スノウIFその3(三章までのネタバレあり)
※三章までのネタバレがありますのでご注意ください。
流れ出る血全てが蒸発し、赤い霧へと変わっていく。その赤い霧は私の全身を包み込んで、人間の私を、更なるステージへと押し上げようとする。
竜人が、人を捨て、竜になる瞬間だった。
かつてない暴虐なる力が身に宿る。その力を乱暴に振り回して、私はローウェンを振り解いた。
いつの間にか、折れた両腕が治っている。喉も翼も、全てが霧によって修復されていた。
今、私という一匹の竜人が、先祖に還ろうとしていた。
かつて、この世界の恐怖そのものとして君臨していた竜。
その血が現代に蘇る。
私は治った喉を震わせ、覚悟を言葉に代える。
「もう、いいや……。もう人に戻れなくても……いい! もうそれでいい!! だって――」
私は竜へ変質していくことを受容する。
ここで死ぬくらいなら、人を捨てる事を私は選ぶ。
巨大化していく青き翼を天に広げる。
大剣を捨て、鱗に被われた両手を握り締める。
今までは背中と腕だけの『竜化』で抑えていた。先祖の血に還りすぎると、竜の力に飲み込まれると知っていたからだ。けれど、もう『竜化』を抑えようとは思わない。
足に鉤爪が生え、胴体が固い皮膚に転じていく。
私は私でなくなっていく。
「――『私は世界が大嫌いだ』! 『ずっと、嫌いだった』!!」
私は私の全てを詠唱にして叫ぶ。
私の人生そのものを代償にして、鮮血魔法を構築する。
その魔法は、世界を否定する魔法に。
世の『理』と戦うための魔法と化していく。
「……そうだ。忘れてた。力がなければ、何も手に入らない。嫌いな世界と戦うなら、力が絶対に必要。なんで、こんな簡単なこと、ずっと忘れてたんだろ?」
私は子どもの頃の記憶を思い出す。
あの頃の私は力で全てを思うがままにしていた。なのに、なぜ私は力を振るうことを恐れていたのだろう。
記憶が霞んで、思い出せない。
「力さえあれば、何でもできる。カナミと一緒にいたい。それが叶う。それさえあれば、もう他に何も要らない。もう何も考えたくない……!」
独白をしている間に、吹き飛ばされたローウェンが再度飛び込んでくる。
私は真っ向からローウェンとぶつかり合う。
ローウェンの水晶と私の竜の鱗が接触し、尋常なく大きな火花が散る。
両者の硬度は拮抗していた。刃と刃が当たったかのような音が鳴り響き、私たちは弾き飛ばされる。
距離を開けながら、私は魔法を唱える。
子どもの頃に教わった唱えてはいけない魔法。生き残りである私が、今日、それを真の意味で完成させていく。
「――古代鮮血魔法、『フライ・ハギアソフィア』――」
そこは全ての竜人が至れなかった境地。
世界の守護者と戦うために身を捧げる魔法だ。
赤い霧が収束し、私の身体に成り変わろうと蠢く。
もう一度、ローウェンは私のほうへと飛び込んでくる。
お互いに必殺の意思を目に宿らせ、腕を振り抜く。
互いの腕が交差する。
今度は弾き合うことなく、互いの心臓部へと腕が伸びていった。
そして、何もかも砕ける音が鳴る。
私の『理』を抜けた暴力がローウェンのクリスタルを砕き、同時に、ローウェンの腕も私の胴体を鱗ごと貫く。
「ローウェンっ、アレイスっ!!」
「スノ――、ウ――」
その勢いのまま、私の額はローウェンの能面にぶつかった。
ローウェンの顔を覆っていた水晶が砕け、素顔が露になる。
私とローウェンの目線が絡む。
そして、互いに気付く。
今戦っている相手が、余りにも自分と似ていることに――
まるで鏡を前にしているかのような錯覚がした。
私はローウェン・アレイスのことがよくわかる。
彼も、その才能ゆえに誰からも教えられることなく、たった一人で成長してしまった。子どものまま、こんなところまで来てしまった。
自分のことのようによくわかる。
今のローウェン・アレイスの気持ちも。その力の出所も。全てわかってしまう。
貫いた腕が暖かなものに触れていた。
それこそがローウェンという存在の全て。
モンスターの核。魔石だ。
私はローウェンの魔石を握り、ローウェンは私の心臓を握る。
全てを曝け出しながら、私たちは本音を語る。
「優しくない世界なんて嫌い! 大嫌いだ! あなたならわかるはずだ、ローウェン・アレイス!!」
「ア、アぁ――違う。スノウ、それは――、違うんだ」
「私たちを拒んだ世界は全部っ、私が否定する! だから、力を貸してっ!」
「――しかし、このままでは、君も――……」
ローウェンは水晶が剥がれたおかげで人語を喋ることが出来た。
口では私を否定している。けれど、身体は共鳴し続ける。
ローウェンも私の言っていることを、誰よりも理解している。共感してしまっているのだ。
だから、同化が止まらない。
ローウェンの魔石が溶けて、私へと流れ込む。
私の心臓が潰れ、新しい心臓を受け入れる準備が出来てしまう。
もはや、ローウェンも私も助からない。
もし生き残るとすれば、『地の理を盗むもの』ローウェンの魔石を得た私だけだ。
それをローウェンもわかっていた。
だから、ローウェンは全てを諦めるしかなくなる。
「――願わくば、私たちの代わりに――、君だけでも――」
そう呟き、ローウェンはゆっくりと目を閉じた。
ローウェンの魔石が砕ける。
そして、その魔石にこもっていた膨大な魔力が私へと流れ込む。
「くぅ、うぅっ! ぅぅあ、あぁアアアーーー!!」
猛毒が全身を焼いているような激痛に襲われる。
理由はわかっている。私とローウェンの親和性が足りないからだ。だから、同化に手間取ってしまう。
人の身では耐え切れない力が、毒のように全身を巡る。
「ならっ! 人の身体で受け入れられないならっ、それならァア――!!」
私は魔法を構築する。
命を代償に、『竜化』の魔法『フライ・ハギアソフィア』を加速させる。
赤い霧の色は血よりも濃い紅と変じ、私の空いた身体へと吸い込まれていく。
僅かに残っていた私の人間性が失われていくのと引き換えに、毒をも飲み込む狂気を私は手に入れる。
赤い霧と魔石を吸収し、私の身体が耐えられる致死量を超えてしまう。私とローウェンは地面へともつれるように倒れこんだ。
そして、ローウェン・アレイスとスノウ・ウォーカーは死んだ。
ローウェンは光となって消えていく。
同時に、水晶の丘も粒子となって空へ吸い込まれていく。
赤い霧も晴れていく。
最期に残ったのは心臓の代わりに魔石を得た竜人の死体が一つだけ。
死体は死にながら、立ち上がる。
理屈ではなく本能で実感した。
今、私は死んだ。
そして、新しい私が生まれた。
私の名前はスノウ。『地の理を盗む竜』スノウだ。
もう人ではない。
化物だ。全生物の畏怖の対象であるドラゴンとして甦ったのだ。
それを私は笑う。
「――……えへっ、えへへへ! やった! 力が溢れてくるっ、誰にも束縛されない無敵の力だ!!」
私は翼を広げ、跳躍する。
身体の底から溢れ出る力が、私を天高くまで舞わせる。
そして、飛ぶ。
ずっと恐ろしかった空を、自由に飛びまわる。
翼が竦むことは、もうなかった。
「もう生まれやウォーカー家に縛られることなんてない! それどころか、世界に縛られることもない! 全ての枷が外れたんだ! すごいっ、身体が軽い!!」
どこまでも飛べる気がした。
雲をつきぬけ、地上から離れていく。
今まで生きていた世界が小さく見える。連合国の端から端まで見渡すことが出来る。ラウラヴィアが小さい。ウォーカー家が小さい。――それが爽快だ。
これが私の夢見ていた景色。
ずっとずっと、来たかった場所だ。
これがドラゴン。
今は翼だけしか『完全竜化』していないが、時間と共に身体の全てが変わっていくだろう。
そして、全て『完全竜化』したときには、太陽にだって飛びたてるはずだ。
この快楽を味わってしまってはもう、私は地上で生きていくことはできない。
「ああ、もう戻れない! けど、構わない! カナミが私のものになるならそれだけでいい! それが『地の理を盗む竜』の全て!!」
私は竜の風を荒々しく波打たせ、空を滑空する。
連合国すれすれを飛び、暴風を街に起こしながら想い人を探す。
しかし、肉眼で探すとなると時間がかかる。私は得意の振動魔法を構築する。
「カナミ! 私のカナミ! どこにいるの!? 聞かせて、カナミの音を!」
詠唱も魔法名もなしに『ヴィブレーション』を発動させる。
しかし、魔法効果が人のときとは段違いだ。
竜の咆哮と共に、連合国全体が震える。
音を盗み聞くために、私の魔力が国中へ浸透していく。今の私の魔力ならばそれが可能だった。ただ、予想外だったのが、私の魔力の性質の成長だ。
すがりつく特性の魔力に重みが加わっていた。
私の人離れした魔力が、連合国の家屋全てにのしかかっていく。
玩具が壊れるかのように、次々と建造物が潰れていく。人々は天から落ちてきた急な重みに驚き、大混乱に陥っていた。
人間が小さな粒となって蠢いていた。私はそれを空から見下ろし、優越感に浸る。
私は地上を気にせず、振動魔法を連合国中に広げた。
魔力で包み込み、全ての振動を拾う。
『ヴアルフウラ』とラウラヴィアにカナミはいない。
もう連合国から出たのかと少しばかり焦る。世界中を探すとなると、少しばかり骨が折れるからだ。
さらに範囲を広げようとしたところで、愛しい声を見つける。
場所は南の国グリアード。
その港の一つにカナミは居た。現人神たちと共に海へ出ようとしていた。
『いた!』
私は笑顔になって、翼を羽ばたかせる。
そして、何もかもを破壊しながら、言葉を振動魔法で変換しながら、グリアードへと飛ぶ。
白い雲を奔るかのように、空の海を泳ぐ。
ときおり、地上から私を見つける声が聞こえてくる。空を飛行する生物を見つけ、驚きと畏怖の目を向ける。
それは子どもの頃に望んでいた状況だった気がする。
そうだ。
私は青い空を自由に飛び、色んな人から憧憬の目を向けられたかった。
思いもしないところで過去の願いが叶ってしまった。
だが、もうそれすら関係ない。
今の私にとって大切なのはカナミだけだ。
そういう契約で私は強くなった。カナミだけが私の願いとなった。
だから、脇目も振らずに私はカナミの居る場所へと駆ける。
丁度、カナミたちが船へ乗り込もうとしているところだった。
暴風と共に、私は船のメインマストの一番の上に降り立つ。
船は揺れ、海に津波が発生する。
『――カナミ!!』
同時に私の声が、連合国中に振動となって鳴り響く。
港に居た全員が耳を塞ぐ。
加減の出来ない振動魔法によって、もはや会話の声すらも武器となってしまっているようだ。
「ス、スノウなのか……? その身体は……?」
カナミは顔を歪ませながら、私の身体を指差す。
私は指摘されるがまま、自分の身体を再確認する。
まず、左腕が奇怪に肥大化していた。どうやら、翼の次は腕のようだ。このままだと、私が人を捨てるまで一日とかからなさそうだ。
そして、鱗の代わりに水晶によって身体が覆われている。まるで、さっきまで戦っていたローウェンのように腕が増えてもいた。全く気がつかなかった。
いや、気がつかなかったというよりは、単純にどうでもいいのだ。
私は身体のことよりも大切なことをカナミに伝える。
『死んだ、みんな死んだよ! リーパーも、ローウェン・アレイスも死んだ! また、私だけしか生き残れなかった!』
「……リーパーとローウェンが死んだ?」
カナミは口を開いて驚き、聞き返す。
『ローウェンがリーパーを殺して、ローウェンを私が殺したの。カナミがいなくなるのが悪いんだよ。カナミのせいで、何もかもなくなっちゃった。私のせいじゃないよ』
「ま、まて。なんでそうなった? おまえたちは強い。僕がいなくても大丈夫だと思って、そう信じて僕は――!」
カナミは私の説明に納得いかなかったようだ。けれど、それもどうでもいい。
私は私の目的のためだけに、私のことを話す。
『けど、ありがとう、カナミ。これで何の憂いもなく戦える。カナミを私のものにすることができる。全てはこうなる運命だったんだ……。私の人生は、このときのためにあったんだ……』
これで私は報われる。
全てが無駄でなかったと胸を張れる。
そう思い、私は眩い空を見上げる。
話を無視されたカナミは大声で話を続けようとする。しかし、それは隣に居た現人神によって止められた。
「カナミ、明らかにスノウは普通じゃない……」
「わかってるっ。けど、僕はスノウが普通じゃなくなった理由を知りたいんだ!」
泣きそうな顔を見せるカナミを、マリアちゃんが首を振りながら落ち着かせる。
「そんな余裕はないですよ、カナミさん。今のスノウさんの魔力は異常です。連合国全てを押し潰そうなほどの魔力。まるで、守護者――、いやそれ以上です」
そして、現人神の守護騎士と使徒も出てきて、私とカナミの間に割り込む。
何があってもカナミを渡さないという意思が見える。
私はその意思を笑い、受け入れる。
『うん、知ってた。カナミを奪ったおまえたちが出てくるのは知ってた。けど、もう怖くないよ。それだけの力を、私は手に入れたから!』
翼を動かし、竜の風を発生させる。
私の振動魔法が混ざった竜の風は、通常よりも高位の攻撃手段と化していた。小枝を折るかのように、足元の船を割る。
崩壊する船を捨て、私は飛ぶ。
太陽を背負い、高き空から低き地上を見下ろして宣言する。
『さあ、もう一度踊ろう! この空こそが私の本当の舞踏会場! 私の世界!!』
その宣言を最後に、戦いが始まる。
カナミは動けない。友人たちの死という現実を受け入れることができていなかった。
代わりに、カナミの仲間たちが立ちふさがる。
私からカナミを奪った現人神とその仲間たち。
しかし、今度は逆だ。私がおまえたちからカナミを奪う。
おまえたちが力でカナミを奪ったように、私が力でカナミを奪い返す。
それだけが私の願いであり、未練となった。
そして、『化物』となった以上、私の死は確定している。けれど、最期のときはカナミと迎えてみせる。
もう私にはそれしか残っていない。
それ以外のものは忘れてしまった。
生きて生きて生きてきて、最後まで願いを間違えないなんてことはできなかった。私はローウェンのようにはなれない。
時が過ぎれば、人は物を忘れる。それは自然の摂理だ。
それがどんなに大切なものであったとしても避けられない。
だから、私は最後の願いだけは叶えてみせる。
ただ――
ただ、最後の願い、それすらも、もう――
消えてしまいそうだ――
竜の咆哮が連合国に響く。
振動が港の建物を崩壊させていく。全ての船が砕かれ、海に巨大な津波が生まれる。
殺人的な波動の中を現人神たちが走る。
それは英雄が化物に挑む光景そのものだった。
しかし、私はもう英雄の側ではなく、化物となっている。
それが少しだけ。
本当に少しだけ悲しかった。
◆◆◆◆◆
――決着がつく。
私は完全に竜となってしまった。もう人の部分は一つも残っていない。
空を覆うほど巨大な水晶竜となった。
そして、グリアードの港に居たほとんどの生き物は死滅してしまった。
神話にも至る戦いの余波だけで、大地は裂け、海は割れ、全てが崩壊した。
未曾有の地震に襲われたかのように、グリアード国は『血塗れの地獄』と化していた。
連合国中から私を殺すための援軍が送られてきたが、何の意味もなかった。流れる血の量を増やすだけだった。
港としての形を保っていない港で、最期に残った人間たちは敗北を悟る。
もはや、人間は竜に勝てないのだと諦めているのがわかる。
私は遠ざかる意識の中、勝利の確信を得た。
ただ、戦いが長引きすぎたことで、私の人としての意識は限界だった。
ゆらゆらと人間スノウの灯火は消えかけている。
それでも、私は探す。想い人を探し続ける。
生き残った人間たちの中に想い人はいた。
流石は私の英雄だ。
カナミは限界を超えた魔法の使用で、自身の氷に飲まれかけていた。私やローウェンが水晶まみれになっているのと少し似ている。
そして、死んでいった仲間たちの傍で嗚咽を漏らし続けている。
現人神の死体の横で、事切れた使徒の身体を抱えている。
カナミは全てを失い、涙を流し、絶望しながら、怒っていた。
しかし、怒りの対象は私じゃない。
仲間たち全てを殺した竜にはでなく、世界へ向けて叫ぶ。
「――くそぅっ、ちくしょう! 無駄だった、何もかも無駄だった! もうっ、終わりだ!!」
私にはカナミの言っていることがよくわからなかった。
朦朧とした意識は、人語を上手く解してくれない。
けれど私はカナミの叫びへ応えるように、身体を動かす。
崩壊した街を磨り潰しながら、山のような巨体が羽ばたく。
カナミは近づいてくる脅威に対して、魔法を唱えて対応する。
「そういうことかよ……! けどスノウ、おまえだけは助けるっ。おまえだけは助からないと誰も報われないんだ……! ――『――、――』、魔法『――』!!」
聞いたことのない詠唱と魔法だ。
私の世界を歪ませる力に対抗すべく、カナミも世界を歪ませようとする。
私の竜の力は、私の人生そのものを代償にした『理』を抜けた力だ。
だから、カナミも多くのものを代償にした『理』を抜けた力を構築する。
天を突くような氷柱が昇り立ち、私の突進を防ぐ。
およそ人の身では起こしえない氷結魔法を使いながらも、カナミは戦いを諦めていた。
何もかもを諦めている。生きることすらも諦めている。
その姿は、いつかの私が望んでいた姿だ。
そう。
私はずっとカナミと一緒に諦めたかった。
カナミは諦めと共に呟く。
「みんな一緒に終わろう……。それがお前の望みなんだろ、スノウ……。 ――魔法『次元雪』」
雪が降る。
その雪の中には異常な魔力が詰まっていた。『理』を抜けるための力だ。
雪は全てを凍らせていく。
崩壊した街を、荒れ狂う海も、死んでいった人たちをも凍らせていく。
氷づけになっていく。
カナミの仲間たちも一人ずつ氷に覆われていく。
マリアちゃん、現人神、使徒、フーズヤーズの騎士――、そして、ラウラヴィアの仲間たちもだ。テイリさん、ヴォルザークさん、『エピックシーカー』のみんな――、ウォーカー家の精鋭たち、中には兄のグレン・ウォーカーもいた。
『あれ、なんで、グレン兄さんまで……? あれ……?』
私は振動魔法でグレン兄さんに話しかける。
答えは返ってこない。
わかっている。
みんなみんな、私が殺したのだ。
みんなみんな、私が殺してしまったから、カナミが弔ってくれている。
みんなみんな、私を心配して駆けつけてくれたというのに……。
私は何をしているのだろう……。
間違いなく、これで『エピックシーカー』は完全に終わりだ。
今日が最後だと思うと、不思議と思い出が甦る。
その間もカナミは魔法を唱え続け、私は暴れ続ける。
「――連結、魔法『過密次元の真冬』――、魔法『過密次元の真冬』――、魔法『過密次元の真冬』――」
私とカナミの戦いだというのに、どこか他人事のような気がした。
ついさっきまで何も思い出せなかったというのに、急に記憶を掘り起こすのが楽になった。
私の人生を思い出す。
『栄光』と『英雄』に狂った人生だった。
かつて、私は尊敬する人へ「あなたは『最強』の『英雄』に相応しくありません」と言った。そして、兄に「スノウさんに『英雄』は相応しくないよ」と言われた。その後、最も似合わない兄が代わりに『最強』の『英雄』を演じてくれた。私は「兄さんにも似合わないね」と、また言った。
その兄が死んだ。尊敬した人も死んだ。二人とも私が殺した。そして、二人が守ってきたものをも、全て私が壊してしまった。
結局、『エピックシーカー』は『本当の英雄』を見つけられたのか。
それだけが最後に気になった。
可能性があるとすれば、今私が戦っている人だけだろう。
カナミの最後の詠唱が聞こえてくる。
「――『――――』、『――――』」
距離が遠いせいか、声がよく聞こえない。
私はカナミの答えが聞きたくて、近くへと飛び込む。
私の殺人的な咆哮を受けながら、カナミは私に答える。
「グリアード国は『理』から外れ、世界は止まる……。連なる次元からも外れ、永遠に凍り続ける……。この魔法でしか、もうスノウは助からない……」
カナミは私を助けようとしていた。
こんなになってでも、カナミは私を見捨てようとしなかった。何もかもを失っても、まだ誰かのために戦おうとしている。
その姿が『本当の英雄』なのだろうか。
わからない。
「――、――魔法『――――』」
カナミの魔法が完成する。
世界が凍っていく。
氷づけになった港に、更なる冷気が満たされていく。
大地や海だけではない。空をも凍らせる世界が構築されていく。
その中を飛ぶ私の身体も免れない。身体の表面が一瞬で凍りつき、身体の芯まで凍える。
翼が動かなくなり、地へと落ちる。
丁度、魔法を唱えるカナミの隣だ。
冷気を精製し続けるカナミへ、私は手を伸ばす。
異形化した竜の腕を、ゆっくりと。
そして、振動魔法で言葉を紡ぐ。
『さ、寒い……。寒いよ、カナミ……』
「……ああ、わかってる。もう眠れ、スノウ。……ずっと、僕が傍にいてやるから」
『眠る……? カナミは一緒に居てくれるの……? 私のものになってくれるの……?』
「……ああ、僕はおまえのものだ。だから、一緒に眠ろう。もう休もう、……僕も疲れた」
ついにカナミは認めた。
私のものだって言ってくれた。
『嬉しい……。よかったぁ……』
願いが叶い、未練が消える瞬間だった。
それはつまり、死ぬということ。
「よかったな、スノウ……」
カナミは薄く笑った。
胸から赤黒い血を流しながら、身体を氷に飲まれながら、私の幸せを喜んだ。
そして、カナミはゆっくりと私へと近づいてきて、寄り添う。
カナミが私のものになった瞬間だった。
私は全身から力を抜く。
同時に私の魔力も霧散していき、港にはカナミの魔力だけとなる。
凍っていく。
世界が氷だけに支配されていく。
不純物のない透明な氷が、白い霧と共に空を覆う。
それは、とても冷たい世界だけれど、とても美しい世界だった。
私はカナミと一緒に氷の世界に飲まれ、この魔法の真実に気付く。
これは凍っているのではなく、世界が止まっているのだ。
その身を魔法に委ねることで、これが氷結魔法ではなく次元魔法であること理解する。
カナミの魔法に、永遠の安息を感じた。
『――これで、もう、誰も私たちの邪魔はできないね』
「ああ」
カナミは口だけを何とか動かして答える。
『一緒に夢を見よう……、カナミ……。幸せな世界の続きを……』
「そう、だな……。それも悪、く、な――……」
またカナミと一緒にラウラヴィアで過ごそう。
あの幸せな時間を繰り返そう。
それが私の夢の果て。
ようやく、私はそこへ至れた。
長い戦いだった。長い道のりだった。
その世界ならば、私はもう悲しまないですむ。
幸せになれる。
『あ、ああ……、やっと報われた……』
そして、目を閉じる。
空をも覆う氷の世界で、英雄と竜は寄り添う。
もう英雄は息をしてなかった。
けれど、竜はその亡骸を抱いて、満足そうに眠る。
竜は眠り――、夢を見る。
幸せな夢を――




