IF『守護者ルート』その7(下の下)(7-3章までのネタバレあり)
※7-3章までのネタバレがありますのでご注意ください。
玉座の間に入ったと同時に、ノスフィーはアルティの腕の中から降りる。彼女は素早く周囲の情報を集めたあと、目的であるカナミの状態を診断していく。
「もう処置済みのようですね。以前と一緒で、早くに元に戻さないと取り返しがつかない、と……」
目の前の男たちに向かって咎めるように、状況を確認した。だが、その診断を聞いたアイドは首を振って、小さな間違いを訂正する。
「いえ、ノスフィー様。以前と一緒ではありませんよ。今回は、もっと深く――完全にまっさらな状態になってもらうつもりです。次に目を覚ましたとき、カナミ様は生まれたての雛鳥のような状態となっていることでしょう。その彼女に自分たちは、生まれながらの王であることを教え、この千年後の現代の新たな指導者となってもらいます」
ノスフィーはアイドの説明から狙いを全て悟る。
刷り込みにとにかく弱いカナミならば、そう難しい話ではないだろう。ふと過去の婚姻関係の再履行が頭に浮かんだが、すぐに邪念を払って、目の前の男たちの糾弾を再開する。
「ティーダは諦めるとして……ファフナー!!」
「え、ああ。俺か……。なんだいなんだい」
「あなたまで何をしてるのですか! 最近のあなたは常識的なのが売りでしょうに!」
「いやー、強く誘われちまったからなぁ……。それに、仕えるなら男より綺麗な女のほうがいいってのは、正直同意見だぜ。俺も男だからな」
「なら綺麗な女の人を探して、その人に仕えなさい! カナミ様の性別を変えるなんて、常識的に考えておかしいでしょう! そんなことをしても――」
「なにより、カナミなら乗り越えるさ」
その話の途中、遮るかのようにファフナーは口にした。
そして、もう彼は、いま目の前で話していたノスフィーを見ていなかった。視線を彷徨わせ、見えない相手に語りかけるかのように話していく。
「ああ、そうだ……。カナミなら、できる。できるんだ。そして、カナミは男性としても女性としても完成し、性別を越えた存在になる……! これは『救世主』の一歩目――、神に至る神話的な一歩目だ! みんな見ているか……!? くはっ、はははははっ、みんなぁ――!!」
その「みんな」は明らかに、この場にいる守護者たちを指してはいない。天井を仰ぎ、高らかに謳うように呟き続ける。
「――ああ、カナミが俺たちの神になってくれるぞ! カナミがなるんだ! 全て救ってくれる! カナミが助けてくれる、みんな助けてくれる、ゆえにカナミが神だ、カナミだけが神だ、カナミこそが神だっ! カナミは神カナミは神カナミは神カナミはカミでカナミはカナミはカナミはカナミカナミカナミカナミィイイイイイイ――!!」
「ア、アイドォ――! ちゃんとお薬飲ませてます!?」
そのファフナーの急変を前にノスフィーは少し涙ぐんでいた。
千年前、こういった類の相手ばかりをし続けていた自分を思い出してしまったのである。
「ふむ。それはファフナー様の主治医様に、お聞きしましょう」
その質問に対し、アイドはもう一人の男ティーダに目を向けた。
「ああ、安心していい。ちゃんと十分な量の投薬と精神干渉魔法を定期的に行っている。間違いなく、医学的にパーフェクトだ」
「それっ、あなたにとって十分って話でしょう!? どう見ても、いまのファフナーは完璧ではありません!!」
「人聞きが悪いねえ。こうやって偶に抑圧から解放されて自分を吐き出すのは、本当に必要なことなんだ。いかにファフナーの身体が丈夫とはいえ、ずっと薬漬けってのは健康に悪い。医者としても、闇魔法の専門家としても、嘘はついてない。『闇の理を盗むもの』、ウソツカナイ」
「それはわかっています! しかし、解放するタイミングをアイドの暴走に合わせたのは、あなたの趣味でしょう! 間違いなく!!」
「ふっ、そう思うだろうと、思ってたぜ……。しかし、それは違う……。私も最近知ったが、違ったんだ……。これは趣味でなく友情! 私たちの友情が、こうさせたのさ! なあっ!?」
ティーダは仲間たちに呼びかけ、それに二人ともが答える。
「ええ。自分たちは友情をもって、ここに並び立っています。これから先、ずっと私たちの友情が壊れることはないでしょう」
「……ああ。俺も感謝してるぜ。千年前からずっと、俺たちは変わらず友達だ」
「おまえら……! これがユウジョウ! 身に染みるぜ!」
ティーダたち三人は肩を組み合い(ファフナーは友情パワーでなぜか言語機能が戻った)、スクラムと共に友情を確かめ合い始めた。
その円陣のまま、戦いの前の掛け声とかあげそうな空気だったので、ノスフィーは容赦なく魔法を構築し、放つ。
「――《ライトアロー・ブリューナク》!!」
巨大な槍のような光の矢が放たれ、その円陣を貫こうとする。
だが、地面から急速に成長した樹木が割り込み、その光の矢を防ぐ。
《ライトアロー・ブリューナク》と共に樹木は砕け散り、魔力の粒子と木片が玉座の間に降り注ぐ。
その中をアイドは一人、喋りながら歩き出す。
「甘いですよ。ノスフィー様ならば、知っていることでしょう。自分たち守護者は、担当の層でこそ、その力を完全に発揮できます。そして、逆に、その他の属性は減衰していく。いまこの場は、間違いなく自分のフィールド! この『木の理を盗むもの』の階層! ここならば、あなたにだって遅れは取らない!!」
アイドは自信を持って、どこかの平行世界では全く意味をなしていないような気がする迷宮ルールを口にして、有利を示す。
そして、その眼鏡を外し、戦いに邪魔な白い長髪を結い上げ、その上着を脱ぎ捨てた。
露になるのは、着込んだ呪布と木製の手甲。
接近戦をすることしか考えていない装いに、ノスフィーは驚きの声をあげる。
「なっ――!!」
そして、その瞬間には、もうアイドは駆け出していた。
「これ以上の問答は無用! 参ります!! ティーダ様とファフナー様は、援護を――!!」
予想した前衛と後衛が逆。
そうノスフィーが理解したときには、もうアイドは目の前で、天井には暗雲がかかり、足元には血の池が広がっていた。
「――《ライト・ロッド》!」
急遽、武器を生み出し、アイドと相対する。
ノスフィーたちは予定通り、アルティが後衛となるからだ。
――『棒術』と『亜流体術』の戦いが始まる。
その一合目。
ノスフィーの振るう光の棒が、アイドの手甲と接触した。
筋力は圧倒的にノスフィーが上である。しかし、弾き飛ばされたのはアイドではなく、彼女だった。
「――っ! そんな、なぜ――!?」
「カナミ様、どうか見ててください! 今日までの日々は、このときのためにあったことを証明します! いつだって、自分は休むことなく前に進んできた! ずっと!」
後退るノスフィーをアイドは追いかけ、その『亜流体術』をもって襲い掛かる。
両の腕が鞭のようにしなり、それを光の棒が何度も弾き防ぐ。
押され続けるノスフィーは、劣勢の原因を見破ろうと視線を泳がせる。
見たところ、血の池から魔力が供給されているように見える。暗雲からも、精神の高揚などといった補助も受けているようだ。ただ、これは『話し合い』で防ぐことはできるし、向こうは防がれることを前提としている。
よく観察すれば、アイドは打ち合いのインパクトの瞬間に、足元に木の根を張っている。樹人の特性で可能なのは知っていたが、その根を張る工程が余りに高速で緻密過ぎた。自らの種族特性に甘えず、その能力を鍛錬した跡が窺える。
体内に樹木を育て、その力を借りているのは間違いない。おそらく、何らかの植物によるドーピングも受けているだろう。
細かな工夫と成長が数え切れないほど見つかる――
「くっ……!!」
ノスフィーは予想を優に上回るアイドを受け入れ、自分に驕りがあったことを認めるしかなかった。
接近戦ならば、生まれながらにして全戦闘スキルを収めている自分が圧勝する。アイドが相手ならば、何も問題はない。気をつけるべきはファフナーだけ――そう思っていた。
確かに、もし千年前、いまと同じ状況で迎えあって戦えば、間違いなくノスフィーは勝利していただろう。
しかし、いまは千年後。時が過ぎ、アイドは成長していた。その樹人の特性も、育てる植物も、『亜流体術』も、『神鉄鍛冶』も、全てが一段階強くなっている。彼はこの時代でも一日たりとも休むことなく鍛え上げてきたのだ。
ノスフィーはティティーの言っていた「弟の成長が止まらぬ」という言葉の意味を、真に理解する。
そして、アイドと比べて自分は甘えた生活を送っていたことを痛感しつつ、光の棒を振るい続けるしかなかった。
対して、アイドは手甲で打ち合いつつ、慎重に戦いを運んでいく。
「流石はノスフィー様……! この半年鍛えた真の『亜流体術』でも、触れることすらできませんか……!! いえ、わかっていました! 自分の本命は、いつだって自分ではありません! 自分は補佐役であり、『木の理を盗むもの』――!!」
自信のあった接近戦にノスフィーが少しずつ対応し始めていることを知り、アイドは目線を少しだけずらした。
その先にあるものをノスフィーも確認する。
城の窓の外、四十層の草原にそびえる若い世界樹が三本――急速に成長しているのが目に映った。
「まさか、この城で放出される魔力を吸って……!?」
「ええ! 品種改良で、『魔力吸いの聖木』と似た特性を持たせました! ゆっくりと、しかし確実に植物は進化していく! それが木の魔法の極意!!」
アイドは戦闘用の魔法が皆無だ。
しかし、だからこそ――木属性の魔法使いとして究極であると、いま次々と証明されていく。
ノスフィーはアイドと打ち合う中、焦りを見せる。
このまま魔力を周囲の木々に与え続けていると、以前に戦った超大型ツリーフォークを三体同時に相手にしなければならなくなる。
「くっ、前と状況が似ていますね……! しかも、前と違って、時間制限がある……! ローウェン・アレイスで状況の打破もできません……!」
そして、その後方で戦うアルティも同様の表情をしていた。
「ノスフィー……!!」
前方での仲間の苦戦には気付いている。
しかし、いまアルティが遠距離の魔法戦をしているのは、ティーダとファフナーの二人。救援にかけつける余裕はなかった。
アルティの炎は、ティーダの闇との相性はいい。
しかし、ファフナーの血とは相性が最悪過ぎた。
それは血が水気を多く含んでいるといった話ではない。
ファフナーの血の魔法は、どれも生きている。そして、その『血の人形』や血の矢に対して、彼は遺伝子改良で火属性に対する耐性を持たせることができるのだ。
もちろん、アルティは耐性を貫通させる炎を使える。しかし、それに必要な魔力量は通常よりも多いのだ。この四十層が火属性を拒否し、血属性を応援しているのもあって、魔法の撃ち合いが割に合わない。
「いける……! 勝てます……! 全て無駄ではなかった……!! やはり、自分は強く美しいカナミ様を姉とし、王とする為、生きてきた……!!」
アイドは目に見える状況の良さを知り、気持ちの悪い言葉を呟く。
それにツッコミを入れる気力が、ノスフィーにもアルティにもない。
その間も、戦闘は続く。
一秒二秒三秒と、一分二分三分と、少しずつノスフィーたちは追い込まれていく。
そして、とうとうノスフィーは口にする。
「――こ、このままでは……! 本当に、もう……!!」
負ける。
敗北をノスフィーは徐々に受け入れ始めていた。
その最大の要因は、アイドの成長や強さでなく心――ノスフィーが『アイドの良心を心の底から信頼している』ことだった。
アイドは変態的で、暴走しがちで、気持ち悪いシスコンであるのは間違いない。
しかし、その悪癖を補う人の好さがあるとノスフィーは知っている。
どれだけ彼が『パーフェクトシスター!』と嘯こうと、永遠にそのままということは絶対にないと確信している。カナミの身体が女性に固定されようとも、戻す方法が全くないわけではない。また男性の身体にして、同じ手順で固定すればいいだけの話だ。
アイドはカナミが身体変化を嫌がっていると知っている。
ゆえに、この女王化を続けるのは洗脳され慣れているカナミが許容できる範囲内だけ。少しでも超過しそうになれば、優しいアイドは必ず元に戻す。
アイドのことを最も理解しているティティーが、ずっと中立の立場を徹底しているのがその証拠だ。
だから、これは茶番。
この戦いは身内の茶番中の茶番なのだ。
本気になって戦うほどのことではない。
「――けどっ……! わたくしは……、ここまで来ました……!」
それを理解しつつも、ノスフィーの身体に力が入り直す。
理由があった。
それでも、負けたくない理由が――
それは一時とはいえ、カナミが自分を忘れてしまうこと。今日までのカナミとの和やかな日々がなかったことにされること。掃除のように、どこか隅に追いやられてしまうこと。
それが茶番だとしても、ノスフィーは嫌なのだ。
ノスフィーは生きている限り、一秒でも長くカナミを傍で感じていたい。
我侭にもカナミの独占がしたくて、だから――
「――負けません!! 記憶というものは蔑ろにしてはいけません! その時間の一瞬一瞬が、とても大切なものなのです! 大切な想い出を粗末に扱ってはいけない! それを人は、大事に大事に守っていかないといけない! だから、アイド! カナミ様との時間は、わたくしのものです! あなたには渡さない!!」
戦況は好転せずとも、心のままに叫んだ。
そして、そのとき――ノスフィーの肩を、アルティが触れる。
「待っていたよ、ノスフィー。その素直で偽りのない本心を……!!」
声をかけられ、ノスフィーは振り返った。
そこには穏やかで嬉しそうで、獰猛な笑みを浮かべたアルティがいた。
「そうだ! ただただ、好きな人と一緒にいたい! この手が届かなければ、力の限りに叫んで駄々をこねる! その燃え盛る魂こそが! 私との『親和』の条件だった!!」
「し、『親和』の条件……!?」
アルティも心のままに叫び、その魔力を膨らませていく。
アルティは待っていた。このときを、ずっと待っていた。そして、来た。
その炎の体積を少しずつ増やし、ノスフィーの身体を包み、重ね、繋がり――以前にふと思いつきながらも呑み込んだ一言を、いま、やっと叫ぶ――!
「――ノスフィー、君は一人じゃない!! この私がいる!!」
隣にて立ち、その手を強く握った。
「ア、アルティ……!!」
その言葉を聞き、ノスフィーは目に涙を浮かべる。
確かにノスフィーは、この現代で甘えた生活をしていたかもしれない。
ずっと鍛錬をし続けてきたアイドに、戦いで負けるのも仕方ないかもしれない。
だからといって、今日までの時間が無駄だったということは――決してない。
ノスフィーもアイドと同じように、ここまで成長してきた。
今日まで彼女は、仲間との絆という名の芽を育んできた。
それが、いま育ち切り、花と実をつけていき――
二人は繋げた手を握り締め合い、その真の友情を確かめ合いながら、叫び合う。
「ノスフィー! まだこれからだ!!」
「ええ、わかっています! いまならばわかります! わたくしたちは相反する魂! 決して、重なることはありませんでした! けれど――!!」
「いまなら! 私たちは手を繋ぐことができる! 確かな繋がりが、ここに、あるっ!!」
「一緒に行きましょう、アルティ!!」
「もちろんだ、ノスフィー!!」
誰とも共鳴することのない運命にあった『理を盗むもの』二人。
しかし、この千年後。
この特殊な時代。この特殊な場所。この特殊な状況にて――
いま二人は「カナミを取り返したい」という願いで、完全に繋がった。
ゆえに、その『奇跡』は成立する。
「「――共鳴魔法《フレイムライト》!!」」
二つの基礎魔法。
光と炎が絡み合い、一つとなる。
聖なる炎が生まれ、爆発するかのように空間に満ちていく。
二人の『理を盗むもの』による共鳴魔法。合わせたのは基礎魔法とはいえ、その威力は前例にないほど凄まじい。
一瞬にして天井の暗雲を払い尽くし、血の池を浄化し尽くし、植物たちが蓄えていた魔力も全て消し尽くした。
そして、その聖なる炎の根源に最も近かったアイドは、その身体に巻きつけていた呪布と手甲が焼き崩れていくのを見る。
同時に、目の前の少女二人に敗北するビジョンが頭に浮かび、叫ぶ。
「な、なにぃいいいいいいい――!? ありえません! 負けるのですか!? この自分が!! あと少しのところで、また――!! そんな、まさか! 馬鹿なっ、馬鹿なあああああああああ――!!」
いま攻められれば、アイドには光も炎も防ぐ手段がない。
この距離では、逃げることさえできない。
育ててきた植物を頼ろうにも、聖なる炎に浄化されたせいか「いや、今回はアイドが悪いっしょ」「聖女様とアルティちゃんを支持します」といった返答ばかりが返ってくる。
「なん……だとぉ……!」
――詰み。
まただ。
またいつも通りの結末。
それをアイドが覚悟し、目を瞑ろうとした瞬間――
――その声は聞こえた。
「――諦めるのはまだ早いぜ! まだまだこれからだろ、アイドォ!!」
聞き覚えのある声だった。
声の主は、どこからか現れた。そして、聖なる炎を纏った二人に、剣を持って飛びかかった。その男の名は――
「パ、パリンクロン・レガシィ!?」
「邪魔をするなっ!!」
『天上の七騎士』に名を連ねる騎士といえど、相手は『理を盗むもの』二人。その上、いまや共鳴魔法によって、過去最高のパフォーマンスを発揮している。救援は嬉しいが、たった一人だけでは――と、そうアイドが思ったとき。
「アイドさん! パリンクロンだけではありません! 私たちもいます! エルトラリュー学院にて、彼女を守護ると誓い合った『幻妃の九騎士』である私たちが!!」
騎士の中の騎士と謳われる男、ハイン・ヘルヴィルシャインが別方向から現れた。
彼は自分を『天上の七騎士』でなく『幻妃の九騎士』と呼称した。
それを証明するように、続いて黄金の長髪を垂らした美丈夫が、その逆方向から現れる。黄金の獅子と比喩される騎士、エルミラード・シッダルクだった。
「魂の友よ! 話はパリンクロンから聞いた! ああっ、全て聞いたとも!! ――それでも、僕の意志に変わりはないことをここで示そう! いや、もっと簡単に言おう! 魂の友だけに、かっこいいところを見せさせはしない!!」
学院の非公式カナミファンクラブの一桁ナンバーズ1、2、7が揃い、三方向からの同時攻撃が行われる。
そのおかげで、アイドに立て直しの時間が生まれる。
そして、まだ救援は終わらない。
「この僕も兄様に続く! たとえ、相手が誰であろうと、この命の限り戦う! あのときの女性の危機と聞けば尚更だっ!!」
「友人たちに頼まれた以上、全力を尽くす! これでも『最強』の名を持つ一人! 一矢報いるくらいはぁ――!!」
ナンバーズ5、8。ライナー・ヘルヴィルシャインとグレン・ウォーカーも現れ、戦いに参加していく。
「な、なぜ……。皆様が、ここに……?」
アイドの疑問は当然だった。
それに答えるのは、先ほどスクラムで友情を確かめ合った二人。
「こんなこともあろうかと――」
「――声をかけておいたぜ、アイド!」
ナンバーズ4、9であるティーダとファフナーは、魔法で聖なる炎を押さえつけながら、こちらにサムズアップした。
ここに6を加えれば、『幻妃の九騎士』が八人。
戦いの窮地において、魂の友たちが揃っていく。
こんなに嬉しいことはなかった。
「ティーダ様、ファフナー様……! パリンクロン様、ハイン様、エルミラード様、ライナー様、グレン様……!! この想い、決して無駄にはしません……!!」
アイドは敵前だというのに、感激で目を強く瞑った。
閉ざされた視界の中、アイドは感じる。
いま間違いなく、形勢は変わった。
追い風が自分たちに吹いている。
なにより、かつてない一体感がある。
それは奇跡と呼ぶしかない代物――!
それは人と『理を盗むもの』の垣根を越えた絆――!
この特殊な時代。この特殊な場所。この特殊な状況にて――
いま八人は「あー、カナミが女の子だったらなー」という邪念で完全に繋がった!
ゆえに、その『奇跡』は成立する。
アイドは目を見開き、涙を振り払い、徒手空拳。
何の戦術もなく、前に駆け出した。それは、この場にいる『幻妃の九騎士』の全員が同じだった。ただ、全員が一体となって、同じ雄たけびをあげて、敵に向かって特攻していく。
そして、ついに――聖なる炎一色だった四十層に綻びが生まれ始める。
「「「「「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ――――!!!!」」」」」」」」
ただ、その大変気持ちの悪い絆に晒されたノスフィーとアルティは堪ったものではない。聖なる炎を編みながら、負けじと叫ぶ。
「あ、あなたたち! 何をしようとして、何を口走ってるかわかっています!? わかっていますよね! わかっているからこうなっているんですよね! ああっ、こんなものに負けるのだけは、わたくし嫌です!!」
「い、勢いに流されるな、ノスフィー! 冷静に対処していこう!!」
「はい、アルティ!」
「ノスフィー、いくぞ!」
「「――共鳴魔法《フレイムライト》」」
二種の絆と絆が、四十層の城でぶつかり合う。
十人分の魔力が弾け、散り、解けて、膨らむ。
次第に空間一杯に、多様な色の魔力が広がっていく。
炎でも光でもなく、闇でも血でもなく、木でも風でもない、ありとあらゆる色が溶け合って、明るいわけでも暗いわけでもない世界に変わっていく。
――その中、誰も正確には認識できない時間が過ぎていった。
それは短いような長いような戦いで、一人――また一人と倒れていく。
ライナーとグレンが倒れ。
エルミラードとハインが倒れ。
パリンクロンが倒れ。
ついにはアルティも魔力切れで気を失い。
同時にティーダとファフナーも同じく気を失い。
――四十層の玉座の間に残ったのは、二人。
ノスフィーとアイドだけだった。
ノスフィーは光の旗を持ち、アイドは血塗れの拳を握る。
「アイドォ――!!」
「ノスフィー様っ――!!」
最後の力を振り絞った二人が、叫びと共に駆け出す。
いま、決着がつこうとする。
しかし、そのタイミングで――
――最後の乱入者が、笑いながら現れる。
「ははは。大盛り上がりっすね。話も終わり間近っすね。感動的っすね。けど――」
その乱入者の名前はラグネ・カイクヲラ。
『幻妃の九騎士』最後の一人、ファンクラブ一桁ナンバーズ3。
奇襲に特化した騎士が現れ、その言葉を口にしていく。
「――全てが『反転』する」
それは『理を盗むもの』に匹敵する力だった。
それをアイドとノスフィーは避けきれず、防ぐこともできなかった。
「これは『理の力』――!?」
「そんな、どうしてあなたが――!!」
この魔力の混ざりに混ざった空間が、ラグネの『星』属性の力を増幅させていた。その『反転』の力によって、二人とも膝を突いていく。
その様子を見たラグネは敵の底力に驚き、自分の切り札を容赦なく活かしていく。
「え、ええ……。ここまで弱ってて、まだ気を失わないっすか? なら、その力の源である感情を『反転』させるしかないっすねー。それーっす」
まずノスフィーが自分の熱い想いを冷めさせられ、なんとか繋ぎ止めていた意識を手離していく。
「こんなっ……、まだ……、わたくしは……――」
その様子を見たアイドは、好敵手の意図せぬ敗北に激昂する。なによりも、いま現れた少女の真の目的を察し、それを非難する。
「――っ!! きさまぁあああ――! 姑息なぁっ! それだけは許しません! 絶対に彼女は、この自分が守護る! 絶対に――!!」
「あはは。いやあ、アイドさんにだけは言われたくないっすねー。カナミのお兄さんの許可とってたら、どれもいい台詞だったんすけどねー。そうじゃないんすよねー」
アイドは怒りという新たな感情を原動力に、動こうとする。
それに対してラグネは、無慈悲に攻撃を加算していく。
「耐えるっすね、アイドさん。なら、その強化を『反転』。回復を『反転』。体調を『反転』、平衡感覚を『反転』、視界を『反転』、触覚を『反転』。反転反転反転っとー、くるくるくるりっすー」
アイドを保っていた全てが崩れていく。
怒れば怒るほど、その気力は萎れていく。
その果て、とうとうアイドは気を失う。
「カ、ナミ様……、逃げて、くださ……――」
その後、ラグネは警戒心を保ったまま、周囲を見回す。
特にアイドは、何度か突っついて意識を入念に確認する。
いま、玉座の間には倒れ伏した強者が十人。
立っているのは自分一人だけ。
それを確認し、ラグネは子供のように笑い始める。
「あはは。あはははは……、ははははっ、はっはっはー! やったー、勝ったっすー! あのパリンクロンさんに、あのノスフィーさんに! この面子にっ、私は勝った! この私だけが残った! やったやった! わったし、いっちばーん!!」
そして、十分に喜んだあと、勝者の賞品である玉座に向かいながら、安心して内心を吐き出していく。
「はははー。そして、悪いっすけどー、カナミのお兄さんは『兄』でなく! 『守護者』でもなくっ、『始祖』でもなくっ、『黒髪の君』でもなくっ、『救世主』でもなくっ、『父』でもなくっ、『女王様』でもなくっ――! 『ママ』に! この私の『ママ』になってもらうっすよ!!」
眠りにつくカナミの前で、堂々とラグネは宣言した。
そして、その実物を前に楽しく見聞していく
「綺麗っすねー! いやー、これがあのカナミのお兄さんっすかー! この黒髪とか、さらさらっすねー! あーほんと似てる、似てるっすー! あははははは――!!」
「ん、んぅ……」
「っとと! 丁度目を覚ます時間っぽいっすね」
調子に乗りに乗っていたラグネだが、カナミの呻き声を聞き、すぐに意識を本来の計画に戻す。
ここまでして手に入れた賞品を無駄にするわけにはいかない。過去最高の集中力で、彼女は演技をしていく。自分に言い聞かせるように、何度も大切な言葉を繰り返す。
「ママ、ママ、ママ……。私だけのママ。本当のママ……」
繰り返すにつれ、ラグネの表皮は新しく形成されていく。
そして、カナミが目を開けたと同時に、その演技は完成する。
ラグネは両の目に涙を浮かべて、心の底からの言葉を吐き出す。
「ああ、ママ……! やっと、目が覚めた……! やっと、会えた……!!」
「――え、え? ママ……? 僕が……?」
感の鋭いカナミだが、その演技を見破れない。
もはやラグネにとって、それは本心だったからだ。
「うん、ママはママっす……。で、私が娘のラグネっす……」
目の前の状況以上に、自分の記憶がまっさらなことにもカナミは困惑していた。
だが、休む間は与えないとラグネは畳み掛ける。
「もしかして、覚えてないの……? ママ……!」
「えっと、ラグネ、ごめんね……。その、ママ、何も覚えてなくて……」
それは本当に自然な動きだった。
カナミはラグネに近づき、抱き締め、その頭を優しく撫でた。その性格ゆえ、自分のできうる限りのことを、彼女に尽くした。
それが決定的な亀裂となる。
「あ、ああ……。『ママ』……――」
ラグネは嬉しくて、涙を流してしまう。
その真実の涙に洗い流され、彼女を長年苛んでいた滲んだ視界が晴れていく。ただ、その晴れた新世界は彼女にとって眩しすぎて、進む道が全く見えず――
「ママ……。それよりも、ここは危険だから、早く逃げないと……。早く家に戻って、もう二度とこんなところに来ないようにしないと……」
「家に、戻る……? そうだね。もうこの世界にいる理由はないよね……。元の世界に戻らないと、早く……」
カチリカチリと、ピースが嵌っていく。
不幸にも、二人は演技が得意だった。
その上で、演技を本物にしてしまう癖があった。
一度被った仮面を外せないまま死ぬことを世界に決定付けられた弱者二人だった。
だから――
「僕はラグネの家族だから、もう二度と離れないよ。ずっと一緒だ……」
「私はママの家族だから、もう二度と離れないっす。ずっと一緒っす……」
カナミは抱き締める力を強め、ラグネも力強く抱き締め返した。
互いが互いを『理想』としてしまい、バラバラのピースを完成させてしまった。
「帰ろう、ラグネ。僕たちの世界に……。あの場所で、もう一度やり直そう。今度こそ、二人で……。二人だけで、生きていこう……」
「帰りたいっす、ママ。あの頃に帰って、あの場所で、今度は二人だけで生きていきたいっす……。私、他には何も要らなかったってわかったっすから……」
二人は確認しあったあと、見詰め合う。
瞳に映り合うのは、満面の笑み。
鏡に写った幸せな家族が一組。
「じゃあ、行こっか。――魔法《コネクション》!」
「行くっす! だーい好きー、ママー!!」
カナミは魔法の扉を生成し、ラグネは甘えた声で飛びつく。
うきうきの二人は手を繋いで、とても満たされた表情で、その中に入っていく。
――その表皮の中にある靄が本当に望んでいた世界に向かって、進む。
こうして、四十層に立っている者は一人もいなくなった。
志半ばで倒れた十人を残して、カナミとラグネは想い出の地に旅立っていった。




