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IF『守護者ルート』その4(六章までのネタバレあり)

※六章までのネタバレがありますのでご注意ください。

本編のイメージを損ないますので注意。

女装とかあります。注意。とても注意。

 例のレストラン勝負は終わり、無事ティティーの門限とお小遣いはさらに厳しいものとなった。


 こうして、今回も地上と迷宮の平和は守られたものの、守護者ガーディアンの一人である渦波には、まだ悩みが一つ残っていた。


 それはレストラン勝負中に話をしていたスノウの結婚のことについてである。

 迷宮で守護者ガーディアン『次元の理を盗むもの』として出会えば敵であっても、人間の渦波にとってのスノウは友達だ。

 その彼女が望まぬ婚姻を結ばれそうになっているのならば、何とか助けてあげたいと思っている。


 ただ、ことを急いてしまえば、良い方向に向かうことはないと渦波は知っていた。

 ゆえに慎重に、他の誰にも気取られることなく、こういった問題解決において最も信頼しているパリンクロンだけを誘って、調査に向かおうとしたのだが――その目論見は、あっさりと潰える。


 イベントに飢えている守護者ガーディアンたちの目は鋭かった。こそこそと動く渦波を怪しみ、世界最高峰の闇魔法とか風魔法とか駆使した尾行の末、全員の知ることになってしまった。

 そして、飛び交う物騒な単語。


「望まぬ婚約とな。じゃあ、そのエルミラード・シッダルクってやつを始末すればいいのじゃな? うむ。ではわらわがさっと行って、さっと終わらせてこよう」

「しかし、ティティー。相手は大貴族。始末するならば、家もろともが一番禍根を残さない。つまり、広範囲を焼き尽くすなら私の出番だよ」

「ふふふっ、婚約ですか。とても嫌なものですよね、婚約。わたくしが全力で、なかったことにしてきても構いませんよ? ふふふ、腕が鳴ります」


 ティティー、アルティ、ノスフィーの女性陣は望まぬ結婚とやらに過剰反応しまくっていた。もしかしたら、生前に嫌な思い出があるのかもしれない。

 その溢れる殺意を止めるべく、渦波は慌てる。


「いやっ、ちょっと待って! もっと慎重に! そのエルミラードさんがいい人の可能性もあるし! 周りのご家族がよくよく考えての話かもしれないし! 先に情報を集めてからにしよう! まだ時間はあるから! ねっ!!」


 その必死な制止を、渋々といった様子で女性陣は受け入れ――男性陣はいつもの様子で賛同していく。

 まずは快楽主義のティーダから声があがる。


「ではっ、全員で実態調査だ! ウォーカー家のスノウ君は、果たして婚約を解消すべきか否か! ローウェンもアイドも行くぞ!!」

「どうせ、君たちはリーパーを連れて行くのだから、私も行くさ……」

「スノウ様は自分も興味ありますね。この時代では珍しい才女ですから」


 こうして、今日も守護者ガーディアンたちは地上へ繰り出す。


 ただ、パリンクロンと言う常識人を間に挟まなかったため、ことは偉い方向に進む。よくわからない理由で、スノウとエルミラード・シッダルクの両名がいるエルトラリュー学院への潜入が決まり、なぜか転入しようかという話になって、その枠が女生徒のみだったりして、全員の面白半分が加速し、その恐怖の負債を全て一身に受けたのは――


 渦波だった。


「なぜ、こうなった……」


 エルトラリュー学院の廊下を歩きながら、渦波は過去最高に疲れた顔を見せる。

 それはこの異世界に迷い込んだときよりも、ひどい表情だった。


「いえいえ。ふふふっ、渦波様、とてもお似合いですよ? ええ、とてもとても。あっ、よろしければ感想を聞いてもよろしいでしょうか? ふふっ、わたくしとても気になります。あの渦波様がっ、女性物の制服を着てっ、白昼堂々と学校を歩いてるなんてぇ――どんな気持ちか想像もつき――ふふっ、想像もつきませぇん!」

「最悪だよ! ずっと言ってただろ、嫌だって! それをおまえがああ!!」

「ああ、申し訳ありません、渦波様! 嫌よ嫌よも何とやらかと、わたくし思っていましたぁ! まさかっ、本当にお嫌だったとは知らず、申し訳ありません! そして、まさかっ、こんなにも似合うなんて! ふふふっ! ああ、やはり似合っても似合わなくても、どちらにしても美味しいというわたくしの予感は間違いありませんでしたね!! ふふっ、ふふふふ――!!」


 エルトラリュー学院の制服を着たノスフィーは、エルトラリューの制服を着た渦波を見て過去最高の笑顔を見せていた。

 それは迷宮に召還され、過去のしがらみを断ち切ったときよりもいい表情だった。


「なんで、僕がこっちなんだ……。おかしいだろ……」

「しかし、渦波様! 急遽用意できた転入枠は女子四名です。最大限利用しなければもったいないでしょう?」

「おかしいなぁ!? うちにはアルティ、ティティー、ノスフィー、あとリーパーで丁度四人じゃなかったかなあ!?」


 しかし、ここにリーパーはいない。

 学院潜入組はアルティ、ティティー、ノスフィー、そしてまさかの渦波となっていた。


 そして、その渦波の叫びにティティーが答える。

 彼女もノスフィーほどではないにしろ、満面の笑みだった。


「ぶふっ、あははは! いやー、面白いのうっ、かなみん! でもリーパーがアレイス君と一緒がいいって言ったんだから仕方ないのじゃ! うちは誰もリーパーに逆らえないからの!!」

「くそっ! リーパーのやつ、みんなに可愛がられてるなぁ!!」

「そして、リーパーの上がっていく人気に反比例して下がっていくローウェンの扱い。まあ、アレイス君はリーパーの気持ちに気づかないのが悪いから残念ながら当然じゃな」

「くそっ! 僕の味方はローウェンだけだったが、そのローウェンが余りに頼りなさ過ぎた!」


 渦波は最後まで抵抗し、それにローウェンが手助けしてくれていた。

 しかし、数の差が戦力の差。

 結局、渦波はティティーに当身で気絶させられ、女性に優しいローウェンはノスフィーに遠慮なくぼこぼこにされていた。


 こうして、長い黒髪のウィッグを被り、女子生徒用の制服を身に纏い、暑いのに顔をマフラーへ深くうずめる渦波が生まれたのである。

 少し背が高めゆえに違和感はあれど、そこはノスフィーの化粧術が猛威を振るってしまった。遠目から見れば、いまの彼を男だと看破できるものはそういないだろう。


 そう。

 渦波の女装は成功してしまった――が、それも当然であった。いろいろあって、いまの彼の身体は妹である陽滝のものである。元から、女性っぽさが漏れていたからこそ、ノスフィーたちは強行したのだ。


 ちなみに、その女性っぽさを最大に引き出そうと、アイドが木魔法の究極による改造手術を行おうとしたが、それは完全なる女体化になってしまうので女性陣が全力で止めた。

 アイドは渦波の妹である陽滝のファンのせいか……渦波の女体化に並々ならぬ関心があるのがわかった瞬間だった。渦波はアイドの「いつか必ず……」と零す言葉を聞いてしまったので、いつか妹と合流したら守護者こいつらのいないどこか遠くへ逃げようと決意した瞬間でもあった。


「ふふっ、ああ、しかし渦波様。本当にお綺麗です。最高です」

「そろそろ、僕は怒るぞ。ノスフィー」

「えー、心からの善意で褒めておりますのにぃー」


 今日もノスフィーは渦波の好感度を下げることに余念がない。

 学院の廊下をスキップして、他生徒の注目を集めて、渦波の顔を赤くしていく。


 目立つ四人だった。

 ティティーと渦波は長身の女性というだけで目立つし、そのあとに続くノスフィーもアルティも類を見ない美少女だ。

 男子生徒の熱い視線が、自然と集まる。


 ちなみ、渦波に向けられる男子生徒の目線の内容は――「ああ、もしかして身体の大きさがコンプレックスで、引っ込み思案になった女の子なのかな? 清楚だっ」――なんてものが多い。

 それを理解できてしまう渦波は顔を暗くし――なぜか、それと同じくらいアルティも浮かない顔だった。


「師匠? もしかして、気分悪い?」


 渦波は仲間の体調を心配して、周囲の目線を頭から切り離した。


「ああ、気分が悪いよ。なんだかんだで女装というものを受け入れようとしている君を見ていると、少し不愉快だ」


 今回の件では、ずっと中立を保っていたアルティが顔をしかめる。


「いや、それは誤解だって。受け入れてはいないって……」


 その評価を不当に感じた渦波は首を振って、自らの誇りを取り戻そうとする。しかし、それをアルティはもう見ていなかった。

 顔をうつむけて、ぶつぶつと呟く。


「はあ、本当に嫌になる……。カナミのほうが、私よりよっぽど美人じゃないか……」


 そして、隣の女装している男の外見を羨む。

 ただ、それだけはないと渦波は首を横に振りまくる。


「いや、ないない。それは絶対にないよ。この中なら、一番師匠が可愛いよ。間違いなく、一番可愛い。だから、もっと自信を持って――アルティ」

「な、な――!? は、はあ!? はあ!? はあぁああああ――!?」


 渦波の本音が漏れて、それを聞いたアルティの顔から炎が漏れる。

 顔を真っ赤にどころか、比喩なく炎を漏らしてしまっている。こういうところが心底可愛いと、渦波は思っているのである。


 だが、それを見るノスフィーの目は冷ややかだった。


「なんですか、その反応。アルティ、それは得意の演技ですか? あざとくて気持ち悪いですよ?」


 至福の時間が途切れてしまい、ノスフィーは半分くらい切れていた。

 ちなみに、そんなんだからノスフィーは可愛さより怖さが先立つのだと、渦波は思っているのである。


「あ、ああ……。私が気持ち悪いのは私が一番わかってるよ、ノスフィー。……そして、カナミっ。そ、そうやって心無い気遣いで乙女心を傷つけるのはやめてもらえないかな? 世辞はいらないっ」 


 自己評価の低い彼女は、からかわれていると判断する。

 渦波は適当なことを言っていると思われたくないので、慌てて弁明を始めるが、


「い、いや、お世辞じゃないって。かなり本心なんだけど――」

「はっ、君みたいな女たらしに言われても別に嬉しくないよ。もうこの話はやめだ。先を急ごう」


 てくてくとアルティは先頭を歩き出す。

 ただ、それはいまの自分の赤い顔を見られたくないからであると、他の三人はわかっていた。

 後ろから見ても、アルティの火属性の魔力が荒ぶっているのは明らかだ。それをティティーは楽しそうに見つめる。


「いいやんっ。アルティ、いいやんっ。かなみん、ぐっジョブ!」


 仲間の意外な一面を見られて色々と興奮しているようだ。

 ただ、もう一人の少女も別の意味での興奮が止まらない。


「――苛立ちますね。ああ、苛立ちます。苛立ちます。苛立ちます苛立ちます苛立ちます」


 ノスフィーのどす黒い魔力がうねり出す。

 それを隣で感じるティティーは笑顔を凍らせる。


「ぐっジョブー――だけど、ノスフィーの機嫌を取らないと学院やばい! 軽く全校生徒が殺しあい始めちゃうくらいやばい! ゆえにかなみん、がんばじゃっ!」


 すぐさま、友から逃げ出して、渦波の後ろに隠れる。


「ノ、ノスフィー。その見た目で文句を言うのは贅沢ってものだよ。誰から見ても美少女なんだから、そういじけないで」


 渦波も色々とやばいと思ったのか、すぐにフォローを始める。

 その言葉を聞き、少し前を歩いていたノスフィーは振り返る。表情は笑顔だが――色で言えば真っ黒な表情をしていた。後ろに隠れるティティーは小さく「ひぃっ」と叫び、「いじけてるってレベルじゃないのじゃこれ……」と呟く。


「けれど、渦波様の中では一番でないのでしょう?」

「み、見た目だけで考えるなら、ノスフィーが一番かな? いままで見てきた中で、ノスフィーは一番綺麗だよ」

「一番綺麗……。本当ですか……?」

「ほ、本当だよ?」


 嘘を嫌う渦波は「いつかのティアラさんと同率で」と言いかけた。しかし、すぐにひっこめた。色々な人の命に関わると思ったからだ。


 少しだけ、ノスフィーの真っ黒笑顔に白色が足されていく。

 少しだけなのは、ノスフィーとて百戦錬磨の詐術士である以上、渦波の言葉に裏音声が隠れていることは見抜いているからだ。


 ノスフィーは一瞬だけ思案し、その裏を確認しに行く。

 立ち止まり、ずいっと渦波に身を寄せる。


「一番綺麗……。もし、それが本当なら、いま、わたくしと……キスできますか?」

「は、はぁ!? キス!? なんで!?」

「なぜ? もしや、渦波様は綺麗な女性は嫌いですか?」

「いや、そんなことはないけど……」

「そうでしょう。綺麗な女性が嫌いだとすれば、同性愛者であることを疑います」

「う、うん? あ、ああ、そうだね」

「では、いま、わたくしとキスはできますか?」

「えぇ!? だからなんで!?」

「ああ、やはりっ、いまの言葉は嘘……。それどころか、渦波様は女性が好きでは……」

「それだけはない! 違うっ、ほんとに嘘は言ってないって! け、けどっ、その――」


 別に綺麗な女性が嫌いじゃないことと、キスをすることは繋がっていない。しかし、ノスフィーは一気に問いを投げ続けることで、まるでキスしなければ異性に興味がないかのような話に変えた。


 渦波は戸惑い、次の言葉を途切らせる。

 その間も、ずいっとノスフィーは身体を寄せていく。顔を、渦波の顔へ近づけて、反応を愉しんでいる。

 ノスフィーに負い目のある渦波は無碍にあしらうこともできず、かといって上手い言葉も思い浮かばず、じりじりと二人の距離は縮まっていく。


 それを助けたのはティティーだった。


「み、見られてる! 他の生徒に不審がられてるから! いま童たちはぴっちぴっちの女子新入生! じょ・し・ね! 女子同士だからね! ほらぁっ、見て周り!!」


 遠巻きに見られていることを伝え、どうにか渦波を救出しようとする。最初は見慣れない美少女たちがいるというざわめきだったが、いまは見慣れない美少女たちが変態的な行為に及んでいることに生徒たちが動揺してる。


 顔を赤くして、こそこそと内緒話をしながら観察するものもいれば、血相を変えて大人を呼ぼうとしているものもいる。このままでは大事になってしまい、例の調査が続行できなくなる。

 それを理解したノスフィーは、一歩身を引いた。


「ちっ、本当にロードは邪魔ですね……。元は泥棒猫だっただけのことはあります」


 そして、遠慮のない殺意をティティーにぶつける。

 それは周囲の生徒たちが遠くから見ただけで足の震える殺気だったが、それをティティーは軽く受け流す。


「にゃ、にゃーん……? な、仲良くしよーよー……?」

「そうですね。そのまま猫のように、にゃーにゃー言っているだけならば仲良くできますね」

「にゃーん……」


 ティティーは鳴き真似をしながら、しゅんとうなだれる。

 ただ、ノスフィーは本気で怒っているわけでなく、ティティーもそれをわかっているから本気で気落ちはしていない。この殺気の中、冗談を言い合えもするから、二人は友達なのである。


 すぐにノスフィーはティティーを置いて、渦波に謝罪する。


「渦波様、いまのは冗談です。異性を評価するときは、外見も大事ですが中身も大事だと、流石のわたくしでもわかっています。そして、渦波様が中身を重視するタイプで、さらにわたくしの中身が最悪と言うのもわかってます。色々と無理を言ってしまいました。すみません」

「え、ああ、うん。いいよ。けど、そこまで卑屈にならなくても。僕はノスフィーが、本当に他人が嫌がることはしないって、ちゃんと知ってるよ」

「ふふっ、流石は渦波様。お優しいですね」


 ノスフィーは自分の性格が悪いことを理解している。だからこそ、いまの行き過ぎた遊びを本心から反省する。ただ、心の底では「まだいまは攻め時ではない……」なんて考えているから、また同じことが何度も起きるだけだ。


「よしっ、よかったのじゃ。それじゃあ、早く行こうぞ。ほら、アルティがあんなに前のほうに!」


 アルティは早々に他人の振りをしていた。

 もう一人だけで用事をすませようとしている様子で、先へ先へと進んでいる。もう少しで、目的の部屋まで一人で辿りついてしまいそうだ。


「ま、待って! 他人の振りしないで!」


 渦波たちは駆け足で追いかけて、ため息をついているアルティに合流する。

 そして、周囲の好奇の目から逃げるように、エルトラリュー学院にある一つの教室へ入っていった。


 広い教室だ。百に近い椅子が並び、どの席からでも前面の教卓が見れるようになっている。実験器具のようなものなど、色々と物が多い。それでいて、清掃が行き届いている。そのことからエルトラリュー学院の水準の高さがよくわかる。


 そこは入学案内で指定された教室で、中には数名の大人の教師と優等生そうな生徒が一人待っていた。

 渦波たち四人は挨拶をしたあと、その教師たちから説明を受け始める。そして、今日は実力判断のテストをすることが決まり、生徒が大声をあげる。


「えー、では中途新入生諸君! 私が今日のあなたたちの監督を行う上級生、アニエスです!」


 アニエス――渦波たちの先輩になる少女だ。

 渦波が『表示』で見ることで、そこらの教師より彼女のほうが能力が高いと気づく。この学院では特定の生徒が、教師の仕事を担うこともあるのだ。


「えーっと、名前はカナミさんにティティーさんにノスフィーちゃんにアルティちゃん……だね。で、家名はアイカワ。んー、聞いたことないなぁー。でも寄付金凄いってことは海の向こうの貴族さんなのかな……――って、え!? 四姉妹なの、君ら?」

「え!?」


 その設定に一番驚いたのは渦波だった。

 ただ、それを他三名が声を被せる。


「はい」

「そうじゃよー」

「そう決まったようだね」

「えぇ!?」


 書類提出を任せてしまった渦波の落ち度である。


「う、うん。詳しくは聞かないよ。それにしても……、へー、姉妹四人で迷宮探索者を目指してるんだ。珍しいねー」


 その設定も渦波だけ初耳である。


「とっ、いうわけでっ、試験のほうも特殊になりましたー。なんとっ、あの迷宮にっ、いまからっ、挑戦してもらいまーす! わー、ぱちぱちー」


 アニエスは拍手と共に、近くにあった机から資料を取り出す。

 その一部を渦波たち四人にも手渡す。

 試験内容の記された書類だ。内容は、現時点でどこまで迷宮に通用するかというものである。迷宮探索者を目指して中途入学してきた以上、その実力を測るならばそれが一番手っ取り早いとアニエスが判断したのである。


「ちなみに試験内容は一層ごとに一匹モンスター討伐! まあ、君たちのステータスなら、3層まで行けたら十分かな? それで上位のクラスには入れると思うよー」


 資料の中には、あらかじめ提出していた渦波たちのステータス情報も入っていた。

 このステータスを加味した上、今回の実技結果で学院を過ごすクラス分けがされるらしい。


 その話の途中、ティティーが疑問を仲間に小さな声で投げかける。


「そういえば、各自決めてきたステータスはどんな感じじゃ?」

「僕は正統派の戦士ステで、アルティは魔法使いステだね。アイドに作って貰ったステータス偽装の魔法は正常に働いてるみたいだ。僕の『表示』も騙されてる」


 こそりこそりと私語をかわす。

 そして、渦波はちらりと目線を動かして、みんなを見る。


【ステータス】

 名前:アイカワ・カナミ HP101/101 MP13/13 クラス:戦士

   レベル 6

   筋力4.12 体力4.21 技量3.11 速さ3.24 賢さ3.23 魔力1.03 素質1.12

 先天スキル:

 後天スキル:剣術1.15――


【ステータス】

   名前 :アルティ・アイカワ HP92/92  MP102/102 クラス:魔法使い

   レベル7

   筋力2.92 体力3.12 技量2.25 速さ1.75 賢さ3.07 魔力4.91 素質1.52

 先天スキル : 

   後天スキル:狩り0.68 料理1.08 火炎魔法1.53――


「ちなみに、童は勇者ステー」

「まんべんなく高くて、素質もそれなり……。まあ、ティティーらしいと言えば、ティティーらしい」


【ステータス】

   名前:ティティー・アイカワ HP142/172 MP23/50 クラス:騎士

   レベル 12

   筋力6.12 体力4.52 技量5.01 速さ6.92 賢さ6.53 魔力3.88 素質1.89

 先天スキル:最適行動1.89 心眼1.07 

 後天スキル:武器戦闘1.22 風魔法1.12 神聖魔法1.01


「ノスフィー、なにそのステ……」


【ステータス】

   名前 ノスフィー・アイカワ HP23/23 MP50/50 クラス :修道女

   レベル 6

   筋力0.62 体力0.43 技量0.14 速さ0.98 賢さ1.67 魔力2.35 素質0.67 

 先天スキル:神の加護1.89

 後天スキル:光魔法1.21 神聖魔法1.33 


「ふふふっ、わたくしらしいでしょう? ティティーに本来の勇者枠を譲ったので、わたくしはお姫様ステでいきます。そう、わたくしはお姫様……。そして、渦波様は騎士様。ふふふ……」

「いや、ノスフィーって、ばりばりの近接職だったような……」

「いいえ、わたくしは旗持ちですよ? みんなを応援するのが本職です」

「この前、ローウェンぼこぼこにしてたじゃん……」

「記憶にありません。どこかのヘタレ虫を叩き潰していた記憶ならありますが……」

「あ、はい」


 これ以上の詮索は血なまぐさいとわかり、渦波は私語を慎む。

 そして、その暗い顔を見たアニエスは渦波を安心させようと、優しい先輩がいることを強調する。


「ん? あー、怖がることはないよー、そこの綺麗なお姉さん。三層くらいまでなら、私がいれば絶対に死人でないからね。これでも私、学院でもかなり上のほうなんだから」

「あ、どうもです……」

「うん、安心していいからねー。それじゃあ、さくさくいこっかー。探索の準備のほうは学院の人たちがしてくれてるから、すぐいけるよ。こういうとき、貴族のお嬢様って立場は楽でいいよねー」


 アニエスは新入生の緊張を解こうと、親しげに話しながら四人を連れ出す。

 知恵の輪のように入り乱れている学院の廊下を歩きながら、五人は世間話をかわす。


「――質問があったら何でも聞いていいからね。そのための私だから」


 それにまずノスフィーが手を挙げた。


「では、アニエス様。実はわたくしたち、この学院の最上位クラスに興味があります。噂では、あの有名なエルミラード・シッダルク様がいると聞きました。最上位クラスに入るには、この試験でどのくらいの成果を出せばよいのでしょう?」

「え、最上位クラス? ああ、エルミラード君のファンなんだ、君たち」

「まあ、そんなものです」


 こうして、四人姉妹の設定は増え続ける。


「いや、確かに四人とも優秀だけど、ちょっと難しいと思うな……。まあ、最低でも十層超えしてることが前提かな……。そこまで上のほうの話になると、私もよくわからないかも。ティティーさんだけなら入れると思うけど、たぶん四人一緒は無理だと思うなぁ……」

「なるほど……。なかなか狭き門のようですね。とても参考になります」


 その情報を得て、ノスフィーはちらりと渦波たちのほうを見る。

 アイコンタクトは一瞬だった。その僅かな時間で、絶対に試験を好成績でクリアしないことは共有する。

 そして、ノスフィーはさらに話を続ける。なんだかんだで真面目な彼女は、情報収集に余念がない。


「それで、その……。よろしければ、エルミラード・シッダルク様のことを聞かせてもらってもかまいませんか? 学院ではどのような日々を過ごしているのか、わたくし知りたいのです」

「試験前に、その質問とは……。君もなかなかのミーハーだね。私と気が合うかもっ。もちろん、いいよ。ぶっちゃけ、この学院で私よりそういう話に詳しい人はいないから、ラッキーだよ、ノスフィーちゃん」

「まあ、そうなのですか? ふふふ。今日の監督生がアニエス様で、わたくし嬉しいですわ」

「えっとねー。学院でのエルミラード君はね――」


 道中、無駄なく目的の人物の評判を順調に得ていく。

 ただ、それを見守る他三人はノスフィーの綺麗過ぎるキャラ作りに口元が引きつっていた。面白いのが半分、怖さが半分といったところである。


 こうして、守護者ガーディアン四人による学院試験は始まる。

 学院の用意した道具で装備を整え、学院内にある迷宮入り口まで辿りつく。

 試験の制限時間は丸一日。

 その間にどこまでいけたかで、これからの学院生活が変わる。


 ティティーを先頭リーダーとして守護者ガーディアンパーティーは陣形を組む。後衛にアルティとノスフィー、それを守るように僕がその近くに位置する。

 こういった陣形作りも、後ろのアニエスが評価しているはずなので一切の遊びは抜きだ。

 そして、僕たち四人は迷宮へと入っていく。


 そのまるで我が家へ帰るかのようなその堂々とした姿に、アニエスは内心で「すごい、落ち着いてる。貴族にありがちな勘違いお嬢様じゃないみたいだね」と褒め称える。


 ただ、堂々としているのは、言葉通り我が家に帰っているのだから当然である。


 さらにアニエスは内心で「それに動きに無駄がなくて、陣形も綺麗。まるで、軍属希望の上級生たちを見てるみたい」とも驚いている。


 四人とも軍職についていたことがあるので当たり前ではある。過去の役職は順に、王・近衛騎士団長・一国の総大将・同じく一国の総大将なのだから乱れるわけがない。


 そして、迷宮一層。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 まず一層のモンスター討伐をすませるため、『正道』を外れて無言で油断なく進む四人と監督生一人。


 とりあえずは行ける所まで行こうと考えていた四人だったが、色々と簡単ではないことに気づき始める。


 まず、守護者ガーディアン四人とも、一般人に見えるように手を抜きまくっている。しかし、それでも後ろで四人の動きを見ているアニエスからの評価はずっと高いままだったのだ。四人とも、「こんなに手を抜いて隙だらけで歩いているのに、まだ高評価なの……!?」と驚いている。


 もっと新入生らしいところを見せないと、色々と疑いがかかってあとが面倒になると渦波たちは考えた。ゆえに、早めにちょっとしたモンスター相手に苦戦しておこうと、渦波はモンスターと遭遇する道を《ディメンション》でティティーに指示する。


「ティティー姉さん。そっち。うん、そのまま進んで……――あっ」


 姉妹設定を忘れず、無駄なく指示した。

 しかし、モンスターには出会えない。

 その理由を先頭のティティーも理解していたので、声が震えている。


「つ、次はどっちじゃ……。かなみちゃんよ……」

「えっと、次は向こうかな」

「うむ」


 もう一度、モンスターがいるほうへと進む。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 だが、それでも一向にモンスターと出会えない。

 その答えは単純だった。


 感覚器官の鋭敏なモンスターは、かなり遠くの時点で守護者ガーディアンたち四人の正体に本能で気づき、怯えてしまって事前に全力疾走で逃げているのだ。


「で、出ないのう、モンスター……」

「そうだね……」


 ティティーと渦波は焦る。

 このままだと一層に一匹討伐という簡単なミッションさえクリアできない。


 アニエスだけがその事態に気づいておらず、暢気に笑う。


「あははっ。こういう日もあるみたいだね。まあ、一日あれば三匹くらいは見つけられるから、安心してっ」

「は、ははは……」


 笑えないティティーと渦波だった。

 そして、ちょっと涙目で後衛二人に助けを求めて、振り返る。


 そして、アルティは軽くため息をついたあと、ノスフィーは満面の笑みで魔法を唱える。 


「――《ライト》」

「――《フレイム》」


 両者共に自分の属性の初級魔法だ。


「あれ、視界の確保かな? でも二つも要らないんじゃない?」


 アニエスは後衛二人の魔法が被ったことを笑った。

 それにアルティはわざとらしく舌を出して答える。


「おっと、そうだね。ここはノスフィー姉さんに任せよう」

「ええ、アルティ。この光があれば敵がきても大丈夫です(・・・・・・・・・・)。炎のほうは、あちらへ(・・・・)

「わかったよ。《フレイム》はあっちへ飛ばしてっと」


 炎が遠くへ投げ捨てられる。

 ただ、その炎は地面に落ちても、まだ消えていない。


「それじゃあ、視界がよくなったところで再進行だ。これでモンスターも大丈夫のはずだよ」


 アルティが意味深に前二人へ出発を促す。

 そして、またモンスターを探して歩き出す。


 渦波は《ディメンション》でその全てを理解していた。

 歩くこと数分後、遥か後方で地面に落ちていたはずの炎がふわふわと浮かび上がる。その炎はアルティの感覚器官でもある。まるで、生きているかのように高速で移動を始め、パーティーより先んじて一層の獣型モンスターへ接敵する。


 勝負は一瞬だった。

 器用に炎は獣型モンスターの脚の腱を一つ焼ききり、移動力を奪った。


「え、えっと、ティティー姉さん、向こうへいこっか」

「了解じゃ……」


 そして、片足になったモンスターがいるほうへ僕たちは向かう。


「あっ、見つけたのじゃ! モンスターじゃ!」


 わざとらしくティティーは声をあげ、そして、強大な魔力の塊四つに見つかったモンスターは悲鳴をあげて逃げようとする。だが、その前に視界確保の光が強くなる。


「――《ライト》」


 光がモンスターの体内に浸食し、『話し合い』が行われ、『恐怖』の状態異常は治療されてしまう。もちろん、光の効果はそれだけではない。それだけではないから『光の理を盗むもの』なのである。


「ガッ、ガアアアアアアアア!!」


 そして、怯え逃げたがっているモンスターが炎に吸い寄せられる蛾のように、ノスフィーの光へ向かって走り出す。その表情は死を覚悟した生物特有の迫力があり、その叫びは「おまえなんか怖かねえっ! 野郎ぶっ殺してやる!」といった感じだった。


「ああっ、モンスターです! なぜか、わたくしを狙っています! 渦波お姉様、どうかわたくしを守ってくださいませ!! ふふふっ、わたくしのっ、渦波お姉様ぁ!!」


 ノスフィーによる死刑判決が無慈悲にくだされ、


「あ、うん。それじゃあ、一戦目だから油断なくいこうかー。ティティー姉さんー」

「お、おう、なのじゃー」


 棒読みの前衛二人が迎撃にでる。

 当然だが、一瞬である。


 学院から支給された剣は迷宮一層どころか奥深くでも通用する高価なものだ。それをこの二人が軽く振るえば、豆腐を斬るよりも楽であった。


「ガァアアア……」


 哀れ、モンスターは魔石化。


「や、やったぁー」

「やったのう……」

「ええ、やりましたね」

「流石は渦波お姉様!」


 パーティーは勝ち鬨をあげる。

 ただ、それを見るアニエスは不思議な顔をしていた。


「え、あ、え? なんかモンスターの様子がおかしかったような……。いや、そもそも、二人とも動きが速くて……、あれ?」


 ティティーと渦波は汗を垂らす。

 内心では「あれだけ手を抜いても、まだ速い……!?」と焦っている。


「これで一層は終わりじゃな! 終わり終わりっ、さあ次へ行こうぞ! かなみんちゃーん!!」

「そうだねっ、ティティーお姉ちゃん!!」


 慌てて二人は話を変えて、次へ進もうとする。慌てすぎて姉妹としての呼び名の設定がぼろぼろだった。

 その後ろを不思議そうなアニエスが目をこすりながら追いかける。


 こうして、守護者ガーディアン四人の妙に難しい試験は始まったのだった。



◆◆◆◆◆



 その後、アルティの足止め+ノスフィーの誘蛾灯コンボにより、敵を順調に屠っていく守護者ガーディアンパーティー。

 ただ、余りに攻撃力が高すぎて、大体が一撃になってしまうため、全てが簡単というわけではなかった。

 たまに苦戦したりする演技も試みたものの、結局は何かの拍子でモンスターを倒してしまう。もし、ローウェンの剣術を受け継いでいる渦波ならば手加減は完璧だったかもしれないが、ここにいるのは筋力が異様に高いだけの渦波だ。


 そして結局は――


「あの、もしかして、四人の提出したステータス書類って、かなり前のもの……?」


 ――アニエスに問いただされてしまう。


「あー、あれっていつだったかなぁ!? もしかしたら、一年前か二年前か……もっと前だったかもー!」


 渦波は下手な言い訳をする。

 もはや、新入生的な演技をすることは不可能だった。


 仕方なく、アニエスに怪しまれるのは覚悟して、奥深くまで進むことに方針を変える。こうなったら、最上位クラス編入の権利だけは確実に四人分確保するつもりだった。


 開き直ったことで、渦波たちはトントン拍子で十層まで辿りつく。

 そして、まだ試験は終わらない。


 アニエスは最低でも十層と言った。

 なので、目標はその二倍だ。


「え、えっと、まだ行くのかな……? もう十分かなーって先輩思うけど……」

「もちろんです。まだお姉様たちは余裕ですから。なので、エルトラリュー学院代表として、わたくしたちの実力を余すことなく見てくださいませ。ええ、ゆっくりと後ろで見ているだけで結構です」

「そ、そうだね、確かに余裕だね。あと、絶対君たち、私より強いよね……。いや、なんで数年前のステータスを提出したかは聞かないけどさ……、怖いから」

「ふふふ。アニエス様は話が早くて、大好きですわ」

「ははははは。い、いまとなってはノスフィーちゃんの笑顔がすごい怖い」


 ノスフィーがアニエスを脅し、僕たちはさらに奥深くへと進む。

 十一層、十二層、十三層、十四層、十五層――ここらあたりで、アニエスの顔はひきつりきっていた。


「――やばい! ここらへんは私でもやばいって! どこまでいくの、これ!?」

「アニエス様が最上位クラスへ確定で入る階層を教えてくれれば、そこまでですね」

「いや、確定で入れるかって言われたら、こっちは断言できないよ! 私は突破できた階層を報告するだけで、判断は先生たちなんだからー!」

「では、アニエス様。残念ですが、二十層くらいまで行きましょうか。確か、そこが人類の上限と聞きました」

「まって! 待って待って待って、待ってぇええ!!」


 ノスフィーはアニエスがお気に入りだった。

 そして、それを助けられる者はここにはいない。おそらく、地上にもいない。


 こうして、四人は十六層、十七層、十八層、十九層――と進んでいき、とうとう辿りつく。人類の登竜門でもある二十層へ。


「はい、入りましょうか。行きますよ、アニエス様」

「や、やっぱり入るのー!? あっ、放して、ノスフィーちゃん。痛いっ、痛いというか、すごい力! なんでぇ!?」


 もうここまで来ると渦波は色々と諦めていた。

 ティティーとアルティは面白がっていた。


 というわけで、絶対に笑ってはいけない二十層の試練が始まるのだった。


 二十層に広がるのは真っ黒の世界。

 とはいえ、光がないわけではない。開けた空間のいたるところに黒色の液体が流れているのだ。

 そして、その気味の悪い層の中央に二人の人影。


 液体テーブルの上で優雅にお茶をしている『闇の理を盗むもの』と『地の理を盗むもの』がいた。

 ティーダはいつもの姿そのままだが、ローウェンは少し違う。ボス仕様で水晶の兜を被り、水晶の六本腕となっている。


 それを視認したノスフィーは、何よりも先に声を出す。


「あ、あれは、まさか! 噂のボスモンスターでは!? ああっ、なんておぞましい姿! 渦波お姉様! わたくし、怖いです!!」


 その声によって、ボスの守護者ガーディアン二人は挑戦者に気づく。

 というより、まずローウェンが手に持っていたティーカップを落とす。


「ひ、ひぃっ、ノスフィー!? なぜ、ここに!?」


 探索者以上に、ボスのほうが恐怖していた。

 そして、続いてティーダが笑う。


「ぶふっ! というか渦波お姉様って、ははっ、待て! は、腹が痛いなこれ! いやー、かなみちゃんっ、かわいい!」

「おい、ティーダ。おい」


 渦波は怒りを交えて睨む。そして、視線でアニエスがいることを示す。


「おっと、これ笑っちゃ駄目なやつみたいだね。あれから、そういう感じになったのかー。あー、ごほんっ、あー、あー、よし。これで私はクールな守護者ガーディアン『闇の理を盗むもの』だ」


 ティーダは状況を察し、すぐに対応を始める。

 二十層をいつもの安心居住空間から敵を歓待するおぞましきボス部屋へ変更しながら、ちょっと低い声で宣言する。


「くくっ、よく来たな挑戦者たちよ……。これより先へ進みたくば、我ら守護者ガーディアンの試練を受ける他ないぞ……。そして、引き返すこともできない。なぜなら、君たちには資格がある。ああ、この試練と立ち向かう資格がね。そりゃあもう十分に」


 もうそういうノリで行くしかなかった。

 渦波とティティーは勢いで演技し返す。


「な――!? くそっ、運が悪い! たまたま僕たちが来たときに、二人も守護者ガーディアンがいるなんて!」

「こやつらがあの噂の守護者ガーディアンか――! なんと禍々しい魔力じゃ!」


 その一言一言を聞くたび、ティーダは笑いかけ、ついには耐え切れなくなる。


「く、くくっ。いや、魔力の禍々しさは、『魔王』の君には負けるよ。くくくっ」


 それを聞いたティティーは焦りながらボディランゲージで「いまのわらわは一探索者じゃってば! ついでに言えば『勇者』じゃー!」と伝える。


 その奇妙な動きを見て、さらにティーダは笑いを耐え切れなくなる。

 そして、一人では駄目だと隣の相方にも協力を求める。


「くくっ、ローウェン。仕事だよ、仕事。私ばかりにやらせないでくれ。限界だ」


 ローウェンも剣を持って臨戦態勢に入っている。

 だが、その姿は余りに頼りない。状態異常で言えば『恐怖』にあたる状態だった。


「仕事……、仕事か。しかし、この戦い……。全く勝てる気がしない……。いや、能力とか云々でなくて、迷宮内ヒエラルキー的な意味で。まじで怖い。そこのアルティとノスフィーがまじで怖い」


 先ほどからローウェンはノスフィーと達人同士だけが可能なアイコンタクトを行っている。

 ただ、内容はかなり一方的で――


「ほら、『地の理を盗むもの』さん。早くお願いします。ただ、渦波お姉様の肌に傷一つでもつけたら――砕きますから」

「く、砕く!? しかしな、それらしい演出するにしても、そこそこの戦闘があるわけで、そのときは不可抗力で傷の一つや二つは――」

「はあ、あの『剣聖』が言い訳ですか……。それで、現代の『剣聖』であるアレイス家に顔向けできますか……? なんて情けない……」

「…………」


 色々とローウェンは追い詰められていた。

 そして、その結果――


「うぉおおおおオオオオ――! 実は今日私は体調が滅茶苦茶悪いので、一回殴られただけで怯むぞぉおおおおお――!!」


 ローウェンが雄たけびをあげながら突撃することで、擬似的な迷宮の試練が開戦された。


「では、わたくしが……はぁっ!」


 だが、すっと前に出てきたノスフィーのカウンターの拳がローウェンの腹に入り、


「ぐはぁアアア――!!!?」


 二十層の端までローウェンは吹っ飛んで、試練は終わった。


「ああ、よ、よかったです……! あのモンスターの言葉は本当みたいでした! このいたいけで薄幸でか弱いわたくしの攻撃でも、ダメージが通りました!」


 ノスフィーは震えながら、渦波の後ろへと逃げ帰る。

 余りに酷い終幕だった。

 次元が違えば、一章分のストーリーがあって何万文字もの演出の末にボス戦をやっていたはずの男が、九十五文字でやられていた。


「……い、いや、ノスフィー。これ本気でやばい。本気で折れてる。色々破裂してる。腹の中で水晶化が始まってる。回復魔法を……、だれ、か……――」


 遠くでうめき声をあげて治療を求めるローウェンだったが、それは余りにアニエスの守護者ガーディアン像を崩してしまうので、咄嗟にティーダがインターセプトする。


「――な、なにぃっ!? 我らが最強の守護剣士『地の理を盗むもの』を一撃とは……! そんな馬鹿なぁ!!」


 愉しそうに驚きの声をあげる。

 そして、それに呼応してノスフィーは渦波とアニエスの手を引く。


「いまです、逃げましょう! これ以上は必要ありません! 渦波お姉様、アニエス様!!」


 余りに早い展開に二人はなすがままだった。

 ノスフィーは逃げ遅れた二人にも声をかける。


「ほら、アルティとティティーお姉様も急いでください!」

「あ、ああ、そうだね。二十層まで来て、ちゃんとモンスター一匹討伐もしたね。確かにこれ以上は必要ない」

「さらば、アレイス君。君の犠牲は無駄にしないのじゃ」



 目標は達成されているため、反対はなかった。

 そそくさと挑戦者たちは二十層から出て行く。


 それをティーダは手を振って見送る。

 この面子を逃がさないなんて、どれだけがんばっても不可能なので仕方のないことだった。


 こうして、試験は終わる。

 アイカワパーティーは二十層まで到達という結果で――



◆◆◆◆◆ 



 そして、学院の教室まで帰って、アニエスさんの試験評価が四人に伝えられる。


「――ご、合格でしょう。二十層までクリアしたのだから、ええそりゃもう完璧です。ちゃんと報告します。それと最上位クラスの編入を、私からも推薦しときます。……あと、私は何も見てませんし、何も聞いてません。こ、これでよろしいでしょうか?」


 当然の対応である。

 ずっと陽気だったアニエスだが、流石にあの化け物と噂される守護者ガーディアンを軽く倒したことから、色々とこのパーティーの闇に気づいてしまったのだ。


「う、うん」


 リーダーであるティティーが頷き返す。

 いかに天真爛漫な彼女でも、いまのアニエスにかける言葉が見つからないようだ。


 そして、アニエスから今後の予定について事務的に伝えられ、今日はこのまま解散になるかという流れの最後――


「――ふふふ、アニエス様。このあと、少しわたくしとお話ししませんか? そうですね。一緒に今後について話しながら、学院を歩き回りましょう。お時間はよろしいですよね?」

「ひぃっ、ノスフィーちゃん!?」


 ノスフィーに捕まる。


「た、助けてぇっ!!」


 アニエスは救いを求めて、渦波たち三人を見た。

 だが、三人とも首を振って、アニエスを見捨てる。


 このあと、ノスフィーは学院で色々と裏工作をするつもりなのだろう。今日の探索でやりすぎたため、『間違いのない口封じ』も考えているのかもしれない。

 それらにおいて、ノスフィーの光の『話し合い』を上回るものはない。

 見捨てるしかなかった。


「あ、渦波お姉様。細かなことは、わたくしが学院でやっておきますので、お先に帰ってかまいませんよ」

「掴まれてる手から何かきてる! これ、やばい! そこそこ魔法使える私だからわかるけど、これやばいやつ! だ、誰かっ、誰か助けてぇええええ――!!」

「――《ワインド》」

「――っ! ――、――――っ! ――!?」


 ティティーによる無慈悲な防音が教室になされる。

 これでアニエスが助かることは絶対になくなった。


 こうして――この女生徒一人の犠牲によって、渦波たちは学院での自由を手にいれることができた。そして、エルミラード・シッダルクとスノウ・ウォーカーの調査が一歩だけ前進したのだった。



◆◆◆◆◆



 ――ついでに、その日の夜。


 二十層に帰ってきたノスフィーは、これ以上ない優しい顔をローウェンに見せる。


「ふふふ。いい演技でしたよ、アレイス。流石、元はわたくしの騎士です。回復魔法をかけてあげるため、早めに戻ってきましたよ。嬉しいですか?」

「ひぃっ、ノスフィー!?」

「遠慮なさらず。間違いなく、神聖魔法はわたくしが一番上手ですから」

「いや、構わない! もうほとんど治ってる! というか、君の魔力は慣れない!」

「ふふふっ、ふふ――ふ、ふふふふっ! ふふふふふっ!!」

「なんで笑ったまま近づく――!? だ、誰か――っていない!?」


 この元主従の、生前の悲しいすれ違いを繰り返さないため、全員が席を外した。こうして、二人目の犠牲者の叫びが迷宮に響き、今日も変わらず、守護者ガーディアンたちは平和に一日を終える。


 いつかの悲しみと後悔を、少しでも埋めるかのように。

 今日も全員一緒だ――




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― 新着の感想 ―
めっちゃ面白くて笑いを堪えるのが大変でした
[良い点]  ギャグ時空のせいでローウェンがすごい不遇になってる()  最高。
[良い点] ノスフィー達が楽しそうでなりより! [気になる点] ノスフィーは素直になった方がうまくいきそうだけど成仏しない仲間だから誰も言わないのかな
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