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IF『守護者ルート』その8(現代編の上)(7-3章までのネタバレあり)

※7-3章までのネタバレがありますのでご注意ください。

IF『守護者ルート』その7(下の下)の続きです。




 それは、とても冷たい季節の外伝人生。


 日付は、十二月の二十四日。

 俗に言うクリスマス・イブだ。


 街には大量のクリスマスツリーが立ち並び、過剰としか思えない電飾イルミネーションが赤青黄色の光を明滅させる。さらに、それさえも呑みこむ色とりどりの光が、ツリー以上に多く建ち並ぶビルの液晶画面から拡散される。


 定番のクリスマスソングをBGMにして、今宵はお祭りだから際限など気にしては駄目だと、人々の喧騒の音が空一杯を満たしていく。


 その日の夜、街は活気と熱気に包まれていた。

 パラパラと空から落ちてくる雪は丁度いい冷たさで、道行く誰もが明るい笑顔を貼り付る。


 この白銀の世界に、この神聖なる祝福をされる日に――辛いことや悲しいことなんて一つもない。

 そう思わせるだけの笑顔が、あらゆる場所に散らばっていた。


 そう。

 決して、手足が凍りついて、氷菓シャーベットになっていくような感覚があって、歯がカチカチとなるような寒さはない。当然、なんだか糸が手足に絡まっているような気もしない。ないったらない。


 そんなクリスマスの街の片隅で、一組の家族が歩いていた。

 次元魔法で『異世界』から、この『元の世界』まで逃げてきた相川渦波とラグネ・カイクヲラの二人だ。


 少し前の『刷り込み(インプリング)前のカナミ争奪戦』において、ラグネは大勝利した。そして、女性に改造されたカナミを一度自由に洗脳する権利が与えられた彼女は、『ママ』の代わりであることを望んだ。


 しかし、ここでそう簡単に異性を幸せにしないのがカナミの特性であり運命である。

 呪われた不良賞品を掴まされてしまったラグネは、『精神汚染』の状態異常に陥り、完全に自分を見失ってしまった。

 ちなみに、カナミのほうは『記憶喪失』で女性で、カナミであるとわかりながらママでもあるという崩壊していないのが不思議な状態で固まっている。


 こうして、合わせ鏡のような家族一組は歩く。

 満面の笑みを向け合って、『元の世界』もとい――『幸福の世界』を歩く。


「ふっふっふー、ふっふっふー、ふっふっふーのふーん♪」


 街の人並みの中、『家族むすめ』は街に鳴り響くBGMに合わせて鼻歌を唄い、スキップしていた。


「ふふっ……。ラグネ、気をつけて。こけちゃうよ」


 その後ろをゆっくりと歩く『家族ママ』は、微笑みながら優しい声で注意する。


 ラグネもカナミも、こちらの世界に見合った服装で周囲に溶け込んでいた。

 下は不揃いだが、上はお揃いのダッフルコートを着ている(サイズも同じにしてしまったため、ラグネのほうはオーバーサイズになっている)。さらにはマフラーも同じものを巻きつけて、軽めの姉妹コーデのようだ。


 ようだが――、二人は『母娘おやこ』だ。

 歪ながらも、確かに二人は『親和』し、調和し、完成していた。


 ラグネはカナミの前を歩きながら、くるりと一回転する。


「ふっふっふーん、こけないっすよー! それよりも、ママ! どうっすか? これ、かわいいっすか?」


 ぴょんと一跳ねながら、ラグネは新調した服の感想をカナミに求めた。

 感想を求められたカナミは、じっくりと真剣にラグネを見つめる。


 最も目につくダッフルコートは、可愛らしさを追求したものではない。色はおとなしめで、造りもどちらかと言えば機能性重視。贅沢か質素かと聞かれれば、質素に傾く。けれど、そこにはカナミの求める『理想』の可愛らしさが、確かにあった。いますぐにでも抱きしめて、頬ずりして、泣きながら「ああ、ずっと僕が求めていたのはこれだったんだ……!!」と叫びたかった。


 なにより、カナミにはラグネの望む言葉が、誰よりもよくわかっている。


「うん、すっごく可愛い。ラグネは世界で『一番』可愛いよ」

「……あはは」


 ラグネは『理想』の言葉を聞いて、口元を緩ませ、頬を赤く染め、スキップでカナミの隣まで移動して、その手を強く握った。


「ママ、『大好き』」


 お礼にカナミの求める『理想』の言葉を返す。


 そのラグネの真っ直ぐな愛情を受けて、カナミも口元を緩ませ、頬を赤く染め、ラグネの手を、さらに強く握り返していく。


 向こうも自分と同じものを期待しているとわかっているカナミは、全く同じ言葉を口にする。


「うん。ボクも『大好き』だよ、ラグネ」


 互いがじぶんそのものゆえに、言葉が反射し合いがちな二人だった。


 ちなみに、この「大好き」を言い合うイチャイチャ行為は、こちらの世界に来てから毎日行なわれている。

 たまに、朝起きて妙な絶望に襲われたとき、昼に『家族』を見失って吐きそうなとき、夜にもう何も失いたくないと泣きそうなとき、二人は「大好き」と確認作業を行なって、いまにも壊れる世界を保ち続ける。


 こうして、今日も罅割れた精神こころの応急手当を終えた二人は、クリスマスの人ごみの中を仲良く手を繋いで歩く。


「ふっふっふーん、ふっふっふーん。……あっ! 言い忘れたっすけど、もちろん、お揃いのママもすっごく綺麗っすよ!」

「え……? そ、そうかな……?」

「そうっす。伊達に、国の柱となる優秀な男たちをごっそりと惑わして、傾国させかけてないっすからね」

「えぇええ……?」


 いまカナミは記憶を失っていて、色々と思い出すためにも故郷で療養している――という設定だ。なので、そのラグネだけが知っていた情報を聞いたカナミは、腹の底から疑問の声を漏らした。


「……ねえ、ラグネ。僕の記憶がないからって、適当なこと言ってない?」

「言ってないっすよー! これでも、かなりオブラートに包んでるっすよー。ママは娘を疑うっすかー?」

「ふふっ。……たまに、ラグネってびっくりするような嘘つくからね。最後の最後まで大事なことを隠しちゃって、すっごいギリギリのところで後ろから「わっ!」って驚かしてきそうなところあるし」

「そんなことしないっすよー! 『家族』同士で騙し合いとか隠し合いとか、よくないっす! 『家族』は、やっぱり素直になるのが一番っすかね!」

「んー……、まだ嘘くさいなー。なんか、ちょっと胡散臭い」

「胡散臭いぃい!? し、ししし失礼っすねー! それだけはママに言われたくないっす!」

「えー、僕はラグネに嘘をついたことは一度もないよ?」

「ないだろうけど、それでも嘘になってしまうことが多々あるのがママなんすよ!」

「えぇええー……」


 それは他愛もない雑談。

 その途中、またラグネだけが知っていた情報に驚き、カナミは腹の底から声を漏らした。


 こうして、家族一組は笑い合いながら、仲良く歩き続ける。

 ただ、周囲の人たちが見聞きすれば、少し首を傾げる二人だろう。

 ぱっと見たところ、二人は女友達だ。髪の色や名前の質の違いもあって、姉妹にも母娘にも見えない。


 けれど、茶のショートカットの少女は黒のロングの少女をママと呼ぶ。奇妙な光景だった。


「――むむっ? あれは!? ママ、あれ買ってっすー!」


 そんな周囲の視線があろうとなかろうと、茶のショートカットの少女は一切の壁を作ることもなく甘え続ける。

 それをほぼ同年代に見える黒のロングの少女は、ちゃんとママとして対応していく。


 カナミは近くのクレープ屋を指差すラグネに向かって首を振った。


「駄目。帰ったら、すぐ晩御飯なんだから」

「ちゃんと晩御飯は食べるっす。だから、お願いー」

「駄目なものは駄ー目。おなか膨れるに決まってる」

「ぜったい晩ご飯、食べきるっすよ! ママの手作りのご飯を、私が残すわけないっす!」


 首を振られても、カナミをよくわかっているラグネは甘え続けた。

 ずっと家族に甘えられたかったカナミは、それを断りきれない。


「……はあ。今回だけだよ」

「やった! ママ、だーいすき!」


 嬉しそうにカナミは溜息をつき、クレープを一つ買ってくる。

 それをラグネは受け取ることなく、大きく口を開いて待つ。


「あーん」

「はい、あーん」


 カナミは苦笑しつつも、間髪なく娘の口にクレープを持っていった。

 ラグネは嬉しそうに食らいついて、無邪気に笑う。

 その口元には、たくさんのクリームがついている。


 …………。


「ラグネ。ほら、拭いて……」

「んー」


 ラグネは背伸びして、自分の口元をカナミに近づける。


 …………。

 ……………………。


「そのくらい、自分で拭くように」

「んー、んー、んー!」

「あー、もう」


 お世話大好きのカナミは嬉々として、手持ちのハンカチで拭った。

 お世話されたがりのラグネは嬉々として、口元を拭われる。


「ママ、ありがとー」

「もう仕方ないんだから。甘え方ばかり上手くなっちゃって……」

「あははー。こっちの世界に合わせて、私は成長したっす。仕方ないことっす」


 ……『理想』なのだろう。


「……そういえば、こっちの世界に来たばっかりのラグネって、本当に酷かったよね」

「余り思い出したくない話っすけどねえ」

「僕は面白かったよ。ラグネが元の世界の知識を活かそうとして、失敗ばかりで――」

「やめろー! 掘り返すなー!」


 今日も二人は思い出話を語り合いながら、例の小屋でも白い部屋でもない――小さいけれど暖かな賃貸部屋まで帰っていく。

 そこで一緒にご飯を食べて、一緒にお風呂に入って、一緒に同じベッドに入って、一緒に眠る。


 …………。

 ……………………。

 それを遠くの『切れ目』から見守る視線は「これ、『反転』が戻ったときやばくない? 大丈夫?」と、死ぬほど心配していた。


 しかし、止めることはできない。


 合わされた鏡とは、そういうものだ。

 もし止められるとすれば、それは――


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