スノウその2(三章までのネタバレあり)
※三章までのネタバレがありますのでご注意ください。
誤算だったのが、致命的なまでに私の求婚が下手だったことだ。
そもそも、私には好きな人すらできたことがない。だから、真似事すらできない。
年頃の女の子の青春なんて、私には一秒もなかった。
血で血を洗う戦いの日々。もしくは、死人のように生きた学院生活の日々だけだ。
それでも、私は手探りで進めていく。あの狡猾で頭の良いパリンクロンが用意した計画ならば成功は間違いないと信じて、カナミを私のものにせんと頑張った。
私にはカナミが必要だ。
カナミさえいれば、楽になる。苦しまなくてすむ。
必要。
つまり、人にとっての空気や水のようなものだ。カナミがいないと、私は心が死んでしまう。だから必死にもなる。
しかし、私が手をこまねている内に、すぐに時間切れとなってしまう。
「――『腕輪』を破壊して欲しい」
カナミは真剣な表情で懇願した。
わけがわからなかった。
『腕輪』はカナミの記憶を縛る大切な存在だ。
それを壊すと彼は言った。
私は必死に首を振って、結婚を訴えた。
助けてと叫んだ。
けどカナミは――。
「――スノウ。どれだけ叫んでも都合のいい『英雄』なんて助けに来ない。……来ないんだ」
カナミも首を振った。
そして、「自分で決めろ」なんて恐ろしいことを言った。
カナミは泣いている私を置いて、去っていく。
やっと光を見つけたと思えば、急に道は途切れてしまった。
私の弱い心は、簡単に絶望した。
ひどい。
パリンクロンも、カナミも、私を本気にさせておいてひどい。
今の私は、カナミに忌々しいウォーカー家の全てを代わりに背負ってもらうことしか考えられなかった。
一度本気になってしまえば、後戻りすることはできなかった。
一人取り越された私は、未練がましく、まだすがりつく。
「……まだ。……まだ失敗してない。まだカナミは記憶を取り戻してない。記憶さえ戻らなければ、私のカナミで居てくれる」
すぐに私は振動魔法を全力で展開する。
カナミの音を拾う。
あんなに優しくて甘いカナミが、どうしてこんなひどいことを言い出したのか、それを確認する。
カナミはラスティアラ・フーズヤーズたちと再会していた。
こいつらが私のカナミを『キリスト』に戻し、私から取りあげようとしていることを私は理解した。
憎くて仕方がない。
ラスティアラ・フーズヤーズなんて一度助けて貰っているくせに、またカナミを自分のものにしようとしている。憎くて憎くて、仕方がない。
私は彼女の煽りに耐えかねず、口を出す。
――『…… レヴァン教の現人神。私はあなたを超えます』
宣言する。
『腕輪』破壊は絶対にさせない。あのパリンクロンが仕込んだ枷だ。そう簡単に壊せるはずがない。
私が邪魔し続ければ、一生記憶は戻らない。
その力が私にはある。
一生、私のカナミのままだ――。
私は常にカナミの周囲を見張り、『腕輪』を取り外そうとすれば、あらゆる手段で邪魔すると決めた。『エピックシーカー』も、ウォーカー家も、グレン兄さんも協力してくれるだろう。カナミを『英雄』として望んでいるラウラヴィア国だって味方だ。
いつどこに居たって、絶対に『腕輪』は守る。
……ただ、そうもいかないタイミングが1つだけある。
それが『舞闘大会』。古い伝統と法によって支配された特殊な空間だ。ラウラヴィア国が味方でも、他の4国はわからない。おそらく、試合中だけは手出しできないだろう。
ゆえにカナミとラスティアラチームだけは絶対に当ててはいけない。
幸い、私はトーナメント表に恵まれた。
恵まれなかったローウェン・アレイスが協力を求めてきたが、すぐに断った。過去の私そのものであるあいつの話を聞いてる暇はなかった。 互いの目的の邪魔をしないとだけ約束を交わして別れる。
要は4回戦で、私がラスティアラチームに勝てばいいのだ。
それでカナミたちの計画は全て崩れる。
私はラスティアラのこれみよがしな扇動に耐え続け、そのときを待った。あれが煽りであるのはわかりきっていた。先に手を出してしまえば、他4国の力で私は動けなくなる。
だから、どんなことがあっても耐え続けた。たとえ、あの使徒シスがずっと私のカナミの手を握っていようと、フランリューレとかいう過去の女がすりよってこようと、楽しそうにラスティアラが『キリスト』の話をしようと――、耐えて見せた。
そして、一日目の夜、ローウェン・アレイスが動いた。トーナメント表に恵まれなかった彼は、焦りに焦っていた。
その結果、ライナー・ヘルヴィルシャインの襲撃に合わせて、カナミたちを襲撃することになったのだ。
私は迷った。
ここでラスティアラ・フーズヤーズを戦闘不能にできれば、4回戦は有利になる。なぜか、今だけは『魔力線』は機能しておらず、戦闘可能だ。けれど、ローウェン・アレイスに協力するのだけは嫌だった。20層の守護者ティーダのせいで守護者自体がトラウマになっているし、何よりローウェン・アレイスは昔の自分を見ているようで気に障る。
だが、ここは私情を抑え、ローウェン・アレイスに協力すべきだとわかっていた。ラスティアラ・フーズヤーズのリタイアには、それだけの価値がある。
私は遅れながらも、戦場へ混ざろうとして――。
「――行かせないよ、スノウお姉ちゃん」
女の子の声に止められる。
深い夜の闇。その中にリーパーは紛れていた。
「……リ、リーパー?」
「あまりラスティアラお姉ちゃんをいじめないで欲しいな。流石のラスティアラお姉ちゃんでも、2対1は大変だ」
空に浮かび、月を背負い、黒い大鎌をかざし、死神は笑う。
その体勢は、もし私が少しでも動けば、戦うことを厭わないように見えた。
私は意外な介入者に驚く。
「……えっと、リーパーはローウェンを守るんじゃなかった? 私は今からローウェンの手助けをしようとしてるだけだよ?」
「ローウェンは守るよ。けど、手助けは要らない。ローウェンにはアタシだけいれば十分。邪魔しないで。――スノウお姉ちゃんなら、わかってくれるよね?」
その物言いはこちらの考えを全て見透かしているかのようだった。
親しげに自分も同じだと言った。その言い草は私に似ている。
「確かにわかる。けど、今はラスティアラ・フーズヤーズを始末するほうが大事。そこをどいて、リーパー」
「うーん、駄目か……。やっぱり、私に『お話』は向いてないのかも。――でも『戦闘』ならなんとかなるかな。ねえ、スノウお姉ちゃん。ローウェンのところは、なぜか『魔力線』が機能してないけど、ここは違うよね? ここで戦っちゃうと『舞闘大会』で試合ができなくなるんじゃないかな? お姉ちゃん、困らない?」
リーパーは鎌をこちらへ向けて、無垢な笑顔を向ける。
それだけで私は動けなくなる。リーパーの言うとおり、試合に出れないのだけは困る。
そして、妙な瞬間移動をしてくるリーパーを振り切って、あっちの戦場へ移動できる自信はない。
私は諦める。
そもそも、ローウェンの手助けなんてしたくなかったというのもあるためか、決断は早かった。
「……困る。わかった、手助けはしない。だから、その物騒な鎌を収めて」
「ありがとっ、お姉ちゃん」
リーパーは鎌を消して、船の上に降りてくる。
「……で、リーパーの目的は何? なんでローウェンを守らないの?」
「ふふーん。それは内緒っ。……と言っても、ほぼバレバレかな? 私が命を賭けて、ローウェンを助けようとしたのをお姉ちゃんは見ちゃってるしね」
それだけは確信できる。
リーパーはローウェン・アレイスが死に掛ければ、命に代えても助けるだろう。その想いだけは間違いないはずだ。
つまり――。
「そっか。リーパーはローウェンの味方だけど、ローウェンに消えて欲しくない。だから、ローウェンの未練解消の邪魔をしている?」
「……うん、そういうこと。だから、誰にもローウェンの手助けはさせない。ローウェンには決勝戦で一人ぼっちになってもらう」
「なら、ラスティアラ・フーズヤーズがいなくても、私がカナミをローウェンのいる決勝戦へは進ませないって約束するよ? 私はローウェン・アレイスと戦いたくない。それじゃ駄目?」
「駄目。スノウお姉ちゃんがお兄ちゃんに勝てるかわからないからね。その点、ラスティアラお姉ちゃんは安心できる。ラスティアラお姉ちゃん相手なら、お兄ちゃんは負けようとするから」
言うとおりならば、リーパーは私が戦闘不能になったほうが助かるだろう。
リーパーの理想は準決勝でカナミにラスティアラ・フーズヤーズが勝ち、決勝でローウェンが不戦勝することだ。スノウ・ウォーカーなんて不確定要素は要らない。
「……ならリーパーも私の敵ってことだね。反撃できない私を襲って、試合に出場させない気? それなら、すぐに人を呼ぶけど?」
私は警戒を怠らず、振動魔法で周囲の声の位置を確認する。
呼ぼうと思えば、すぐにでも呼べる。
「そこまではしないよ。スノウお姉ちゃんは『最強』さんだからね。足止めはできても、勝てる気はしないよ」
リーパーは笑って否定する。
しかし、信用できない。まず、つい最近連合国にやってきたリーパーが、私を『最強』と呼ぶのがおかしい。
そして、明らかに今日のリーパーは以前より強い。
纏う闇が深まっている。
「……そう。で、足止めは成功。これからどうする気?」
「というわけで、お姉ちゃんが誰も襲撃できないよう、見張らせてもらうよ!」
「……別に好きにしていい。元々、そのつもりだった」
「よかったぁー。ちょっと泊まるところが見つからなかったんだよね。ほんと助かったよ」
「え? 見張るって、そういうこと?」
リーパーはうきうきとした様子で私の手を引っ張る。私の部屋の位置は次元魔法でわかっているようだ。
その敵とも味方とも取れない態度は私を困惑させる。
「不意打ちでもする気?」
「しないよ。『エピックシーカー』の人たちもいるんだから、しようがないよ」
「そうだけどね……」
確かに私はテイリさんとヴォルザークさんの2人と共に試合登録している。3人で交代して睡眠を取っているため隙はない。
ただ、先んじて何でも知られてるというのは奇妙な感覚だ。
カナミはあまり『ディメンション』で他人の情報収集をしないが、リーパーは遠慮なく『ディメンション』を活用する。その差は想像以上に大きい。
「ほら、お姉ちゃん。早く行こ」
敵意は全く感じない。それどころか緊張感もない。
逆に不意打ちされる危険があるというのにだ。
その気楽さは、まるで私なんて眼中にないように見える。
いや、もしかしたら――。
「おっ、あっちの戦いが決着したみたいだ。お兄ちゃんたちの粘り勝ちだね。ローウェン、惜しかった」
――あのラスティアラ・フーズヤーズもディアブロ・シスも、――いや『舞闘大会』すら眼中にない?
その態度から底知れぬ自信を感じる。
仮に全員が失敗したとしても、自分1人で全てを終わらせる気概を感じる。
「そう、残念……」
私とリーパーの目的は直接的に相反しない。そのことに安堵する。
もし、相反していたのならば、どうなっていたかわからない。
結局、その夜はリーパーと一緒に過ごした。
警戒こそ怠らなかったが、ずっとリーパーは大人しかった。
リーパーは『舞闘大会』が通常通りに進めば文句はないらしい。そのための調整役をやっていると言っていた。
そして、夜が過ぎ、翌日。
西エリアの第三試合へ、私は赴く。
相手はヴァルト国のギルドが相手だった。少々手強かったが、魔法を使うことなく勝つことが出来た。その代わり、試合時間は長引いてしまった。
闘技場から帰ってくると、リーパーは拍手をして出迎えてくれる。
「三回戦突破、おめでとう」
「ありがと」
私はそっけなく答える。
「ちなみに、お兄ちゃんもラスティアラチームも勝ち進んだよ。予定通りだね」
「できれば、ラスティアラチームには負けて欲しかったけどね……」
「いやー、それはありえないかなー。試合、数秒で終わったからね。お兄ちゃんのところもそれなりに早かったけど、あっちはそれどころじゃなかったよ。全く盛り上がらないまま終わって、観客はぽかーんって状態だった」
「ここまで残った相手に数秒……?」
恐ろしい早さだ。
やはり、あの人たちは普通じゃない。
私は敵の異常さを再確認し、動向を確認する
「それでカナミたちは今、どこにいるの? 試合に集中してたせいで見失ったから教えて」
「ふむふむ、アタシが捜してあげましょー」
リーパーは妙に協力的だった。
味方ではないが敵でもないという立場を保ち続けている。ただ、一宿一飯の恩からか、色々と『ディメンション』で助けてくれる。
「部屋が昨日と違うね。北エリアにある選手用の宿泊船。部屋番号は――」
「――ありがと、補足できた」
エリアと船さえわかれば、あとは簡単だ。
「これ、どんな話してるの?」
音が聞こえないリーパーは、私に会話内容を聞いてくる。
「ライナー・ヘルヴィルシャインの処理を姉に頼んでるみたい。はあ……、相変わらず、フランは頭おかしい。同じクラスメートとして恥ずかしい」
「いやあ、アタシは好きだよ、あの人。見てて楽しいし。ひひっ」
「……あと、また使徒がカナミの手を握ってる」
「昨日からずっとだね。もう、ちょっとした病気だねっ」
「『キリスト』『キリスト』ってフランは連呼しすぎ。あの使徒は子犬みたいにくっついてるし」
「ひひっ、なんだかんだで嫉妬してる?」
「……嫉妬?」
「あ、あれ?」
私は思いもしないことを言われ、首をかしげる。
それに合わせて、リーパーも首をかしげる。
「『カナミ』を『キリスト』に戻そうとしているのが困るだけで。あの人たちほどの情熱は、私にはないよ」
「え、えぇー? いやそんな馬鹿みたいなこと……」
「…………?」
リーパーは私の反応が信じられなかったようだ。
けど、私には信じてもらえない理由がよくわからなかった。
確かにカナミは必要だ。けど、それは水や空気が必要なのと同じ『必要』だ。水や空気を奪う人に嫉妬なんてしない。ただ、敵として扱うだけだ。
「え、本当になんとも思わない?」
「……んー、言われて見れば、少しだけイライラするかな。こっちは『キリスト』に戻ると困るのに、あっちは遠慮なしだから」
「それってやっぱり……。スノウお姉ちゃんって、もしかしてアタシよりも――」
「リーパー、さっきから、なに?」
先ほどからリーパーの言葉は曖昧で途切れ途切れだ。
我慢しきれずに、私は咎める。
「いや、違うか……。アタシが急ぎすぎたんだ……」
けれど、それをリーパーは受け流し、自嘲した。
その仕草には、年に似合わない妖艶な色気があった。
私は言葉を失う。その姿は、私の持っていたリーパーのイメージとかけ離れていたからだ。
とある疑惑を向ける私にリーパーは気づき、すぐ無邪気に笑って首を振る。
「……何でもないよ、スノウお姉ちゃん。あ、カナミが移動し始めたみたい。どこに行くって言ってる?」
カナミを引き合いに出され、私は疑惑を中断させられる。
「……もう1つの部屋に移動して、ずっと待機するみたいだね」
私の振動魔法『ヴィブレーション』がカナミの動向を捉える。
それを聞いたリーパーはつまらなさそうに、ふわふわと浮かぶ。
「んー、動きがないなら、この隙になんか食べに行く?」
そして、気軽に、友人と時間を潰すかのように食事へ誘う。
その態度に私は呆れる。
「――あっ、アタシお金ないから、スノウお姉ちゃんが奢ってね!」
遠慮なく私の財布に、たかろうとまでしていた。
その無垢な姿に、私は疑惑を打ち消す。
「はあ、仕方ない……」
私はため息と共に、微笑む。
少しだけ過去を思い出した。珍しく、気分の悪くならない過去だ。
確か、私の最初の友達も、今のリーパーのように純粋だった。それを思い出せて、少しだけ嬉しく思う。
私はリーパーを連れて、レストランへと向かう。
『ヴアルフウラ』のレストランは、どれも高級だ。見晴らしのいい景色が見える席を取り、私たちは料理を頼んでいく。
リーパーは遠慮なく次々と料理を注文する。おそらく、この迷宮から現れた少女は、レストランなんて訪れたことがないのだろう。何もかもが珍しそうだった。
しかし、リーパーを見て和んでばかりもいられない。
私は目を瞑って集中し、カナミの周囲の音を拾っていく。
昨日のデートに続き、今日はパジャマパーティーをするつもりらしい。
ラスティアラの仕掛ける扇動を前に、私は腹の底から唸る。
「う、うぅ……、ぐだぐだぐだぐだとっ、『キリスト』の話ばっかり……!」
正体不明の苛立ちは頂点に達しかけていた。
徐々に顔がゆがんでいく私を見て、リーパーは心配げに休憩を薦める。
「えっと……。どうせ、私が見張ってるんだから聞くのやめてもいいんだよ?」
「……気になる。聞く」
私は即答する。
ここまで聞いてしまえば、もう聞いても聞かなくても同じだ。なら、私は聞く。
「よくよく話せば、スノウお姉ちゃんって面白いよね……」
「ほっといて」
それをリーパーは微笑ましそうに見守る。
私は恥ずかしながらもパンをもそもそと齧り、振動魔法へと意識を割く。
その間、リーパーは延々と食事を摂り続ける。
たった数十分ほどで、リーパーの小さな身体に、軽く大人十人前ほどの料理が詰め込まれていく。誰かに見られると実態を失うというのに、レストラン全員の目線を把握して器用に食べてみせる。
その不自由で反則的な魔法特性を見て、私は疑問が浮かぶ。
「ねえ、気になったんだけど……、リーパーの身体って魔法、なんだよね……?」
「……ん、そうだよ」
少し空気が変わる。リーパーにとって聞かれたくないことなのかもしれない。
けれど、どうしても私は聞きたかった。
「その、人間じゃないってことは……、死なないってこと……?」
私にとって、それはとても重要なことだ。
「ううん、そんな便利な身体じゃないよ。頭部の損傷回復は試したことないけど、きっと無理。私はとある人間を再現してるらしいから、その人間が死ぬであろうダメージを受けたら、ちゃんと死ぬよ」
「……そう、死ぬんだ」
リーパーは首を振ったのを見て、私は落胆する。
もしも、リーパーが死なない存在ならば、私の悩みの1つは解決していたからだ。
しかし、現実は甘くない。
「それがどうしたの?」
「……ちょっと気になっただけ」
「むむ。もしかして、隙を見てアタシを殺そうとしてる?」
「まさか。そんな面倒くさいことしないよ」
「ひひっ、アタシの能力が面倒くさくなかったら、躊躇なく襲ってきそうで怖いな。今のお姉ちゃんは」
「……そんなことない」
少し心外だ。
もしもリーパーを楽に始末できたとしても、私は絶対に手は出さないだろう。
私はリーパーが嫌いになれない。
その生存能力と戦闘能力は私にとって魅力的だからというのもある。しかし、何より彼女は、かつての友達を思い出させてくれる。
手なんて出せるはずがない。
もう否定し続けることはできない。
確かに私は、リーパーと友達になりたいと思っている。
しかし、どうあっても友人止まりだろう。
リーパーは強い。けれど、不死ではないし、私を助けてくれる『英雄』でもない。
やはり、私にはカナミが必要だと再確認する。
カナミは私のものだ。
たとえ、どれだけ現人神や使徒が『キリスト』と叫ぼうと、記憶さえ戻らなければ意味はない。そう自分に言い聞かせながら、振動魔法でカナミの音を拾う。
「っぷはぁー。ふー、食べた食べた。ありがとうね、お姉ちゃん。とっても美味しかった」
振動魔法に集中していると、やっとリーパーが満腹宣言する。
「……私も。それじゃ、出ようか」
「アタシ無一文だから、支払いはお願いするよっ」
「わかってる」
人のお金だと思って、リーパーは食べに食べた。一般成人男性の食費1カ月分には相当する額だ。
私は支払いを済ませ、船の廊下を歩く。
あとは自室で延々とカナミの監視をするだけだ。
早足で部屋に戻ろうとしたところで、リーパーが後ろから声をかけてくる。
「あ、ちょっとまって。スノウお姉ちゃん」
「……なに?」
私は振り返った。
振り返った先には、満足そうな、それでいて申し訳なさそうなリーパーがいた。
「……うん。今日の夜は、お兄ちゃんのところへ泊まるよ。ここに何泊もするのは申し訳ないからね」
本気かどうかわからない。
けれど、私の自室へ来る気はないとわかった。
「また適当なことを言う……」
おそらく、「申し訳ない」は嘘だろう。
そんなことを思うような子なら、人のお金で満腹になるまで食べやしない。
私がじろっと睨んでいると、降参するかのように手を上げる。
「ひひっ。本当のところは、明日の試合がどう転ぼうと、あっちの2チームに張り付いておかないといけないからだねっ」
リーパーは狙いを白状する。
ローウェンを嫌っている私が決勝に出る可能性は、もはやゼロに近くなった。その私を監視するよりも、カナミとラスティアラ・フーズヤーズの監視のほうが重要なのだろう。
リーパーは最後にお願いする。
「もし、スノウお姉ちゃんが勝ち進んでも、決勝戦には絶対行っちゃ駄目だよ」
「それは約束する。ローウェンは嫌いだから、嫌がらせには協力する」
こればっかりは絶対だ。
即答した私を見て、リーパーは苦笑いする。
私とリーパーはカナミのいる船へと向かう。
子どもを見送りする程度の気軽さだった。しかし、到着直前でリーパーの身体がびくんと震える。どうやら、カナミの『ディメンション』に引っかかってしまったようだ。
宙に向けて手招きするリーパーに呆れながら、私はカナミに魔法で語りかける。
『――警戒しなくていい。私はすぐにここを離れる』
しかし、カナミは困惑したままだ。
つい先日、喧嘩別れに近い形となったままだ。それも当然だろう。
私だって話しづらい。
『リーパーがカナミの場所を知りたがっていたから、教えてあげただけ。私は四回戦の試合にしか興味ない……』
だから、安心して欲しい。
そう言おうとして、踏みとどまる。
安心なんてできるわけがないだろう。私はカナミの全ての音を拾うと宣言した。そんな状況の中、私の発言を信じられるわけがない。
「……わかった。信じるよ、スノウ」
けれど、カナミは「信じる」を言った。
それが嘘にせよ本当にせよ、私にとっては苦しい言葉だ。
たったそれだけのことで、心が折れかける。すがりつきたくなる。
私は何とかカナミに近づきたくて、言葉を漏らす。
『カナミ、えっと、その――』
カナミと話がしたい。もっと私のことをわかってほしい。
弱音の全てを吐き出して、楽になりたい。
歯を食いしばり、私は耐える。
それではカナミを手に入らないと、『舞闘大会』前日に私は思い知った。
すがりつくだけでは足りない。本気にならないと、カナミは手に入らない。
だから、私は顔を伏せる。
『じゃ、じゃあまた、カナミ……』
私は別れを告げる。
続いて、リーパーも私へ別れを告げる。
「それじゃ、ここでお別れだね。――スノウお姉ちゃんはもっと素直にならないと駄目だよ?」
「素直に……?」
私はリーパーに聞き返す。
けれど、リーパーは何も答えない。その代わり、まるで老婆が孫を見るかのような優しい表情で私を見る。
そして、闇に消える。
リーパーの能力でカナミの元へと移動したのだろう。
彼女の闇の名残りが、夜空へと溶ける。
それを見届け、私は夜空を見上げる。
青い空とは違う、黒い空。
今なら、少しだけ飛べる気がした。
明るい空は無理でも、夜空なら闇に紛れて飛べる気がした。
「私は素直。――素直に、カナミが欲しい」
その言葉は誰にも聞かれることなく、暗闇に吸い込まれる。
私は独りになる。
ただ独り。暗い闇の世界を歩く。
誰もいない夜。けれど、闇が語りかけてくる。
リーパーの言葉が心に残っている。
――「ひひっ、なんだかんだで嫉妬してる?」「スノウお姉ちゃんって、もしかしてアタシよりも――」「スノウお姉ちゃんはもっと素直にならないと駄目だよ?」――
リーパーの声が反響し、そこへローウェンの言葉も混ざっていく。
忘れようとしていた言葉を思い出しかけてしまう。
昔の私のくせに、ローウェンは悟っているかのような物言いをする。それが無性に腹立つのだ。
私は反響するローウェンの言葉を振り払いながら、自室へと戻る。
腹の立つ理由はわかっている。ローウェンは私と似ているが、決定的な違いがある。
きっと、ローウェンは私のようにならない。いや、正確には『ならなかった』のだろう。
だからこそ、嫌いなのだ。
自室に居たテイリさんを振り切り、私はベッドへと飛び込む。毛布に包まり、全意識を振動魔法へ傾ける。
傾けないと壊れてしまいそうな気がした。
ラスティアラ・フーズヤーズたちを恨んでいないと身体が動かなくなる。だから私は聞き続ける。
優しい世界が、私に真実を突きつけようとする。
その真実から、私は最後まで逃げ出す。
そして、『舞闘大会』四回戦。
ラスティアラとの戦いの日を迎える。
快晴だった。
空は澄み渡り、満天の斜陽が降り注ぐ。
どこまでも空が広がっている。
しかし、心の窮屈さが、どこまでもつきまとう。その窮屈さの原因が、今となっては曖昧となってしまった。
目指していた場所はどこか。恨んでいたのは誰か。
失ったものは何か。欲しかったものは何か。
もうよく覚えていない。
嘘と真実の境さえわからなくなり、自分の願いすらも見失った。
それが今の私だ。
「狭い空……」
だから、私は呟く。
呟き――、そして、始まる。
大地を割り、海を震撼させ、私とラスティアラ・フーズヤーズは激突した。
しかし、ラスティアラ・フーズヤーズたちは全力でなかった。戦いながら私に真実を突きつける。彼女は私へと、必死に手を伸ばそうとしていた。
誰もが言葉を濁した真実を、ラスティアラ様は大声で叫ぶ。
ウォーカー家は隠し続け、『エピックシーカー』の誰もが気づけなかったもの。
リーパーもローウェンも遠まわしにしか言えなかった私の心の底。
本当の願い――。
それを、まるで『英雄』のようにラスティアラ様は私へ伝える。
私の心の殻に何度も触れる。そして、とうとう亀裂まで入れてしまう。
そう、彼女が亀裂を入れた。
入れてくれたのだ――。
その亀裂の中から僅かに見える私の本心。
それを見てしまい、私は気づく。
「――私はカナミが好きだった?」
私の初恋も失恋も、すでに終わってしまっていたことに気づいてしまうのだった。
次はローウェン視点に移ります。