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IF『守護者ルート』その7(下の上)(7-3章までのネタバレあり)

※7-3章までのネタバレがありますのでご注意ください。

 アイドが革命を決意し、いつもの反乱を起こしてから半日後。

 地上では異常を感知したノスフィーが(カナミの体内にこっそりセンサー的な魔法を組み込んでいたので)、仲間たちと共に迷宮の前までやってきていた。


「ああ、もう……。あの男は、定期的に叛逆しないと気がすまないのでしょうか……」


 溜め息をつきつつ、ノスフィーは自分の出番があったことに落胆していた。

 千年前、あれだけ賢く厄介だと思っていた男が、実はこんなにも馬鹿で厄介だったことに悲しさすら覚えていた。


「少し油断していたね……。事前に止められなかったことが悔やまれる」


 アルティはこめかみに手をやりつつ、臨戦態勢でノスフィーの隣に立つ。この状態を予期していなかったわけではないが、いざ起こったとなると苛立ちが抑えられないようだ。


 そして、最後の一人がティティー。

 頭に丸めた手ぬぐいを載せて、風呂上りの湯気が立ち昇る状態で、仁王立ちをしている。


「まさか、童たちが女子会という名の温泉旅行に入っている間に、またもやとは……。アイドのやつ、前は火炙りと精神洗浄をあれほど受けたというに、タフじゃのー。またやる気になるとは、この姉の目をもってしてもわからんかった。精神こころが成長しているようじゃな。姉としては嬉しい話なのじゃ!」


 相変わらず、少しずれた意見を口にするティティーである。

 その余裕のある彼女に向かって、友人として理解のあるノスフィーは諦めた声をかける。


「もうティティーは、ついてくるだけでいいです。あなたが本気になれないのはわかっていますから」

「……すまぬな、ノスフィー。その言葉に甘えて、童はそうしよう。つまりは今回も賑やかし役じゃ! もちろん、本当にやばそうなときは、ちゃんとフォローするつもりじゃぞ!」


 ティティーは以前の戦いを思い出し、早めに戦力外であることを伝えた。

 その致命的なブラコンをノスフィーとアルティは受け入れ、探索前の準備を行っていく。


「では、立場がはっきりしたところで、状況を整理しましょう」

「そうだね。まずは迷宮。この『現在工事中』と書かれた看板と木板は壊してっと――」


 アルティはフーズヤーズ国の迷宮入り口前の封鎖を燃やしきり、その内部を窺う。軽く《フレイム》を放っただけで、以前との違いを感じ取れる。


「予想通りだね。大量のモンスターが中で待ち構えているようだ。配置が、まるで違う」

「ぬぬう。この感じ、童でも骨が折れそうじゃのう……」


 ティティーも同じく、軽く《ワインド》を放って確認した。迷宮内で大技は使えないとはいえ、広域殲滅の得意な二人が顔を歪ませたことで、パーティーリーダーであるノスフィーは現状を理解する。


「構いません。そのための、みなさんですから」


 そして、振り返る。


 そこには、数え切れない人の波が蠢いていた。

 その誰もが、物々しい装備を携えている。

 ずらりと並んだ探索者たちは抑えきれない喧騒と共に、いまかいまかと時を待っていた。


「まだかあー、おいー!!」

「なあ、なんで集まってるんだコレ。誰か教えろよ」

「いいから静かにしとけ! 黙ってねえと、やばいぞ! 吹き飛ばされるぞ!」

「ああ、またいつもの『イベント』ってやつか。最近、本当にすげえよなあ」


 探索者だけではない。

 騎士や剣士、魔法使いや商人。国をまたにかける冒険者に腕に覚えのある修行者。多種多様な職種の人間たちが揃っている。


 ノスフィーとティティーによって、急遽集められた迷宮攻略用の人員だ。

 最近は連合国内で迷宮の宣伝が溢れ返り、守護者ガーディアンによるイベントも多かったので、その召集はスムーズだった。とはいえ、魔法による拡声と発光、元国主二人のカリスマがなければ、ここまでは集まらなかっただろう。


 それと、別の理由での人気が、さらに拍車をかけていた。


「あっ、アルティちゃんがこっち向いたー!!」

「今日はノスフィー様とティティー様もいるぞ!」

「手、振ってー! ティティー! この前、挑戦したよー!」

「ああ、本物のアルティちゃんに会えるなんて……!!」


 ミーハーの野次馬も混じっていた。

 こちらは貴族の子息たちや学院の男子学生女子学生が多い。とはいえ、そこに属している人間にも、レベルの高い者は多い。予想外のところで総合戦力が増加している。


 その一団の前で、まずティティーが手を振る。


「へへー! 久しぶりー、今日は味方だよー!」


 すると一部の群集が「おぉおおー!」と大声を上げて盛り上がる。

 数ヶ月に渡った迷宮イメージの変化と連合国平和ボケ化がよくわかる光景である。


 そして、中には、延々と一人の名前だけを呼びかけ続ける平和ボケの極致にある探索者もいる。


「アルティちゃーーーん! また迷宮について教えてー! アルティちゃああああん!!」


 つい最近のイベントで、アルティが『お助けキャラ』として導いた探索者の一人だ。彼は一度イベントを経てから、ずっとこの調子である。

 その狂信的で熱っぽい視線を前に、アルティは後悔と共に目を背ける。


「あ、いえ……。今日は別イベントなので、そういうのはちょっと……」


 その珍しい様子と口調に、隣のノスフィーはくすりと笑った。


「ふふっ、アルティ。サービスで、いつもの「にゃー」とか言ってあげたらどうです? きっと喜びますよ」

「ノスフィー、いつものってなんだ……! 私は生涯で、一度もそんなこと言っていない……! 勝手なイメージを植えつけないでくれ……!!」

「そう言われましても……わたくしの中でアルティと言えば、とてもあざといイメージですので」

「はあっ? 私は迷宮の仲間たちの中でも、一番硬派だろう!?」


 その一言に、ノスフィーとティティーは素の反応を返す。


「え?」

「え?」

「落ち着きのある大人は、私しかいないじゃないか!」

「……ええ。まあ、そうかもしれませんね。本人がそう思うのならば、そうなのでしょう」

「……の、のーこめんと」


 負けじとアルティは訴え続けるが、友人二人は目を背けた。そして、その目を背けた先では、絶えず聞こえる声。よくよく聞くと、最もアルティのファンの割合が多い。

 その現実を前に、アルティの服の裾から漏れ出てる炎が燃え盛る。


「ぐぅっ……! どれもこれもアイドが悪い……! あとファフナー! 私は『お助けキャラ』ってやつは、すぐやめたんだ……! でも、あいつらが結託して、無駄にリアルな私の人形を量産して売るから……!!」


 いまにも爆発しそうなアルティは放置し、急いでノスフィーは突入を進める。

 後方の集団の代表者たちを集め、最終確認をしていく。


 並ぶのは、本当にそうそうたるメンバーだった。

 フーズヤーズ国が迷宮探索を委任している大騎士団の団長に、ヴァルト国最大の総合ギルドのマスター・サブマスター。エルトラリュー学院の『迷宮探索専科』の精鋭に、グリアード国の誇る海外から来た英雄たち。連合国のオールスターと言っていい状況だろう。

 ただ、ラウラヴィア国のギルド『スプリーム』と『エピックシーカー』の重役に少し欠員がある。それを頭の隅に置きながら、ノスフィーは代表たちに話していく。


「――聖女様。つまり、今回は一時的な迷宮強化の時間というわけですか?」


 召集の目的をフーズヤーズの騎士団長が聞き、それにノスフィーは答える。


「はい、特殊イベントです。概要は、先に話した通りです」

「となると、いつもより危険ということになりますね……」

「いえ、危険度は高いと思いますが、死人は出難い造りなのでご安心を。基本的に時間稼ぎが、向こうの目的でしょうから」

「ふむ……。このイベントをメインで取り仕切っているのがアイド殿ならば、そうでしょうが……」


 地上で営業をすることの多いアイドは、名前が一番売れている。その人柄が知れ渡っているおかげで、ノスフィーのスキル『詐術』は上手く力を発揮していく。

 とはいえ、死人が出難いというの本当だ。なにせ、向こうだけでなく、こちらも心がける。なにより、ノスフィーという少女は、死人を出さないことに特化している。


「ご安心を。確かに敵は強くなっていますが、それ以上に皆様も強くなります。――《ライト》」

「――っ! この光は……!!」


 ノスフィーは光を放ち、この場にいる万の人間を魔法で強化していく。


「いわばこれは、いつもよりレベルの高い迷宮探索を体験してもらうためのイベントです」


 満ちる光には、自然と『魅了』の力が混ざる。


「単純に考えてください。これはボーナス。ただの狩り放題イベントですよ」


 そのゆったりとした言葉は、大声ではなかったが、迷宮前全体によく響いた。

 そして、その声と共にノスフィーは突入を宣言する。


「それでは行きましょうか。イベント開始です。――《光の御旗ノスフィー・フラグ》」


 輝く旗を持ち、先導する。

 その力を本領発揮し、迷宮に入っていく。


 ノスフィーはアイドと同じく、補助に特化した魔法使いだ。

 アイドは日常生活の補助を得意としていた。

 そして、ノスフィーは――

 大集団による地域制圧の補助を、最も得意としている。



◆◆◆◆◆



 『裏ダンジョン四十層までご案内ツアー』という名のアイド討伐軍は、ゆっくりとだが確実に迷宮を進んでいく。


 その最中、ポップで可愛らしいモンスターたちが、襲い掛かってくる。

 ただ、昨日までとは全くの別物だ。どのモンスターも目が飛び出るほどに目を見開き、一度も聞いたことのない凶悪な鳴き声をあげつつ、奇妙な動きで突進してくる。しかも、その全能力がファフナーの再改造によって、底上げされている状態だ。速すぎてキモイ。


 そして、モンスターたちの戦術ルーティンも違う。

 ただ、やられに向かってくるでけではない。

 可愛らしい小動物系モンスターは、物陰から風や炎を撃っては即逃げ出す。丸っこくて青いスライムは、超高速で回廊を縦横無尽に飛びまわり、探索者の死角から体当たりをしてくる。デザインリニューアルされた子鬼ゴブリンたちは、その全てを統括し、一行の薄く弱いところを狙う。

 その一層にあるまじき戦いに、一軍の誰もが慄いていた。


「――う、動きが速い……! いつもの二倍……いや、三倍!!」

「しかも、一種に必ず一つの特殊能力があるぞ……!!」

「厄介だ……! これが一回り上のレベルの世界……!!」


 一軍はノスフィーの魔法で肉体が強化されたとはいえ、精神面が追いついていなかった。

 今日までの温い迷宮探索をよく知っているからこそ、そのギャップを処理するのに時間がかかっている。中には、余りに厳しい攻め立てに、早々から逃げ出す者もいた。


 ――ゆえに、その避難者が出たのも当然だった。


「み、店だ……! 一旦、店で休憩を――」


 迷宮内店舗は『魔石線ライン』が引かれ、より清潔に保たれ、安全圏として認知されている。その暖かな木造建築物は、誘蛾灯のように心の弱った探索者を引き寄せ――そして、店内に侵入した瞬間、門となっていた「ようこそ!」のアーチが発光する。


 裏側では、刻まれた術式に魔力が迸り、世界最悪の迎撃システムが発動した。


 それは『風の理を盗むもの』と『死神』の合作による『闇の風』。

 一瞬にして、迷宮内店舗に避難した男の頭部が真っ黒に染まる。闇によって視界を奪われたのだ。その上、風がまとわりつき、一切の身動きを奪う。最後に、とどめといわんばかりに、店内にて待ち構えていた店主が雄たけびをあげる。


「――■■■、―――■■■■■■■■■■―――ッッ!!」


 いつもの可愛らしい少女(アルティやノスフィーの声帯模写)の声でなく、知る人ぞ知る初期Verの精神的苦痛を誘発する地獄の怨嗟の声だ。明らかにリミッターとセーフティが外されていた。


 攻撃と化している叫び声と共に、店主は両手に血の斧を持ち、獣のように飛びかかっていく。

 その一部始終を、近くにいる他の探索者たちは見ていた。


「ひ、ひぃっ! ブ、『虐殺店主ブラッドバーサーカー』だ!」

「あれが、地獄の底まで襲ってくるという……!!」

「あいつ一匹に、ギルドが一つ壊滅したと聞いたぞ!」


 過去によからぬことをしたものはトラウマで怯えて、恐怖で動けなくなる。噂を知っているものは、その凶悪な強さを前に身構える。その中、ノスフィーは一人、迷いなく駆け出していた。


「――いけません!!」


 店内に入ったものを止められなかったことを悔やみ、身体能力に任せて店内へ飛び込む。

 振り下ろされる二つの血の斧を紙一重でかわし、懐に入る。そして、魔法《ライトアロー》を回し蹴りと共に放ち、店主を貫き、破壊した。


 すぐさま、一軍の勇士が『闇の風』のトラップに引っかかった者を救出し始める。


 店内は静寂に包まれた。

 その中をノスフィーは歩き、一つの植物を見つける。


 アイドが開発した連絡用の日常魔法が施された植物だ。

 ある種の確信を持って、ノスフィーは声をかける。


「――アイド、いまならば間に合いますよ」


 降伏勧告を、その先にいるであろう男に投げた。

 それに向こう側の男は、すぐさま答える。


「――優しいことですね、ノスフィー様。しかし、心配はご無用。自分には必要ありませんよ。……かつて、自分は誓いました。もう二度と、諦めはしないことを。なにより、理想の主を、最後まで守り抜くことを!! 強く美しい彼女を王として、自分は本懐を遂げる!!」

「……で、以前の結末は、ちゃんと覚えていますか?」

「――いいから、かかってこい! ノスフィー・フーズヤーズ!!」


 アイドは吼えた。

 連絡用の植物が魔法《ウッド》として襲ってくるのに合わせて、店内に潜んでいた『血の店主』たちが四体現れる。

 その全てが両手に血の斧を持っていた。


 ノスフィーは即座に対応する。

 まず目の前の植物を《ライトアロー》で叩き潰す。

 さらに先の戦いで、店内には商品が散乱していた。槍を見つけ、足のつま先で器用に宙に浮かせる。浮いた槍を手に取ると同時に投擲し、店主を一体串刺しにして、壁に磔にした。

 続いて、直剣と曲剣を拾い、襲い掛かる店主二体の血の斧を見事受け流し、敵の喉下に一振りずつ突き刺す。最後にノスフィーは棍棒を手にして、最後の一体を敵の血の斧ごと粉砕し、四散させた。


 全てが終わったあと、店内に異常を察知した守護者ガーディアンたちが合流する。


「おぉ、流石ノスフィー。一つを極めていないとはいえ、武芸百般だ。なんでもできるね」

「うぅぅ、お姉ちゃんは涙が出そうなのじゃ……。アイドは成長が止まらぬなあ……。童と違って……」


 アルティはとにかく、ティティーの発言には心の広いノスフィーといえど苦笑いを浮かべる。喉から「あなたがしっかりと理想のシスターをしていれば、あのシスコン眼鏡は暴走していないのですよ……!」と出そうになるのを抑えて(今回の原因はティティーでないので)、次の迷宮探索に集中していく。


「どうやら、アイドは本気のようです。わたくしたちで用意した店舗は全て、使えないようですね」

「ああ、そのようだね。しかし、この分だと、注意すべきは店だけではなさそうだ」


 この先に待っているものを頭に浮かべ、アルティは顔を歪める。

 ノスフィーも同じ表情で、店を出て行き、一軍に店舗の危険性を通達したあと、進軍を再開させて行く。



 ――そして、一層一層と進んでいくうちに、その不安が形になって襲ってくる。



 モンスターが徐々に強くなっていくのは当然だが、より厄介なのは迷宮の道そのものだった。終盤の『迷宮改装工事』には参加していなかったものの、ノスフィーたちは迷宮の主の一人として、正しい道順を記憶している。だが、それが一つも役に立たない。


 どのエリアも一桁層に相応しくない上に、造りの発想が敵意に満ち満ちていた。


 毒植物の生息エリアがあったと思えば、その次は足場が悪く進み難い泥濘のエリアとタフなモンスターたち。MPを吸い取る植物エリアがあったと思えば、その次は吹き抜けの天井に物理攻撃の効かないモンスターばかりのエリア。単純に気温の高い溶岩エリアで喉が渇いたか思えば、その後に露骨に綺麗な湖。当然、その湖の水には睡眠薬に似たものが溶かされていた。


 さらに追撃をするかのように、宝箱システムの変化もある。


 発見した探索者が嬉々として箱を開けると、中に待ち構えるのは多様なトラップ。果てには中にモンスターが入っている場合もある。ここで厭らしいのは、全てが全てトラップやミミックではないという点だ。むしろ、アイテムに関しては、いつもの何倍もの質のものが入っている。

 一攫千金を夢見る探索者たちを釣るためのアイテムであると、ノスフィーは忠告して回った。しかし、彼らの探索者としての本能は止められない。危険を冒しても、上手くくぐりぬけ、お宝を手にすることが本懐なのだ。

 宝箱トラップによる脱落者は増えていくばかりだった。


「ほ、本気できているのはわかっていますが……。やり方がせこいです!」


 迷宮の中だが、それでもノスフィーは子供のように地団駄を踏まざるを得なかった。

 こうも真っ向勝負しないアイドが、性格の悪さを前面に押し出してくるとは思わなかったのだ。


 露骨な削り行為だ。

 こちらも削り対策として人員を多く揃えているとはいえ、それを軽く上回っている。


「うむ! せこいことをやらせたら、弟は世界一じゃぞ!!」


 ノスフィーは褒めたわけではないが、なぜかティティーは我がことのように喜んだ。

 代わりに、アルティが真面目に考察をしていく。


「こちらの時間制限を理解した上、こちらの戦略までも読んでいるね。ここは一気に私たち三人だけで進むのはありだと思うが……」

「いいえ、アルティは温存です。わたくしたちも極力、消耗を抑えます。最後にファフナーが控えている以上、慎重にいかないと……」


 ノスフィーはリーダーとして意思決定し、一軍の先導を再開していく。



 ――そして、辿りつくのは燃え盛る炎エリアの十層。



 少し前までは、ここで騎士ローウェンがボスを担当していたが、その姿は見えない。そこで本来の主であるアルティは我が家のように歩き回り、隅にあった置手紙を発見する。


「ノスフィー、ローウェンからだ」


 それを広げて、アルティは読む。


「『思いの他、リーパーが温泉を気に入ったようで、ちょっと二人で追加の温泉旅行に行ってきます。探さないでください。北のヴィアイシアの、さらに先にある山奥を予定しています。雪も見ようと思ってるので、とても時間がかかります。探さないでください。ほとぼりが冷めたら、帰ってきます。どうか、本当に探さないでください。――ローウェン・アレイスより』」

「あの男っ、リーパーちゃんを誘拐して逃げ出しましたね……!!」


 迷いなくリーパーだけを連れ出して逃げたことと、女々しく三度も探さないでくださいと念を押していることに、ノスフィーは怒りを露にする。


「どうりで探してもいなかったわけだ。しかし、リーパーちゃんは嬉しいだろうけど、少し犯罪的だね。傍から見たら、凄い身長差のある二人組みだから、捕まってないといいが……。結構、リーパーちゃんって露出狂の気があるし。最近、相手が朴念仁過ぎて、アプローチが強まってきてるし……」

「ああ、使えない……!! これが渦波様の一大事と判断できないから、千年前ぼっちだったのです……! アレイスゥ!!」

「いや、敵に利用されていないだけ、前よりかはマシさ。善意が裏目に出て、仲間を死に追いやってない分、千年前と比べると成長していると言える」

「……確かに。あの男、生粋の死神ですからね。味方の被害を増やす天才でした。アルティの言うとおり、むしろいなくてよかったと思いましょうか」

「千年前から、あの男がいると無駄な死人が出やすい。なぜか」


 本人がいないのをいいことに言いたい放題だったが、その近くでトラウマを刺激されている仲間もいた。


「ひ、酷い言われようじゃのう……。童も覚えがあるので、笑えんのじゃ」


 味方の被害を増やす南のトップをローウェンとすれば、北はティティーだ。二人には妙な親近感があった。

 とはいえ、ティティーはローウェンのフォローをしない。


 こうして、ローウェンの人付き合いの偏重っぷりが露呈したところで、一軍は迷宮の二桁層に入っていく。


 そこで待ち構えていたのは新種のモンスター。

 恐ろしく、名伏しがたく、目にするだけで本能的恐怖を抱いてしまう血の化け物を前に、悲鳴があがる。


「う、うぁああっ、ぁあああああアアアアアアッゥ――!!」


 うじゅるうじゅると粘着液を撒き散らしながら、触手を束ねたような四肢を動かし、まるで人のように歩いてくるモンスターを見て、ノスフィーは理解する。


「こ、これはアルティのデザインシリーズ……!! まさか、ファフナー! あのイラストを廃棄せず、全て保管していたのですか……!? くっ、これでは視界にいれただけで精神が壊されていく……。魔法ではない以上、わたくしの『話し合い』で相殺できない攻撃……!!」


 迷宮デザイン部門の編集長ファフナーが、部下のデザインを大事にしていたことがわかり、同時に敵の容赦ない戦術を前に歯噛みする。


 後方では多くの悲鳴が、オーケストラのごとく響く。

 中には軽く発狂した者や吐瀉の止まらない者までいた。


「な、なんだあれは! なんなのだあれは――!!」

「ぐぅっ、ぉえっ、おえええぇっ――!!」

「ぁああっっ!! ぁあああああアアアアア゛アア゛ア゛――――!!!!」


 その様子を前にアルティは困惑し、おろおろと周囲を見回す。


「え、えぇ……? そんな吐くほどじゃあ……。ここまで酷くなるのかい? ちょっとぬるぬるしてるけど、よく見れば可愛いと思うのだが……」


 そして、ローウェンのことを責められない残念な感性を元に、自己弁護をしていく。ただ、ここまで来ると、もう彼女に味方はいない。


「残念ですが……アルティ。一般の方にとっては、心にトラウマを生むレベルです」

「そりゃ、なるのじゃ。そろそろ認めたほうがよいぞ、アルティ。これ、童でもきついのじゃから、よっぽどじゃぞ」


 千年前、死体の山という山を乗り越え、人間の悪意と残虐性をくぐりぬけた二人でさえ、顔色が悪くなっている。つまりは、そういうことなのだ。


 アルティは震えながら、仲間二人の忠告を受け入れていく。


「くっ、ぅう……。ここまで大人数の評価者に否定されてしまっては、認めるしかないようだ……。もう私は、二度とお絵かきは――」

「しかしじゃ!」


 ただ、その反省をティティーは遮った。


「しかし、アルティ! ようやく見つけた生き甲斐を捨てるのは間違っておる! 間違っておるぞ!」

「ティ、ティティー……?」


 ティティーもノスフィーも知っていた。

 あのアルティが、ずっと筆を持っては紙に向かい、毎日毎日手を動かしていたことを。ファフナーに忠告されては、もっと絵が上手くなるように、寝る間も惜しんで練習を重ねていたことを。なにより、絵を描くときの笑顔。

 アルティは絵を描くのが本当に大好きだということを、よく知っている。


「これはこれで、魂を揺るがす作品じゃと童は思うぞ。なにより、我が弟アイドが認めておる。モンスターとしては一級品であるとな。流石に可愛いデザインとして皆に勧めるのは駄目じゃが、色々な方向性を模索していくのはよいはずじゃ」

「アルティ、わたくしも同意見です。そう暗い顔をしないでください」


 その仲間たちからの言葉を受けて、アルティは珍しく薄く涙を浮かべた。


「ティティー、ノスフィー……!」


 三人は目と目で通じ合う。

 互いの魔力光が煌き、絡み合い、新たな友情が芽生えていく。


 ただ、その周囲では阿鼻叫喚の探索者が助けを求めていた。その状況で暢気に話している時点で、アルティだけでなくティティーとノスフィーも感性が人離れしているのは間違いなかった。


 そして、十分な見つめあいのあと、さばさばとした様子でティティーとノスフィーは動き出す。


「と言ったものの、これからアルティのデザインは全部、潰して回るのじゃがのー」

「ですね。早急に処分しなければ、被害が拡大するばかりです」


 探索者たちの助けに駆けつけては、ぐしゃりと脳天から潰して回る。

 見た目は恐ろしいものの際立って強いわけではなく、その作業は迅速だった。


「もうちょっと優しく! どれも傑作だから!」


 頭では必要なことであるとわかっているが、妙な親心が働いているアルティは悲鳴をあげた。

 ただ、その悲鳴は化け物たちから逃れた探索者たちの歓喜の声に掻き消されていった。



 ――こうして、アイドたちの用意した精神攻撃エリアを潜り抜けて、一軍は二十層に辿りつく。



 そこは黒い液体の満ちた守護者ガーディアンの居住区。本来はティーダの階層だが、ここには誰もいなかった。

 一軍は二十層台に突入していくが、ノスフィーの顔は芳しくない。

 それ以上に、続く一軍たちの顔が酷かった。


「アルティシリーズの影響か……。消耗が激しいですね……」

「うむ。恐ろしい戦いじゃったからな……」

「そ、そこまで言うほどだったかな……?」


 守護者ガーディアンたちは状況を理解し、その中でノスフィーが一つの決断をする。

 三十層に向かう途中、愛用の旗を生成し、そこから光を放つ。


「みなさま、よく見てください――! ――《光の御旗ノスフィーフラグ》!!」


 馴れた手順で弱った一軍を鼓舞し、ついでに魔法を浸透させていく。


「さあ、この旗に続いてください! 何も恐れることはありません!」


 その一声を境に、後方から合唱のような叫びが聞こえ始める。


「聖女様! 聖女様! 聖女様――!!」

「アルティちゃん! アルティちゃん! アルティちゃん――!!」

「ティティー様! ティティー様! ティティー様っ――!!」


 先導する少女たちに心酔しているのが丸分かりの名前の賛歌だ。

 そのどこか懐かしい光景を前に、ティティーは頭を抱える。


「うっ、この光景、頭が……!」


 カナミに続いてトラウマスイッチが多い少女である。

 それはいつものことなので放置し、アルティは自分の名前が連呼されることを恥ずかしがりながら、詳細を聞く。


「ノスフィー、これ……」

「緊急手段です。頑張って貰う御呪いをしました」

「いや、これは洗脳っていうやつじゃ……」

「違いますよ、アルティ。これは『魅了』にも届かない薄い光です。ただ、意識が朦朧としている人は、本当に思い込みが強くなると思いますが……」

「ああ、なるほど。どちらかというと、心が素直になる例のやつかい」

「はい。光に施した『魅了』は切っ掛け程度。なので、心の底からの声が出てくるだけで――」

「聖女様! 聖女様! 聖「アルティちゃん! アルティちゃん! アルティちゃん――!!」ティー様! ティティー「アルティちゃん! アルティちゃん! アルティちゃん――!!」様っ――!!「アルティちゃん! アルティちゃん! アルティちゃん――!!」

「「んん――?」」


 会話の途中、見過ごせない変化に二人は唸った。

 ノスフィーは冷静に状況を分析し、より良い方向に計画を変更していく。


「どうやら、アルティ勢が勝ってきていますね。ここは効果をより高める為……アルティ、みなさまを『魅了』する一言をお願いします。魔法でなく、普通のお願いならば人道的です」

「い、いや! おかしくないかい、これ!? 絶対、ノスフィーが何か弄っただろう!?」

「いえ、わたくしも少しびっくりなのです。わたくしの聖女としての人気を上回っています。以前に行った『お助けキャラ』時代の活躍が、よっぽどだったのでしょう」

「ノスフィーを上回る!? あのノスフィーを!?」


 千年前の南の熱狂的な妄信を知っているアルティは信じられなかった。そういった活動を現代でノスフィーは行っていなかったとはいえ、彼女は普通に街を歩くだけで信者を増やす『魔法の偶像』なのだから。


「現実を見てください。多くがあなたのファンです。あっ、グッズ持ってる人見つけました。あれ、わたくしも持ってます」

「あ、あの『お助けキャラ』のやつが原因で……!? しかし、気の迷いで少しやっただけだぞ……!? たった数日っ、それも我ながら冷たい対応だったと思うが……!?」

「だが、それがいい人もいるのです。例のキャラグッズもあって、爆発的な人気は今日まで維持したのでしょう。アルティが言葉少なかったからこそ、向こうはアルティの内面を自由に妄想できるというのもあります」

「そんな馬鹿な……! 私だぞ……! 全世界で魔女と呼ばれ、忌み嫌われた私だぞ……!!」


 アルティは認めたくない現実を前に、首を振るばかりだった。絶え間なく続くアルティちゃんコールに顔が真っ赤である。


 そして、またもやトラウマを突かれて震えているティティーが、その彼女に助言する。


「アルティよ……。一時の気の迷いでしたロールプレイが、その後の人生の運命を決めるなど……。マジあるあるなのじゃ……」


 その重すぎる言葉を、アルティは否定できなかった。

 心を殴られたアルティは膝を突き、ティティーと同じく身体を震えさせ、その助言に答えていく。


「ティティー……。いま私は本当に僅かだけれど、君の苦悩を理屈でなく心で理解できた気がするよ……」

「おぉう? ……トラウマでちょっと悲しかったけど、なんだかいい流れがきておるぞ」


 感情の重さを尊ぶアルティと、感情の軽さを尊ぶティティー。

 なぜかいま、本質の違う二人が互いに理解を示し、心の繋がりを得ていく。


「思えば、君ほど重い人生を送っている人はいない。そう思うと、途端に愛おしく思えてきたよ……。ふふふ……」

「おぉーう! いつの間にか、一番困難じゃったアルティの攻略できておるのじゃ!! わっしょいわっしょい!!」


 ティティーは喜び、虚ろな目のアルティを肩車する。

 それをアルティは一切拒否せず、頭上でティティーの翠の髪を優しく弄り続ける。


 その様子をノスフィーは温かく見守っていた。友情の芽が確かに育っていくのを見て、自然と心の底から微笑が漏れていた。



 ――こうして、一軍は二十層台を一糸乱れぬ意思統一の下、通り抜けていく。



 そして、三十層の水晶畑。主であるローウェンも、魔王として働いていたティティーもいないので、ここも素通りだ。

 一軍は更に強まった迷宮の三十層代を進んでいくが、


「もはや、小手先でどうにかなるレベルを超えてきましたね……」


 ここまでついて来た探索者たちのレベルは非常に高い。レベルだけでなく、探索者として賢く、道中の歩きにくさやトラップは物ともしない。

 しかし、単純に敵が強すぎた。アルティちゃんを崇める勢いだけでは、誤魔化しきれなくなってきたのだ。


 本気でノスフィーが光を照らせば、まだ戦えるだろうが、限界を超えさせる強化を彼女は好まない。魔力を節約したい状況も相まって、少しずつ苦戦が多くなってきている。


 消耗しないことは大事だが、時間がかかっては元も子もない。

 そろそろ決断をするべきだと考え始めた三十五層の途中、アルティがびくりと身体を振るわせた。索敵に放っていた《フレイム》が、敵を感知したのだ。


「ノスフィー、モンスターの群れだ。明らかに、私たちの一団を狙っている。それも、その……私のデザインシリーズも混ざってる。本気の構成だ」

「迷宮の群れ……。とうとう来ましたか」


 迷宮では一種の名物となっている、群れ。

 このアイド特性ダンジョンの群れとなると、何が仕込まれているかわかったものではない。


 と、全く同じことを考えていたティティーは、ここが自分の潮時であると認める。


「んー、じゃあ童が群れは受けもとうぞ。派手に暴れて、囮となろう」

「ティティー、よろしいのですか?」


 ここでティティーが抜けることに寂しさを感じていた。

 しかし、ノスフィーは冷静に計算もできているので、強くは止めない。


「どうせ、一緒に行っても、アイドとノスフィー……どっちにも味方できないのじゃ。それに、童は帰還する者たちを安全に地上へ届ける手助けもせねばならぬしな」


 名残惜しい気持ちが両者にあった。

 アイドの思惑通りかはわからないが――今日の迷宮は『理を盗むもの』でも挑戦できるたのしめる探索となっていた。その探索が生んだ絆のまま、アルティは頷く。


「ノスフィー、ここはティティーに任せて行こう。計画通り、私の魔力は十分に温存されている。残り数層程度ならば、一瞬で焼き駆け抜けてみせる――!!」

「うむ! ノスフィーを任せたぞ、アルティ! 行くのじゃ! そして、やつらを懲らしめて来い!! ――《ゼーア・ワインド》!!」


 アルティはノスフィーをお姫様抱っこし、その両脚を燃え盛らせた。

 爆発的に熱量を増し、ふわりとアルティの身体が浮く。火炎属性の魔力を撒き散らし、彼女ならではの推力を得て――さらに、背中からティティーの風を受けて、いま駆け出す。


「では、いってきます! ティティー!」


 ノスフィーは別れの言葉を後方に投げかけた。

 そして、その瞳は、最後までついてきてくれた一軍の精鋭たちを率いて三十五層の群れと相対するティティーを捉えた。


 すぐに視線を切り、前を向く。

 ここまで戦ってくれた探索者たちとティティーに恥じぬ姿を見せる。


 そのノスフィーを抱えたアルティは、燃え盛る車輪のごとく、どこまでも加速していく。

 アルティの両脚は実体がなくとも、地面を踏み抜く。その歩幅は常人の数十倍、速度も同じく数十倍。当然だが、道中に障害は残っている。しかし、あらゆる困難な道を焼き踏み、妨害するトラップの数々は焼き潰し、多くの壁という壁を焼き蹴り――誇張なく、本当の意味で、焼き駆け抜けていく。


 その炎の余波が近寄るモンスターを焼き尽くす。

 その炎の余熱が回廊の地形を、全て溶岩に変えていく。

 アルティの通ったあとが、全てが『火の理を盗むもの』の階層フィールドと化していく。



 ――こうして、三十六層、三十七層、三十八層、三十九層を踏破し、二人は辿りつく。



 四十層、『木の理を盗むもの』の階層に。

 そこは以前までの穏やかな草原ではなかった。


 新たに植えられたと思しき木々が立ち並び、中央には太い樹木が絡み合って構成された城があった。

 その城の正門をアルティは容赦なく、勢いのまま蹴り壊す。

 さらに城の玄関と大広間を越えて、回廊の果てにある玉座の間に侵入する。


 その空間は、千年前のヴィアイシアのものと似ていた。壁には小国旗が飾られ、玉座には一人の女性――カナミが眠りについている。そして、入り口から玉座まで敷かれた絨毯の途中には、三人の男たちが立っていた。


「よく来ましたね……。我が『真・魔王城』へ……」


 その中の一人、アイドは来訪者を歓待した。



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