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IF『守護者ルート』その8(現代編の下)(最終章までのネタバレあり)

※最終章までのネタバレがありますのでご注意ください。

状況を簡単に言うと、『元の世界』で女体化カナミとラグネがいちゃいちゃ。

クリスマスネタ+マリアに続いて相川兄妹誕生日ネタですね。

エイプリルフールネタを学園ものに移行したいので、そのちょっとした繋ぎでもあります。


 『理を盗むもの』を含む男性陣のちょっとしたお茶目で記憶を失って、『ママ』となってしまった相川渦波。

 その『ママ』が持つデバフパワーによって精神汚染され、『娘』となってしまったラグネ・カイクヲラ。

 それは人格崩壊という大事であったが――自分を見失うことはライフワークみたいなものだった母娘おやこは、むしろ休暇に近い生活を『元の世界』で送れていた。


 なので、未だ舞台は、現代日本のホワイトクリスマス。

 魔石でなく電飾の光が煌く世界で、二人は里帰りをしたという設定で、楽しい毎日を過ごしていく。毎日、大切な『家族』と一緒に目を覚ますことができて、そこにいることを触れ合って確かめることができて、何気ない会話に笑い合えることができて、他愛もない時間が過ぎていく――という、このまま死んでもいいと思えるくらいに幸せな日々で、明らかに致命的な罅は広がっていって――


 いつ崩れてもおかしくない世界の夜。

 クリスマスイブを目一杯楽しみ終えた二人は、格安1Kの賃貸部屋に帰って、一緒の布団で手を繋いで寝ながら、とある話をしていた。


「――え? 明日、ママの誕生日なんっすか?」

「ん、そうだよ。クリスマスに重ねて、私の誕生日。だから、明日はいいもの食べようね。今年こそ、家族みんな一緒に……、ラグネ……――」


 話題は『誕生日』について。

 それを伝えて、カナミは眠りに落ちていった。

 とても安らかな寝顔だった。それは彼女にとっては何気ない一言だったのだろうが、伝えられたラグネの表情は固い。


 明日、人が生まれたことを祝う日を迎えると知り、冴えきった目で沁みのついた天井を夜通し睨み続けていた。クリスマスイヴからクリスマス当日に突入していき――


「――じゃあ、一杯買ってくるから、ちょっと遅れるかも。待っててね、ラグネ」


 手足のかじかむ寒い朝。

 部屋の布団を上げて(狭いので、布団を片付けないと炬燵を使えない)、その長い黒髪を結い上げながらカナミは、買い物に出かけていく。その彼女のポニーテールの揺れる背中を見送り、ラグネも動き出す。


「時間は……、ある。ママの買い物は長いし、豪勢な料理を作る気満々だから、帰ってからも、たぶん長引く……。なら――」


 その間にと、ラグネはクリスマスプレゼントとして買ってもらったダッフルコートを着こみ、続いて部屋から外に出る。


 『元の世界』は――いや、ラグネにとっては、『冬の異世界』は、昨日に引き続いて、ぱらぱらと雪が振っていた。

 白い雪の道を歩き、誕生日プレゼントなるものを入手しに歩く。


 まだ現代生活の短い彼女だったが、その情報だけは仕入れていた。

 ただ、夜通し考えても、まだプレゼントの内容を決めかねている。


 まずラグネが頭に思い浮かんだのは、価値の高い装飾品。

 こちらの世界ならば、宝石をあしらったものがプレゼントとして喜ばれる。ラグネの持つスキルならば、簡単に手に入れることは可能だろう。が、すぐにそれは違うと、ラグネは首を振る。


 そんな物で、本当に私の想いはちゃんと込められるか……?

 誕生日のプレゼントというのは、もっと、こう……!


 続いて思いついてしまったのは、現金。邪魔なやつの命。確固たる地位や権力、などなど。自分の中で価値の高いものを並べていき――しかし、「もうそういうのはいいんだ」と、さらに強く首を振る。


 私がママにあげたいのは、そんなものじゃなかった。

 ただ、それ以外のものが中々思いつかなくて、ラグネは困り果てながら、『元の世界』のクリスマス一色の街を歩き、歩いて歩いて歩いて――ふと、掠れた風景を思い出した。


 それは大陸の端の端にある農村。

 田舎特有の自然に囲まれた汚い小屋。

 そこで私が、本当に欲しかったもの。ママに贈りたかったもの。


 思い出して、手に入れるために、私は歩く道を決め直す。向かう先は、巨大スクリーンの並ぶ都会方面ではなく、逆。いまの自分にとって、『一番』の価値あるものを探しに行く。



◆◆◆◆◆



 ――そして、無事夕方に。


 誕生日兼クリスマスパーティーの準備が整い、ラグネは出会い頭の第一声でお祝いをしていく。


「誕生日おめでとう、ママ! はいっ!」


 夕飯の美味しそうな匂いが充満した部屋に帰ってきて、ラグネは半日かけて手に入れたものを手渡した。


「――っ!! あ、ありがとう、ラグネ……!」


 それは拙いながらも手作りの花冠だった。

 決して綺麗とは言えないけれど、ラグネなりに丁寧に編みこまれ、なんとか輪っかの形を保っている。そのベタなようでいて、一週回って珍しい贈り物にカナミは目を見開いて、喜んだ。


「これ、本物……」

「うん、買ったんじゃなくて、拾ってみた。でも、やっぱり、こんなのじゃ――」

「ううん。私はこれが欲しかった」


 カナミは即答する。

 二人は鏡合わせ。だからこそ、ラグネの贈りたい物がカナミの欲しい物だと、最初から決まっている。


「ただ、お金を渡されるだけじゃなくて……、こういうのが、欲しかったんだ……。誕生日に、私は……」


 そう呟き、感慨深そうに、悔しそうに嬉しそうに泣きそうに、花冠を見つめる。

 そして、そのカナミの類稀なる観察力が、プレゼントの完成までの経緯も見抜く。


「それに、ちゃんとわかるよ。どれだけラグネが頑張って、これを作ってきたのか」


 いま二人が住んでいる地域は、かつて相川家があった都会でなく、相川兄妹が二人だけで暮らしていた場所だ。どちらかと言えば、田舎と称される地域。かと言って、そう簡単に見栄えのいい草花が見つかるかというと、意外にそうでもない。

 街中にある花壇を荒らしてはいけないと、常識から理解していたラグネはまず人の手の入っていない自然を探した。ここで生花・造花を買う発想がなかったのが、『異邦人』らしいところだが――彼女なりに必死に考えて、高いビルの屋上まで上がり、手ごろな山を見つけて、自然の花を厳選しに突入したのだった。


 そして、なにより問題だったのは、ラグネは花冠というものを作るのが初めてだったということ。生まれからずっと成り上がり生活だったため、作るチャンスは一度もなかった。当然、家族から教わったことなどあるわけない。


 だからこそ、初めての拙い作品を、本当に喜んで貰えるかどうか、ラグネは少しだけ不安だったのだが……その不安を、最も理想的な形で、カナミが吹き飛ばしてくれた。


「は、ははは……。あー、よかったっす!」


 プレゼントの好みが全く同じだったママに安心して、ラグネは勢いよく抱きつく。

 それをカナミは受け止めて、その頭を優しく撫でる。


「今度こそ、贈れたっす……。いつも、小屋にいなかったから……」

「うん。これからは、ちゃんといるよ。私が……」

「ママ……!」


 その台詞の『矛盾』に、二人は気づいている。

 最初から決まっていた茶番劇であることに、二人は薄らと気づきつつ、「もう少しだけ」と演技を続けていく。


 カナミはラグネと十分に抱き合ったあと、部屋の押入れを開けて、ある物を中から取り出す。


「というわけで、こっちからも……。はい、ラグネ! おめでとう、プレゼントだよ!」


 そして、まさかの手編みの赤い手袋ミトンの登場だった。

 それをラグネは受け取りつつ、疑問を浮かべる。


「え?」


 それがどのように作られたのか、母と同じように娘も類稀なる観察力でわかる。

 一人の時間を見つけては、隠れて少しずつ作っていたのだろう。それが可能なスキルをカナミは持っている。だが、プレゼントという言葉の意味が、ラグネにはわからなかった。


「え、えっと、つまりクリスマスプレゼント……? クリスマスプレゼントは、もう買って貰ってるっすよ……。これ」


 ラグネは自分の着ているコートを指差して、プレゼントが二重になっていることを主張する。それにカナミは笑顔で頷き返しつつ、自分の正当性を主張していく。


「わかってる。だから、これは誕生日プレゼント」

「え? でも、私の誕生日は、まだ――」

「昨日、ラグネも私に誕生日教えてくれたよね? 二月二十九日の閏年だって。でも、閏年って四年に一回しかないからさ……。四年に三回は私と同じ日に、誕生日を祝おう? だから、これはプレゼント。誕生日おめでとう、ラグネ」

「え、えぇえー……」


 強引も強引な理論に、ラグネは苦笑いを浮かべた。

 これでは、もう「ただプレゼントがしたい」というだけのプレゼントだ。そもそもカナミの性格ならば、どうせ閏年ではない3月1日あたりに「誕生日がないのは寂しいね。せっかくだから、今日お祝いしようか」と言い出すのは分かっている。


 つまり、どれだけラグネが正論を返しても、何か強引な理由をつけてプレゼントを受け取らさせられるのは間違いなかった。

 なので、ラグネは「ありがとう、ママ」と受け取るしかない。そして、互いに持つプレゼントを見比べる。


「ただ、こうなると……、私のやつとママのやつ、出来が釣り合ってないっすねー……。あはは」

「そんなことない。間違いなく、これは私にとって、過去最高に嬉しいプレゼントだよ」


 カナミは嬉しそうにラグネから貰った花冠に顔を近づけて、笑う。

 その様子を見つつ、ラグネは自室ながらもミトンをつけて、笑う。


「……それなら、よかったっす。あ、でも来年は、私が手編みのものを贈るっすね。予約するから、ママは違うのにするようにっす」

「うん。なら、来年までに『編み物』教えてあげる。……ついでだから、花冠の作り方もね」

「あーっ、やっぱり下手だって思ってたっすね! ママ!」

「まあね! でも、初めてならすっごく上手だよ。それも誰にも教えてもらうことなく、想像だけで作れたなら……たぶん、ラグネは編み物のセンスがある」

「へへへー、センスあるっすかー」


 褒められ、ラグネは泣きそうになった。

 その目じりに薄らと浮かんだ涙を見つけて、カナミは慌てて近づく。


「ラ、ラグネ……!? どこか痛いの?」

「痛い……? え?」


 指摘されて、ラグネは自分の状態に気づく。

 自分の湿った目元に手をやって、驚き、同時に近づいてきたカナミの異常にも気づく。


「ママもっす……」


 カナミも同様に、薄らと涙を浮かべていた。


「え? そんな、なんで……? 嬉しいのに……」

「嬉しい……。ああ、嬉し涙っすね、これ!」

「嬉し涙……、そうだね」


 そう二人は、同じ答えを出した。

 そして、顔を見合わせて――


「あはは」

「あはは」


 笑い合った。

 嬉しい。それは嘘じゃない。

 同時に相反する感情もあるような気がするけれど、その『嬉しい』も決して嘘ではないから、笑ってクリスマスと誕生日を全力で祝っていくことにした。


「よーしっ。それじゃあ、食べよっか。今日は、腕によりをかけたよー。本当に!」

「食べるっす! ママの料理、大好き! いただきまーす!」


 予期せぬプレゼント交換が終わって、二人は部屋の中央に向かっていく。

 置かれた炬燵の上には、チキンがメインの豪勢なクリスマス用夕食。彩り豊かなサラダに、手作りローストビーフ。ポタージュスープに、決め手のクリスマスケーキ。

 それらに二人が「さあ、食べよう」と手をつけかけたとき、


「――あれ? 飲み物がない」


 ありえない買い忘れがあった。

 仕方なく、カナミは立ち上がり、急いで外に出て行く。


「近くのコンビニで買ってくるね。すぐ帰ってくるから……、先にケーキを食べないように!」


 ラグネは「飲み物がないのは痛いっすね。あ、寒いから、私は待ってるっす」と、軽い気持ちで見送る。そして、ケーキに手は出さなくとも、軽くスープに口をつけて、身体を中から温めようとして――寒気を、感じる。


「むむっ。もー、ママはー」


 身体が震えたラグネは、唸った。

 カナミが玄関の扉を開けっ放しにしたのかと、ラグネは呆れながら立ち上がろうとする。


 ただ、その途中で、部屋の空気が一変する。

 空調の効いた温かな部屋が、一瞬で冷凍室に塗り換えられる。

 そんな冷たすぎる錯覚が――



「――もう十分ですよね? いい加減、終わらせましょう。すぐ終わらせましょう。はい、終わり。終わりです」



 冷風のような声が通り抜けて、立ち上がる体勢の途中でラグネは固まった。


 そして、その声の発生源に目を向ける。

 それは先ほどまで自分が入っていた炬燵。その四辺の一つに、一人の見知らぬ少女が、『家族』のように座って――缶でアルコールを煽っていた。


「――っ!?」


 顔を赤らめた黒髪の少女が、白分厚いどてらを着て、クリスマス用夕食に手をつけている。

 その少女はカナミと似ていたが、纏う雰囲気が違う。たとえ、振る舞いや外見が近しくても、発する温度が逆。その圧倒的な存在感と冷たさに、ラグネは困惑する。


 い、いつから、いた……?

 いや、絶対にいなかった。ずっとこの部屋には、ママと私だけ。

 なのに、ずっと前から同席していて、当然のように飲み食いをしているのは誰? というか、炬燵の上に、こんなに空き缶はなかったはず。アルコールとか、ママも私も呑まない。なのに、どうしてだろうか……。この黒髪少女も含めて、ずっとそこにあったかもしれないような気がする。考えれば考えるほど、自分の記憶に自信がなくなっていく……。これは、『何らかの魔法の攻撃』を受けている感覚……!


 というラグネの動揺など気にすることなく、マイペースに黒髪の少女は――相川陽滝は、話を始める。


「……はあ。なんですか、このしんみり脚本は。……ここで終わらせると私が悪者みたいですが、もう時間がありませんので終わりです。ええ、時間だから終わらせるだけで、私に他意はありませんよ。全くもって、ないです。ちーっとも」


 いまラグネの視界には、つい数秒前まではなかったものがたくさんあった。

 そのまるで『世界』が改編されたような視界に、いかに適応力が高いラグネとはいえど動揺を隠せない。


 というか、後ろに突如現れた少女の背後に、毛糸で編まれた巨大ぬいぐるみが鎮座しているのがシュール過ぎる。

 成人男性くらいの大きさはある編み物のモデルは、なぜかドラゴン。

 添え物として、ごてごてとした過剰装飾の大剣(もちろん、これも毛糸製)が立てかけられている。


 その小学生男児しか喜びそうにない一品を前に、なんとかラグネは声を絞り出す。

 この圧倒的な存在感を相手に、まず敵対しないことをアピールする。


「う、後ろの……。すごいっすね、それ……」

「ふふっ、かっこいいでしょう? 自信作です」

「そ、そっすか」


 「かっこいい?」と疑問符をあげるラグネを見て、陽滝はドヤ顔と共に「ふっ」と鼻を鳴らした。

 さらに、炬燵の上にあるラグネの花冠プレゼントに目をやって、さらに「ふふん」と笑う。


 人の顔色を窺うスキルがMAXのラグネは、この酔っ払い少女が自分に対抗意識を燃やしていると察した。

 少女が自らの花冠と比べて、「へー、花冠? へー。私のほうが上手いし、想いが詰まってるし」と、カナミが嫌がりそうな重さグラビティを発しているのを見て――そこまで悪い人ではなさそうだと、第一印象を抱く。


 抱くが、それでもまだ心臓の音は大きい。

 たった一瞬で部屋の中に、一人分の生活臭が増えたのだから当然だ。


 炬燵の上は、こんなに散らかってはいなかった。というか、こんなアルコール臭くなかったし、高そうなシャンパンもなかった。ばくばくとカナミの料理を口に放り込む少女もいなかった。というか、その遠慮のなさ過ぎる少女の暴飲暴食を見て、ラグネは少しだけ不満を――


「クリスマス料理が減っていくのが、嫌ですか? ……いいじゃないですか。私だって、誕生日なんです。ハッピーバースデーイ、とぅーみー。ハッピーバースデー、でぃーあわたしー……。百才から先は、数えたくないー。ふ、ふふっ、ふふふふ……」


 そう言って、高そうなシャンパンをグラス(いつの間にか、これまた高そうなボトルとグラスがあった)に注いで、一気に煽った。


 何かとても嫌なことがあって、自棄酒しているようにしか見えない。

 婚期を過ぎた先輩女性が一人ぼっち誕生日会しているような迫力があり、堪らずラグネは両手を挙げて、降伏の意志と共に祝福する。


「あー……。それは、おめでとうございますっす。私たちとお揃いっすねー! はっぴばーすでー、とぅーゆーっす! ぱちぱちぱちー!」


 ラグネは今日まで生き残らせてくれた処世術で、すぐさま空いたグラスにお酌した。

 すると陽滝は満更でもない顔になって、嬉しそうにグラスをまた煽って――少し反省するかのように、言い足す。


「と言っても、私の誕生日は昨日なんですけどね。兄さんとは一日違いなので……」


 本当はクリスマスイブらしい。

 一つ謎が解けて――しかし、未だ大量に残っている謎を、ラグネは一つずつ解消していく。


「兄さん、っすか……。それよりも、昨日? もしかして、昨日からずっと?」

「ええ、ずっといました。ずっと視ていましたよ。ずっとずっと、あなたたちの様子を、ふふっ、ふふふふ――」


 くびりと呑むヒタキ。


 「みていた」と言っているが、それは覗きという意味ではないだろう。いまの状況を考えると、盗撮でも盗聴でもなく、盗居(?)という形で私たち母娘おやこの全てを「視ていた」ということ。

 同じ部屋で生活され、後ろの手編みぬいぐるみを作成されつつも、ずっと私たちは気づけなかったのだとラグネは推理して――目の前で飲み続ける少女が心配になる。これ以上は、酔いが――


「は? 酔ってませんよ。酔うなんて優しい機能が、私にあるわけないじゃないですか? 私は『水の理を盗むもの』です。その私を酔わせれるとしたら、大した水ですよ。私にとって、この程度のお酒なんて、ただのお水です、水。これはただの美味しいお水。ええ、初めて呑みましたが、本当に美味しいものですね。美味しいお水というのは」


 早口にラグネは圧倒される。

 私が考え至るより先に、受け答えし始めるので、異常に頭の回転が速い人だとはわかった。だが、そこに酔っ払い特有の絡みが合わさり、とてつもなく面倒くさい。


「もちろん、私が何度も過去に、兄さんに誕生日プレゼントしてるのに、兄さんが『過去最高のプレゼント』なんて口にしたことも怒ってるわけでもありません。ええ、まーったくありませんね。それと、あなたが私と違って、一発目のガチャで『理想オブ理想なカナミ』を引き当ててるのを、理不尽に思っているわけでもありません。そういうのも全く、まったくまったくまーったくないですね。どうせ私は、綺麗な『答え』を先んじて知ってる分、物語の寄り道もショートカットもできないタイプです。こういう「なんだこれ?」的な話に弱いですよ。どうせ私は、最大値を出せずに平均値しか出せないプレイヤーで……はあ」


 ぶつぶつと早口で愚痴を零していっては、溜息をつく。

 途中から相手に聞かせるつもりはないとラグネはわかったが、その独白から読み取れる情報はあった。


 この少女は怒っている……?

 この状況に? この世界に? いや、この展開に?


「全部です」


 また疑問を口にする前に即答される。

 そろそろ、こういうものだとラグネは諦める。


「しかし、あなたは私と全く同じことをしてるはずなのに、兄さんの反応がかなり違いますよね。ああも幸せに没頭できている兄さんは、久しぶりに見ました。私の二人暮らしのときと同じようで、同じではない。もしかしたら、私が弄るべきだったのは脳や魂でなく、身体そのものだったかもです。兄さんが、兄でも姉でも――たとえ、妹だったとしても、あの『約束』は変わらなかったのだから。ただ、その一文字一文字を、私がこだわっているだけで……はあ」


 そこでヒタキは、ラグネを軽く睨む。

 明確に嫉妬が混じっている。

 嫌われているのだと感じて、ラグネは少し居た堪れなくなった。


「ええ、私はあなたが嫌いです。……あなたと違って、私はツンデレじゃないので。本当に」


 次は、明確に嫌悪を感じる。

 

 ……しかし、敵意や悪意までは感じない。

 ラグネが幼少期に競ってきたライバルたちと比べると、この少女は「優しい」と確信できるだけの温さだった。


 そもそも、ツンデレじゃないというのが嘘な気がする。明らかに、私が「はっぴーばーすでー、とぅーゆー」と唄ってから、最初の冷たさが温くなってるような――


「嘘じゃありませんし……。全然、嘘じゃありませんし」


 ぶつぶつとヒタキは言い訳するが、そこに吐きそうなほどに濃い魔力はあっても、鋭い敵意はない。


 ラグネは思考と口が乖離している人だなと思った。

 ママに似ているけれど、ママとは全く違う。

 というか、ママの何倍も可愛らしくて――


「――っ!? そんなことよりも! ……あなたは、満足しなさ過ぎです。この状況、あなたは最高の幸せを感じながら、同時に最悪の不幸も感じていませんか? これだけ兄さんを堪能して、一体何が不満なんですか? これでは、私の完璧な《冬の異世界ウィントリ・ディメンション》が完了しません。もうっ」

「それは――」


 薄らと感じていた日常の罅を、はっきりと指摘されてラグネは言い詰まった。


「その結果、時間切れタイムアップ。今しがた、兄さんをさらったあなたを追いかけて、異世界の『理を盗むもの』たちが――全員・・、こちらの世界に侵入しましたよ」


 陽滝にとっては、これが本題。

 いままでとは打って変わって、次々とラグネに厳しい現実を突きつけていく。


「あなたの処理も含めて、この『元の世界』に来た『理を盗むもの』たちの対処を私はせざるを得ません」


 対して、ヒタキは不満を口にしながら、その表情は明るかった。


「そう……。対処せざるを得ないほどに、いまの私も含めて、異常が多い・・・・・。あなたが『何らかの魔法による攻撃』を感じているように、いま私も『何らかの魔法の攻撃』を感じている。……しかし、だとしても、この『元の世界』は私の領域であり、『私の世界』。全て、無駄でしょう。最後の『答え』だけは、何があっても決して変わらない」


 その様子を見て、ラグネは少しずつ……一つずつだが、謎を解いていく。

 ただ、その理解は無駄であると、最後にヒタキは申し訳なさそうに言って――


「ともあれ、次に目を覚ましたとき、あなたは全てを忘れます。『反転』したまま、家族との思い出だけが残る。それが、ラグネ・カイクヲラが救われる唯一の『答え』……。本当に誕生日おめでとうございます、ラグネ・カイクヲラ。祝福は嘘じゃありませんよ。――そして、さようなら」


 一方的に、別れを告げた。

 その唐突過ぎる命令に、今度こそラグネは勢いよく立ち上がる。


 わ、忘れる?

 それは私が、ママのことを?

 この生活をってこと? 思い出をってこと? それは――


「ま、待っ――」


 だが、立ち上がった瞬間、ラグネは強烈な眠気に襲われて、喉が『静止』した。

 膝を床に突いて、ゆっくりと頭部が炬燵の上に置かれていく。


 寒い。

 尋常ではない寒さに身が凍え、死が迫るかのように眠い。

 これは生理的な眠気でなく、魔法的な眠気とわかり、どうにか抗おうと魔力を搾り出す。


 しかし、抗えない。

 たとえ『星の理』に届いているラグネといえども、相手はあのアイカワヒタキ。

 切り札の『反転』でさえも軽く相殺されてしまう。


 ゆえに、ラグネは落ちていく。

 この罅の入った幸福な日々が壊れていくのを、甘んじて受け入れるしかなかった。


 たとえ『作りもの』だとしても、それは永遠に過ごしたかった世界。

 それが壊れて、砕けて、消えていく。


 母娘おやことして過ごした記憶が消えて――けれど、感情と思い出だけは胸に残って、優しい終わりへといざなわれて――、どこまでも、深く深く深く――、二度と目覚めることのない優しい『冬の異世界』に、また――




◆◆◆◆◆




「――っ!!」


 『冬の異世界』に落ちまいと、ラグネは意志を持ち直す。


 やらせるか!!

 私のママはどこだ!? 絶対に渡さない!

 カナミは私のママなんだ!! 死ぬまで、ママなんだ!!


 と、心で叫び、眠りから覚める。

 突っ伏した顔を上げて、目を見開き――


「え?」


 ラグネの視界に入ってくるのは、『教室』だった。

 現代日本の教育の現場にて、彼女は目を覚ました。


 異世界育ちのラグネに親しみはないが、学校に付きものである大きな黒板と教壇。

 三十を超える机と椅子が並び、開放感を重視したたくさんの窓。スタンダードすぎる『教室』の中にある最後部左端の席で、ラグネは机に突っ伏した顔をあげるところだった。


 なんだ、ここ……?

 いや、知ってはいる。

 異世界の学び舎、学校ってやつだ。


 ラグネは場所の名前だけは知っていた。

 けれど、そこの椅子の一つに座り、自分が学校に付きものである『制服』というものを纏っている意味まではわからなかった。


 すぐさま、ラグネは周囲を見回して、情報収集していく。

 時刻は夕暮れ。おそらくは、授業ってやつが終わり、下校時間は過ぎている。

 そして、いま教室に残っているのは、二人だけ。

 私と私の隣の席の――


「え、ティ、ティアラ様?」


 見知った顔がいた。

 現実離れした美しい金髪と顔立ちの少女。

 それは『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』として勤務していたときに出会った過去の偉人、聖人ティアラ・フーズヤーズ。

 彼女もラグネと同じく、学校の制服を着て、当然のように座って、放課後に読書を堪能していた。


 だが、そのラグネの呼びかけに、少女は――


「え? あ、は、はい……。ティアラ……です? いや、違います。ラスティアラです……。名前、ちゃんと覚えてくれると、嬉しいです……」


 びくっと肩を揺らしてから、おずおずと答えた。


「……は!? ラスティアラ……って、お嬢!? お嬢なんっすか!?」

「な、なんですか……? いきなり……」


 その威厳のない仕草から、儀式で入った『聖人』ティアラの人格が抜けて、元に戻っているとラグネはわかった。


 ――だが、様子がおかしい。


 お嬢だとしても、自分の知っているお嬢と違う。

 余りにおどおどしているし、こうも髪は長く――いや、髪の長さは変わらないが、長い前髪で目を隠すような人ではなかった。

 自分と同じく、何らかの人格問題が発生している。


「これは……!?」


 何もかも異常だった。

 気味の悪さに、ラグネは舌打ちしつつ、状況を整理する。

 この『教室』に来る直前、私は得体の知らない黒髪の少女と出会い、その逆らえない強大な魔力と共に「全てを忘れる」と言われた。

 にもかかわらず、記憶が継続できている。


 もしかして、あの人、酔ってたからミスをした……?

 いや、そんなまさか、馬鹿なことは……。


 直感的にだが、いま自分に記憶があるのは、彼女の言っていた「異常が多い」の内の一つであると思った。

 そして、周囲の観察を進めて、ラグネは少しずつ推理が固まっていく。


 おそらくだが、この『学校』こそ、本当の始まり。

 先ほどのクリスマス以上に甘くて温くて優しい世界。

 積み重なった異常イフの収束であり集結であり終幕であることを――まるで、『糸』に導かれるように、ラグネは理解していく。

 



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良い意味でヒタキのイメージが崩壊してて好き
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