閑話その2(五章までのネタバレあり)
※五章までのネタバレがありますのでご注意ください。
マリアの誕生日お祝い短編のような何かです。
時系列は、4章と5章の間。
パリンクロンが『世界奉還陣』を発動させたことで、相川渦波が舞台から消えていた一年。
その間、地上に残された渦波の仲間たちは、それぞれが別の目的を持って動いていた。
そして、その仲間たちの内の二人が、『本土』のとある街の宿で就寝前の鍛錬を行なっていた。
部屋の中には、いまにも脚の折れそうなテーブルと安物の油ランプ。カビの生えたベッドが二つ、壁の傍に並び――その数少ない家具をカタカタと揺らす膨大な魔力。
「――ふう。中々、いい感じになってきましたね」
そんな宿の営業妨害にも似た鍛錬を行なっていたのは、黒髪の少女マリア。
「だねー。アタシたちの合体技も、形になってきたねー!」
そのマリアの影から、上半身だけ這い出させた褐色肌の少女リーパー。
「二人旅は色々と心配でしたが、これならば私の身体能力の低さを上手くカバーできそうです。ありがとうございます、リーパー」
『開拓地』に戻った仲間たちとは別行動を取っていた二人組だった。
「というわけで、この新魔法は――《シフト・闇憑き》!」
「……必要ですか? 名前って」
リーパーとマリアは、旅の合間に時間を見つけては、様々な魔法の研究をしていた。
その成果が、今回の魔法《シフト・闇憑き》である。
効果は名前の通り、リーパーが対象者に取り憑く力。
身体能力の補助だけでなく、黒い鎌といった装備の生成も可能。
単純な戦闘だけでなく、変装や隠密にも使えるという非常に便利な魔法だ。
「必要! 絶対必要! ないと、なんというか……魔法が増えたーって感じがしないよー!」
「わ、わかりました……! だから、変なところで暴れないでください……!」
足元で上半身だけを出して両手を振り回すリーパーに向かって、マリアは落ち着くように訴えかけた。
しかし、新たな魔法を手に入れたリーパーの興奮は収まらない。とても嬉しそうに笑い声をこぼしつつ、さらなる魔法の強化をしようとして――
「ひひひっ。いやー、いいね、これー。ほんといいよー。特に、くっついた相手の服装が、私の思うがままってところが……って、――ん?」
途中で、ぴたりと止まった。
この《シフト・闇憑き》の効果であり副作用でもある『繋がり』が、マリアの思考を一つ読み取ったのだ。
それはリーパーにとって放置できるものではなく、こめかみに両手の人差し指を当てつつ考え込む。
「んー? そういえば、暦のほうは、ええっとぉ……」
「…………? リーパー、どうしました?」
急に静かになったリーパーを心配して、マリアは膝を抱え込んだ。
「――っ!! も、もしかして、お姉ちゃん! 今日、ハッピーバースデーイ!?」
「はっぴーばーすでい!?」
彼女と目線を合わせた瞬間、目の前で叫ばれてしまい、マリアは「ひゃっ」と小さな悲鳴をあげて驚いた。
だが、すぐに咳払いをして、冷静になる。例の『繋がり』から、自分の誕生日を読み取られたと理解して、リーパーに聞き返す。
「ああ、誕生日……ですか。確かに、そうですけど。それが、何か?」
「何か? ――じゃあないよ! 誕生日ってのは、すごく大事なことなんだよ! 生まれたことを祝わないで、強く生きていくことはできないんだよ!」
「は、はあ」
「ということで、おめでとう! マリアお姉ちゃん!」
「ああ……。ありがとうございます、リーパー」
リーパーの言っている意味の大部分がわからなかった。だが、祝おうとしてくれていることだけは強く感じ取れたので、マリアはお礼を返した。
「では、よいっしょっと」
そして、リーパーの両脇に手を入れて、自分の影から引っこ抜く。
今日の鍛錬は終わりと判断して、就寝の準備を始めようとして――しかし、その淡白過ぎるマリアの態度に、持ち上げられたリーパーが騒ぎ出す。
「――ちっがああーう!! その反応は色々と違うよ、お姉ちゃん!」
「え、ええぇ……?」
「欲しいものだよ! 欲しいものを、言って言って! アタシが誕生日プレゼントするからさ!」
リーパーは食い下がる。その高過ぎるテンションにマリアはついていけず、困惑するばかりだった。
だが、まだリーパーの中で誕生日の話は終わってないことはなんとか理解して、自分の経験を彼女に伝えていく。
「贈り物と言われても……。私の故郷にはない風習なんですよ。ファニアでは、家の夕食が一品増えるだけでしたので」
「そうっ、それ! その一品増えるやつ! こういうのは、各々のお家の財政状況に左右されますが、基本的にお祝いとして何かしらの物が贈られるものなんです!」
「へー……?」
「あれ!? 信じてない!? しーんーじーてー! シニガミ、ウソツカナイ!」
「いや、信じてます信じてますっ。けど、余りに馴染みがないもので……」
「とにかく、いま欲しいものを教えてね! マリアお姉ちゃん!」
マリアの故郷ファニアは『開拓地』の辺境に位置し、お世辞にも裕福といえる地域ではない。ゆえに、耳年増の都会っ子リーパーの提唱する「欲しい物が贈られる」という行為に、ピンと来なかった。
しかし、ここまで必死なリーパーを見るのは珍しいので、マリアも必死に「いま自分の欲しいもの」を頭の中で探っていく。
「欲しいものですか……。いま、私が欲しいもの。欲しいもの欲しいもの欲しい、もの――」
贈られるのは『物』であると、マリアはわかっている。
何か手ごろな『物』を願い、それをリーパーが贈るのが、この誕生日というイベントの理想的な終わり方ということも。
わかってはいた。
けれど、どうしても違う『者』が、マリアの頭に浮かんでしまった。
「ん、んーっと……。それは、ちょっと……」
マリアの哀愁の混じった顔を見て、リーパーは欲しいものは『相川渦波』であることを察した。
すぐにマリアも、リーパーが困っているのを察して、「ごほんっ」と咳払いと共に、冷静な答えを出していく。
「……これが我が家の財政状況ってことですね。いま私たちは、それどころじゃありません。なので、いつか全てが終わったあと、みんなで纏めてお祝いしましょう。それが一番です、リーパー」
そう言ってマリアは、抱きかかえたリーパーをベッドまで運んでいく。
ただ、まだ誕生日プレゼントを諦めきれない少女は、腕の中で唸る。
「むー……」
「もう話は終わりです。とりあえず、休みましょう。明日は早起きして、この街を出ますよ」
マリアはパチンッと指を鳴らして、魔法で部屋のランプの灯りを消した。
しかし、暗闇の中、まだリーパーは唸り続ける。
「むむむー」
「変な声出さないで、早く寝てください」
その子供じみた抵抗に対して、マリアは厳しめに叱りつけた。
いまの会話で渦波の顔を思い出してしまい、この旅は一分一秒も無駄に出来ないことを思い出してしまったからだ。
だから、この一日の終わりにある休息の時間さえも、最高の集中力を持って臨む。
ベッドの中、逸る心を暗闇の中に沈み込ませる。
意識を手離して、暗闇よりも深い場所まで潜り込ませていく。
いつか後悔しないためにも、全力で『いま』を生きていく。
そう誓って、ゆっくりと、マリアは眠りに落ちていき――
◆◆◆◆◆
――明るい空の下、喧騒に包まれた街道の中央に、マリアは立っていた。
両隣に並ぶのは連合国ヴァルトの街並み。
道行く迷宮探索者たちは数え切れず、活気と熱気に満ち満ちている。
さらに、その人の群れの中には――
「――マリア、どうした?」
『相川渦波』もいた。
マリアにとっては、見慣れた黒髪黒目。
かつて一緒に迷宮探索をしていたときの渦波が前方で振り返って、足を止めたマリアを心配そうに見つめている。
「え?」
マリアは困惑する。
当然だが、何もかもが唐突過ぎた。
どうして、いま自分がここに立っているのかもわからない。
「……その顔、今日は悪い夢でも見たの?」
より一層とマリアを心配して、渦波は近寄る。
そして、その手を彼女の黒髪の上に乗せた。
兄のように、優しく撫でていく。
もう何も心配はないと言うように、とても優しく――
さらに、その渦波の向こう側では、マリアの見知った顔が二つ並んでいた。
お揃いの金の髪を姉妹のように揺らす少女たちが、マリアに向かって叫ぶ。
「おい! マリア、寝坊だぞ! 今日は迷宮探索するって言っただろ!」
「珍しいねー、マリアちゃん。寝坊と言えば、いつもはディアなのに」
その仲間二人の呼びかけを聞いて、マリアの身体は震える。
「ディア……、ラスティアラさん……」
搾り出すように、二人の名前を口にした。
その声に、渦波が答える。
「ああ、みんなが待ってる。――行こう、マリア」
頭を撫でていた手を離して、すっとマリアの目の前に伸ばした。
欲しかった手の平が、いま、手の届くところにあった。
だから、マリアは笑う。
「ふ、ふふっ――」
ただ、笑うだけ。
その手を取りはしない。
続いて、名前を呼ぶ。
もちろん、それは懐かしい「カナミさん」ではない。
「――リーパー?」
この夢を用意した術者の名前を呼んだ。
瞬間、連合国の光景全てが、勢いよく遠ざかっていく。
視界一杯にミルクをこぼしたかのように、全てが真っ白に塗り潰されていって、丸ごと塗り替えられる。
夢から現実へ。
意思の力だけで、マリアは戻っていき――
◆◆◆◆◆
――目を覚ます。
マリアは薄い毛布を跳ね除け、上体を四十五度ほど起こした。そして、自分の腹の上に乗って闇の精神魔法を使う術者を、じと目で睨みつける。
「リーパー?」
「み、見破られるの、早過ぎませんかぁ……!?」
口を開けたリーパーが、あわわと震えていた。
自らの渾身の魔法を熟睡時という最大の隙に叩き込んだのにもかかわらず、僅か十数秒で打破したマリアに、心の底から慄いている。
「一応、二度目ですからね。リーパーに変な夢を見せられるのは」
じと目のまま、マリアは理由を説明する。
リーパーは丁寧な言葉遣いで降参を表明していくしかなかった。
「はい、二度目です……。いまでも、お姉ちゃんに燃やされた記憶は、焼きついております。ほんと、すいませんでした……」
一度目とは、『舞闘大会』の決勝戦前、ローウェン対カナミを防ぐためにマリアを人質にしようとしたときのことだ。しかし、その前例があるにしても早すぎると思いつつ、リーパーは平伏していく。
「リーパー。こういうのは完全に、悪いモンスターのやることですよ? 確か、こういうのは夢魔ってタイプのモンスターでしたっけ? かなりの懸賞金がかけられていたモンスターだった気がします。差し出すところに差し出せば、旅費の足しになりますね」
「ノー! アタシ、『死神』! 悪いモンスターじゃないよ!」
「とにかく、今日は悪い子だったのは間違いないので……、えいっ」
「ぎゃー!」
マリアはバチンッとリーパーの両のほっぺを叩き、追撃の火炎魔法で軽く熱した。
見た目は可愛らしい復讐だったが、マリアの力量だとかなりの衝撃と熱だ。頑丈なリーパーと言えども、そこそこ痛い。
その優しいお叱りに、リーパーは完全に観念していく。マリアの膝の上で、ぺたりと身体を折った。
「ぐぅ……、ごめんなさい……。なんかやろうと思ったら、案外簡単にできちゃったから、その、つい……」
」
渦波やマリアといった規格外に隠れがちだが、いまリーパーは生まれ持った色々な枷が消えて、本来の才能が開花しようとしているところだった。
影でたくさんの魔法を編み出していき、その中には大変都合よく「人の夢に入りこむ」という魔法もあったので、試したくなってしまったのである。
「つい、モンスターのような真似をしてしまったと?」
「だって、結局何もなしになったから……。せっかく、今日はマリアお姉ちゃんの誕生日だったのに……」
「はあ……、もう……」
だから、せめて「夢の中だけでも」とリーパーは魔法を使ったのだろう。
その言い分を聞いて、マリアは大きな溜息をついた。
怒ってはいる。
ただ、怒りとは別の感情も、胸の奥から溢れ出ている。
「お、お姉ちゃ――」
「もう喋るのは禁止です。本当に今日は、早く寝ないといけないんですから」
リーパーが頭を上げかけたが、その前にマリアが胸に抱え込んだ。
そして、しっかりと言葉で、もう二度と気持ちの行き違いが起きないように、怒り以上の気持ちがあることを伝えていく。
「嬉しいです。……ありがとうございます、リーパー。いま、あなたが一緒にいてくれるだけで、私は救われています」
それがマリアの嘘偽りない本心。
パリンクロンに敗北して、ラスティアラと喧嘩をして、パーティーが離散してしまったとき、マリアは不安で堪らなかった。たとえ一人でも戦い続けると誓ったけれど、本当はみんな一緒にいたかった。
そのマリアを独りにしないように、ずっとリーパーは気を遣って、傍にいてくれている。
それも、『何でも話せる対等な友人』として。
それこそが、マリアにとっては――
「最高のプレゼントです。だから、心配要りません。……今年の誕生日は、大満足です」
心に秘めるだけでなく、しっかりと相手に伝えた。
そして、伝えられたリーパーは、自らの力である『繋がり』以上の繋がりをマリアから感じて、頷く。
「……うん」
それは、どんな温もりよりも暖かい繋がりだった。
だから、これ以上の会話はなかった。この日、リーパーとマリアは手を繋いで、同じベッドで目を瞑った。
いつもよりも少しだけ良い夢を、二人は見る。




