犯罪的だ。
明らかに血の繋がりはなさそうなのに、この二人は遠慮なくイチャイチャイチャと、ボディタッチの多いコミュニケーションを取る(いまも、なんかリーパーが腰に抱きついては、ローウェンがリーパーの頭を撫でてる。んーむ、やばい)。
剣道部員たちは微笑ましいものを見るような空気なので、こちらの世界だとセーフなのかと思ったけど、すぐに(いや、アウトです)と頭の中に設定情報が返ってきたのでアウトのようだ。
しかし、いま「アウトー!!」と大声で突っ込むのは、我慢する。
あの褐色の子がいつも連合国で、天然なローウェン・アレイスのせいで曇った顔を見せているのは知っている。
いまぐらいは、この優しい世界で笑顔になる権利はあるだろう。
なにより、いま私に必要な情報は、もう得られた。
――ローウェン・アレイスは、弱体化している。
以前、『元老院』の指示で尾行をしたときは、この距離の私の視線さえも敏感に感じ取り、いつの間にか背後に現れて「何か用?」と声をかける超絶格好良い姿を見せ付けてくれた彼だが、さっきから割と強めの殺気を飛ばしても、全く警戒する様子がない。
この温い世界で、気は緩み、『未練』を徐々に削られているのだろう。
やはり、私の直感である「この世界は処刑場」というイメージは間違っていない。
「あのー、ラグネちゃーん? それで、剣道部はどうです……?」
「んー、ちょっと想像と違ったんで、遠慮するっす! 入るとすれば、もっと別の部活動がいいっすねー。何かいいところないっすかねー」
「何かいいところ。それなら――」
そうお嬢と話しつつ、ローウェン・アレイスたちから背を向けて、体育館から出ていく。
そして、次の場所へ向かおうとして、途中――、屋外の校舎を結ぶ渡り廊下で、異様な空気の一団が歩いているのを目にする。
「――あ、総学の『生徒会』のみなさんだ」
それを綺麗なお嬢は、『生徒会』と呼んだ。
『エルトラリュー学院』にも似た組織はあるので、その活動内容は察することが出来る。
おそらく、学園の秀才たちが集まっては幅を利かせて、威張り散らし、その会長には最も優秀な人間が選ばれていることだろう。
そこまで考えて、もしかしたら私の大切な人が会長をやっている可能性が高いと思い至る。
他の『理を盗むもの』も候補に挙がるけれど、十分にありえる線だ。
私は期待を持って、その一団の顔を一人ずつ確かめて、その会話も聞き取っていく。
「――会長、以前に話した新しい部活動についてですが……」
「ああ。その件ならば、すでに俺が終わらせてある。個人的に話をさせてもらった。纏めた資料は生徒会室に置いてあるから、あとで読んでくれ」
「なっ……! また一人で話を進めてしまって……、もっと私たちを信用して、仕事を任せてください」
「そこはすまないと思ってる。しかし、どうしても自分でやらないと、気がすまないんだ――」
その働き者っぽい生徒会長は、私の知っている黒髪ではなかった。
焦げ茶色の髪を垂らした謎の男で、私は困惑する。
だ、誰だろう……?
こちらの世界の一般人かと思ったが、確かな魔力を感じるので私側の人間である可能性が高い。
十中八九、『理を盗むもの』だとは思うが、見たことがない顔だ。
正直、生徒会長を担当する『理を盗むもの』は、ティティーかノスフィー。次点でアイドあたりだろうと、予想していた。
しかし、この生徒会長の顔には全く見覚えが……、あれ? なくもない?
「んー?」
よく見ると、少し雰囲気が知り合いに似ていた。
この髪の質と色。それと、ちょっとやり手の商人っぽい雰囲気は、私の上司の騎士であるパリンクロン・レガシィに似ている。
あの生きてるだけでUKPを貯め続けている男に、もし若かりし頃というのがちゃんとあったとすれば、こんな姿だったかもしれない。
そこまで観察したところで、渡り廊下の向こう側から、焦った様子の男子生徒が息を切らせて駆け寄ってくる。
「――ティ、ティーダ会長!!」
驚くことに、あの『闇の理を盗むもの』の名を口にしながら。
「向こうで野球部とサッカー部が睨み合いをしていて、いまにも衝突しそうです!
「なにっ……? ――ふっ。しかし、安心していい。丁度、スケジュールが空いたところだ。すぐに俺が向かおう」
それにティーダは大仰に反応したあと、駆け寄ってきた男子生徒の肩に手を置いた。
その親身な対応に男子生徒は感謝と感銘で震えた。
生徒会のメンバーたちも同じく、また「流石、○○」と繰り返していく。
「流石、ティーダ会長です。このような事態を想定して、常日頃から時間を無駄にしていないのですね……。まるで、こうなることがわかっていたかのようです」
「いや、そんなことはないぜ。ただ、いつも何もかも自分の予定通りにいくなんて、甘いことは考えていないだけだ。そして、だからこそ俺は、常日頃から全身全霊で生きようって思ってるってだけだ」
「なるほど。その心構えが、いつものティーダ会長の働きぶりに繋がっているのですね」
「そういうことだな。……しかし、運動部二つの衝突か。盛り上がってきたな。こうでなくては、生徒会をやっている甲斐がない」
「そこで笑えるところが、会長の頼もしいところです。私たち生徒会は、あなたについていけば大丈夫と信頼できる……!!」
「ふっ、俺だっておまえらを信頼してるぜ。……ああ、そこの君、あとのことは俺たちに任せてくれ。学園の平和は、俺たち生徒会が必ず守る――!!」
最後にティーダは、ぐっとサムズアップのポーズをとり、キラッと歯を覗かせて煌かせた。
合わせて私の中のUKP測定器は、ぐーんとポイントを貯めて、イラッと頭に青筋が浮かびそうになる。
これは、あれだ……。
さっきと同じパターンだ……。
『闇の理を盗むもの』ティーダといえば、どっちつかずの愉快犯で、誰からも信用されないことで有名だ。
『理を盗むもの』たちの中で唯一、頭部までモンスター化しているのもあって、連合国では探索者たちに最も恐れられている。
その独特な黒い能面のせいで誰も考えが読めず、『元老院』は満場一致で危険人物と指定していたはず――だが、その彼が、ここでは「いざというときに頼れる正義の生徒会長」らしい。
よし。
3000UKP進呈しよう。
決めポーズが爽やか過ぎてダサいというのもあるが、まず見た目からして非常に胡散臭い。ぶっちゃけ、「まるで、こうなることがわかっていたかのようです」の部分がすごく怪しい。お得意の自作自演で、趣味を楽しみながら、人望を集めているだけではないだろうか。
危険人物め。
あれとは余り関わり合いにならないほうがいいな。
そう判断して、すぐさま私は目を逸らした。
ただ、ティーダが生徒会長となると、残りの『理を盗むもの』たちは――
「お嬢ー。動物とか植物とかを育てる部活動って、あるっすか?」
「えっ? 生徒会には興味なしなんですね。……案外、育てたりするのが好きなんですか? それなら、こっちですね」
「あっ。やっぱりあるんすね」
わいわいと盛り上がる生徒会メンバーの横を通り過ぎて、渡り廊下を歩いていく。
そして、歩くこと十数分。次々と校舎を移動していき、その末に『異文化総合学園』の敷地の端まで、私たちは辿りついた。
そこには学園を囲む外壁に沿う形で、緑に満ちた庭園と花壇が広がっていた。
視界の端に大きな飼育小屋が一つ建っており、扉が開放されている。
当然、中で飼われているはずの全ての動物たちが檻の外に抜け出て、その庭園で駆け回っている。
穏やかな場所だ。
草花の揺れる音と動物の鳴き声が重なり、大都会だというのに大自然の音楽を清聴することができた。
そして、その動物・植物たちの中心には、翠と白の姉弟――
「――ふふっ、みんなくすぐったいのじゃ。ブラッシングは順番じゃぞー」
「ははっ。姉様、人気者ですね。なんだか、もこもこになってますよ」
リス・ウサギ・オウム――などなどの小動物たちに纏わりつかれて、ときにはペロリと頬を舐められる『風の理を盗むもの』ティティー。
それを穏やかな表情で見守りつつ、周囲の植物たちに水を遣る『木の理を盗むもの』アイド。
どちらも学園の制服を身に纏い、仲睦まじく笑い合っていた。
その綺麗な光景は、私の抱くイメージと少しだけ違った。
かつて私が仕事で『理を盗むもの』たちを尾行して情報を集めていたときは、どちらも連合国のお騒がせ者で、姉弟の仲は滅茶苦茶悪いと評判だった。
巷では「脳みそ空っぽ鳥女」と「煩悩ぎっしり変態メガネ」と呼ばれていた二人が、とても静かに触れ合いを堪能して、自然に癒され、時間を充足させている。
お嬢に詳しく聞けば、二人は飼育部と園芸部の部長。
明らかに人気のない部活動なのだろう。
というか、幽霊部員ばかりで、ほぼ同好会に近い状態のようだ。
そして、それが二人には似合っていた。
その『理を盗むもの』の反則的な力をもって、部活動で前人未到の成績を残すわけでなく、自分たちを讃える後輩たちに囲まれるわけでもなく――ただ、ひっそりと、のんびりと、のびのびと、家族の時間を過ごしている。
正直、UKPは高い。
だが、その言葉で茶化すのは止めとこうと思い、私は背中を庭園に向ける。
「よしっ、次!!」
「えっ。ラグネちゃん、育てる部活がしたいんじゃ?」
「あんなん邪魔できるかぁああ――っす! だから、はいっ、次っす! 次ぃー!」
「んー。確かに、そう言われればそうですね。噂には聞いていましたが、独特な空気を形成しています。それじゃあ、次は――」
早急に私たちは場を離れて、次の部活動見学に臨んでいく。
ここまで来ると、もう移動と見学は慣れたものだった。
綺麗なお嬢と他愛もない談笑を楽しみながら、迷い込んできた『理を盗むもの』たちのいそうな場所にあたりをつけて、あらゆる部活動を回っていく。
そして、学園の制服に身を包んだ三人の『理を盗むもの』たちを、短時間で見つける。
まず料理部に『火の理を盗むもの』アルティ。
とても女の子らしく、ぽわぽわとした空気の中に混じって、美味しそうなスイーツを友人たちと作っていた。
続いて美術部の『血の理を盗むもの』ファフナー。
宗教色の強い彼は聖歌隊にでもいるかと思ったが、意外にも絵を描くのが様になっていた。
最後に科学部で『無の理を盗むもの』セルドラ。
いままでの四人と違って、彼だけは友人たちに囲まれることなく、独り楽しそうに、科学実験に熱中していた。
接触はしなかったが、三人ともが安らぎと共に『理を盗むもの』の力を削がれつつ、そこそこのUKPを貯めていたのを確認する(それでも、ポイント首位は、ずっとローウェンさんだ。……あー、もう)。
そして、その情報から、少しだけ法則性がわかってくる。
まず年齢分けが、すごく適当だ。
大体の『理を盗むもの』が、お爺さんお婆さんの年齢だ。
特にセルドラは、見た目がアラサーである。けれど、とても自然に『理を盗むもの』たちは、この世界に馴染んでいた。
いや、私と同じく、馴染まされている。
現実感や整合性などは無視して、ただ合理的に迅速に処理するように、世界が優しく包み込んでいる。
お約束の決まり切った劇を演じるかのように、まるで幸せな夢を見せるかのように――
だからこそ、残っている他の『理を盗むもの』たちの居場所も、なんとなくだが予想できた。
どうなっているのかを考えるまでもなく、直感できてしまった。
数時間かけて色々な部活動を見て回ったあと、私はお嬢に聞く。
そこは、あえて後回しにしていた場所。
どこか運命を感じていて、できれば近づきたくないと思っていた場所。
「――お嬢。演劇部って、あるっすか?」
「ありますよー。うちの演劇部はすごいですよ。剣道部に並んで、全国で活躍する『異文化総合学園』の目玉です」
「……でしょうねー。あはは」
待っていましたと言わんばかりに、綺麗なお嬢は私の手を引いて、その目的地に連れて行ってくれる。
そして、演劇部の活動場所に辿りつき、目玉の部活動であることが本当であると実感する。
文科系部活動には珍しく、部室を一つどころか、体育館を丸々一つ使っていた。
私たちは体育館の正面でなく、側面にある扉に近づいて、その活動を覗く。
見えたのは、後片付けをしている様子の生徒たちだった。
「あ……。でも、もう演劇部は終わりの時間みたいですね。残念ですね、ラグネちゃん」
「いや、内容は見なくても……大体わかるから、いいっすよ」
想像がつく。
そして、その部活動の中心にいるであろう人物も、ここまでの流れから確信している。
すぐに私は体育館内を見渡し、最も存在感があって目立つ――いや、魔力を放つ人物に焦点を合わせる。
そこにいたのは、長く綺麗な黒髪を揺らし、柔和な笑みを浮かべ続け、周囲の生徒たちと話す人。
ずっとずっと探していた私の大切な人――
「――ですね! 演劇部エースの相川渦波さんは、演技を見るまでもなく、普段からスターって感じです! 聞けば、ファンクラブがあるほど人気らしいですよ。それも男女問わずの人気! 内緒ですけど私も、ちょっと憧れてます!」
「へー、星っすか……」
男女問わず大人気と言われて、当然だと思った。
あの人は、普段から演技をしているかのように完璧だ。
その姿は、誰にとっても理想的で在らなければならず、とても中性的。
演劇部の練習に使ったであろう衣装も、よく映える。
題目は、古めの舞台演劇だろうか。もしかしたら、ファンタジー系の演劇の可能性もある。まるで御伽噺か神話に出てくる英雄のような格好を、決して陳腐に見せることなく、相川渦波は着こなしていた。だから、いま何気ない片付けをしている姿さえも、とても様になっている。のだが――
「え、あれ……? 男……?」
黒髪は長く、ポニーテールになっている。
その顔つきも、私の知るママと同じ。
だが、服装が明らかに男性のものだった。
そのギャップに私は混乱して、それに隣から助けが入る。
「あれは男装じゃないですか? なぜか演劇部は男性部員が少ないので、エースが代役することがあるって聞いたことあります」
「あ、ああ。男装っすか。そうっすよね。そうに決まってるっす」
「文化祭の本番が近いから、気合を入れて、衣装を使って練習してたんでしょうね」
事情を聞いて、私は納得しつつ――少し胡散臭さを感じる。
ここは敵の術中である以上、例外なく誰もが胡散臭いことになってしまうのだろう。そうに決まっている。
と、私たちが話している間も、次々と演劇部の人たちの帰り支度が済み、体育館から疎らに出て行く。
中には、私たちの隣を通る人たちもいたが、見学者がいるのは珍しくないようで、特に何か言われることはない。
そして、その流れの最後に、衣装を制服に着替え終えた演劇部エースさんが、私たちに近づいてくる。
正規の出入り口からではなく、わざわざ側面の扉に向かって、まるで『運命の糸』が引き合わせたかのように――
アイカワカナミが、私たちに近づいてくる。
喉が、痙攣する。
「ぁ、あ……」
いますぐ、声をかけたい。
ママと呼んで、あの元の生活に戻りたい。
また母娘として、二人だけの生活に――
だが、それは罠であると、私は直感していた。
せっかく、いま私は、この異様な空間で記憶を維持できている。しかし、ここで目立った行動を取れば、黒幕に見つかり、あっさりと修正されるだろう。
演劇の脚本を書き直すように、私は綺麗なお嬢と仲がいいだけの一生徒とされてしまう。
もう二度と『理を盗むもの』たちと関わることはないようにと、今度は念入りに、頭を弄られる。
だから、私は声をかけるわけにはいかない。
それだけはできない。
だから、このまま、アイカワカナミは通り過ぎていく――
――はずだった。
アイカワカナミは止まった。
目の前で足を止めて、私たち二人と目と目を合わせた。
何か大切なものを感じ取るかのように、目を見開きながら、私たちを見続ける。
そして、ここにいる全員が数秒ほど硬直したあと、アイカワカナミは不安そうに口を開く。
「あ、あの……、どこかで会ったことある?」
そう確認をしてきた。
が、私もお嬢も答えられない。
答える前に、違う声が響いたからだ。
「――カナミお姉様ー! 早く帰りましょう! ヒタキちゃんが、家で待っていますよー!」
そう叫んだのは、『光の理を盗むもの』ノスフィーさんだった。
別の扉から帰ろうとしていた彼女が、遠くからアイカワカナミを呼んでいた。
それを見て聞いた彼女は、すぐに駆け出す。
「あ、うん……! いま行く!」
そう叫び返して、私たちに「ごめんね」と一言残して、去っていく。
その後姿を私たちは見送った。
――こうして、『理を盗むもの』たちの状況確認コンプリートは終わる。
どうやら、ノスフィーさんは同じ演劇部の一員のようだ。
普段の様子から考えると、べったりと一緒なのは別におかしくない。
おかしいとすれば、先ほどの発言の「家」の部分。
家族として、同じ相川家に住んでいる可能性が高い。
ただ、家族なら「お姉様呼びってどういう関係だよ!」とも思う。
いま、遠くから見ている限りでも、異様に距離が近い。
着直した服のタイを直し合う関係から、完全に姉妹という感じだ。
いわゆる、女学園特有の「お姉様」なのだろうか。だが、ここは共学だ。同じ学園ものだとしても世界観・設定の違いに、頭が痛くなる。要するに、雑で――胡散臭い。
「――ふうっ、びっくりしましたねー。あのエースさんに声をかけられちゃいました。驚きで何も言えませんでしたね、私たち」
アイカワカナミが見えなくなったところで、綺麗なお嬢は大きな溜息をついた。
それに合わせて、私も大きな溜息をつく。
「ふう。何も言えなかったっすね。……それと、ありがとうっす、お嬢。今日は色々と案内をしてくれて」
演劇部員たちもいなくなった体育館の隅っこで、二人で笑い合う。
「……はい、どういたしまして。ただ、その様子だと、この演劇部もお気に召さなかったみたいですね。すみません」
「謝ることなんてないっすよー! クラスのみんなに置いていかれた私を助けてくれて、ほんと感謝してるっす!」
本当に感謝している。
おかげで、大体わかってきた。
一番の収穫は、この空間は結界でなく人の見る『夢』のようなもので、ある一定の法則性があるということ。
ただ、少しだけ情報を整理する時間が欲しいと思った。
今日は色々なことがあって、そろそろ頭が茹だってきた。
だから、少しだけ休みたい……。
「あのー……、ラグネちゃん。最後に、文芸部に寄っていきませんか?」
だが、あと一つだけと、お嬢は提案した。
「え、文芸部っすか……?」
「はい。過疎っちゃってる部活ですが、私は楽しいところだと思っています」
どうやら、この綺麗なお嬢の所属する部活動のようだ。
それならば、ここまで案内をさせておいて、そこだけ見ないというのは薄情というものだろう。私は軽い気持ちで、頷いていく。
「あー、いいっすよ。私たち、もう友達じゃないっすか。遠慮なんて要らないっす!」
「と、友達……。ありがとう、ラグネちゃん!」
私とお嬢は仲良く両手を合わせたあと、最後の移動を行なう。
誰もいなくなった演劇部用の体育館から、最後の図書館へ――
道中、最後の部活動について話を聞くと、文芸部は部長さんと二人だけで、活動らしい活動は行なっていないとのことだ。
二人だけという異様な部員の少なさに違和感を覚えつつ、部室が与えられていないことも聞く。
なので、いつも部長さんは図書室にいるらしい。
それも、この学園で最も古く、利用者が少ない――旧図書室に、放課後は引き篭もっているとのことだ。
その部長さんと私を早く引き合わせたいのだろう。
綺麗なお嬢はニコニコ顔で私の手を引いて、とある校舎に入って、階段を下に降りていく。
「この先です」
「え、下……? ああ、この学校って地下も完備してるんすねー」
大聖堂の地下と違って、湿気もなければ暗くもなく、とても綺麗だ。
もう日が暮れる時間だが、電灯のおかげで朝のように明るい階段を一つずつ、下へ下へ。
進み、私たちは辿りつく。
件の旧図書室に入った瞬間、独特な紙の匂いが鼻腔をくすぐった。
続いて目に映るのは、一般的な書庫に多めの机と椅子が並んでいるだけの光景。
――人が、いない?
もう時間が遅く、古い図書室だとはいえ、流石におかしいと思った。
雰囲気が独特というだけでなく、何か魔法的な歪みを感じた。
瞬間、誰もいなかったはずの空間に『切れ目』が生まれ、まるで瞬間移動するかのように、奥から一人の少女が現れる。
背は私よりも低く、初等部の生徒のように見える少女。
髪と目の色は隣にいる同行者と同じく、金色に輝いている。
まるで、『魔石人間』のお嬢に存在するはずのない幼年期を、切り取ってきたかのような姿で――
「――ようこそ、捨てられた図書室へ。私の文芸部は、いつでも入部者大歓迎だよ」
そう発言すると同時に、少女は手をかざして、宣言した。
「というわけで、さくっと――魔法《ブラッドベイン》」
「なっ――!?」
油断だった。
ここは異世界の異世界。
特殊なルールの世界だから、全うな荒事はない。通常の戦闘はない。魔法もない。
その先入観があった。
「――っ!!」
少女の手から伸びた赤い鞭のような魔法を、私は屈んで避けられた。
だが、隣の友達までは守れない。
赤い鞭は際限なく伸びて、くるくるとお嬢の身体に巻きついていく。
「お、お嬢っ!!」
精神干渉系の魔法も乗っているようで、接触しただけでお嬢は気絶していた。
だが、今度は繭のように全身を包んでいこうとしていたので、私は手に魔力の剣を生成して、その魔法を斬り裂こうとする。
「優しい」
が、お嬢に目を向けた瞬間、背後から撫でるような声が聞こえた。
先の少女の声だ。
それに気づいたときには、背中に大岩をぶつけられたような衝撃が襲ってきて、前のめりに私の身体は倒れていた。
頬が床にぶつかり、背中に乗っているであろう少女の手が、私の手を押さえる。
動けない。
かなりの体重差があるはずなのに、どういうわけか全身が一切動かない。
その異常事態に、私は切り札の一つを使う。
「――【星の理】!!」
「甘い!! カウンター!!」
魔法を飛び越えて、『星の力』を使ったのだが、あっさりと『魔法相殺』されてしまう。
物理的にも魔法的にも完全に圧倒されてしまい、私は床に押さえつけられたまま、呻くしかなかった。
その私の後頭部に、不思議そうな声が落ちる。
「終わり……? 生死の反転とかしないの?」
「は? 生死を……、そんなの――」
できるわけがない。
そこまでできたら、無敵だ。
そんな反則は、私の嫌いな胡散臭い力の一つだ。
「なるほどなるほど。安定している分、出力が足りてないのか。ほんと予定と違いすぎて、何もかもぐっちゃぐっちゃだー。ひっひっひ!」
私が言い返す前に、少女は勝手に得心していた。
さらに、一人でマイペースに喋り続ける。
「ただ、だからこそ、本来ならばありえないはずの『異常』がたくさんだね。おかげで、勝ち筋が向こうの世界よりも見えてる。――いや、もうほんと、アイド君には感謝してもし切れないよね。ラグネちゃんもそう思うでしょ?」
こちらのことなどお構いなしに話す様には、心当たりがあった。
この『学園世界』に迷い込む前に出会った黒髪の少女。
私のママを兄さんと呼んだ少女。
あのアイカワヒタキと、こいつは同類だ。
「上で、ごちゃごちゃと……、うっせーっすよ」
そして、そのアイカワヒタキ以上に、この女は不快だった。
何というか、クズっぽい味を感じる。
しかし、ママのように完全なクズではなく、中途半端なクズ。
ママに似ているけれど、ママとは別物の味を、こいつからは感じる。
その黒幕の一味と思われる少女が、私は受けいれられなかった。
「――そういうのはいい。いいから、私のカナミママを返せ。すぐに返せっす」
「うん、わかってる。だから、こうして私たちは手を組むんだ……。私は陽滝姉が欲しくて、あなたはママが欲しい。この世界の黒幕と戦うために、私たちは協力できる」
また私を置いて、勝手に話す。
協力なんて、するわけがない。
しかし、その私の意志を否定する名前が、ここで出される。
「私はティアラだよ、ラグネちゃん」
「……っ!?」
それは、つい最近まで私が仕えていた主の名前。
千年前の聖人ティアラ・フーズヤーズ様。
「この異世界まで助けに来た『理を盗むもの』たちは、みんなあっさりと捕まっちゃったけど……、まだまだここからここから。この旧図書室に『糸』は届かないし、作戦会議だって十分にできる。つまり、いつも通りってこと!」
あの『元老院』をも支配する存在が、文芸部の部長として、あのお嬢と一緒に、この学園世界にいた。
その状況に私は、息を呑む。
――正直、この少女も胡散臭い。
しかし、打つ手なしかと思われていた状況に、一つの亀裂が入ったのを感じた。
不本意だが、先ほどの「こうして、私たちは手を組む」という言葉の意味もわかる。
「――この『学園世界』を打ち破る手段は一つ! 本来の彼らが、リア充とか陽キャとか、そういうハイヒエラルキーっぽいところとは程遠い存在だって、思い出させてあげること! ラグネちゃん得意の言葉のナイフを、上手く刺して回って行こーね!!」
こうして、私たちは手を組み、『物語』は始まる。
『学園世界』という舞台で。
ちなみに、UKPを9999ほど貯めると、堪らずラグネちゃんが背中を刺しに来てくれるシステムです。
「異世界に召喚されて、誰も見捨てられない心優しさを持ち、英雄となった黒髪黒目主人公」さんは、もちろんUKP貫禄のカンスト。




