IF『守護者ルート』EX1(どこかの話の下)(7-3章までのネタバレあり)
※7-3章までのネタバレがありますのでご注意ください。
「ティティーーーーーー! あなたのために、花冠をたくさん作ってあげましたよーーーーー!!」
「お姉ちゃーーーん! そろそろ、お夕飯の時間でもあるよぉおおーーーー!!」
地上でノスフィーとリーパーの二人は、大声で叫ぶ。
一応、守護者たちは連合国の町民たちの目を気にして、連合国ヴァルトの端っこにある平原に集合した。
とはいえ、ぞろぞろと歩いて移動する守護者たちの列を見られているので、余り意味はない。探索者たちにとっては、「またか」という反応である。
「……ティティーの反応がありません。困りましたね」
「ねー。いつもだったら、これで出てくるのにねー」
開けた場所で叫べばティティーが駆けつけてくれると考えていたノスフィーたちは、完全に当てが外れてしまった。
「《ディメンション》でも見つからないな……。どこ行ったんだろ」
様子がおかしいと感じたカナミは、早期に魔力を広げていたが、そちらも反応なしだった。
いま連合国端の平原は、みんなで大量に作った花冠で飾られている。
この平原デコレーションをティティーは喜んでくれると期待していたノスフィーとリーパーは肩を落とす。
その周囲では、一向に姿を現さないティティーを置いて、他の守護者たちが先んじて試着・試用を行い始めていた。
まずアルティが、いつもの呪布の一部を鞭のように操り、ローウェンの魔力の剣と打ち合わせる。
「――ふむ。『術式』を書き込んだ数メートルほどだけだが、硬い呪布になっているね。自由自在に操れるのに、咄嗟に硬質化できるというのは中々使える」
「……よかった。実は、ちょっと自信がなかったんだよ」
アルティの呪布はかなりの速さと鋭さで振り回されていたが、それをローウェンは余裕で弾いていく。
そして、十分に戦いの感触を試したあと、次はアルティ作のマフラーの試着が行なわれる。
「おっ……? どうやら、こっちも成功のようだ。通常のマフラーとは比べ物にならないほど暖か――暖かい? いや、熱い? これ、どこまで熱くなって――」
喋っている途中で、すでにローウェンの首から煙が上がっていた。
「熱っ! 熱過ぎる! 火傷する!!」
「……大げさだ。私の体温くらいさ」
「大げさなものか! 私の肌、水晶化し始めてるぞ!?」
「実は、水晶体質の君でも暖かいマフラーを目指したんだ。今回、私は自信ありありだ」
「いや、普通に肌で暖かいマフラーでいいだろう!? なぜ、そういう妙な気を利かす!?」
「普通? それだと私たちらしくないだろ?」
「マフラーに、そういう個性は要らないから!!」
「ふ、ふふ――」
と大騒ぎしながらも、なんだかんだでマフラーを外さないのがローウェンの長所であり短所でもある。
その優しさにアルティは微笑を浮かべて、くすくすと笑い続ける。
こうして、初期は距離を置きがちだった二人が仲良くなっていく最中、すぐ近くでは大真面目なティーダとファフナーが医療データを分析していた。
「――よし。一応、臨床実験は成功だな」
「ああ。ありがたいぜ……。光を浴びても、トラウマが湧かない」
「あ、その『腕輪』は絶対外すなよ。後回しにしていた分が、一気に戻ってくるからな」
「そうか、一気に……。一気に? おい。前から思ってたんだが、なんでおまえの治療は根本的治療にならないのばっかなんだよ。というか、これはむしろ爆弾抱えてねえか?」
「ははっ。普通に治すより、こっちのほうが面白いだろ?」
「……はあ。隣のアルティといい、ここはそういうノリなんだな。理解してきたぜ」
この集まりが『千年前は忘れてみんなで幸せになろう同窓会』ではなく、『絶対に抜け駆けで幸せにはさせない足の引っ張り合い集団』とファフナーが理解したところで、最後の一人のアイドが、今回の最高傑作を手にして興奮して叫ぶ。
「ああ、ああっ!! やはり、これは素晴らしい出来です! 千年前にも自分は色々と魔法道具には手を出しましたが、これほどのものは作れませんでした! 仲間がいると、こうも違うとは……! やはり、仲間とは素晴らしい!!」
仲間と言いつつも、姉のことなど全く頭になく、自分の作品に恍惚としていた。
――という風に、ティティーの帰還を待っていない守護者のほうが多い状況だった。
その状況にノスフィーは溜息をつきつつ、「仕方がない」と受け入れていく。隣のリーパーも「仕方ないかー」とティティーとの合流を諦めた。
「はあ、なんだかすごいことになってますね……。それと、アイド。そろそろ私の髪留めは返してください」
「むむっ。名残惜しいですが、これはノスフィー様のものですからね。どうぞ」
ノスフィーは手渡された髪留めを受け取り、その出来を注視する。
ぱっと見たところ、外見は全く変わっていない。
しかし、濃い魔力を纏うようになっているのは、一目でわかった。
かなり複雑な『術式』を刻み込まれ、強力な魔力がこめられているようだ。
「確かに、すごいですね……。ここまでのものは千年前でも見たことがありません」
「自信作ですからね。いやー、前々から思っていたのです。生産において、ファフナー様と自分は相性が大変良いと! もし、それをお気に召したら、もう片方の髪留めの強化も考えてください! 自分たちが全力を尽くしますから!」
アイドは胸を叩いて、髪留めの出来を自慢していく。その目は彼に珍しく獲物を狙う獣のようで、ノスフィーの残りの髪留めを見つめていた。
それを聞いたノスフィーは「それはまた今度です」と答えながら距離をとり、確認するように近くのファフナーに目を向ける。
「ん? ああ、相性がよかったのは本当だぜ。俺の鮮血魔法をかなり利用したが、全てを宰相殿が完璧に調整してみせた。……だが、俺との相性だけが特別いいわけじゃないだろうな。アイドは他のやつらの調整もしていたからな」
そう言って、ファフナーは周囲の面子にも目を向けていく。
まずアルティが頷き、燃えるローウェンに纏わりついていたリーパーも同調する。
「私とローウェン組も、アイドに頼まれて魔力をこめたな。少しだけだが」
「一応、アタシもー、最後に少しだけー」
ちなみには、ローウェンは喉が水晶化し始めていて「ガ、ァガ――」としか答えられていないが、リーパーと同じく同調している意志は伝わってきた。
最後にティーダも「私もこめた」と髪留めの強化に協力していたことを報告する。
「へえ……。そう、ですか……」
とてもゆっくりと、ノスフィーは頷く。
つまり、アイドとファフナーだけでなく、守護者たちみんなの力も宿っているらしい。
そう思うと、急に手のひらの上にある髪留めが、大きく輝いて見えた。
自然とノスフィーの顔から笑みがこぼれていく。
とても暖かい。
「ふふふ……」
少しだけ不安だったが、髪留めに強化を頼んでよかった。
今回のイベントに、ノスフィーは心から満足する。そして、その髪留めを使うためにも、右側の髪を三つ編みにし始める。
その様子を見ていたティーダは、遠くの空を見ながら今回の『迷宮守護者パワーアップイベント・アイテム編』の感想を呟いていく。
「……結局、あんまり面白いことが起きなかったな。ティティーも襲撃してくるわけでもなく、普通に迷子。でも、まあ悪くはない時間だったか……」
と言いだしっぺのティーダが微笑し、諦めかけたとき――
その事件は起きる。
最初に気づいたのはノスフィーだった。
「え……?」
三つ編みが作られ、完成する直前――するりと手の中から何かが抜けた。
それが例の髪留めだと気づくのに、僅かな時間がかかる。
目を空に向けると、ぱたぱたと――髪留めが空を飛んでいた。
蝶々結びの形で、蝶々のように。
「は?」
百戦錬磨のノスフィーといえど、呆然としてしまう。
続いて、異常に気づいたのはティーダだった。いかにアクシデント好きな彼といえど、これは完全に予想の外だったらしい。
「お、おい。何が――」
しかし、その彼の声を最後まで待つことなく、生き物のように飛ぶ髪留めは、そのまま空の彼方まで去って行こうとする。
「お、お待ちくださ――」
ノスフィーは咄嗟に跳躍して、髪留めの端を掴んだ。
全体重をかけて、地上に連れ戻そうとするが――落ちない。
軽いとはいえ少女一人の体重を丸々背負って、髪留めは飛んでいこうとする。
その凄まじい浮力に掴まったノスフィーは驚き、これが普通ではないと理解する。そして、髪留めのパワーと動きから一つの要素を仮定する。
「こ、これは魔法……!? しかも、生きている……? なら……!」
無詠唱の《ライト》で、髪留めの中に光を侵入させた。
得意の『話し合い』で浮遊を止めてもらおうとしたが――弾かれる。
まるで歴戦の騎士を相手しているかのように、見事魔力を洗い流されてしまった。
髪留め一つが『光の理を盗むもの』の力に抵抗したという事実を前に、赤髪の少女が戦闘モードに入る。
「――燃えろ!!」
本気の火炎が蛇の形となって、髪留めをノスフィーの手ごと燃やしつこうと食らいつきにかかった。
しかし、その直前で急激に炎蛇は減衰した。
結果、届いたのは僅かな火の粉だけ。
髪留めが燃えることはなかった。
「なんだと……!?」
「ノスフィー様! アルティ様! あれは魔法を減衰させる『術式』が含まれています! 色々と全力で、自分が刻み込ました! 基本属性での攻撃を諦めてください!」
「減衰じゃなく無効化の結界レベルだったぞ……!?」
「で、ですね! なぜでしょう!?」
端的にアイドが髪留めの力を叫んでいく。
それに続いて異常に気づいたローウェンとカナミが跳躍した。伸ばした魔力の剣で髪留めを咄嗟に斬ろうとするが――
「だ、駄目です!」
ノスフィーが空いた手で、剣から髪留めを守ろうとしてしまった。
危険に遭っている本人の防御に、ローウェンとカナミの剣は止まる。
「くっ――!」
「なっ!?」
そのまま二人は地上に落ちた。
カナミは魔力の剣を消しながら、最も詳しいであろうアイドに早口で聞く。
「って、アイド! あれどうなってんだ!? まるで鳥みたいに飛んでるぞ!?」
「と、鳥……かどうかはわかりませんが、ファフナー様に血を刻み込んで頂きました!」
「ああ、そういえばそんなことをしたような……!? その血の中に、飛行する何かが混ざっていたってことか!?」
「かもです! それと内緒で、髪留めをつけたのが女性だった場合、主を全力で守ってくれるような騎士の血もお願いしていまして……」
「何が目的だったかはともかく、それがこれの原因か!?」
「そこに、さらに私の育てた特殊な草木も混ぜましたので……過剰な防衛反応が起きているかもしれません。あの花畑、妙に聖女様ファンが多かった気がしますので」
「なんでもかんでも混ぜすぎだ! アイド、馬鹿! お馬鹿!!」
「よ、よかれと思って……! そこに皆さんの魔力が注ぎ込まれて、ありえない魔法反応が起きている……のでしょうか!?」
「リセットボタン的なものはないのか!? なんか緊急で電源落とすやつ!!」
その会話の間も、ノスフィーと髪留めは空に飛び上がっていく。
一度攻撃に晒されたせいか、浮遊の速度は加速している。
飛び上がるノスフィーの姿が点になってしまう前に、カナミは叫ぶ。
「リーパー! どうにかできないか!?」
「夜だったら、色々できるんだけど……!!」
この場にいる全員の即時切れる手札はなくなったことが、ここで確定する。
カナミは急いで叫ぶ。
「手を離せ! ノスフィー!!」
対して、ノスフィーは――
「……っ!! 申し訳ありません、渦波様……!」
首を振った。
その理由は単純だった。
今日、カナミが口にした言葉がある。
――『うんっ、やっぱり可愛い。すっごく似合ってるよ、ノスフィー』
だから、彼女は髪留めを離すことができない。
もちろん、理由はそれだけではない。
先ほど、アイドから聞いた作成話も、彼女の髪留めを掴む手の力を増させている。
この髪留めにはみんなの想いが少しずつだとしても宿っている。
それを聞いてしまった。
だから、なんとしてもこの髪留めは無事のままで終わらせたい。
浮遊の暴走を上手く解除して、地上まで戻りたい。
そう願ったときには、もう地上は遠ざかり切っていた。
下で叫ぶ渦波の声は届かず、強い風が吹きすさぶ音だけが耳を叩く。
――こうして、ノスフィー・フーズヤーズは空の彼方へ連れ去られてしまった。
◆◆◆◆◆
数分後、いまだノスフィーは髪留めを握ったまま、空を浮遊していた。
もうかなりの高度までやってきてしまっている。
目を横に向ければ、すぐそこに雲があった。
「あー、ちょっと不味いですね……。いえ、本気になれば、そこまで問題はないのですが……」
いざとなれば、大魔法を構築したあとに飛び降りてもいい。
ただ、その余波が連合国の街にまで届く可能性がある。下にいる人の避難を考えると、そう簡単に切れれる手札ではない。
禁じ手の鮮血魔法を使うという手段も一応あるが、それを使うくらいならば下にいる仲間たちの救援を待ったほうがいいだろう。
と考えている間も、ずっと身体は浮いていっている。
とうとう分厚い雲を越えてしまった。
すぐ近くに白い太陽が迫る感覚に、冷や汗が垂れる。
「これは、流石にもう――」
空気が薄い。
気温も下がってきた。
遠くに見える地平線が丸みを帯びて、皮膚の表面がパリパリと凍り始めて――
という諦めかけたところで、とてもあっさりと問題が解決されてしまう。
「――ノスフィーよ。こんなところで何をしておるのじゃ?」
なぜか目の前にティティーがいた。
「え?」
ばっさばっさと大きな翼を羽ばたかせて、白い太陽を背にして浮いている。
ノスフィーは空いた手で軽く目をこすって、目の前を再確認する。
「おーい、聞こえておるのかー? ノスフィーよーい」
視界は変わらなかった上、すごく気の抜けた声が耳に届き続ける。
やっと我に返ったノスフィーは動揺のまま、急に姿を現した友の名を呼ぶ。
「ティ、ティティー!? え? なぜ、ここに!?」
「それは童の台詞じゃが……。童は向こうの霊山の山頂で、レア素材を集めておったのじゃ。これを使えば、童でもみんなに勝てる一品が作れると思ってな。……で、いまはその帰りじゃな」
ティティーは右手で地平線にある出っ張りを指差し、左手に持った輝く鉱石を私に見せた。
偶然も偶然――しかし、ノスフィーは運命を――いや、絆を感じる。
ぽかんと口を開けていたノスフィーは、徐々に笑顔に変わっていく。
「……ふ、ふふっ。流石、ティティーです。あなたって、なんだかんだでピンチに颯爽と現れるところありますよね。ちょっと、いま勇者っぽいですよ」
「ぬ、ぬおっ!? なぜか褒められておる! あのノスフィーに! レア素材よりレアじゃ!」
「はい、褒めてます。けど、いまは冷静に聞いてください、ティティー。こうなってしまった経緯を――」
説明は迅速に簡潔に行なわれた。
その話を聞いたティティーは、事態を完全に把握する。
そして、下にいる仲間たちと同じ提案をしつつ、手のひらに攻撃用の風魔法を構築し始める。
「――破壊が一番じゃな。童が少し本気でやれば、確実に分解できるぞ」
「すみません。できれば、破壊以外の解決方法をお願いしたいのですが……」
「しかしな。このままじゃと、太陽まで昇る勢いじゃぞ?」
「それは……、そうですが……」
ちらりとティティーは、後方の白い太陽に目をやる。
ノスフィーは釣られて、この状況を再確認する。
下には真っ白な雲の海が広がり、白い太陽は限界を超えて大きくなっていく。
普通に生きていれば、死ぬまでお目にかかれない光景だ。
「諦めて手を離し、童と地上に戻るぞー。物は物じゃ。また作ればよい」
「……いいえ。ティティー、わたくしはそう思いません。物に一度こめられた思いは、いかなる材料があろうと作り直せるものではありません。――これは、これ限りなのです」
今日この日、カナミに「可愛い」と褒められた思い出には、それだけの価値がある。
その熱意は確かに、ティティーまで伝わっていた。彼女にも『一度きりの思い』に心当たりがあったが、だからと言って簡単に頷くことはできない。
「物を大事にする精神はよいが……、この状況ではのう」
「これには、愛着があるのです。愛着が……」
粘り続けるノスフィーに、ティティーは迷った。
しかし、彼女の中の優先順位は、とてもはっきりとしていた。
「すまぬ、ノスフィーよ! その考えには同意できぬ! ただの物と生きている物ならば、生きている物を取る! 友が危険ということならば、なおさらじゃ!!」
否定を貫き、魔力をこめた手で、ガシッと髪留めを掴む。
さらに、そのまま風の力で引き裂こうとする。
「消えろ! 魔法《ワイン――」
――瞬間、魔力が迸る。
ティティーとノスフィーを中心に爆発的な風が吹き荒れた。
その原因をティティーは、風魔法の達人だからこそ理解していた。
風をぶつけようとした瞬間、髪留めに同じ風で対抗されたのだ。
『風の理を盗むもの』と同等の風で。
「な、なんじゃ、こりゃあ!? ここまでやるのかっ、こやつ!!」
「ティティー!?」
その結果には二人ともが驚き、困惑した。
いかに特別なマジックアイテムとはいえ、ティティーの【自由の風】に対抗できるはずがない。ティティーが本気ならば、即分解――という確信が二人にはあった。
しかし、目の前の現実として、髪留めは多様な魔力光を放って「まだ死んでたまるかー!」と分解される運命から抗っていた。
いま大規模な『魔法相殺』が起きていると、吹き荒れる莫大な風からノスフィーたちはわかった。
そして、まだ驚きの光景は止まらない。
髪留めの魔力光は混ざっていき、明るいとも暗いとも呼べない不思議な色に変わった。それは死の間際に人が覚醒するかのようで、ティティーは一度も感じたことのない属性の魔力の特性に、不意を突かれる。
「これは……反射されておるのか? なんかひっくりかえて……、力が抜けて……」
「魔法を無効化するとアイドは言ってましたが、まさかここまでとは……!」
「な、なんとぉお……! あの弟の仕業かぁー……!」
初めて見る魔力に呑みこまれてしまい、ティティーの魔法が完全に掻き消えた。
「げっ、不味いのじゃ。身体のバランスが……!!」
ティティーの翼も消える。
千年前の決戦でボロボロになった彼女の翼は、まだ癒えていない。
先ほどまでの立派な翼は、風の魔力で再構成したものだ。風魔法《ワインド》だけでなく、常時発動していた飛行の魔法も消されてしまったティティーは、完全に浮力を失う。
――さらに最悪なのは、ここで髪留めのほうも魔力を使いきり、浮力を失ったことだった。
ティティーと髪留めが同時に飛行手段を失い、落下が始まってしまう。
「ティティー!? 落ちて――」
雲を越えていた高さからの墜落に、慌ててティティーはノスフィーの身体を抱きかかえた。
「くっ――! こうなれば、普通に落ちるしかあるまい!」
ティティーは着地の瞬間に下敷きになるつもりだと、すぐノスフィーにはわかった。
合理的に考えれば、それは正しい判断だ。彼女の身体の強さは『理を盗むもの』の中で最強――現に、いま抱きしめられる腕を、ノスフィーは振り解けていない。
しかし、それで納得がいくはずない。
どうにか事態を打開しようと、ノスフィーは魔力を練っていく。
「くっ、お願いです。どうか……!」
しかし、髪留めから漏れる不思議な色の魔力に触れると、構築した魔法が解けていく。
例の魔法無効化の力が、いまだ展開されているのだろうか。この短い時間では、理由が検討つかない。
それでも、ノスフィーは限界まで魔力を振り絞った。
そして、せめてティティーだけでも助けられないかと祈った。
「どうか……!!」
その想いは手で繋がっていた髪留めまで浸透する。
意図せず『話し合い』が、もう一度行なわれた。
それは一度目の《ライト》よりも明るい『話し合い』だった。
心から他人を慮る光が髪留めの布に染みこみ、今日刻まれた『術式』を通り抜けていく。さらには、中にて鼓動する命にも、それは届き――
ふわりと。
「お、おぉおっ……?」
ティティーが風を感じて、疑問の声をあげた。
少しずつだが、確かに落下のスピードが落ちていっていた。
「これは……? 少しずつ浮いているのですか……?」
「浮いておるな。ふむ、こやつのおかげのようじゃ」
髪留めは点滅しつつも、確かに浮遊の力を断続的に使用していた。
掴まっている二人を地上まで降ろそうとする意志が、そこには確かにあった。
それをノスフィーは、より詳細に感じ取っていく。
やっと得意の『話し合い』が通じたおかげで、言葉はなくとも髪留めの状況を理解できた。
髪留めがノスフィーの光と魔力を受け入れ、それを浮力に変換していた。そこには「聖女様こそが私の守るべき主!」と慕ってくれる幼く純真な感情も乗っていた。
「……はあ。どうやら、これは、まだ何も知らない赤子だったみたいですね。初めて世界に生まれ落ちて、周囲の状況に混乱して、自分の力のままに飛んで逃げていただけのようです」
「ほほう。そういうことか。まあ、そんなところじゃろうの」
「今回の責任があるとすれば、自意識が発生するほどの『術式』を刻み込んだアイドたちですね」
一度『話し合い』が通れば、あとは簡単だった。
ノスフィーは髪留めの意志を汲み取り、魔力を流し込みつつ、地上までの運搬をお願いする。
それに「了解!」と髪留めは喜んで答える。
先ほどのノスフィーの他人を思いやる心に触れて、彼女こそが自分の所有者であり主であると髪留めは思い出したのだ。
千年前から、ずっと彼女と共にいたことも、同時に――
「……ふふ、ありがとうございます。生まれ変わっても、私のことを覚えてくれて」
新たな自意識が芽生えながらも、髪留めはノスフィーとの思い出を保っていた。
どこかの誰かと違う誠実さに、ノスフィーは微笑を浮べて、お礼を言った。
「もう大丈夫みたいです、ティティー。あとはゆっくりと景色を楽しみつつ、降りていきましょうか」
「……ふいー。しかし、ちょろっとやばかったのー。驚いたー」
安全と解れば、二人の気分は大きく変わる。
周囲の風景を楽しむだけの余裕があった。
ふわふわと気持ちよく空を落ちていくのは、手をつないで空中を散歩しているかのようで、地上に降りるのが惜しいと思えるほどに心地がいいものだった。
そして、あと少しで地上というところで、それを二人は見つける。
「ん? なんじゃ、あれ」
「あれは……」
地上から空に向かって昇っていく巨大な風船――熱気球とすれ違った。
その小さなゴンドラ部分には、所狭しと守護者たちが乗り込んでいた。
「――あっ、おい! おいおいおい! 見ろ、降りてってるぞ!? アイド、普通に降りてってる! ティティーがいる!!」
「なっ、姉様が……!? そういうことですか! 高度を下げましょう! アルティ様、すぐ火を消してください!」
「本当にいいのかい? 急に消すのは不味い気がするが……」
「アイド、急に消すのは不味いと思う! こういうときは、確か排気口を空ける……んだっけ?」
「カナミ! どのロープだ!?」
「ローウェン、もう適当に魔法か剣で空けろ! どうせ、即興品だ!」
「待て! 素人ながら口出すが、ぱっくり空けるのは不味いんじゃないのか!?」
「え、もう空けちゃったけど……」
「……おい。すげえ勢いで空気が抜けてないか?」
安全に降りていくノスフィーとティティーを見つけて、救援に駆けつけた守護者たちは大騒ぎとなっていた。
そして、即興品と称された樹木と黒い液体で出来た熱気球は、素人たちの適当な判断によって、徐々に制御が失われていく。
「あ――」
そして、熱気球はノスフィーたちから遠ざかっていき、西の果ての霊山にまで落ちていった。
「ノスフィーよ。あれは……どうするのじゃ?」
「……なんとかなるでしょう。あれだけの面子が揃ってるのです」
「そうじゃな……。心配の必要はないか」
二人は冷静に仲間たちを見捨てて、そのまま空中散歩を堪能し続けた。
そして、その数分後に地上まで辿りつく。
幸い、着陸場所の視認性は高かった。
遠くからでも認識できる色鮮やかな花畑――でなく、大量の花冠が散らばっていた場所に二人は足をつけた。
その花の離着陸場には、リーパーが一人だけで待っていた。
留守番役と思われる彼女に向かって、ノスフィーは帰還の挨拶をかける。
「ただいま帰りました、リーパー」
「……あれ? お姉ちゃんたちだけ? 迎えに行ったみんなは?」
「あー、そのー、心配は要りません。すぐに戻ってきますよ」
そのノスフィーの表情から、リーパーは全て上手くいったということを感じ取り、「よかったー」と安心の溜息をつく。
その隣では、ティティーが子供のように興奮して駆け回っていた。
「おおぉっ!? リーパーよ! それよりも、なんじゃ! この花の山は!?」
「あ、これ全部、花冠だよー! アタシたちで、いっぱい作ったんだー!」
「やっぱり、花冠か! おー……、もしや、これは童のためか!?」
「もちろん! 好きなやつ選んで被ってみて!」
友であるティティーが心から嬉しそうに笑っているのを見て、ノスフィーの頬が自然と綻んだ。
「では、ゆっくりと待ちましょうか。花冠の試着会をしながらでも……」
そう呟いて、ノスフィーは髪を三つ編みにする。
最後に、たっぷりと光の魔力が染みこんだ髪留めで結い上げて――
「これからもよろしくお願いしますね」
新たな友を歓迎した。
さらに祝うように、近くの花冠も頭に被る。
「ノスフィーよ、お揃いじゃな!」
「アタシともお揃いだよー!」
「ええ……。わたくしとお揃いですね。ふふ……」
ノスフィーは微笑む。
過去の思い出を守れただけでなく、いまの思い出が増えていくことが、心の底から嬉しかった。
柔らかな風と共に綺麗な花びらを空に舞っていくのを目に焼き付けながら、この千年後の世界にノスフィーは感謝していく。
これからも、こんな楽しく暖かい時間が過ぎていけばいいと、そう願って――
◆◆◆◆◆
その数十分後、西の霊山に墜落した一行が、リーパーの保持している《コネクション》を通って、ボロボロになりながらも帰ってくる。それにノスフィーは「わたくしの我がままで、ご迷惑をおかけしました」と謝り、アイドにだけは「でも、大部分があなたのせいですよ」と一ヶ月の魔法道具作成禁止を言い渡した。
多くが酷い目に遭ったと、げんなりした様子だったが――ティーダだけは、とても満足そうに笑っていた。
ノスフィーと同じように遠くの空を見つめて、千年前の幼馴染を思い出しかけていた。
IF「髪留めに逃げられたノスフィーちゃん」はこれで終わりです。
ちょっと無理やりなところあったかもしません……! この強すぎる髪留めは、陽滝・ティアラ・ディプラクラが関わっていた素材だった+IFということで許してください。
最後に重ねてありがとうございました。
イラスト、本当に助かりましたー。




