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スノウその1(三章までのネタバレあり)

※三章までのネタバレがありますのでご注意ください。

三章スノウ視点の外伝になります。


「狭い空……」


 私は闘技場から見える空の狭さに苦笑する。

 準々決勝ともなると、闘技場の造りは少し特殊だ。1人でも多くの人が観戦できるように、客席は高く積み上げられ、歪な塔のような形になっている。


 まるで、円柱状のカゴに入れられている気分だった。


 それでも、私は必死に空を見上げ続ける。


 空は私に過去を思い出させてくれる。

 翼を広げ、風に乗って、大空を飛びまわるのが子供の頃の夢だった。


 とにかく、もっと高く、もっと遠くへ飛び立ちたかった。何ものにも束縛されず、自由のままに世界を見て回りたかった。天空を舞い、地べたを這う人間たちから羨望の目を向けられたかった。

 遥か高みを目指していた、子供の頃――。

 懐かしさと一緒に、虚しさも感じる。


 私は子供の頃に抱いていた夢も希望も――、全て失った。


 かつてのようにはやれない。

 年を重ねるごとに、自分の限界を知ってしまった。

 

 足が――、いや、翼がすくむ。

 飛ぶのが怖い。


 本気で飛び立ってしまえば、私は空の世界にたった1人。

 あとは地べたを這う人間たちに撃ち落されるだけだろう。


 私は空が好きだが、同じくらい空が怖い。


 そんな私を嘲笑うかのように、今日は雲1つない快晴だった。


 良い天気に恵まれ、闘技場の観客たちの興奮は最高潮だ。

 人の気持ちも知らずに、これから始まるであろう激しい戦いを心待ちにしている。


 円柱内を歓声が反響し、熱が渦巻いている。

 その渦の真ん中で、私は彼女たちと向き合う。


 私の大切なものを奪おうとする存在。

 『カナミ』を『キリスト』に落とそうとする重し・・たち。


 レヴァン教の現人神、ラスティアラ・フーズヤーズ。

 大陸に伝わる伝説の使徒、シス。

 元天上の七騎士セレスティアル・ナイツの獣人、セラ・レイディアント。


 おそらく、この『舞闘大会』最強の――、いや、『舞闘大会』史上・・最強のチームだ。

 まともにやれば、カナミもローウェンも勝ち目がない。あの最凶の守護者ガーディアンティーダでも、勝てるイメージが浮かばない。


 強大な敵を前に足がすくむ。


 この3人と戦うのが怖くて仕方がない。

 いや、戦うだけならまだいい。怖いのはもっと別のこと。


――本気で・・・戦うのが怖い。


 この3人を相手にすれば、否応なしに本気で戦わざるを得ない。

 考えるだけで、体が震える。


 過去の記憶が蘇る。

 私が本気になったのは、過去3度だけ。

 ただ、その全ての結末は凄惨な『血塗れの地獄』となった


 それが私のトラウマ。


 トラウマが心を蝕み、「諦めろ」と囁いてくる。

 「また、自分スノウが本気になったせいで人が死ぬぞ」と脅してくる。


 けれど、私はなんとか持ち直す。あらかじめ用意してた言い訳を繰り返す。


 たとえ、私が本気になって『血塗れの地獄』になったとしても、それは私のせいじゃない。

 パリンクロンのせいだ。

 諦めていた私に希望を与え、本気にさせたあいつのせいだ。


 そう思えば、不思議と震えは止まった。

 トラウマから解放される。そして、他人に責任を押し付けることでしか、動くことのできない自分の性を笑う。


 だからこそ、不退転の覚悟を決め、目を見開いて前方の3人を睨む。


――絶対に勝つ。


 あの日を思い出せ。

 全てを失い、全てを諦めた日のことを――。


 そこに至るまでの絶望と不運も思い出せ。

 失敗し続けた、あの苦しみの日々のことを――。


 ここで勝たなければ、あの日々が報われない。

 過去の記憶を噛み締め、今度こそ成功させよう。


 あの過去の記憶を、胸に――。


 

◆◆◆◆◆



 スノウ・ウォーカーの過去の記憶――。


 それは私がどんな失敗をしたかの記憶だ。


――1度目の失敗は故郷の話だ。そこから全ては始まる。


 私の故郷は、大陸の端にある竜人ドラゴニュートたちの隠れ里だ。

 私はそこの秘蔵っ子だった。


 大陸の開拓者たちが迷宮を見つけ、その周辺の土地を切り拓いていく中、その隠れ里は発見された。

 幸い、レヴァン教の教えのおかげで争いには発展しなかったが、その代わり、友好の証として最も優秀な竜人ドラゴニュートを連合国側に協力させる話となった。


 当時の私は傲慢な子供だった。

 誰よりも竜の血が濃く、才能に満ち溢れていたため、自己顕示欲が強かった。

 自分はこんな小さな隠れ里で収まる器ではなく、もっと広い世界で生きるべきだと思っていた。


 私こそが『最強』で、生まれもっての『英雄』だと本気で信じていた。


 だから、大陸全土に私の名前を轟かせようと本気になって戦った。全ての候補者たちを圧倒し、連合国側へ協力する代表者となった。

 私は憧れていた大空へと飛び立てると、大いに喜んだ。


 当時、10歳前後。

 それでも、私には他の竜人ドラゴニュートたちを圧倒できるだけの力があった。溢れすぎた才能が、辺境の村の『栄光』だけでなく、世界の『栄光』をも欲した。


 不運の始まりだ。


 あとはテンポ良く、地獄へ落ちていくだけの話だ。

 この話の面白いところは、ただ私が愚かなところ。それだけだから仕方がない。

 ただただ間違い重ねて、その全てから逃げ出すというだけの話――。


 里から出た私は、連合国を代表する大貴族であるウォーカー家の養子となった。里の代表として、国のために働くことが私に与えられた使命となった。


 今でも鮮明に思い出せる。

 期待に胸を膨らませ、外の世界へと飛び出した日。

 馬車に揺られ、どんどん変わっていく風景。

 胸が弾み、わくわくが止まらなかった。


 その馬車の中、目つきの悪い赤銅色の髪の青年と出会ったことをよく覚えている。

 彼も私と似た事情でウォーカー家へ運ばれていた。私のところとは別の隠れ里の秘蔵っ子らしい。後に『最強』の名を押し付けることになる義兄だ。


 この過去の話に、重要な登場人物は少ない。もちろん、色々と脇役はいたが、まあ今は関係ない。


 当時の『最強』であり、ギルド『エピックシーカー』の設立者でもあるウィル・ウォーカー。レガシィ家の神童パリンクロン。後に『最強』となるグレン・ウォーカー。そして、私。それだけわかれば問題ない。

 ちなみに、この4人こそ、迷宮の『正道』を20層まで伸ばした最強の探索者パーティーの要となった4人だ。探索者の中では伝説となっている。


 長兄ウィル・ウォーカーは大人物だった。私が唯一、今でも尊敬している大人だ。

 ウォーカー家の手によって『英雄』に祀り上げられながらも、彼は腐ることなく黙々と戦い続けた。間違いなく、彼こそ『最強』の探索者だった。


 ただ、愚かなことに、当時の私はウィル・ウォーカーをライバル視していた。私こそが『最強』で、一番の『英雄』だと思っていたのだ。


 名誉を得るために、私は延々と国のために戦って戦って、戦い続けた。くだらないことに、生き甲斐すら感じていたとも思う。


 私はウィル・ウォーカーを超えるために、どんな危険な依頼クエストだってこなしていった。こなせるだけの力が私にはあった。――不運にも。


 その最中で私は『竜殺し』を達成してしまう。 

 当時『竜殺し』の称号を持っていたのはウィル・ウォーカーだけだったため、私も張り合おうとしたのだ。


 さらに大陸に蔓延はびこる大物モンスターたちを殺して殺して、殺し続けた。そうすれば、いつかウィル・ウォーカーに並べると思ったからだ。


 結論から言うと、私の連合国での評価は『最強』と肩を並べるところまで上がる。


 ただ、大物殺しを重ねすぎて、大陸の生態系が少し崩れてしまう。凶悪なモンスターたちの抑止力として存在していた竜を殺したのが一番まずかったらしい。

 そのせいで、近くにあったとある村・・・・へ、凶暴なモンスターたちが流れ込んだという報告を私は聞いた。


 そのとある村・・・・とは、私の故郷の隠れ里のことだ。

 それだけの話。


――こうして、私の故郷は消えた。あっさりと。


 急いで故郷へ戻ったが、そこには凄惨な血濡れの地獄があっただけだった。

 ぐちゃぐちゃになった同族たちの亡骸を埋めるのは本当に堪えた。結局、どれが家族の亡骸もわからず、全員分を私が泣きながら埋めた。


――あまり思い出したくない。2度目の失敗の話に移ろう。次は迷宮の話だ。


 故郷を滅ぼした責任に耐え切れず、私は贖罪を望んだ。


 ただ、未熟な私に選べる道は少なかった。

 その末、私は自分の名誉のためではなく、故郷の名誉のために、戦い続けると決めた。

 ここで後戻りしてしまっては、何もかもが無駄になると思ったからだ。


 真の意味で竜人ドラゴニュートの代表となった私は『栄光』を求めた。私が『最強』の『英雄』になれば、きっと報われると信じた。


 当時は迷宮開拓の全盛期だったため、『正道』を伸ばすことができれば有名になれる時代だった。今度は迷宮探索に力を入れるようになる。


 過去の選択を悔やんでも仕方がない。新しい選択で、取り返すしかないと思っていた。必死に仕事をこなし、様々な計画を推し進めていく。


 そして、私の立案で・・・・・ギルド『エピックシーカー』の精鋭たちは迷宮へ挑戦することになる。

 結果、私たちは前人未到の20層に辿りついてしまう。

 

 もちろん、待っていたのは惨劇だ。


 呼び起こされた20層の守護者ガーディアンティーダによって、ギルド『エピックシーカー』の精鋭たちのほとんどが殺されてしまう。

 本気で贖罪しようとした結果、また死体の山ができあがってしまった。


――こうして、連合国最強の精鋭たちは消えた。また・・私のせいで・・・・・


 かつての『血濡れの故郷』を上回る『血塗れの地獄』だった。


 生き残ったのは数人だけ。


 今でも覚えている。

 ぐちゃぐちゃに引き裂かれる仲間たち。

 高笑いと共に、『エピックシーカー』の仲間たちを殺す守護者ティーダ。


 早々にウィル・ウォーカーは勝利を諦めていた。

 そして、最も幼い私を逃がそうとして、私を庇い、私の目の前で頭を潰された。


 『最強』の『英雄』ウィル・ウォーカーは、私を庇って死んだ。

 死ぬ直前、彼は私を見ていた。とても優しそうな目で、そして何かを期待するかのような目で。

 なぜ、彼が命を張ってまで私を助けたのか。それは後になってわかる。


 こうして、本当の『最強』は死に、生き残った私とグレン兄さんが次の祀り上げられる『英雄』に選ばれる。


 死にたくなるような責任から逃れるために戦っていたはずなのに、さらに狂いそうな責任を負ってしまった。

 私は今にも首を掻き切りたくなるような後悔の中、戦い続けることで正気を保った。


 あの守護者ガーディアンを殺せば、帳消しにできると信じて、また20層へ挑戦した。しかし、そこにやつはいなかった。私とグレン兄さんは、誰も居ない20層を飛び越えて『正道』を伸ばすことに成功する。

 

 仲間の死を無駄にしないため、限界まで迷宮の『正道』を伸ばした。

 故郷の滅びを無駄にしないため、次々と竜を殺し、大陸を開拓してみせた。


 その果て、ウォーカー兄妹は『栄光』を手に入れ、誰もが羨む『英雄』となる。


 ただ、辿りついた先に待っていたのは、子どもの頃に夢見ていた世界とは真逆だった。

 蒼い大空なんてどこにもない。とても狭い檻の中だった。


――最後に、3度目の失敗の話。連合国から逃げようとした私の話。これで終わりだ。


 連合国は次の『最強』に、スノウ・ウォーカーを選ぼうとした。

 『最強』とは、なるものではなく、連合国に選ばれ祀り上げられる存在だった。連合国のバックアップと宣伝がなければ、『最強』にはなれないのだ。


 私は歯切れの悪い返事で、それを請け負った。

 けれど、そこで待っていたのは窮屈な生活だった。自由という文字は1つもない。


 毎日のように舞踏会へと足を運ばされ、国の重職と挨拶を交わし、名高い家と家の間を取り持つ。国が贔屓している商家を宣伝し、ウォーカー家の派閥の支持する政策を賞賛し、国内の通貨が滞りなく循環するように気を払う。

 それらは『英雄』が行うからこそ、絶大な効果を発揮するらしい。


 吐き気がした。

 正しいことをしているのはわかる。けれど間違いなく、憧れていた『英雄』とは異なっていた。


 こんなものが――、こんな人造の、醜くてっ、厭らしい存在がっ、『英雄』のはずがない!

 そう死んだ人たちへ、私は叫んだ。


 そして、墓前で呟く。


「――ぁ、ああ、だからウィルさんは『エピックシーカー』を作ったんだ。やっと彼の気持ちがわかった。ウィルさんは『最強』の自分をも助けてくれる、『本当の・・・英雄』を捜してたんだ……。ずっと……、ずっと……!!」


 『最強』の称号を得た『人造の英雄』は、『本当の英雄』を求める。

 偽者の自分を暴き、救ってくれる本物を求める。


 『最強』は笑顔であることを強制され、強くあることが当然とされる。かつて私がウィル・ウォーカーに憧れたように、知らない誰かに憧れられ、頼られる。けれど、弱音を一言も吐いてはいけない。『英雄』が誰かを助けることは当たり前であり、誰かが『英雄』を助けてくれることはない。多くの期待が私の肩にかかり、それに応えなければ多くの悲しみが生まれることを知ってしまう。


 連合国の皆は、こんな『英雄わたし』でも信じてくれている。

 純真無垢な目で、誰もが期待している。 


 確かに人々は私を羨望と憧憬の目で見てくれる。子供の頃の夢の1つは叶った。

 けれど、それは檻の中に生きる動物を見るそれと同じだ。


 故郷も仲間も殺した私をわらっているかのようで、気持ち悪くて仕方がなかった。


「……こんなもののために、私はここまできたの? ……何もかも犠牲にして? パパもママも、ウィルさんも、みんなっ、こんなもののために死んだの?」


 私は数日で壊れ、全てから逃げ出した。


 今までの功績を全てグレン兄さんになすりつけ、私のことを誰も知らない遠くまで逃げようとした。

 『正道』を伸ばしたのも、竜を殺していったのも、全てグレン兄さんがやったことにして、私はたまたま傍に居ただけということにした。

 幸い、私たちはペアで行動することが多かったため、調整が可能だった。


 精神的に壊れてしまった私を確認したウォーカー家は、それを承知した。

 承知し、つつがなく完了してしまう。


 所詮、『最強』も、『英雄』も、『栄光』も、こうやってつつがなく受け渡しできる『軽いもの』だった。

 次の日からは、「グレン・ウォーカーこそが『最強』の『英雄』」と呼ばれていた。

 そのスムーズな移り変わりに、私は乾いた笑いを浮かべた。


 私の求めていたものは、こんなにも軽く受け渡しのできるものだったというわけだ。

 そんなもののために、私は死体の山を築いたわけだ。


 確信する。


 すべてが間違いだった。

 不相応な夢を求めたことも、ウォーカー家に来たことも、調子に乗って竜を殺したことも、迷宮探索したことも、全て全て間違いだった。


 私は強くもなければ、『英雄』でもない。なりたくもない。

 名誉も『栄光』も要らない。くだらない。

 だから、やり直したい。ここではないどこかで。


 私はウォーカー家から逃げ出した。

 もちろん、その逃亡は最悪の形で失敗する。 


 ウォーカー家は血眼になって私を追いかけた。どうやら、まだ私は利用できるらしい。竜人ドラゴニュートとしての血をウォーカー家に残したいのだ。

 そりゃそうだろう。ちょっと『竜化』できるだけで、こんな馬鹿な娘でも『英雄』の真似事ができてしまうのだ。強者を求めるウォーカー家が、私の濃い竜の血を逃すわけない。


 私は新しい人生を送ろうとしていた。私の隠れ里よりも遠くの辺境の村で、今度は謙虚に生き、もっとささやかな方法で死んでいった人たちに贖罪しようとした。


 人助けを趣味とする私は、辺境の村の人たちに喜ばれた。

 友達と呼べる人もやっとできて、村の皆とも良好な関係になれていたはずだ。ここでなら、私は幸せになれると思った。おこがましくも、やっと本当の居場所を見つけたと思った。


 この村から見える空は広かった。子供の頃に憧れた空と同じだった。

 連合国に居たときは狭く感じた空が、こんなにも広い。


 私の求めていた空はここにあった。

 故郷と同じ、この小さな村に――。


――もちろん、ここにも死体の山は築き上がる。


 追っ手がやってくる。休む間もなく、私の活動範囲に何度も現れる。追い払うこと自体は容易いが、相手も馬鹿じゃない。『最強』の私とは真正面からぶつからず、あらゆる方法で嫌がらせしてくる。


 敵は私個人を倒せないと思い知る。ならば当然、その周囲に手を出す。

 その結果、不幸な事故が重なってしまう。


 争いが続けば、必然と死者は生まれる。


 連合国から逃げたきた私を、親切にも匿ってくれた老夫婦がいた。――死んだ。

 本当の居場所を与えてくれた村は、不慮の出来事で地図から消えた。――死んだ。

 やっと得た友達は、最期まで私のことを案じてくれた。――私のせいで、死んだ。


 みんな、無惨に死んだ。


 心の支えだった友達が死んだ日。私の心は根元からぽっきりと折れてしまった。


――こうして、私は何もかもを失った。そして、何もかもを諦めた。


 記憶はないが、放心しているところを追っ手に捕縛され、私はウォーカー家に連れ戻された。


 逆らう気力も生きる気力もなかった。


 誰かが死ぬのを見るのは、もう嫌だった。私の選んだ選択肢のせいで、誰かが死んでいくのが耐えれなかった。もうどんなに軽い責任も負いたくない。


 もう何もしたくない。

 私は強いから生き残る。けど、私の周りの人は死んでいってしまう。

 私はその運命を受け入れ、全てを諦めた。


 ウォーカー家に監視されながら、私はウォーカー家で死人のように生きる。

 「ウォーカー家には亡霊が住んでいる」と噂されたほどだ。


 ただ、ウォーカー家は怠慢する私を許さない。

 最低限のことをしていたつもりだったが、「ウォーカー家の息女としての役目を果たせ」と責められ、エルトラリュー学院へ放り込まれる。


 あそこには貴族と権力者の子供たちが多く通っている。そこでウォーカー家の利益になる結婚相手を見繕おうとしたわけだ。


 エルトラリュー学院。

 気持ちが悪くて仕方がない場所だった。

 金持ちの生徒が幅を利かせ、家の格で最初から友人が決まってる。吐き気がしそうな世界だった。


 ろくに身動きもできなくて、とにかく不自由。

 煩わしくて、汚くて、厭らしくて、――狭い。


 昼は学院で貴族の子供たちと茶番を演じ、夜は舞踏会でしたくもない愛想笑いを振りまく。そんな息苦しい毎日。

 心の折れていた私は、ウォーカー家の人形となっていた。

 何一つ選択できなくなった私は、全ての選択を他人に委ねていた。


――苦しい。


 その生活は広い空を目指していた私にとって、正反対の世界だった。

 ここから見える空はとても狭い。


 けど、動けない。逃げられない。

 それを決断してしまえば、また取り返しのつかない失敗をしてしまう。そんな予感が、私の足を縫い付け続けていた。


 そして、気づく。

 このまま、ウォーカー家の思惑通りに貴族と結婚すれば、私は死ぬまでこの世界に居続けるということに――。


 その恐ろしい事実が、蛭のように私の身体を這って蝕む。


――嫌だ。そんな人生、絶対に嫌だ。


 それでも、私の身体は動かない。

 折れた心は、全てを諦め、微動だにしてくれない。


 動けばいつも裏目に出る。

 また誰かが死ぬ。また後悔することになる。


 自分が選択しなかったことは上手くいっていた気がする。私さえ選択しなければ、ひどい事にはならない。

 選択さえしなければ、誰が死んでも責任を負わなくていい……。

 それはとっても心が楽だ……。


 本気にさえならなければ、本気で後悔することもなくなる。たとえ、人が死んだって、本気になってさえいなければ心は安全だ。


 一度でもそう心が腐ってしまうと、諦める以外の選択肢がなくなる。自分は、そういう類の人間だったのだと信じきってしまう。


――それが私。スノウ・ウォーカー。


 そして、現在。


 風前の灯だった『エピックシーカー』を、生き残りのパリンクロン・レガシィが再興していたと聞き、私は様子を見に行った。


 変わり果てた私を見ても、パリンクロン・レガシィは以前と変わらず接する。

 そして、まるで全てわかっていたかのように、私を誘う。


「――どうだ? やることがないなら、もう一度『エピックシーカー』に入らないか?」 


 私は何も答えない。答える気力がない。

 けれど、パリンクロンはお構いなしに話を進める。


「いや、違うか。おまえ、まだ『エピックシーカー』に在籍してることになってるぜ。脱退申請してないだろ? 良い機会だ。この『エピックシーカー』をもう一度スノウの手で有名にしてみないか? そうすれば、きっとウォーカー家も婚約を急かさなくなると思うぜ?」

「……い、嫌です。……もう何も決めたくないので」

「決めたくない――、ね。やっぱり・・・・、そうなったか。期待の妹がこうなっちゃ、あのシスコンたちも報われないな。ああ、ちなみに俺は残念じゃない。スノウはこんなもんだと最初から思ってたぜ」

「……ええ、こんなもんですよ、私は。放っておいてください。今日は少し気になって来ただけです」

「どうだか。おまえのことだ。無意識の内に『エピックシーカー』に『本当の英雄』がいないかを捜しにきたんだろ?」

「……はあ? そんなわけないです」


 そんなつもりはない。本当に、ただふらっと寄っただけだ。

 私は何もかもを見透かすようなパリンクロンを嫌い、去ろうとする。


「待て待て。悪かった、言い過ぎた。……おまえが無気力になったのはよくわかった。だからこそ、『エピックシーカー』に戻ろうぜ。なに、責任を負うのが嫌なら、俺が全ての責任を負おう。何が起きても、無理やり誘った俺のせいだ。これならどうだ? 責任を負わず、婚約者問題を遠ざけるチャンスだ」

「……もう一度、『エピックシーカー』に?」

「ああ、もう一度『英雄を捜すギルドエピックシーカー』に来い。そろそろ、ずっと空席だった『本当の英雄』を迎え入れる準備も終わる。本当に丁度良いところに来たな、スノウ」

「……え? ……『本当の英雄』?」

「ここに居れば会えるぜ?」


 信じられなかった。

 ウィル・ウォーカーの捜していた『本当の英雄』なんて、空想上の存在だと思っていたくらいだ。


「本当だ。あれなら間違いなくウィルだって認めるだろうよ」


 あのパリンクロンが断言した。

 私はその甘い誘惑に引き寄せられる。


 全てを失い軽くなった私は、ふらふらとゆらめく。


「――なら、……それなら、確認だけします。……言っておきますが、私何もしません。あと、責任はパリンクロンが負ってください」

「構わないぜ。誘ったのは俺だからな」

「……ただ、今は学院があるので。……本格的に参加できるのは長期の休みができたときですね」

「わかってる。それでいい。丁度、そのときくらいだ」


――こうして、私は『エピックシーカー』に戻った。4度目になるかもしれない話の始まりだ。


 そして、私は黒髪の少年と出会う。

 まずは迷宮で。


 初めて出会った時、その少年がパリンクロンの選んだ『本当の英雄』だとは知らなかった。学院の課題で迷宮を進んでいく途中、少年はヘルヴィルシャイン姉弟を助けた。

 

 そして、また出会う。

 フーズヤーズの行事で大聖堂に参列していたときだ。

 物語の『英雄』の如く、少年はフーズヤーズのお姫様をさらっていった。まるで、おとぎ話の王子様のようだと私は笑った。


 颯爽と現れては人助けしていく彼を見て、ちょっとだけ運命を感じたのは間違いない。

 ただ、同時に苛立ちもした。私のときは『黒髪の少年』なんて現れなかった。私も彼女たちのように助けられたかった。死んだウィル・ウォーカーも助けて欲しかった。


 けど、彼は私たちを助けてくれはしなかった。

 それが、とても苛立たしい……。


 その後、パリンクロンはその黒髪の少年を連れて、『エピックシーカー』の最終目標そのものと公言した。

 ご丁寧に記憶を消して連れてきた。その容赦のない行為に、私はパリンクロンが本気だとわかる。


 パリンクロンは言い残した。


「好きにやっていい。おまえが好きに・・・・・・・やりたいだけな・・・・・・・


 もちろんだ。何もするつもりはないが、確認だけはさせてもらう。

 ウィルさんの代わりに、私が見定める。

 そのために私はここにいる。


――こうして、私はカナミを知る。


 連合国史上最強のはずである私をも上回る強さ。神に愛されているかのような才覚。物語の主人公のような背景。優しすぎる性格で、天然の英雄気質。それでいて、私に甘い。

 本当に都合の良い『英雄』だった。


 しかし、『本当の英雄』とは少し違う。

 私は今までの経験から学んでいた。


 『英雄』を望む者は『英雄』になれない。その時点で資格を失う。なれたとしても、『人造の英雄』という道化だ。

 『本当の英雄』は『英雄』であることを望まず、それでも『英雄』になる人間のことだ。


 素質においてだけ、カナミは合格していた。

 けれど、彼は人造の『英雄』になりかけていた。祀り上げられ、造られてしまうような『英雄』は『本当の英雄』じゃない。


 彼はちょっと『造り物』の感じが強い。


 ただ、その欠陥を補う、余りある彼の強さ。

 息を吸うかのように人を助け、私の仕事も全てこなし、それでいてまだ余裕がある。


 カナミと一緒なら苦しくなかった。

 何をしていても、楽をできる。

 不安がない。


 私にとって、それはとても幸せなことだった。

 『本当の英雄』ではないが、私にとっての『英雄』にはなってくれていた。


 浮かび上がってくる希望。

 期待してはいけないとわかってる。けれど、カナミは全てをあきらめていた私に光を照らす。


 カナミならば、私を助けてくれると期待してしまう。

 私の代わりに選択し、私の代わりに全てを解決し、それでいて私よりも強いから死なない。

 完璧だった。


 そして、舞踏会で現実を突きつけられたとき、グレン兄さんから聞く。――聞いてしまう。


「――カナミをスノウ・ウォーカーの婚約者として、僕とパリンクロンが推薦する」


 カナミとの結婚の話。

 それを聞いたとき、全てを理解した。


 パリンクロンは全てをわかっていたのだ。

 あのいけ好かない同僚は、私以上に私のことを理解していた。


 わかっていて、私と記憶のないカナミを引き合わせた。


 カナミは私と関係ない悪巧みのパーツかと思っていた。しかし、実際は違った。パリンクロンの思惑の中に、私こそがメインで組み込まれていた。


 ゆえに、私の婿としてカナミを用意した。


 そして、思い出すパリンクロンの言葉。


「好きにやっていい。おまえが好きに・・・・・・・やりたいだけな・・・・・・・


 あれはスノウ・ウォーカーがアイカワ・カナミを捕まえて離すなという指示だったのだ。


 パリンクロンの用意した『牢獄』を理解する。私こそが、カナミを『牢獄』に閉じ込める最後の鍵だった。


 ああ、つまり……。


 コレカナミを好きにしていいってこと……? 

 コレカナミにすがって、私は幸せになれってこと……?

 コレカナミに選択してもらって、導いてもらえってこと……?

 優しくて、甘くて、記憶がなくて、隙だらけな、この『英雄』を、私のモノにしていいってこと……?


 私は抗えない。

 折れた弱い心は、楽なほうへと逃げていく。


 確信する。私の本質は強いことじゃない。『すがりつく』ことだ。


 私は懺悔する。

 懺悔しながら、厭らしく、媚びた目でカナミにすがりつく。


 ウィルさん、ごめんなさい。あなたの期待していた目は覚えています。でも無理なんです。私にはできません。また失敗をするだけです。私は何かにすがりついて生きることしかできない、哀れな生き物なんです。私はあなたの求めていた『本当の英雄』とは程遠い存在です。『英雄』はこの人、カナミです。だから私はこの人にすがりついて生きていきます。だってそれが楽だから。何もかも諦めてしまって、誰かに頼ったほうが楽だから。『英雄』として誰かに頼られたことのある私は、それを誰よりも知ってるから。ごめんなさい。私が悪いんです。わかっています。それでも、また私は本気になります。最後にもう一度だけ本気になります。本気で、カナミが、欲しい――。


 私だけの『英雄もの』が欲しい――。


 私は本気になってしまった。

 パリンクロンの用意した世界だろうが、何だろうが構わない。そこでなら、もう苦しまなくてすむと知ってしまった。

 少年はフランリューレとラスティアラ様を助けた。なら、今度は私の番だと思うのは当然の帰結だ。


 それに今度は失敗しても構わない。それが大きい。

 これは私が選んだ選択じゃない。あのパリンクロンが選んだ選択だ。


 こうなったのはパリンクロンのせいだ。私のせいじゃなくて、パリンクロンのせいだ。


 もしも……、もしもの話だ。――本当に最悪の話だが、私が本気になって連合国が凄惨な血塗れの地獄と化しても、れは私のせいではない・・・・・・・・・・


 そう思えば、震えが止まる。

 トラウマから――、恐怖から解放される。


 ――こうして、私の求婚は始まる。


蛇足かもしれませんが、スノウとローウェンの話となります。

少しだけ三章の裏がわかるはずです。

スノウとローウェンの二人は全く喋っていませんが、根っこのところで分かり合っています。アルティの言うところの、人生の親和性が高めというやつです。

カナミ視点の裏であるスノウ視点の裏では、色んな人たちが一杯動いていました。


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