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IF『守護者ルート』その3(五章までのネタバレあり)

※五章までのネタバレがありますのでご注意ください。

本編のイメージを損ないますので注意。

ティティーは正気だけれど未練が全く解消されていないという特殊な状況です。

アイドとノスフィーも同様。

 ――あれ(ローウェンいじめの舞闘会)から、それなりの時間が過ぎ、迷宮の中は順調に賑やかさを増していった。

 順調に迷宮で暮らす守護者ガーディアンの数は増えていき、いまとなっては――『次元の理を盗むもの』カナミ、『闇の理を盗むもの』ティーダ、『火の理を盗むもの』アルティ、『地の理を盗むもの』ローウェン、『木の理を盗むもの』アイド、『風の理を盗むもの』ティティー、『光の理を盗むもの』ノスフィー――の七人。そこにおまけのリーパーを含めて八人が住んでいる。


 その全員が二十層に集まってしまえば、いかに広いボス層と言えども狭くなる。そして、人が多いということは問題が起きやすいということでもある。と言うよりも、問題が起きない日のほうが珍しい。

 迷宮ここでは、いつも誰かが何かしらの小さな問題を起こし、それを誰かが何かしらの理由をつけて煽って、問題を大きなものへ育てようとする。

 ここの暮らしの家事の大半を担っている『次元の理を盗むもの』カナミから言葉を借りれば、それが「ここでの仲間」で「ここでの協力」らしい。


 そして、今日も迷宮の仲間たちは、本当にとてもどうでもいいことを言い争っていた。


「――わ、私はぼっちじゃないし! 友達くらいはいた!」


 かつては知的で威厳あったはずの剣聖ローウェンは、ここでの生活に染まりきってしまっていた。

 その小学生のような話を交わしているのは、二十層の黒い液体のベッドに寝転ぶティティーだった。事の発端は、ちょっとした疑問――「誰が一番友達が多いのだろうか」という話から始まり、そしてここにいるほとんどが友達が少ないことに悲しみ、果てには「誰が一番友達が少ないのか」という話に辿りついてしまった結果である。


「んー、いやアレイス君が誰かと一緒に戦ってるの見たことないよ? 流石に、キングオブコミュ障の称号は君に譲るのじゃ。いやー、アレイス家の剣、マジ孤高じゃった。一人で一万人とか相手に余裕で戦っておった」


 その余りにどうでもいい言い争いに最後まで残ったのは、ぱっと見だと孤高の剣士だったローウェンと、同じくぱっと見だと孤高の王だったティティーだった。

 どちらも自分よりも向こうのほうがぼっちであると信じて疑っていない。


「そんな称号いらないよ! というか孤高と言えば、間違いなく君だろう!? あんな死んだ目した王様とか他に見たことないぞ! 孤高感、かなり出てた!」

「でも、わらわってば、それなりに話す相手はおったぞ? 少なくとも、コミュ障ではないと思うのじゃが……」

「そ、それは仕事での話だろう!? そういうのは友とは言わない! 友と言うのは、もっと、こう、心とか通じあってて、何も言わずともわかりあえる関係を言うんだ! 例えば、剣と剣を合わせるだけで通じ合う関係とか。そういう真の友だけを、友達にカウントすべきだっ!」

「し、真の友だけが友達じゃとぉ……! た、確かにっ。そう言われればそんな気もする……! あ、あれ!? なんだか昔を思い出せば思い出すほど、息苦しく……! はぁっ、はぁっ、はぁっ、ひゅう……!」


「――何が確かにですか。ローウェンなんかに言い負かされないでください、ティティー」


 身体は立派な大人なのに、ちょっと残念な会話をする二人の間にノスフィーが割り込む。


「間違いなく、この中でぶっちぎりのぼっちは、そこの必死過ぎるアレイスですよ。もし、アレイスにコミュニケーション能力がそなわってたら、わたくしは千年前の戦いで北に勝ってます。あと、千年前にアレイスがリーパーと一緒に陣に呑み込まれるなんてこともなかったでしょうね。それに比べて、ティティーのなんと素晴らしいコミュニケーション能力か。北の各国の首脳を説得し、万を超える民を魅了し、北を纏め上げたのです。家を没落させたどこかの嫡男とは違います。どこかの駄目な嫡男とはね」

「ひゅ、ひゅうーう……? そう言えばそうじゃのう。やはり、わらわの勝ちじゃな。いまではノスフィーという親友もおるしの! うむっ、やはり守護者ガーディアンで一番友達いないのはアレイス君じゃ! やーい、ぼっちぼっちー!!」


 ティティーは黒いベッドから飛び上がり、味方してくれたノスフィーを抱き上げて、そのままローウェンを煽りだす。

 結果、ティティーの過呼吸は治ったものの、今度はローウェンの息が危なくなる。


「ぐ、ぐぅ……! あ、ああ、そうだ……。結局、私は一人、そしてアレイス家を、あぁっ……! はぁっ、はぁっ、はぁっ!」


 迷宮の仲間たちは心が弱すぎるのが玉に瑕である。

 これで一人一人が国一つを相手にできる力の持ち主なのだから、この迷宮の上に建っている連合国の首脳陣の胃壁はボロボロだ。

 彼らの子供のような癇癪で、いつ地上が更地になってもおかしくないのだ。そんな特大の地雷が、言葉通り地下に七つも埋まっているのだ。

 この場では割と常識人の渦波は、その心痛を察して涙を流しそうになる。

 そして、このままだと、地上に余波が出るレベルでやばくなると判断し、間に入る。


「はあ。なんで、容赦なく過去のトラウマ抉り合うのかな……? こういう話、みんなのトラウマが再発するだけだって、そろそろ学んでよ。ほら、お茶飲んで落ち着いて、ローウェン」


 次元を操り、何もないところからお茶の入ったティーカップを取り出す。


「すまない、カナミ。ありがたい……。君こそ、私の真の友だ……」

「そうだね。僕とローウェンは友達だね。はい、深呼吸ー」


 ローウェンは茶を啜りながら身近に友がいることを確認し、呼吸を整えていく。

 だが、その熱いお茶の時間に、ノスフィーが水を差す。


「渦波様は無効ですよ、アレイス。心の広い渦波様は、あのパリンクロンでさえも友達扱いしていますから」

「お、おおいぃい――!! だから、ノスフィー! さっきから、そういう余計なことは言わないでくれ! 君は私が嫌いだろう!? なあっ、絶対に嫌いだろう!?」

「いえ、まさかまさかです。アレイスは嫌いじゃあ――ふふっ、ないですよ? ふふふっ、ただ事実確認をしただけです。全くもって、生前のこととか恨みにもってませんよ? ふふふっ」


 ローウェンは叫び、それをノスフィーは愉しむ。

 最初は互いの距離感を掴めていなかった二人だが、いまではこの様である。主従の契約が途切れたいま、本音でぶつかりあい――そして、ローウェンが劣勢気味だ。


 そのすぐ近くで、それを見守っていた赤い髪の少女アルティがため息をつく。その腕の中にいる黒い髪の少女リーパーの頭を撫でながら。


「はあ。相変わらず、ローウェンは……。そこでリーパーちゃんの名前を出さないから、ずっとぼっちというのが、なぜわからないのか……。ああ、かわいそうなリーパーちゃん……」

「べ、別に、アタシは悲しくなんかないよ!? ローウェンにとって友達扱いですらなくても、全然悲しくないよ!?」

「本当にいい子だ、リーパーちゃん。この人として欠陥品しかいない中、君は私を癒してくれる一抹の清涼剤だよ……。どっかの自称天の使いの使徒様より、天使している……」

「え、え? アタシ、死神だけど……?」

「生き様が天使なのさ。その魂の在り方に、種や枠組みなんて関係ないよ」


 その少女たちの話を、ノスフィーに煽られているローウェンは聞いていない。こうして、今日もローウェンとリーパーはすれ違い、いつまで経っても成仏の日は来ないのである。


 ただ――もし、何かの間違いが起こってそういう流れになっても、ローウェンのライバルをやっているティーダが妨害するので、絶対に成仏はできないだろう。

 そのティーダも、もし成仏しかけたら他六名の守護者ガーディアンによって妨害が入るので、ここの守護者ガーディアンたちはいつまでたっても人数が減らないのである。


 このように、国規模の戦略級の怪物たちの足の引っ張り合いは、見事なバランスで保たれていた。

 今日も誰一人欠けることなく、優雅なティータイムをみんなで迎えることができるのは、まさに「仲間だから」である。


 ――そして、いま一つ火種が消えたと思えば、すぐに次の馬鹿な話が浮上してくる。


 今度は「なら、誰が一番単細胞か?」という話が始まり、また見事ティティーが最後まで残ってしまい、心外とばかりに宣言する。


「――むう! わらわだって戦い以外もできるぞ! そんなに疑うのならば、地上でわらわがお店をやってみせるのじゃ! 例えば……食堂レストランとか! うちの男性陣どもは、何かとわらわを戦うことしか能のないやつだと馬鹿にするが……、わらわが仕事のできる女じゃということを、いま、証明してやろう!」


 そのよくわからない展開に、もの静かな弟アイドが口を挟む。


「レ、レストラン……? 馬鹿を言わないでください、姉様。あなたはそこらの国を乗っ取って、トップに立って、侵略するくらいしか能のない方なんですから……」

「な、なんじゃその評価はぁ! 馬鹿にするでないぞ、アイドォ! 昔はわらわ、庭師とかしてたじゃろぉおー!?」

「いや、いま思い返せば、庭師の才能なんてさほどなかったと思います。さらに、いまの姉様は千年で色々と削れ失ってしまっているので、間違いなく他の仕事は無理だと思います」

「で、できるもんっ。たぶんだけど、できるもんっ! わらわだって色々できるはずじゃもん!」

「食堂の経営はそう簡単ではありませんよ。姉様は国単位でしか物を考えられない上、短気で大雑把。そして、千年前の化石のような考え方しかできない以上、運営は不可能です」

「不可能とまで言い切ることはないではないかぁ……」

「この前、正体を隠して地上へアルバイトしに行って、店一つ潰したのを忘れましたか?」

「あ、あれは……、その――」

「無理です。何かするつもりなら、まずエルトラリュー学院の幼年部にでも行って下さい」

「こ、このっ、い、いい、言いおったなあああああ――!!」


 最近、この姉弟喧嘩のパターンが多い。一言少ないアイドの助言を勘違いして、すぐにティティーが怒ってしまうのだ。今日も絶賛、すれ違って――それを誰も指摘せずに見守っている(成仏しちゃうかもしれないから)。

 いや、見守るというよりも期待している。


「――ならばわらわと勝負じゃ! レストランの店長勝負じゃ! アイド!!」


 腐っても元は王様。彼女のパーティー企画の立案は、そこそこ通りやすい。


「おっ、いいね」


 能面だけれど間違いなく笑っているティーダが、待っていましたとそれに乗っかる。


「では――暇だし、私たちも参加しようか。最近は、ここまで来た挑戦者をからかいすぎたせいか、守護者ガーディアンの仕事が随分と少なくなったからねえ。たぶん、地上の貴族王族元老院スポンサーたちは怒るだろうが……、まあ、どうでもいいことだ」


 続いて、ノスフィー、リーパー、ローウェン、アルティ、カナミも乗っかり――いつもの流れが生まれていく。


「それじゃあ、四対四のチーム分けをしましょう。ティティーチームとアイドチームです。あ、ティティーにいったほうは文句を言わないように。あと、ちなみにわたくしと渦波様が一緒でない場合は無効で」

「あっ! アタシもお兄ちゃんと一緒がいいなー!!」

「リーパー、我侭を言うな。カナミにばかり甘えていては――」

「はあ、これだからローウェンは……。そこで、なんでそう言うのかな……。はあ……」

「――!?」

「あー、えーっと、公平にグーパーしようか。あ、グーパーのやり方は簡単だから安心して。――え? それくらい、千年前からある?」


 そして、守護者ガーディアンたちは、今日も地上に進軍する。

 守るべき迷宮を空っぽにして、ただ遊ぶために――



◆◆◆◆◆



 ――数日後。


 地上のお偉方を脅した上、潤沢な資金に物を言わせることで、小さいとはいえ立派な食堂レストランが二つ建ってしまう。


 公平に開店資金は同じくらいにして、店の立地も同等。というか、目で見える距離の近さである。

 もちろん、開店日は同日。数ヵ月後の店の売り上げやらなんやらを競うルールとなっている。


 そして、迷宮連合国にある港町のグリアード西部にある『スイーツガーディアン』で、いま開店前の会議が行われようとしていた。

 店長のやる気に引っ張られ、早朝からである。


「――皆のものっ、おはよー! レストラン『スイーツガーディアン』は明日開店じゃ! 何か質問はあるか!?」


 ティティーが店のテーブルを叩き、従業員たちと会議を始める。

 それに数日前、動体視力と反則魔法を全開にした超次元グーパージャンケンの末に決まった『スイーツガーディアン』の店員たちが答えていく。


「ティティー。まずは、その店名の見直しから始めないか……? 別に菓子スイーツはメインじゃないだろう……?」


 魔法戦に弱いローウェンは、当然のように負けティティーチームに乗っていた。

 グーパーをやるのにも正々堂々なんて彼が思っている以上、これは必然だった。


「店長と呼べい! 料理長アレイス君!!」

「て、店長……。その、店名をどうにか……」

「嫌じゃ。はい、次」

「こ、この感じ、昔を思い出す……! ああ……、やっぱり北でも南でも私の労働環境は変わらないんだな……」

「ぶつぶつ言ってないで、アレイス君は切るのじゃ! 食材を切るのがそなたの仕事じゃ!!」

「いや、それはもちろん。指示された下準備は、もう終わっているよ。切るだけなら、一呼吸もかからない」

「うむ、やはり早いな! ご苦労さん!」


 そして、ローウェンがいれば彼女もいる。


「ティティーお姉ちゃん! アタシはウェイトレスのやり方は覚えたよ! いつでもいける!」

「うむ、店員リーパーよ! そなたも仕事が早いな! 褒めてつかわそう!」

「わーい! 褒めてつかわされた!」


 グーパーの際、全員(ローウェンを除く)の協力によって彼女がセットになるのも必然である。 

 そして、最後の一人が――


「ふっ、店長。私のほうも準備は終わった。とりあえず、謎の覆面店員として、スマートに仕事をこなすつもりだ。これも勝負と言えば勝負、手を抜くつもりはないよ」


 およそ接客できる顔ではないティーダだった。


「よし、開店準備は万端じゃな! 料理長に刃物の扱いに長けたアレイス君っ、接客には天使のように可愛いリーパーと精神魔法のプロであるランズ君! 完璧じゃ! みなっ、明日は頼むぞ!!」

「あ、ああ……」

「はーい!」

「くくくっ」


 その王の采配に全員が頭を垂れる。


 そんなこんなで『スイーツガーディアン』の開店準備は終わり――



◆◆◆◆◆



 ――時を少しあとにして、すぐ近くのレストラン『港前新鮮海鮮亭』でも似たような会議が行われていた。

 ただ、同じ会議でもその様子は随分と違う。


「アイド、本当に調理を手伝わなくてもいいのか? これでも、僕はかなりできるほうだぞ?」

「いいえ、渦波様。必要はありません。あなた様はウェイターとして、店内を歩いてくださっていれば、それで十分です」


 店長アイドが、丁寧にカナミの助力を断っていた。

 会議も全力投球だった『スイーツガーディアン』と違って、こちらはとても落ち着いている。会議も前日の夕方からという余裕っぷりだ。


「では、わたくしのほうはどうしましょう?」

「ノスフィー様は万能ゆえ、手料理も完璧でしょう。しかし、あなた様は渦波様と一緒の仕事がよろしいでしょう? なので、ウェイトレスをお願い致します」

「いい回答です、アイド。ふふっ、ふふふっ、では渦波様。夫婦のごとく、共に接客を頑張りましょう。ええ、夫婦のごとく」


 ノスフィーは腕を絡ませながら、渦波にしなだれかかる。色々と逃げ道を失っている渦波は顔を青くして、それを受け入れるしかなかった。


「あ、う、うん……。一緒にがんばろうか……」

「ふふふっ、た、ま、りませんねー、これ! ふふふっ」


 その光景を見慣れているのか、アイドは特に気にした様子はなく最後の一人へ目を向ける。


「ふむ。なら私はどうすればいい? 料理も接客も問題ない。それどころか、勝負の引き分け、圧勝、惨敗、何でもできるよ」


 アルティは渦波とノスフィーを睨みながら、自分の役目を聞く。


「アルティ様は料理に関しても経営に関してもプロ過ぎるので、決して口を出さないように。そうですね……。アルティ様は火加減を見るだけのお仕事にしましょうか。いわゆる店のマスコットってやつです」

「……ほう。私まで温存となると、本当に君一人でやる気みたいだね」

「はい」


 アイドは自分一人で調理を担うと宣言する。

 それにノスフィーを背負った渦波が心配する。


「アイド……、料理できるの? 見たことないけど」

「料理なんてやったことありません。とはいえ錬金術は得意なので……、まあ、人並みのものが作れることでしょう」

「人並みのもので大丈夫? 負けたら、ティティーの門限が撤廃されて、地上が危機に陥っちゃうのに」


 ただ勝負するのはつまらないので、一応賞品的なものが設定されている。


 ちなみに、門限なんてものが設定されているのはティティーとリーパーだけである。リーパーは年齢的にだが、ティティーは夜中に所持金を賭場で全部すってきたりと問題を多々起こすからである。日が暮れても彼女が帰ってこない場合、守護者ガーディアンによる捜索が行われることになっている。

 それを撤廃するとなると、色々と問題がある。主に地上の首脳陣の胃壁に問題が起きる。


「負けませんよ。美味しくもなく不味くもない料理を、適正価格で出していれば、たぶんそれで勝てます」

「ほ、本当にそれだけでいいの? 僕たちの経験を前面に出せば、もっと特徴あるレストランになると思うけど……」

「できれば、ティティー姉様には素人の店にすら勝てないというのを思い知らせてあげたいので……。今回はご自重をお願いします」

「ああ、そういうことか……」


 今回の勝負は、ティティーの心をへし折ることが目的であると渦波はわかった。

 アイドは、勝負の後に「カナミ、ノスフィー、アルティに負けただけだから無効」という逃げ道が生まれないようにしているのだ。


「しかし、味以外のところはきっちりしておきたいと思います。まず店は清潔に、注文はしやすく、客層は幅広く、治安は完璧にします。なので、渦波様ノスフィー様、ごちゃごちゃ言う輩がいればスマートにお引取り願ってください」

「うん。それは言われずともそのつもりだったよ。了解」

「ふふふ、了承しました」


 アイドを中心に、少しずつ店の方針が固まっていく。

 それを一歩引いて眺めていたアルティは感心していた。


「アイド、なかなかいい視点だね。この迷宮連合国の情勢を理解し、需要を読めている。ただ、一つ忠告するとすれば――」

「駄目ですよ、アルティ様。自分に助言も禁止です」

「おっと。すまないすまない。老婆心が出てしまったようだね」


 徹底して、アイドは自分一人でやっていくつもりだった。

 ノスフィーとアルティはそれを面白半分に受け入れているものの、渦波だけは少し不安そうだった。

 こんな適当な運営で、果たして本当にティティーに勝てるのかと顔に出ている。

 その顔からアイドは察し、薄く微笑む。


「心配無用ですよ。渦波様は姉様の子供の頃をよく知らないから、そう思うだけです。いまの姉様は迷宮で千年生きたせいで、子供のころに戻っています。『統べるロード』は才能に溢れていても、いまのティティー姉様は不器用な子供です。おそらく、すぐに飽きて、力技に走ることでしょう。姉様は生まれついての我侭魔王ですから」

「……わかったよ。弟のアイドがそう言うのなら、僕はそれを信じる。店のことはアイドに全て任せる」

「はい、お任せください」


 ――こうして、『港前新鮮海鮮亭』の開店前会議は終了する。


 早い段階で解散となり、アルティとアイドは従業員寮に戻り、渦波はノスフィーに引きずられてグリアードの街に消えた。


 こうして、店のホールには誰もいなくなり、空間に静寂が満たされる。

 天井のランプは消えて、店内は暗闇に包まれ――誰もいないはずの一角から声が聞こえてくる。


「な、舐めとる……! アイドのやつっ、わらわを舐めとる……!!」


 ティティーだった。

 早朝に会議を終えた彼女は敵情視察に来ていたのだ。


「ふうっ。なんとかばれなかったね」


 リーパーの闇魔法と次元魔法によって、二人は『港前新鮮海鮮亭』ホールの隅に隠れていた。

 その他の違和感や気配は、ティティーが風魔法で誤魔化していたので、その隠密性は無駄に世界最高レベルだった。 


「リーパーよ……。絶対に勝つぞ。やつらに目に物見せてくれるわ……!」

「うん! 舐めてもらったら困るよね! アタシたちだって、頑張れば色々やれるんだから!!」


 ティティーとリーパーは自らの門限を解除するため、手を取り合って勝利を誓い合う。


 明日は一切の油断なく、全力で戦うとティティーは闘志を燃やした。

 ただ、そこで闘志を燃やして冷静さを失うところが、彼女の駄目なところである。それを思い知るのには、そう長い時間は必要なかった。


 そして、開店前日の夜が過ぎ――



◆◆◆◆◆



 ――なんやかんやで翌日のお昼時、同時に二店はオープンされる。


 まずは順当に『港前新鮮海鮮亭』に人が入っていく。

 現時点での客足の差は、名前の差だ。


 そして、入ったお客を、渦波とノスフィーがそつなくさばいていく。


「――お客様、こちら当店自慢の『東海鮮魚・盛り合わせ』になります。今朝手に入った海の幸を使っておりますので、どうぞご堪能くださいませ」

「はい。お待たせしました、お客様。わたくしが注文のほうを承りますね」


 両者共に慣れたものである。

 その上、ノスフィーのほうは外見のほうもいい意味で目立つ。

 すぐにその見目麗しいウェイトレスの噂は街に広がり、お昼時を過ぎても客が途絶えることなかった。

 とはいえ、大繁盛と言えるほどではなく、まだ普通のお店としての範囲内だ。


 ――手堅く営業する中、従業員の知り合いも来店してくることは多かった。


「――むむっ、あれはマリアちゃんじゃないかっ」


 来店した知り合い――マリアの姿を見て、本当に厨房で火を見るだけのマスコットとなっていたアルティが誰よりも早く反応する。


 贔屓にしている探索者を見つけたアルティは顔を明るくして、ホールに出てくる。

 その赤い髪の少女を見て、探索者として普通に食事をしにきただけのマリアは驚く。


「え、アルティさん? ここで働いているんですか? って、よく見ればアイカワさんもですね」


 渦波も遠くで軽く手を上げて挨拶した。

 ちなみに、探索者マリアは二人が守護者ガーディアンであることを知らない。探索者の先輩だと思っている。

 迷宮だと渦波は仮面をしているし、アルティも顔を炎に変えている。街へ繰り出すことが多くなってからは、迷宮でも街でも変わらない守護者ガーディアンのほうが少ない状態なのである。


「んー、働くと言うか……金持ちの道楽みたいなものだね。これでも私たちは連合国有数の富豪だから、やりたい放題だ。カナミの妹の問題も、あとは時を待つだけだから、色々と暇なんだ、最近」

「はあ、羨ましい限りです。私なんて、今日も今日とて使いっぱしりをされているというのに……」

「ふむ、苦労しているみたいだね。しかし、立ちっぱなしもなんだから、まずは席について何か頼むといい。君の料理だけは、特別に私が腕を振るおう」

「ありがとうございます。アルティさんは本当に何でもできますね」

「何でもできるほど器用ではないよ。経験したものしかできないさ」

「えーっと、それじゃあ注文は――」


 その言葉通り、アルティはマリアから頼まれた料理を担当する。


 アイドに事情を話せば、二つ返事で了承された。そして、妙に家事万能なアルティによる定食が完成する。

 ただ、それをアルティは自分で持っていかない。

 ウェイターである渦波を呼びつけて、マリアのところへ行けと促す。ついでに「マリアちゃんには何か悩みがあるようだから、話を聞いてあげるといい。渦波はそういうのが得意だろう? 女の子の心のケアというか何というか、お悩みの解決が?」なんてよくわからない言葉を添えて。


 色々な意味を含んだ贔屓であったが、それを渦波は深く考えることなく了承した。知り合いが困っているのを助けるのに、彼に迷いなんてなかった。


 そして、アルティが遠くで見張る中、お悩み相談が始まる。

 マリアはアルティの料理をつつき、渦波は向かいの席で休憩しながら――


「――ありがとうございます、アイカワさん。実を言うと……、いま私たちのパーティーは解散の危機にあるのです」

「え、パーティー解散?」


 マリアのパーティーと言えば、あの理不尽少女ティアラをリーダーにしたパーティーだ。

 あのパーティーが迷宮挑戦しなくなるのなら、それは嬉しいことだと渦波は思った。


「ティアラさんとスノウさんとディアに、結婚の話があがっているんです。みんな、あれでかなりのお嬢様ですから……」

「け、結婚か……。ちょっと力になれないかも……」

「ティアラさんとディアは、その話を蹴る気満々です。ただ、スノウさんは家での立場が弱く、上手く婚約を解消できないかもしれなくて……。このまま、パーティーの誰かが結婚して、解散となると……ちょっと寂しいです」

「……そっか」


 それなりに話が重くて、軽い気持ちで出てきた自分を呪う渦波だった。

 だが、一度相談に乗った以上は放り出すつもりはない。ここに困っている女の子がいるのならば、全力で助ける――と考えるのは彼にとって当然だった。平行世界とか前世とかからの怨念的運命レベルで。


「……なら、その話を詳しく聞いてもいいかな? これでも僕は君たちの友達のつもりだからね。少しでも、何か力になりたい」

「あ、ありがとうございます……。誰にも相談できないことだったので、嬉しいです……」


 こうして、結婚の話があがった経緯――そして、ティアラ・ディア・スノウの現状をマリアから渦波は聞き出していく。


 そして、渦波の無駄に高い推理力がいかんなく発揮され、全てを理解し、解決策も頭の中にいくつか用意される。


「――なるほど、大体わかったよ。一先ず、ティアラさんとディアは緊急じゃないね。危ないのはスノウだ。あの子は無気力なところがあるから、このままだと流されてしまう可能性がある。それはよくない。絶対にあってはいけないことだと思う」

「私もそう思います。きっと、スノウさんは結婚を心の底では望んでないはずです」

「今度、僕がウォーカー家のほうに話をしにいってみるよ。こういう話はパリンクロンあたりが得意かな。二人で行けば、なんとかなりそうだ」

「あ、あの方ですか――いえ、ありがとうございます……。アイカワさんが協力してくれたら百人力です」

「うん、任せてよ」


 渦波はマリアに約束する。

 そこで切りよく、マリアの食事も終わった。

 会計をすませながら、最後の挨拶を二人はかわす。 


「ああ、アイカワさん。よければ、次はティアラさんたちも連れてきましょうか?」

「え? あ、いやー……、まあお客さんが多いと助かることは助かるかな?」

「では、今度はギルドのみんなとか、学院の友達あたりも連れてきますね。それでは、またです」

「うん、またねー」


 売り上げ促進の約束がされ、マリアは店から出て行く。そして、すぐに渦波は他の客をさばくために休憩を終える。

 それを奥の厨房から見ていたアイドは一人呟く。


「……ふむ。やはり、味は平凡でも、二人目当てにそこそこ寄ってくるようですね。とはいえ、それでも客足は普通。満足度も普通といったところでしょうか」


 冷静に分析をしながら、料理を作っていく。

 その料理は平凡で、ずっと店の空気も普通のままだ。当然、何事もなく『港前新鮮海鮮亭』の時は過ぎていく。


「普通ですが……まあ、十分でしょう」


 アイドは満足げに笑った。

 自信があるのだ。

 これだけで姉に勝てる自信が。


 少し遠くから姉の店の喧騒が聞こえてくる。

 その音を聞きながら、間違いないと確信する。


 そして、その自信のまま、時は過ぎて日が暮れていき、『港前新鮮海鮮亭』は閉店の時間となった。

 アイドの当初の予定通り、本当に何の面白みもないまま、一日を終えたのだった。



◆◆◆◆◆



 ――そして、もう一方の店『スイーツガーディアン』も一日を終え、閉店を迎える。


 普通過ぎる『港前新鮮海鮮亭』に対して、『スイーツガーディアン』の一日は華やかなものだった。

 まず朝からティティーの風魔法で道行く人の手元に宣伝チラシを届けたり、そして店先で高級食材(砂糖とか)を取り扱っていることを大々的に宣言したり、ローウェンによる解体ショーをしたり、他にないイベントが目白押しだった。


 けれど――


「――あ、あれ? ちょっと負けてる……?」


 仕事が終わった真夜中、またティティーは闇に紛れて『港前新鮮海鮮亭』に侵入し、敵の収支表をかっぱらってきたのだが、それを自店と比べることでわかった事実に驚愕する。

 それにティーダが肯定する。


「ああ。初日は負けのようだ、店長」

「なぜじゃぁ!? 注文されてから、わらわが珍しい調味料を遠方から飛んで取ってきたりとかっ、海から超大物を獲ってきたりとかっ、色々やったじゃろぉー!?」

「楽しそうだから止めなかったが、見学者ばかりで余り客入りはよくなかったかな」

「な、なんじゃとぉ!? あの新鮮で美味そうな料理を見るだけの客が多かったじゃと!? せっかくアレイス君と店前で解体ショーもしたのにか!?」

「いや、あれが一番悪かった。探索者あたりならあれに耐えられるかもしれないが、一般市民には血が多すぎる」

「そ、そうか……?」

「間違いない。もっと子供向けを考えて、事前に血抜きとかやるべきだったよ。それでも普通の人は引くだろうが」

「む、むむむ……」

「あと、単純にこの小さな店の規模に合っていないイベントだったってのもあったかな。とにかく無駄が多い」

「むむむー!!」


 ティティーは唸る。

 その後方ではローウェンとリーパーが暢気に食事をとろうとしていた。ティティーと違って、二人は大して勝負に執着がない。


「しかし、綺麗な刺身ができたな……。ふむ、もしかして私は料理人の才能があるのかもしれん」

「美味しそうだねっ、ローウェン! 一個頂戴! あーん!」

「そういうのはマナーがよくないんじゃないか、リーパー。ほら、とりわけてやったから、自分で食べるといい。まだまだたくさんあるから、一杯食べていいからな」

「う、うん……」


 いつものようにローウェンは、善意でリーパーの顔を曇らせていた。

 リーパーは大きく開けた口を悲しそうに閉じて、正しい礼儀作法で食事を始める。


「……ん、ほんとに美味しい。美味しいよ、ローウェン」

「だろう? これはもしかしたら、私はシェフとして生きていけるかもしれないな? ふふっ」


「――いけるわけないじゃろ! 食材がいいだけじゃあ!!」


 妙なことをのたまう剣聖の祖に、ティティーは背後から手刀を入れる。

 リーパーの扱いへの怒りもあるが、何より八つ当たりが主だった。


「い、いや、切り身の温度とか新鮮さを保って切るのはなかなか難しいんだぞ? 最適に切れる線を見極めるのに、それなりに奥義とか使ったりしたし」

わらわは見ておったぞ。包丁じゃ『感応』の力を引き出しきれぬからと、最後のほうは剣でやっておったろ。流石に、このわらわでも剣で斬った料理は、なんか嫌じゃぞ……」

「この剣は毎日手入れしてるから、すごい清潔だ。それにモンスターを斬ったことはないからセーフにならないかな?」

「いや、それを使って時々人と戦ってるじゃろ……。ばれたら色々とアウトじゃから、明日からはちゃんと包丁を使うのじゃぞ……」

「仕方ない……。包丁でも私の能力を活かせるように鍛錬するか……」


 ローウェンは素直に忠告を聞く。

 そして、四人で食事を摂りながら、今日の反省点など見直していく。

 至極まじめに、明日へと繋がる意見を出し合っていた。


「――リーパー、明日はメニューを間違えるなよ。困ったらすぐにティーダを頼るんだ。いいところを見せようとして無理をするのは、客に迷惑がかかる」

「うん、わかった。でも、そろそろウェイトレスに慣れてきたから、明日は大丈夫だよ。えーっと、これがこの料理で、こっちを頼まれたらこう動いて……」

「しかし、今日負けたのは残念だ……。向こうは連合国の需要を読んで、リピーターが多くなる戦略を上手くとってる。明日以降も、堅実に客数を伸ばすだろうね。やはり、このときこの場所ならではの方針を選ぶのが、ティティーよりアイドのほうが上手い」


 その話し合いをティティーは、目を瞑って黙って腕を組んで聞く。

 そして、思う。こう、ちまちまとやっていて本当に勝てるのかと。ちょっと不安になっていたティティーだった。


 そんな仏頂面の店長を見て、ティーダは楽しげに聞く。


「……店長には何か妙案でもあるのかな?」

「いや、とりあえずはこのままやろうぞ。しかし、もしものとき――そう。もしものときは、仕方あるまい」 


 こと勝負ごとにおいて百戦錬磨で、勝利を引き寄せることにおいては史上最強である彼女は意味深に言った。


「くくっ。ああ、なるほど。了解だよ、店長」


 ティティーのかつての敵であるティーダは、それをよく知っているゆえに笑う。とても真面目に運用していたティーダの軍隊が、彼女の無茶苦茶な力で駄目になったことなど、両手で数え切れないほどある。

 その懐かしい姿がまた見れるかと期待して、ティーダは笑っているのだ。


 こうして、二店の一日目は終わり、勝負は続き――



◆◆◆◆◆



 ――そして、色々あっての十数日後。


 その間、二店の方針が大きく変わることはなかった。

 ティティーは自分なりのイベントを企画しては迅速に実行し続け、アイドは淡々と通常業務を行い続けた。

 もし、この二人が同じ店にいて、間を取っていくことできれば、素晴らしい店が生まれるのは間違いなかったが、いまは敵と味方である。

 どちらの戦略も極端すぎるためか、共に売り上げは振るうことなく低空飛行し続けた。


「む、むう……。大差ではないが、じりじりと負けておる……」


 どちらも低空飛行だが、リードしているのはアイドの『港前新鮮海鮮亭』だった。

 売り上げの推移を見る限り、このまま行けば勝利もさらっていくとティティーは判断する。

 そして、初日に言っていた「もしものとき」の作戦に移ることを、あっさりと決める。


「――うむ! やはり、駄目じゃなっ。ならば、もう殺るしかあるまいてっ。まともにやって駄目なら、違う手を使うだけじゃ!」


 痺れを切らして、笑顔で根本的勝利を目指しに行ってしまう。


「くくっ、店長。私はそれを待っていたよ」


 ティーダは待っていましたと同意する。

 そしてティティーは、厨房でシェフとして人生の意味を得かけて消えようとしていたローウェンの首ねっこを掴んで『港前新鮮海鮮亭』の店裏へと向かい、到着するなり指示を下す。 


「――よし、ついた! ではランズ君、闇魔法じゃ! 店の裏側からじわじわとやってやれい!!」

「流石は店長、私の使いかたをよくわかっている! 了解したっ、仰せのままにだ!」


 ティーダの凶悪すぎる闇の魔力がこぼれ出す。

 その泥に似た魔力は建物に染みこみ、そのまま店全体を支配しようとする。彼のような闇魔法のスペシャリストにかかれば、店内の客を奪うのは造作もないことだ。


「――はい。反則を感知しましたので来ました。ではキャンセルします」


 しかし、それは店の裏口から出てきた同じ精神魔法のスペシャリストに『魔法相殺カウンターマジック』される。


「くっ、ノスフィーか! 待ち伏せておったな!」

「はあ……。本当にアイドの言っていた通りですね……。本当に来ました……」

「しかし、こちらもその程度は読めておる! さあ、行け! ローウェン・アレイス!!」


 連れてきたローウェンを物のように放り投げる。

 ローウェンは着地と共に、自らの店長を糾弾する。


「いや、行けって言われても……。絶対にやらなきゃいけないことがあるって言うから、何をするのかと思えば……。店長、いまうちの店はリーパー一人、これではこっちの店のほうが回らない。すぐに戻ろう」

「勝利条件を間違えるでないぞ、アレイス君! 要はっ、こちらの店が回らない以上に、向こうの店を回らなくすればよいのじゃ!」

「え? あ、ああ、それは確かに……。それでも勝利だけど……。んー……?」


 なんだかんだで千年前のシビアな価値観であるローウェンは、勝つためならば何をやってもいいという理論に納得してしまいそうになる。


「というか、こういうときのためのアレイス君じゃろうが! むしろ、こういうことでしか役に立たないのがアレイス君じゃろうが!」

「そういうの地味にぐさっと胸に来るからやめてくれないか!? 最近は剣以外で生きがいを見つけるためにがんばってるんだ!」

「だが、せっかくあんなに頑張って身に着けた剣じゃ! 使わないと損じゃぞ!」

「そ、そうかもしれないが……。しかし、店長……! 相手がノスフィーだと、本気では戦えないってのがある!」

「え、え? それはなぜじゃ……?」

「一応、あれでも彼女は女の子だから。傷を作るのはまずいと思う。本気でやると危ない」

「いや、あのノスフィーじゃぞ、あの! 大丈夫じゃって! あれをよく見てみるのじゃ!」


 ローウェンは包丁を持ったまま、ちらりとかつての上司を見る。

 確かに「あの」と頭につくほどの存在感がある。女の子扱いするのはおかしいと思えるほどの威圧感がある。

 それでもローウェンにとって、ノスフィーは女の子だ。そして、彼女はそこそこ強いからこそ、手加減に失敗して傷を作ってしまう可能性がとても高い。

 ローウェンの性格上、どうしても気がすすまなかった。


「……それに、ノスフィーはあれでも元主あるじだし。私も元騎士として、こういうのは……」

「いまの雇い主はわらわで、いまのぬしは一従業員じゃからセーフじゃ! うむ。いけるいける。ほら、いくのじゃっ」


 ここにきてローウェンが戦力にならないのは困るので、ティティーは説得を頑張る。

 しかし、その間に店のほうから新たな援軍が出てくる。上手く仕事の合間を見つけたアイドと渦波だった。


「ほら、渦波様。姉様は根っからの『魔王』でしょう?」

「裏が騒がしいと思ったら……。ティティー、何やってんの……? 売り上げ勝負でしょ……」


 戦いを嫌がっているローウェンの背中を押しているティティーを、渦波は冷たい目で見る。


「こ、これはわらわたちの店の強みを使っておるだけじゃもん! 全力で勝ちに行って何が悪いのじゃっ!」

「いや、何のために勝負してるか忘れてない……? 戦うだけしか能がないって言われて、それを見返すためにやりだしたことなのに、戦っちゃ駄目でしょ……」

「え、見返す……ため? ……ん?」


 ティティーは何かを思い出したかのように停止する。そして、ことの始まりである「戦う以外にもやれることを証明する」という話をあっさり忘れて、暴挙に出ていたことを理解した。


 それをアイドはため息をつきながら指差す。


「渦波様、これが子供の頃の姉様です。ずっと自分は、これに振り回されていたのです」

「ア、アイドォ! 子供んときは、なんだかんだでぬしも楽しそうじゃったろ!」

「あれは子供だったからですよ。もういまは違うのですから、自重してください。年を考えて、年を」

「このう! 年のことは言うでない! 年のことは! こ、こうなればぁあ……!!」


 追い詰められたティティーは、右手に風を纏わせ、銃剣を作った。


「もう色々と取り返しはつかなくともっ、とりあえず勝利だけは取りに行くぞ! 何であれ勝てば、まあ気分はよくなるものじゃからな! 腹いせに、ぬしの店を物理的に潰してやろう!!」


 もはや、嫌がらせの領域で、勝負を続行しようとするティティーだった。

 臨戦態勢に入った彼女を見て、渦波は少し怖気づく。


「発想が魔王的過ぎる……。ああ、もう……。これ、どうしようか……」

「大丈夫ですよ、渦波様。事前にアルティ様を呼んでいます。彼女一人で十分でしょう。店のほうはノスフィー様と自分が回しますので、渦波様は彼女のフォローをどうぞ」


 そして、アイドとノスフィーは店の中へと戻っていき、入れ替わりにやる気満々のアルティが出てくる。


「――ふむ。相手はティーダとティティーかい? 確かに私一人で十分だね。ずっとマスコットをして退屈していたせいか、力が有り余ってるからね」

「え、師匠、本当に一人で大丈夫?」

「この二人とは相性がいい。追い払うだけならできるさ。なんなら君も店に戻ってくれててもいい」


 渦波の心配にアルティはあっさりと答えた。

 ただ、その余裕を見せつけられたティティーは面白くない。すぐに開戦の合図をあげて、襲いかかる。


「舐めおってぇ! いくぞっ、我が従業員ランズ君! このわらわについてこい!!」

「ああ、了解だ! 我が店長!」


 風の剣と泥の剣を持った二人が、炎を纏うアルティに斬りかかる。

 それを渦波とローウェンの二人が、とてもどうでもよさそうに眺める。

 なにせ、この勝負、勝っても負けても、もうティティーの評価が覆ることはない。ただの憂さ晴らしの試合であるとわかっているからだ。


 そして、その『闇の理を盗むもの』『風の理を盗むもの』VS『火の理を盗むもの』の試合は長きに渡って、店裏で繰り広げられた。

 ちなみに、よそ様に迷惑をかけぬよう渦波が店裏に結界を張って、審判はローウェンが務めた。


 その守護者ガーディアン同士の戦いは、結局半日ほどかかり――



◆◆◆◆◆



 ――半泣きのティティーと焼け焦げたティーダ。そして、呆れ顔のローウェンが店に帰っていく。


「ううぅ……。アルティ、物理攻撃がきかないのじゃ……。風でも炎が消えないのじゃ……。あんなの卑怯じゃ……」

「そして、私の闇は炎で照らされて消える。見事な火加減――完封だね。ははっ、本気の本気の勝負にならないと、あれは無理だ。いやあ、しかし、それなりにいい勝負でいい敗戦だったぁ」

「だから、やめようって言ったんだ……。はあ、これでもう完璧に売り上げ勝負は私たちの負けだ。リーパー一人を店に置いてしまって……。ああ、早く戻らないと……」


 完全敗北だった。

 その上、妨害して『港前新鮮海鮮亭』を停滞させるどころか、逆にこちらの店を停滞させてしまった。

 残してきた最後の従業員を心配して、ローウェンは早足で先頭を歩く。


 対して、ティティーの歩く速度は遅い。

 これで勝負も試合も決着……そして、これからも頭の弱い子扱いされる日々が続くと思うと、身体が自然と猫背になってしまっていた。


 三人の守護者ガーディアンがグリアードの街を歩く。

 そして、あと少し歩けば、レストラン『スイーツガーディアン』というところで、三人の守護者ガーディアンは予想に反する光景を見る。


「あれ、まだ店がやってる……?」


 グリアードの夜の下、店に光が灯っていた。

 リーパー一人だけでは、少しの間を持たせることは可能でも、長時間の運営は不可能であると三人は思っていた。しかし、目に映る光景は逆だ。


 とっくの昔に閉まっているはずの自店へ、三人は入っていく。

 それと同時に快活な挨拶が響いた。


「いらっしゃいだよー!!」


 活気に満ちた食堂に、リーパーの声が木霊した。


「え、え……?」


 ティティーは呆然としながら、賑わう自らの店を見る。

 満席とまでは言わないが、十分に客が入っている。そして、並んだテーブルの上には、ちゃんと料理が並んでいる。そのどれもが立派なもので、昨日までの『スイーツガーディアン』の料理と比べても遜色ない。

 さらに言えば、客たちの顔はとても明るい。そのことから、滞りなく料理を提供できていたことがわかる。客の誰一人として、不満を持っていない。


 その理由を、三人はすぐに知ることとなる。

 まず一人の客が追加注文を行った。


「あっ、リーパーちゃん! こっちにエール二つー!」

「うんっ、すぐ持ってく。ちょっと待ってねー!」


 すぐさま、ホールを走り回っていたリーパーは厨房へ向かう。

 そして、同時に彼女固有の魔法と『呪い』が発動する。


「はい、どうぞー!」


 厨房でエールを手に取ったリーパーは、注文した客の死角へ瞬間移動して、背後から酒をテーブルに置いたのだ。いつの間にかテーブルに注文していたものが並んだことを客は驚く。


「――早っ! というか凄いっ!」

「まっ、そういう魔法を使ってるからね! 魔法名は企業秘密!」


 客が驚きながら後ろを向いたときには、もうそこにリーパーはいない。次元魔法を駆使して、客の視線を切り――また別の死角から現れては、違う客の注文をとっている。

 もちろん、会計のほうも同じ方法で完璧だ。まるで、店の中に何人ものリーパーがいるかのような働きぶりだ。

 そして、それを行っているのが幼い少女ということが良い反響を呼んでいた。


「しかし、ホールを一人でまわすなんて凄いなぁっ。向こうの店は、凄い手並みの男女二人で回していたのに。こっちは女の子一人だ」

「えへへ、すごいでしょー!」


 店の中を瞬間移動し続ける少女に、ちらほらと漂う闇の魔法の跡。

 それは明らかに異様な光景だったが、リーパーの無邪気さと必死さが、その異様さをかなり中和していた。小さな身体を目一杯動かして汗水垂らして働くリーパーの姿を見て、その魔法について問いただそうとするものはいなかった。


「本当に凄いっ。そして、偉い。こんなに小さいのによく頑張るなぁ……! おじさん、感動したよ!」


 というか、可愛いから許されてる感じだった。

 とにかく、客の誰からも可愛がられている。


「す、すげえっ! いったりきたり! どうなってんだ!!」


 家族で食事している席もあった。その中の子供の一人が、リーパーの動きを楽しそうに目で追いかけていた。

 特定の大人からの人気だけでなく、子供層からの人気もちゃんとある。


「その上、料理も美味しいわ。私はそれなりに食通だからわかるのだけど、いいものを使って、いい料理をしてる。ねえ、リーパーちゃん、一体どんな方が料理しているの?」

「あー、えっと、奥に凄腕の料理人がいるんだよ! かなり凄腕だよ!」


 もちろん、厨房には誰もいない。

 客の注文の合間に厨房へ瞬間移動ワープしては、リーパー自身が恐ろしい正確さと速度で料理しているのだ。そして、できた料理を注文した客のテーブルへ死角から気づかれぬうちにそっと置く。


 完全にリーパー一人で店一つが回っていた。

 そして、その大道芸とも言える運営が、運良く大反響を呼んでいた。


 守護者ガーディアン三人は厨房へ移動して、業務を引き継ぎながらリーパーに問いかける。


「リ、リーパー……。料理はできないのでは……?」


 ローウェンは自分の担当である厨房で、いくつもの料理が作られた跡を見ながら目を丸くする。


「今日までずっと見てたから、なんか覚えてた! なんとかなるみたい!」


 リーパーは特定の人から『繋がり』で知識を貰うことができる。その上、次元魔法で視覚が複数あるようなもので、生まれたばかりの赤子のように飲み込みが早い。

 それが本人の知らぬうちに「なんか覚えてた」という事態を引き起こしたのだ。


 ただ、それをティティーとティーダは信じられない様子だ。


「なんか覚えてたって、ほんとに? いや、確かに……、店はなんとかなっておるが……」

「これは凄いね。この私でも、この現実を受け入れるのはちょっと難しいほどだ」


 そのリーパーの成長速度と器用さに、かつては「天才」「神童」と崇められた二人さえも舌を巻く。


「リーパー一人で、ここまで……。ああ、立派になって……」


 そして、なぜか、もはや現世に未練なしといった感じで、ローウェンが消えかける。


「あ、それは阻止だ。――《ヴァリアブル・ダウン》。ふう、危ない危ない。ローウェンはちょっと目を離すとこれだから困る」

「だからティーダ! そういうのはやめろ! せっかくの感動がっ!!」


 ティーダが精神に働きかける魔法で邪魔をして、ローウェンは憤慨する。

 その隣で、ティティーはこみ上げる笑いを必死で抑える。軽く今日の売り上げを確認したところ、明らかに四人でやっているときよりも高かったのだ。


「ふ……、ふふっ、はははっ! こ、これは終わってないぞ! まだ勝負はわからないのじゃ! ははははは! よーしっ、姉より優れた弟などおらんと証明してやるのじゃああああ! アイドぉおお!!」


 叫びながら、勝負の続行の意志を示す。そして、店長として、次の方針を全体に伝える。


「これより、リーパーをメインに切り換えていくのじゃ! やつらに吠え面をかかせてくれようぞ! まだ勝てるぞ、この勝負!!」

「うんっ、これからはアタシが一杯料理するよ!」

「ははっ、まだ戦えるのか! これはいい!」


 すぐに新たな役割分担を決めていく。

 その結果、リーパーはホールでウェイトレスしながらも、厨房で料理を行うことになった。そして、リーパーが料理を作っていく途中、隣のローウェンから疑問の声があがる。


「あれ……。もしかして私よりリーパーのほうが料理が上手いのか……?」


 リーパーと自分の料理を比べながら、顔を引きつらせる。


「うんっ、そうだね! ローウェンにシェフは無理みたいだね! だってアタシ以下だから!」

「あ、ああ、確かにリーパー以下だ。認めるしかない……。くぅっ、せっかく私の人生の終点が見えたと思ったのだが……! やはりシェフであることは私の答えではなかったのか……!」

「ローウェン……。答えはアタシと一緒にゆっくりと探そ。別に焦らないでいいんだよ。ゆっくりとやっていこっ」


 これでまたしばらくはローウェンが消えないとわかり、リーパーは上機嫌で料理を作る。

 それをティティーも上機嫌に笑って見守る。


「ふははははー! 店の料理のクオリティは上がりっ、店の売りだし方も固まりっ、看板娘は大人気! やるぞー、みなのものー!!」

「「「おー!」」」


 こうして、『スイーツガーディアン』は新たな経営方針で再出発することになる。

 いままでの大規模過ぎる見当違いの方針とは違い、売り上げが伸びていくのは間違いなかった。


 ただ、それで勝負に勝てるかといえば話は別だった。

 その経営方針の変化を確認したアイドたちは、リーパー相手では負けることを素直に認め、そして「姉様自身の企画力での勝負をやめるのであれば、こちらも自分の力だけで戦うのはやめますね」と言って、『港前新鮮海鮮亭』の方針を変える。


 それは料理メニューの追加。

 渦波、アルティ、ノスフィーによる『異世界料理』『地方郷土料理』『大陸伝統料理』の三つをフルに発揮する方針を取ったのだ。

 その全ての料理が高水準で、普通に伝説レジェンドレベル。間違いなく、いままでの連合国にはないものだった。

 それを安価で振舞ってしまえば、決着は一瞬である。


 そして一ヶ月後、売り上げの差は取り返しのつかないものとなり、ティティーは涙ぐんで迷宮へ逃げ出す。

 今度こそ、勝負は終わりだった。


 遊び終え、守護者ガーディアンたちは我が家である二十層へ帰っていく。


「――それじゃあ、勝負は終わりだね。アイドの勝ちで、ティティーの負け! ……じゃあ、僕は店のほうを片付けてくるよ。少しでも連合国に貢献できるように、店は残す形にするね。パリンクロンと二人なら、すぐにどこかへ上手く譲れると思う」


 地上には店が残ったままなので、その後処理は渦波が行う。

 これもいつも通りである。

 それを他の守護者ガーディアンたちは「まあまあ楽しかった」「あとは任せました」「次は何しよう?」と言いながら見送る。


 こうして、今回の迷宮の守護者ガーディアンたちの戯れは終わった。地上のお偉方たちの胃壁を削りつつ、本当にやりたい放題であった。


 ただ、それが連合国の害になっているかというと、実はそうでもない。


 なにせ、のちにいまの二店は――後世に名を残すレストランとなる。

 先の渦波の言うとおり、パリンクロンと二人で二店は「上手く」「最適な団体に」「格安」で引き継がれる。


 ゆえにこの二店。

 玄人好みの静けさと幅広いメニュー数が売りの店『港前新鮮海鮮亭』と、毎月イベント盛りだくさんの活気溢れる店『スイーツガーディアン』は――両方ともその魅力を損なうことなく、それでいて、より洗練された形でグリアード国に残るのだ。


 なんだかんだで連合国の繁栄に繋がっている。なので、お偉方は守護者ガーディアンたちの扱いに困惑し、常識人である渦波もパリンクロンも彼らを止めようとはしない。


 そして、自由を約束されてしまった動く地雷である守護者ガーディアンたちは、今日も迷宮で賑やかに話をする。


「――此度はわらわの負けじゃ! しかし、今度は――!!」


 大体、またティティーが別の遊びを提案して、


「おっ、いいね」

「では、またチーム分けを――」


 それをみんなで楽しむ。


 今日も明日も、これからもずっと……。

 いつまでも、この時間は変わらないと守護者ガーディアンたちは信じて、いまを楽しみ続ける――



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