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IF『守護者ルート』その5(7-2章までのネタバレあり)

※7-2章までのネタバレがありますのでご注意ください。

 数日前、渦波は友人であるスノウ・ウォーカーの婚約者の調査に乗り出した。しかし、暇を持て余す迷宮の守護者ガーディアンたちに動きを悟られ、なぜか女装して女子寮からエルトラリュー学院に通うことになってしまった。


 編入試験の途中に迷宮探索が含まれていたため、その渦波の女装姿は守護者ガーディアンの男性陣にも知られることになる。


 そして、いま迷宮のボス層では二十層の守護者(ガーディアン)ティーダ・ランズが大笑いしているところだった。

 

「――っはー、はははっ! 何度思い出しても駄目だね。あー、笑いすぎて腹が痛い」


 二十層で女学生(?)五人組を撃退してから、ずっとこの調子である。

 このボス層は変幻自在の闇の液体のおかげで、真っ黒な屋敷が構成されている。レンガよりも丈夫で、木材より柔軟で、通気性や保温に優れているので、他の守護者ガーディアン)たちの溜まり場となっている。


 今日も今日とて、黒い液体の屋敷の中には迷宮のボス仲間が来訪してきていた。

 黒い長椅子に座った三十層の守護者ガーディアンローウェン・アレイスは、先ほどの女学生(?)五人組たちとの戦いを思い出して顔をしかめる。


「私も腹が痛い。いや、ノスフィーの魔法で完全回復してはいるのだが……どうしてか、痛い気がする……。なんだこれ……」


 先の戦闘で、ローウェンはノスフィーに腹を殴られ、腹を治された。しかし、いまになっても、まだ彼は腹部の違和感を拭えてなかった。

 それをティーダは気にするなと笑う。


「たぶん、治らない精神的外傷トラウマにでもなったんじゃないのか? 私たちにはよくあるやつだよ。いまさら一つくらい気にしても仕方ない。――それよりも、カナミだ。あの見事な女装っぷりを見て、ローウェンはどう思った? 私は君の感想が聞きたいなあ」

「確かに、このくらいの痛みならば問題ないか……。それで、カナミの女装の話だったか。そうだな。あの服装は剣術に向かない。あれでは、いざというときに困る」

「……他には?」

「他に? いや、特にないけど」

「はあ……。ローウェンの面白みに欠けるコメントにがっかりだよ。なあ、アイド?」 

 もっと愉快な反応を期待していたティーダは盛大な溜め息をつきながら、この二十層にいる三人目の守護者(ガーディアン)に声をかける。


 しかし、四十層の守護者ガーディアンアイドは部屋の椅子の一つに座って震えるばかりで、一言も返すことはなかった。不審に思ったティーダは再度聞く。


「アイド、どうした……?」


 立って近づき、仲間の様子を見る。

 そこには顔を赤くして、呟き続ける男アイドがいた。


「ああ、惜しいっ……! 本当に惜しい……!!」


 握りこぶしを作って興奮しているアイドを見て、ティーダは大変愉快なことになっているなと笑いを大きくする。


「はははっ! こっちはかなりツボに入ってるみたいだな。いいねえっ」


 そのティーダの軽口に、アイドは全力の力説で応戦する。


「ツボに……? 当然です! あの陽滝様に似た外見! 混じりのない黒目に、艶やかな黒髪ロング! それも長身系の姉タイプ! そこに入っているのは、あの渦波様ですよ!? あの心優しく柔和で、純然にて正善で、守護者ガーディアン最高の乙女回路を完備し、家事万能の上によく気遣いができて、世話焼きで甘やかし屋のっ、あの渦波様がインしているのです! 理想的な外見と性格と言えるでしょう! 想像してみてください! いつも自分たちの食事を用意してくれる家庭的な渦波様が、あの姿になっているのを! 正統派っ、かなりの正統派でしょう!?」

「お、おう……」


 珍しくティーダは気圧されてしまう。

 それは期待していた反応には近かったが、期待していた以上の熱意だった。一歩後ずさりながら、その持論を聞き続ける。


「ああっ、渦波様に出会ったときから思っていました! もし渦波様が女性だったら、自分の理想そのものであったと! その理想を、やっと自分は見ました! 一目で確信しました! 軽く言葉を交わしただけで感動しました! あれはいい! とてもいい! すごくいい! 完璧な姉様パーフェクトシスター! 身も心も人生も捧げたくなるほど完璧です!!」


 聞きながらティーダは内心、こいつ気持ち悪いな――と心底思っていた。


 渦波が女装したからって女性としての魅力を感じることはない。元が男なのは知っているので、相対しても男の友人が馬鹿をやっている程度の感想しか抱かなかった。


 しかし、ここにいるアイドは違うようだ。

 一目惚れと表現できるほどの愉快なイベント力を発している。

 ティーダは暇を潰すには丁度いいと思い、自分の内心を完璧に隠し、目の前の愉快な仲間の話に合わせていく。


「ふむふむ……。私は勝手にアイドはシスコンだと思っていたが、そうでもないんだな? えらくカナミを気に入っている」

「姉様は姉様です。確かに昔は憧れていましたが、最近の堕落ぶりを見て幻滅しました。あれにはもう尊敬も期待もしてません。ただの駄目人間ですから」


 姉ティティーに毛ほども期待をしていないのが、その即答から感じ取れる。

 そして、ティーダは姉を例にして、女装した渦波の魅力を語っていく。


「あの渦波様は、まるで昔の姉様のようです……。ああ、強く賢く美しい女性というのは本当にいいものです。見ているだけで人は心を奪われ、人は従うでしょう。それだけの包容力が、いまの渦波様にはありました。あれこそ、人の完成形だと個人的に思っています」

「包容力……。なるほど、言いたい事がわかってきた。しかし、アイドは妙に女性って部分にこだわるな? そこは重要なのか?」

「ええ! 見栄え! とっても重要! むさくるしい男性に仕えるのと、美しい女性に仕えるのは全然違います! かっこいい王様より、かっこいい女王様!!」

「……うーむ、一理ある」


 男が女性を好むのは当たり前だ。今日までの長い人生経験で、そういった生物の本能が強い原動力となることを、ティーダはよく知っていた。


 男性は綺麗な女性を望み、女性は強い男性を望む。ときには争い、奪い合う。醜くも汚いさがだが、それが人らしさであるとわかっている。


 ゆえにティーダは乗る。

 その人らしさを敬い、争いの火種として愛し、大事に大事に育てると決める。


「オッケーだ! よくわからないが……よくわかった! その北の宰相殿の熱い思いは、このティーダの胸を打った! 確かに、届いたぞ!!」

「おおっ! ランズ様はわかってくれますか!? この自分の持論を! 世界を統べる王に必要な真の条件を!!」

「お、おう……!? わかってるわかってる!」


 理想の異性の話をしているかと思っていたティーダは一瞬だけ動揺したが、すぐに方向性を修正する。


 どうやら、ずっとアイドは王について語っているつもりだったらしい。どう見ても、女装渦波に興奮する変態でしかなかったが、ここはそういうことにしておこう。

 それよりも、いまはみんなと一緒に遊ぶほうが大切だ。


「こうも力説されると、私も宰相殿の言う理想の女王に会いたくなってきたな! 一つ提案するが、マジで渦波を性転換させてみるか!? このティーダ、協力なら惜しまない!!」

「ほ、本当ですか! ランズ様! 前はノスフィー様たちに止められて、涙ながらに諦めましたが、かの『闇の理を盗むもの』が味方についてくれるなら心強い!!」


 ティーダとアイドは固い握手を交わして、同盟を約束する。

 その様子を見て、ローウェンは顔を青ざめさせる。


「やめたほうがいいよ。以前、うちの女性陣に殺されかけただろう?」


 比喩ではなく、本当にアイドは殺されかけた。

 そのときの光景を思い出して、ローウェンは止めようとする。


 だが、ここで水は差させはしまいとティーダは嘯く。


「ははっ、殺されかけたくらいなんだ? 所詮、私たちは死人。たとえ、アルティのやつに全身燃焼され、ノスフィーに洗浄洗脳され、ティティーに太陽まで蹴り飛ばされても――このティーダ! 一歩も引く気はない!!」

「そ、そこまで……!? 騎士ティーダ! 自分はあなたを勘違いしていました!! 千年前の戦の仕方から、勝手に姑息で陰険な卑怯者と思っておりましたが、とんでもない! あなたは義心に溢れる勇敢なる戦士なのですね!!」

「はははっ。まあ、そう思われても仕方ない千年前だったけど、その評価はちょっとショックだなー!」


 千年前にあったわだかまりを解消し、二人の仲は急進していく。

 もう止まらないとわかったローウェンは距離を取って、自分の意志を表明する。


「私は協力しないよ……。言っておくけど、まじで殺されるからね? まじで。冗談とかじゃなくて、守護者ガーディアン殺害事件が連合国でまじで起きるから」


 人のいい彼は再三に忠告を繰り返す。

 だが、舞い上がっている狂人二人の耳には届かない。


「ああ、ここにファフナーがいないのが口惜しい! あいつなら絶対に乗るだろうに、これぇっ!!」

「ええ、ここにセルドラ様がいないのがもったいない! 彼の喜ぶ一大事件でしょうに!!」


 まだ解放していない仲間たちを惜しみ、いまこそ迷宮の踏破率を上げるときではないかと思案する。しかし、すぐに首を振って、時間が惜しいと駆け出す。ティーダもアイドも、どちらも色んな意味で我慢ができる性分ではなかった。


「――というわけで! いますぐエルトラリュー学院の女子寮に突撃しようか! 狙うは眠りについている深夜か早朝がいいかな!? 強襲から改造手術! プラスっ、私の精神汚染で、軽い気持ちで女装したことをあいつらに後悔させてやろう! なにが女子だけしか学院には行けないだあ! 自分らだけで楽しそうなことしやがってぇえ――!」

「うぉおおおおお――!! 渦波様ぁああぁああ――! 待っていてください! いま自分が参ります! 貴方様の宰相っ、このアイドがぁあああ――!!!」


 雄たけびと共に迷宮を逆走して地上を目指すボス『闇の理を盗むもの』『木の理を盗むもの』。そして、なぜかその後ろには黒髪の少女リーパーもついていっていた。


「いえーい! よくわかんないけど、アタシも行く行くー!!」


 話についていけず、ずっと静かだったリーパーだったが、とりあえず面白そうだということで参加しようとしていた。それを見て、保護者のローウェンは焦る。


「あっ、おい、馬鹿! リーパー、待て! まじで今回は死ぬやつ! 死んじゃうやつだから、駄目駄目駄目!!」


 結局、なんだかんだでローウェンも同行することになるのは、ここの通例だ。

 こうして、今日も迷宮のボスたちは、いつものように地上に出張する。


 最近となっては、この出張も迷宮連合国の名物扱いだ。

 逆走するボスたちとすれ違っても、探索者たちは「またか……」と思うだけだ。そして、なんとかボス層まで辿りついた探索者たちは、このもぬけの空となった空間を見て「真面目に働こうかな……」と呟くのだ。


 この日を契機に、地上の探索者たちは迷宮の伝説の信憑性を疑い始め、入場者数が減っていくことになる。

 対して、渦波が迷宮イメージ改善計画を持ち出すのは、また別の話である。



◆◆◆◆◆



 守護者ガーディアンの男性陣たちが迷宮から出陣した数時間後――


 白い太陽が天頂にて輝く快晴の真昼。

 連合国北西にあるエルトラリュー学院の女子寮で、一般女学生の一人アニエスが廊下を歩いていた。つい先日、アイカワ四姉妹という厄の塊のごとき編入者の審査を担当してしまったため、人生が大きく捻じ曲がった少女である。


 いつもの彼女ならば、学院内の面白い事件を探して明るい笑顔で走り回っているところだが、今日は真逆の表情を顔に張り付けている。


 アイカワ四姉妹の学院編入が決まったあと、アニエスはノスフィー・アイカワとかいう非常に恐ろしい少女と『お話』をした。その思い出すことさえも本能が拒絶する『お話』の後、ノスフィーは学院のお偉方にも同じ『お話』をしに行った。


 結果、アイカワ四姉妹が学院に慣れるまでのお世話・案内係にアニエスは選ばれてしまった。


 教師たちは「家柄が近く、縁のある先輩なのだから」と言っていたが、少し目が虚ろだったのをアニエスはよく覚えている。なまじ魔法が得意だからこそわかるものがある。


 絶対ノスフィーちゃんがなんかやってるよ、これ……。

 こう、私の知らないやばい系の魔法で、学院が滅茶苦茶やばいことになってる……。


 確信してる。

 あの人懐こそうで――その実、絶対的捕食者の悪辣な笑顔を思い出すだけで、身体が勝手に震え始めるのだ。


 間違いなく、あれは支配する側の存在だろう。そして、もうこの学院の半分以上はノスフィーという少女に支配されている可能性がある。


 世界的に見ても最上級の戦力が揃っていて、魔法の歴史の長いエルトラリュー学院で、このやりたい放題っぷりだ。正直、恐怖しか覚えない。魔王の再来とかそういう系のあれだ、あれは。


 ゆえにアニエスの顔は暗い。

 今日までに何度か四姉妹のお世話をしたけれど、いつもろくな目に遭わない。


 アニエスは肩を落として、とぼとぼと歩きながら、例のノスフィーのいる四姉妹たちの部屋に向かっていく。


 陰鬱な気持ちで扉の前まで辿りつくと、部屋の中がざわついていることに気づく。

 帰りたいと思いながらも、ここで役目を放棄したらあとでノスフィーに何をされるかわからないのでアニエスは慎重にノックをする。


「みなさーん、おはよー。アニエスだよー。どうかしたー? 入ってもいいのかなー?」


 できれば「入っては駄目」と返ってきて欲しかったアニエスだったが、悲しくも「どうぞどうぞじゃー」という言葉が返ってくる。声からすると長女のティティーさんだと思いながら、ゆっくりとアニエスは部屋の中に入っていく。


 部屋は上位貴族にだけ用意される最上級のものだ。

 その中に、個性の違う美しい四姉妹が揃っていた。


 遠くから見るだけには話の種にできる面白い人たちなのだが、こうして関わり合うのは少し気後れするほどの美人姉妹だ。というか、この人たちは色々と裏があるのは間違いないので、ちょっとしたことで社会から消されそうで怖い。まじ帰りたい。


 そして、今日も今日とて、少し修羅場ってる部屋の中をアニエスは確認する。


「――渦波お姉様……! どうか気をしっかり……! お姉様は本当はお兄様なんですから……!!」


 ノスフィーが渦波に詰め寄って、涙目で訴えていた。


「え、何言ってるの? だから私はお姉様で合ってるよ……? そっちこそなんかおかしいよね……?」


 必死な訴えに対して、渦波は困り果てていた。

 首を傾げ、けれどとても柔和に微笑を浮かべ続けている。


 その様子を見て、すぐにアニエスは違和感に気づく。ゴシップ好きの目ざとい性格が、渦波の変化を正確に捉えてしまう。


「あれ……? えっとカナミさん……。少し雰囲気変わりました?」


 前は僕っ娘だったのに、一人称が代わって「私」になっている。あと喋り方も、前と比べると非常に柔らかい。急に女性らしさが倍増している。


 今日の初登校に合わせてイメージチェンジでもするつもりなのかと思ったが、そうではないと周りの様子からわかる。


「え、ええ。アニエス……。色々あって……渦波様の記憶が少し混濁している状態になってしまったのです……」


 ノスフィーは歯噛みしながら、アニエスに説明する。それに続いて、残りの姉妹のアルティとティティーも青い顔で話していく。


「まさか、就寝中に襲ってくるとはね……。途中で気づいて、なんとか術式の侵食は食い止めたけれど……かなりやられた。半分近く換えられている」

「うぉぉお……。かなみんが、まじでかなみちゃんになってるのじゃあ……」


 もうアニエスは気の置けない友人だと思っているのか、守護者ガーディアン姉妹たちは隠すことなく状況を口にしていく。


 ただ、当のアニエスは、聞きたくない聞きたくない聞きたくないと心の中で繰り返していた。

 どうにか聞かなかったことにする方法はないかと思案しながら、乾いた笑顔で一言も返事はしない。


 その間も、守護者(ガーディアン)たちの現状確認は続く。ノスフィーは「失礼」と言って、渦波の身体をねっとりと触診しつつ呟く。


「アイドォ……。渦波様の身体の特異性を利用したとはいえ、なかなかの出来です……。肉体の変換ではなく、肉体と魔石の関係性を弄りましたね……」


 小さく「ん……」と呻く渦波の身体は、明らかに換わっていた・・・・・・

 身体だけでなく、存在そのものが別物に換わっていた。


 昨日まで彼は、自分に自信のない引っ込み思案な黒髪長身のマフラー少女だったのだが、いまや堂々たる正統派の黒髪美少女に進化している。


 まず自分が女装しているという負い目がなくなり、前髪とマフラーで顔を隠すのをやめた。立ち振る舞いと言葉遣いが女性側に寄って、欠点と言えるものが消えてしまった。

 いま学院の男子生徒から人気投票を取れば、間違いなく渦波がトップとなることだろう。


「精神のほうはティーダだな。上手く女の精神ものに寄せてから、記憶を改ざんしているみたいだ。いや、これは誰かの理想像も少し混ぜこんでるか……?」


 アルティが精神汚染の原因を突き止め、ティティーは見事な魔法に感心する。


「うむ、なかなかの出来じゃな。つまり、これはアイドとティーダの合わせ技、共鳴魔法……? むむむ、いつの間にか、あの二人仲良くなっておったのじゃのー」


 暢気な感想を抱くティティーと違って、ノスフィーとアルティの顔は険しい。


「……どう見ますか、アルティ」

「そっちのほうが詳しいだろう? おそらく、このまま一週間もすれば、カナミは戻れなくなる。いや、術式が浸透しきって、完全に性別を換えられるといった感じか」

「くっ、やはりそうですか……。あなたもそう診断したとなると間違いなさそうですね」


 魔法のプロフェッショナルである二人は、ことの重大さを正しく理解していた。感覚で魔法を使うティティーにはない知識で、渦波が絶望的な状況に立たされていることを解析する。


 その当の渦波は「え……、みんな何言ってるの……?」と困惑し続けているが、ねっとりとノスフィーに身体を触られ続け、反論を抑えつけられている。

 少しずつノスフィーが興奮して息が荒くなっているのを、近くのアニエスは見て見ぬ振りをする。


「え、まじっ? かなみんってば、まじで女の子になる? へー、そっかー。まあ女の子でもわらわは困らない、むしろ嬉し――」

「ティティー、あ・な・たの弟の仕業でしょう? 何をへらへらしているのです? 監督不行届きで磨り潰しますよ?」


 ことを軽視するティティーに、とうとうノスフィーが叱りつける。

 すぐにティティーは見事な敬礼をしてから、軽口を控える。


「う、うぃっす! 姉として申し訳ないと思っておるのじゃ! あやつを捕まえるのならば、この力惜しまぬ所存じゃ!」


 ティティーを強制で協力的にさせたところで、ノスフィーは深い溜め息をつき、すぐに行動を開始する。


「はあ。とにかく、アイドとティーダを捕らえにいきましょう。二人とも、捕縛の準備を」

「ああ、これは明確な私たちへの敵対行動だ。この面子相手に喧嘩を売るということは、命は惜しくないのだろう」


 ノスフィーとアルティは外着に着替えて、学院の探索者志望に支給される『鉄の剣』を携えて、部屋から出て行こうとする。その装備と物騒過ぎる魔力を見て、ティティーは少しだけ口を挟む。


「そのー、犯人たちを捕まえて……どうするつもりなのじゃ?」

「そうだね。カナミを元に戻させた後は、灰にしようか」

「そのあと、魂を浄化させましょう。天国へ行けるように」


 即答する二人にティティーは慌てて、刑罰の軽減を発言する。


「そこまでせずとも、ちょっとお仕置きするだけでよくないかのう……? ほら、かなみんもたぶん怒っていないと思うのじゃ。もっとスマイルスマイルー」

「ははっ、ふふふははっ、そうだね。笑顔こそが、狩りには相応しい表情だ。ふふ、ふふふっ」

「ふふ、ふふふっ、ふふ。そうですね。笑顔は大切です。ふふふっ」


 とても残忍な笑顔を浮かべる二人を見て、ティティーは悟る。


 ああ、これ弟死んだのじゃ……。

 グッバイアイド、フォーエバーアイド……。

 この二人の前に立ち塞がって両手を広げるのは、ちょっと無理じゃな……。


 薄情な姉ティティーは弟の命を諦めかけていた。

 そして、守護者(ガーディアン)三人は部屋から出て行こうとして、最後に一言残す。


「ではアニエス様。わたくしたちが出払っている間、渦波――お姉様を頼みます」


 放置していたアニエスに面倒を頼む。


「え、あ、うん。そのくらいなら……」


 思ったよりもマシな要望にアニエスは軽く請け負う。

 元々、お世話係なので断ることはできないというのもあるが、何よりも恐怖の象徴であるノスフィーとは別行動で、比較的温和な渦波と一緒というのが高ポイントだった。


「アルティ、ティティー。それでは行きましょうか。まず全員で広範囲に魔法を飛ばして、敵の探索です。もっとも、あの補助特化の二人を見つけるのは難しいと思いますが……」

「場合によっては炙り出せば良い。こっちにはティティーがいるから、攻撃の選択肢は膨大だ」

「早めに出てくるのじゃー、アイドよー。今回はまじやばじゃぞー」


 こうして、三人はカチコミをかけるために部屋から去り、渦波とアニエスだけが残される。

 まず絶賛改造中の渦波が呆れて肩をすくめ、けれど穏やかに笑いかける。


「もう……全く、みんな何を馬鹿なことを……。確かに私の背はちょっと高めだけど、男だなんてありえないでしょ……。また誰かが新しい遊びに手を出してるなあ、これ……」

「そう、だね……」


 その聖母のような包容力ある微笑には、同性であっても息を呑む。これが男だなんて信じられないと思いながら、アニエスは見惚れてしまっていた。


「じゃあ、アニエスさん。私たちはどうしよっか。他のみんなは学院から出て、友人たちと遊ぶつもりみたいだから、初授業に出るつもりはなさそうだけど……」


 名前を呼ばれ、アニエスは我に返る。

 ちゃんと仕事をしないとまずい。学院の評価も大事だが、ノスフィーの評価を損ねると何が起きるかわかったものではない。


「えっと、ノスフィーちゃんに頼まれたから……もし、カナミさんが学院の授業を受けたいって言うなら色々案内するよ? ついさっき、学校側からお世話係的なものにも任命されたしね」

「そうなの? それなら、ちょっと頼もうかな。一人だとちょっと怖かったけど、アニエスさんが一緒にいてくれるなら安心だね」

「学院のことなら任せて。何でも言ってくれていいよ」

「ありがとう、アニエスさん」


 とても編入生と先輩らしい会話が交わされ、少しずつアニエスは気を抜いていく。

 そこで渦波は当初の目的を思い出し、神妙な顔で熟考する。


「あっ、そうだ……。私だけでも、例のやつを進めないと……」


 考える姿も様になるなあとアニエスが見惚れていると、渦波からおずおずと質問が口にされる。


「あー、そのー、アニエスさん。……できればいいんだけど、案内の途中でエルミラード・シッダルクさんに会ってみたいかな?」

「エルミラード・シッダルク? ああ、そういえば前に言ってたね。会うだけなら、同じ最上級クラスだから楽だと思うよ。アイカワ家の援助はかなりのものだから、学院での行動範囲も制限されてないしね」


 ファンという話を思い出して、そのまともな要望にアニエスは安心する。

 すぐに任せてと胸を叩いて、学院に向かう準備を渦波に促す。


「これでも私、学院きっての情報通だからねー。かの主席王子様の選択科目くらい把握できてるよ。上手く案内しながら、同じ科目に当たるようにしてあげる」

「……本当にありがとう。アニエスさんがいてくれて助かったよ」


 とても学院生徒同士らしい会話が交わされ、アニエスの油断は加速していく。


 渦波とだけなら良い関係が結べるとわかったアニエスは、彼女と笑い合いながら部屋から出て行った。


 学院に持っていくものは、そう多くない。

 大抵のものは教室に常備されているし、アニエスのような良家のお嬢様ならば控えさせている侍従に用意させることもできる。


 このエルトラリュー学院では教室の後方に、生徒たちの従者たちがずらりと並ぶのは見慣れた光景だ。ゆえに忘れ物などといったことが起きることはなく、服装だけに気を払っていればいい。


 むしろ、手荷物の量が一つの指標になっている節がある。手荷物がないということは、従者を学院内で生活させることのできる財力ある家であると証明になるからだ。

 この学院は差別意識の強い場所なので、下手に大量の荷物を持つと翌日からは貴族の生徒たちに無視され始めるということもある。


 という理由もあって、アニエスと渦波は手ぶらで寮から出て行き、エルトラリュー学院の敷地内を歩く。

 寮から目的の教室までは短時間で辿りつく。この学院では家柄や寄付金の額によって歩けない道や入ってはいけない建物が存在するので、二人の裕福な後ろ盾があってこその短時間だ。


 花と宝石で飾られた道を通り、城塞のような校舎に入り、二人は最上級クラスの生徒しか受けられない錬金術科『魔法道具活用』という授業が行われている教室に入っていく。


 教室の中は、過去に渦波の過ごしたものと大きくは変わらない。

 学ぶ以上は教壇と机は必須だ。

 その広すぎる部屋の中に、貴族用の机がずらりと並んでいる。


 その机の周りで生徒たちがグループを作って、授業前の談笑中だ。その後方には、ずらりとメイドや執事が並んでいる。中には護衛を専門としている者も混ざって目を光らせている。


 この学院では編入生の紹介といった優しいものは存在しないので、渦波は初授業を後方の隅にある席を確保してから何の説明もなく受けることになる。ただ、隣にはアニエスがいるので、右も左もわからないということはない。むしろ、裏事情に詳しい彼女が付きっ切りのおかげで、渦波はエルトラリューの編入生の在り方を一日目から知られる。


「じゃあ、カナミさん。とりあえず、見学みたいな感じで受けようか。……そう緊張しなくてもいいよ。うちに編入してくる他所の貴族たちなんて、大体は一度授業を受けたら、もう二度と来なくなるのが普通だからね。明日から幽霊生徒になってもいいくらいのつもりで、気楽に行こー。……あっ、寄付金さえあれば卒業も簡単だからっ」

「え、ええぇ……? ここってそんな感じなの?」

「結構サバサバしてて、お金にはドロドロしてる。なので、貴族様たちに好評の社交場になりかけてるねー。それが我らがエルトラリュー学院!」

「なるほど。だから――」


 渦波は納得する。

 それで生徒たちの空気が妙に軽いのだ。

 ちょっとしたお茶会に顔を出しにきたかのような生徒ばかりで、いまから勉学に励もうという雰囲気ではない。ほとんどの生徒たちが箔付けと社交を目的としているのならば理解できなくもない空気だ。


 そして、すぐに渦波は目的の人物を探す。


 教室の中央。もっとも大きなグループの中心に、その男はいた。


 スノウ・ウォーカーの婚約者、エルミラード・シッダルク。

 渦波を超える長身に、白を基調とした高価な貴族服。その装いに見劣りしないほどの整った顔立ちに、嫌味にならない程度の長髪を上手く整えて垂らしている。

 その高貴さと輝く金の髪から、渦波は『獅子』のイメージを受けた。

 力強く、気高く、誇り高く――誰にも媚びへつらいはしないという精神を彼から感じる。


「あれがエルミラード・シッダルクさんか……」

「知ってると思うけど、うちでは裏で『王子様』って呼ばれてるね。まあ、公爵家で、きちんと高貴な血も流れちゃってるからねー。そう言いたくなるのもわかるよねー」


 公爵家と聞き、渦波はたじろぐ。彼の中途半端な知識でも、かなり高い地位であるとわかったのだ。


 そして、それを踏まえて、もう一度渦波はエルミラードの周囲を観察する。

 貴族の生徒たちがエルミラードを見つめている。その視線にこめられた意味を、次元魔法《ディメンション》を交えた観察力で分析する。


「うわあ。本当に凄い人気だね。メロメロになってる女の子も多いけど、親友っぽい男の人もたくさん。どうやったら、あんな人気者になれるんだろ……。コツとか教えて貰いたいなあ……」

「え、カナミさんだって、なろうと思えば簡単になれるでしょ? その人柄と家柄があればさ」

「私が……? ははっ、まさか。なれるのかな? なれたら、いいなぁ……」

「え、ええぇえ……?」


 そのネガティブ過ぎる反応にアニエスは驚き、しかし深くは聞かないことにする。

 海の向こうからやってきた貴族のお嬢様なのだから、それなりの理由があっての言葉かもしれないと思ったからだ。


 もしかしたら、前いた場所では本当に一人ぼっちで、色々と苦労していたのかもしれない。そう思うとアニエスは少しだけ渦波に優しくなれる気がした。


「ねえ、カナミさん。もし話しかけにくいなら、私が約束とか取り付けてこようか? 私の家もシッダルク家ほどじゃないけど、近いくらいの大貴族様だからね。色々融通きかせれるよ?」

「……え、えっ。そこまでしてもらっていいの?」

「いいよ。なんか面白そうだからね」


 本人も気づかないことだが、アニエスは渦波を気に入っていた。

 完全に好意からの提案に、渦波は笑顔で頷いて彼女の手を握った。


「ありがとう、アニエスさん。君がいてくれて、本当に嬉しい」

「うんうん。よーし、私に任せて――」


 いますごく先輩っぽいことしていると、ちょっとした満足感を得ながらアニエスは教室の中央へと向かう。

 数時間後、その軽い気持ちでの紹介が、谷底よりも深い後悔を生むとは知らずに――



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