スノウIFその2(三章までのネタバレあり)
※三章までのネタバレがありますのでご注意ください。
結論から言うと、私は負けた。
勝負自体は互角だったが、最大の誤算はマリアちゃんの存在だった。
闇を操るリーパーと炎を操るマリアちゃんの相性は最悪過ぎた。結局、2対2の様相となり、総合力で敗北してしまった。
「あんなのっ、反則だよ……!」
リーパーは悔しそうに火傷だらけの身体を修復する。
私も傷だらけの身体を引きずって歩く。
「そうだね……。やっぱり、カナミは反則だね……」
けれど、リーパーと違い、私は笑顔だ。
いつもの私なら、ここで心が折れるだろう。
しかし、幸か不幸か、今の私は普通じゃない。
リーパーによってトラウマが除去されている。
経験も何もない。ゆえに、学習しない。
まだ一度目だ。だから同じ事を繰り返せてしまう。
「私は諦めないよ。カナミが連合国から出るまで、勝負はわからない。すぐに追いついて再戦する……!」
「え、え? お姉ちゃん……、本気?」
「もちろん、本気だよ。リーパーも協力してくれるよね? 私たち、友達だもんね?」
「あ、ああ、うん。もちろんだよ。アタシとスノウお姉ちゃんは友達だよ……?」
リーパーの表情は浮かない。
それもそうだろう。先ほどは自陣に引き込んでいながら敗北したのだ。
再戦するとなれば、今度は更にラスティアラパーティーが追加される。
英雄、半守護者、現人神、使徒、元『天上の七騎士』の5人パーティーを相手にするのは、流石のリーパーといえど強気になれないようだ。
私たち二人だけでは勝機なんてない。
だから、私は提案する。
「リーパー、ローウェン・アレイスに協力してもらおう。3人で戦えば、今度こそ勝てる……」
「ロ、ローウェンか……。まあ、話すだけならいいかな。今のローウェンなら、きっとアタシの言うこともわかってくれると思うし……」
リーパーは乗り気でなかった。
「行こう、リーパー! 急がないと!」
私はリーパーの手を引いて、ローウェンを探しに行く。
振動魔法と次元魔法を駆使することで、私たちは容易にローウェンを見つけることができた。
そこはラウラヴィア郊外にある孤児院の近くだった。
孤児院が見える丘の上。そこに群生する木々の一つに、ローウェンは背中を預けていた。
しかし、予想外なことに、孤児院を眺めるローウェンの姿は余りに弱々しい。
ローウェンの身体が透き通って見えるかのようだった。
リーパーは喉の奥で悲鳴を上げる。
そして、私よりも先にローウェンへ話しかける。
「ローウェン……? どうしたの、ここで何やってるの?」
「あ、あぁ、リーパーか。来てくれたんだな。……ちょっと、確認していたんだ」
「確認? ううん、そんなことよりもローウェンっ、『舞闘大会』はどうしたの!? 優勝者であるローウェンはもっと忙しいはずでしょ!?」
そうだ。
時間的に考えて、今ローウェンは授章式に参加していないとおかしい。ここにローウェンがいるのはおかしいのだ。
「……ああ、決勝戦を不戦勝したあと、『ヴアルフウラ』から逃げてきたんだ。最後に見納めたくてね」
「最後に見納めって……、それ、ローウェン……。おかしいよ。なんで? ローウェンの一番の未練のお兄ちゃんは、決勝戦に現れなかったのに……!」
『舞闘大会』を終え、ローウェン・アレイスは今にも消えてしまいそうだった。
それを感じ取ったリーパーは青ざめながら、理由を問う。
「……リーパー。私の未練にカナミという『英雄』は必須じゃなかったんだ。確かに、カナミから『答え』を貰うのが一番だった。しかし、この時代の他の『英雄』たちからでも、私は『答え』を教わることができたんだ」
「そんなはずない! ローウェンはカナミを必要としてたっ、何よりも誰よりも、アタシよりも! そのお兄ちゃんはこなかった! 信頼を裏切った! なのになんでっ、ローウェンは消えそうなの!?」
リーパーは必死だった。
それを私は冷ややかな目で見つめる。
ローウェンは落ち着いた様子で首を振った。
相変わらず、その達観した様が苛立つ。
「裏切られたとは思っていない。カナミにはカナミの事情がある。私たちは親友だからな、そのくらいは言葉を交わさずともわかる」
リーパーは感情を嵐のように荒立たせる。
見た目は変わらずとも、『繋がり』の深い私にはそれがわかる。
今のローウェンの発言を聞き、リーパーはかつてないほど怒り、かつてないほど悲しんでいる。
そのリーパーの激情にローウェンは気づいているのか気づいていないのか、淡々と話を続ける。
「私は気づいたんだ……。全てを失えども、ささやかな幸福さえあれば、人は生きて死ねる。私にとってのそれが、ここだ」
ローウェンは手を広げ、寂れた孤児院の見える丘を示す。
今にも空に溶けてしまいそうな身体で、ささやかな世界を満足そうに自慢した。
「こ、ここに居れば、それだけでローウェンの未練がなくなるって言うの?」
「ああ、そうだ。私の望むものがここにあった」
リーパーは震えていた。そして、私も震えていた。
リーパーは孤児院という存在を妬む。
私はささやかな幸福で満足しているローウェンを妬む。
二人の嫉妬の理由は全く違う。けれど、共鳴する感情は『繋がり』を経て増幅されていく。
「ローウェンはアタシじゃなくて、あの寂れた家のほうが必要だったってこと……?」
「……そうだ」
ローウェンはリーパーの問いに、少しだけ逡巡した。
余裕のある私だけが気づけた。今、ローウェン・アレイスは嘘をついたはずだ。
おそらく、リーパーのための嘘だろう。
けれど、当のリーパーは気づくことができない。表情を絶望へと染めていく。
リーパーは限界に近かった。
たった一人で戦い続け、何もかもを背負い、全てを失おうとしている。
その原因の中に、私のトラウマを奪ったことも含まれているだろう。
けれど、私は利己的に、その絶望を見送る――。
ローウェンは最後の別れを告げる。
「死人の私は消え、リーパーは宿敵を失う。いいか、リーパー。ローウェンなんて敵のことは、もう忘れるんだ。おまえはおまえの新しい人生を見つけろ」
「て、敵じゃない……。アタシは敵じゃないよ……!」
「私はおまえの敵だ。一緒には居られない。だから、私は孤児院の子どもたちと一緒に最後のときを過ごし、おまえの見えないところで消える……」
これが今生の別れと決めた表情で、ローウェンは背中を向ける。そして、そのまま孤児院へと向かおうとする。
しかし、リーパーの叫びがそれを遮る。
「――させない! 絶対にさせない! そんなこと、絶対に!!」
「何を馬鹿なことを……!」
ローウェンは振り返る。
そこには大鎌を取り出したリーパーがいた。闇を影から溢れ出させ、全てを飲み込もうとする死神がいた。
臨戦態勢のリーパーを見て、ローウェンは叫び返す。
「私は死人だ、居てはいけないんだ! 私が生きていれば、おまえはっ、おまえは――!!」
「はっきり言ってよ、ローウェン! アタシはローウェンに、たった一言っ、一言を言って欲しくて、アタシは――!!」
ああ、すれ違う。
忌々しい世界が、二人の幸せを許さない。
それを止めなければいけないとわかっていても、私は動かない。
ローウェンへの妬みが静観を選択させる。
このまま、ローウェン・アレイスが満足して消えるのが羨ましくてたまらない。だから、その邪魔をしたくなる。おまえも私と同じ目に遭えと思ってしまう。
私は二人の関係の決壊を止めずに傍観する
その間もローウェンは懇願する。
「リーパー、駄目だ。私はお前の敵だ。敵として見送ってくれ。そして、私を忘れて生きていくんだ。頼む。……ローウェン・アレイスなんてやつはいなかったんだ。いなかったことにするんだ!」
愛しい人からの拒絶の宣告。
リーパーは限界を超えて、泣き叫ぶ。
私はその気持ちが痛いほどわかった。
「違うっ! ローウェンはここにいる! ずっと、私と一緒にいるんだからァア!!」
慟哭が丘に響く。
リーパーは闇に紛れ、ローウェンへと襲い掛かった。
ローウェンは咄嗟に剣を抜いて、大鎌を防ぐ。
「くっ、やる気か、リーパー! ――いや、それでもいい! おまえに殺されれば、それでも!!」
「殺しはしないよ! ちょこっと死んでもらうだけだよ! そう、半分だけ! 『半死体』にさえすればァ!!」
リーパーには手があるようだった。
ローウェンが死ねばモンスターになるのは本人も言っていたことだ。しかし、半分だけモンスターにする方法もあるらしい。聞く限り、半殺しにすればそれでよさそうだ。
「それだけはさせない! 私は人間のまま、消える! ずっと望んでいたものに気づいた、知った! だから、もう迷わない!!」
ローウェンは抗う。どうやら、リーパーの狙いはローウェンにとって困るものらしい。
なら、私がすることは一つしかなかった。
背負ってきた大剣を持ち、ローウェン目掛けて横に振りぬく。
第三者の介入にローウェンは戸惑いながらも受け流す。私は敵対の意思を告げる。
「ローウェン・アレイス、あなただけ満足して逝くなんて許さない……」
「ス、スノウ君……? なぜ、君まで……?」
「その何もかもわかったような顔が嫌い。昔の私の癖に、満足して消えるなんてさせない。逃がさない」
子どもの八つ当たりにも似た感情で、私は大剣を振り回す。
今の短い会話でローウェンは何もかもを理解した。妬まれていることを理解して、無言で剣を弾く。
そこへリーパーが背後から襲い掛かる。
ローウェンは慣れた様子で奇襲をさばく。やはり、思ったとおりだ。リーパーがどれだけ強くなろうとローウェン相手では分が悪い。彼はリーパーとの戦いに慣れている。
奇襲の強いリーパーだが、逆を言えば奇襲しかできないのだ。百戦錬磨に近いローウェンの隙を突くのは並大抵では成功しない。
私とリーパーの猛攻をローウェンは耐え続ける。
リーパーもローウェンも、顔を歪ませながら戦い続ける。
戦いが煮詰まる前に私はローウェンへと接近する。剣と剣を打ち合わせながら、私は声をかける。
「ローウェン、困ってる……? なら私に協力してよ……? そうすれば、攻撃しないから」
「協力、だと……?」
私はリーパーとローウェンの喧嘩に興味はない。
私は私の本題を問いかける。
「ねえ、カナミを捕まえようよ。そして、もう一回記憶を消してもらおう? もう一度やり直そう? もう一度、カナミは30層へ潜るの。そこでまたローウェンとリーパーと出会う。私はそれを嫌々ながらも迎えるの。ねっ、今度はみんなで『エピックシーカー』をやろうよ? きっと楽しいよ?」
この提案をするために、私は二人の状況を悪化させた。
今の私はカナミを手に入れることしか頭にない。
リーパーと同じように、私も私のためだけに戦う。
「ま、待て、自分で何を言っているのかわかっているのか?」
「わかってるよ。まだ大丈夫、まだ間に合う。カナミが連合国を出る前までなら、いくらでも手はあるんだから……」
ローウェンは私の提案を聞いて、口を一文字に引き締める。
そして、ゆっくりと苦しそうに答える。
「……駄目だ。カナミの束縛に協力はできない」
「……ぇ、え? ……なんで?」
私は困惑する。
この場を収められる上に、カナミも戻ってくる。ローウェンにとっては二重に得な話をしたつもりだ。けれど、ローウェンは首を縦に振らない。
まっすぐに私を見つめ、あやすように語りかけてくる。
「今の君は間違っている」
「ううん、間違ってないよ?」
「今の君は、未来の私だ。私がこの世界に残り続ければ、きっと今のスノウ君と同じようになるだろう。何に代えても、カナミを手に入れようとする。だが、それでは駄目だ。その道だけは、間違っているんだ……!」
「間違っているはずないよ……。だって、私はこんなにもカナミが必要だもん……。カナミがいないと死んじゃうんだもん……!」
「協力できない。自分でわからないのか? 言っていることが正常じゃない。まるで子どもの駄々と同じだ」
口調は優しいが、私の全てを否定する言葉だった。
私は我慢することができず、大声をあげながら大剣を乱暴に振るう。
「そんな答え聞きたくない……! なんで? なんで? 私だけ報われないの……? なんでっ、私にだけ、誰も助けがこないのっ!?」
私を見るローウェンの目が気に入らなかった。あれは持っているものが待たざるものを見下す目だ。自分だけ報われて、私を捨てていくつもりの目だ。
妬みが憎しみへと転じていく。
今の私は、人を憎むことに何の躊躇いもなかった。
呵責に苦しむことのない私は、冷静にローウェンを追い詰める方法を思いつく。
「……なら、あの大事な家を壊せば、気も変わる?」
遠くに見える孤児院へ大剣を向け、今度は私が優しく語りかける。
「な――!?」
ローウェンは口を開けて驚く。私の選んだ手段が信じられない様子だ。
「あの寂れた家がローウェン・アレイスの未練を果たすんでしょ? なら、あれを壊せば、逃げられない。今度こそ、よりどころの失ったあなたは、カナミが必要になる。私に協力せざるなくなるよね?」
簡単なことだ。
ローウェンが私よりも先へ行っているというのなら、彼を私のところまで引きずりおろせばいいだけだ。
私は本気であることを示すため、体の魔力を解放する。周辺の草花や木々を包み込み、魔力はローウェンにすがりつこうとうねる。
まとわりつく魔力を感じ取り、ローウェンは私の本気を汲み取る。
私は微笑みながら、リーパーにも話を持ちかける。
「リーパーもそれでいいよね? これで、みんな幸せになれるんだから」
問いかけられたリーパーは、一度だけ目を逸らしたあと頷いた。
「う、うん……。もう、そうするしか、ない……」
リーパーも魔力を解放する。私とリーパーの特殊な魔力が丘全体を飲み込んでいき、周囲は魔境と化していく。空からの光は閉ざされ、まるで闇が全てを押し潰していくかのようだ。
その中でローウェンは顔を歪ませる。
そして、数秒ほどの迷いを見せたあと、悔しそうに首を振る。
「……ここへ来て、まだ世界は私を離さないのか。……くそっ」
忌々しげに剣を振り、ローウェンも負けじとこちらを睨む。
魔力こそ少量だが、その身から放たれる鋭気は尋常じゃない。その鋭い目に睨まれただけで、常人ならば金縛りに陥ることだろう。
その異常な存在感は、ローウェンが守護者である証明だ。
20層の守護者ティーダとは異なるタイプだが、彼も連合国の英雄たちを軽く殺して回れるほどの存在であることを確信させる。
守護者は、敵対者に宣戦布告する。
「舐めるなよ、死神っ、竜! 私の剣は、全ての魔を絶つ剣だ! この先を通れると思うな!!」
そして、後戻りのできない戦いが始まる。
「――『次元の繋累』!」
「――『フライソフィア』」
リーパーの次元魔法が展開され、私は『竜化』するための鮮血魔法を発動させる。
身体から血の霧が漏れ、闇と混ざり赤黒い竜をかたどる。
私は背中から竜の翼を生やして、大地を踏み砕いてローウェンに跳びかかる。
爆発的な加速を得た私の拳を、ローウェンは剣の腹で受け止め、受け流す。向きを変えられた拳は地面へとぶつかり、丘に大きな亀裂が入る。
「なんて馬鹿力だ!」
砂糖が砕けるかのように割れる地面を見て、ローウェンは叫びながら飛び退く。
私は大剣を横に振るって、宙にいるローウェンを追撃する。
ローウェンは襲いかかる大剣を手のひらで叩いて、宙で跳ねてみせた。
一瞬の誤差も許されぬ神業だ。しかし、彼にとっては造作もないことなのだろう。それほどまでに、ローウェン・アレイスという剣士は『技術』に特化している。
私は守護者ティーダと再戦するために考えていた戦闘案を大幅に修正していく。
距離を取ったローウェンの背後に闇が集まる。
闇の中からリーパーの大鎌が伸びてくる。しかし、ローウェンはこともなげにそれを剣で弾いた。
リーパーが不意を突けるかどうかは、私の働きにかかっているようだ。
どうにかして、ローウェンから余裕を奪わないといけない。
私は口の端を歪ませ、ローウェン攻略の手順を構築する。
私にはわかっていた。
ローウェンは口でどれだけ憎まれ口を叩こうと、結局はリーパーに甘い。今も、反撃できるタイミングでありながら防御しかしなかった。
なにより、私たちの勝利条件が緩いのも大きい。単純にローウェンを倒してもいいし、彼を無視して孤児院を狙ってもいい。
いくらでも勝機は見出せる。
私は降伏をローウェンに薦める。
「ローウェン、諦めたほうがいいよ! 諦めたら何もかも楽だよ!?」
「諦めることの苦しみを、君は誰よりも知っているのに! よくそんなことが言える!!」
ローウェンは私の言葉に怒り、剣を乱暴に振るう。
私は竜の鱗を手甲のように扱い、それを弾く。
ローウェンの剣技は恐ろしく速い。
闇に視界を奪われ、私のすがりつく魔力で肢体を抑えつけられながらも、正確に私の人肌を狙ってくる。
しかし、狙いが余りにも読み易い。
竜の皮膚と違い、人間の皮膚は刃物と戦うように出来ていない。
優しいローウェンは、人肌の中にある急所を避けて剣を振るっている。ただでさえ、『竜化』によって人間の皮膚は少なくなっているのに、さらに残り少なくなっている急所でない部分を狙うのだ。剣筋を予測するのは簡単だった。
戦闘は膠着する。
孤児院と自分どころか、敵の二人すらも守ろうとするローウェンは決め手に欠けている。
そして、リーパーも私もローウェンを詰めきれない。やはり、リーパーの癖を読まれているのが手痛い。
闇の中、轟音が鳴り響き続ける。
周辺の木花はへし折れ、丘が崩壊していく。
その中、私は冷静に計算する。
このまま続けば、先に参るのはローウェンだろう。私は余裕を持って戦っているし、リーパーは魔力の供給源が無限にある。
人間のままで戦うローウェンでは、死神と竜の体力に追いつけない。
案の定、半刻ほどの時が過ぎたところで、ローウェンは息切れを起こし始める。
私は勝負を決める頃合だと判断する。
空気が張り詰め、3人ともが勝負の終わりを予感する。
そして、最後の力を振り絞った3人の全力が交差する。
勝負は単純だった。
戦う覚悟を決められないローウェン。覚悟を決めながらも不安定なリーパー。そして、覚悟を決め終えている私。
当然のように、3人の戦いの結末は意志の弱いものから脱落していく。
私の打撃がローウェンに直撃する。
さらに、リーパーの鎌が追撃でローウェンの背中を切り裂く。
「ぐっ――!!」
ローウェンは鮮血を散らしながら、砕けた地面を転がっていく。
私は一安心と共に、大剣を下ろす。
明らかに重症だ。人間の身体では戦闘続行できない。
リーパーも同様に肩を撫でおろしながら、ローウェンへと近づいていく。
「や、やった……! これで『半死体』になる。あとはスノウお姉ちゃんを納得させれば、孤児院を壊すこともない――、っ!?」
しかし、彼女の喜びは、地面に倒れるローウェンの身から溢れる膨大な魔力に打ち消される。
私はその魔力に覚えがあった。
「え、これ――?」
かつて、迷宮の二十層で戦った守護者ティーダの魔力に似ていた。
禍々しい魔力が、倒れたローウェンの身体から噴出する。
そして、その身体から多くの水晶が生えようとしていた。
ローウェンがモンスターに堕ちているようにしか見えない。
リーパーの言っていた『半死体』で間違いないか、彼女に聞こうとする。
だが、それはローウェンの魔法に遮られる。
「……『――ーツ、――ラクス』」
金属を叩き合わせたかのような声が響く。
膨大な魔力が魔法へと変換されていく。
砕けた丘に魔力が浸透し、地面の中から先の尖った水晶が飛び出してくる。
私とリーパーは咄嗟に、その魔法を避ける。
「な、なんで? ローウェン……?」
リーパーの驚きの表情から、『半死体』でないことを直感する。
今のローウェンが「半分」と言えるほど生易しいものでないことくらいはわかる。
私がリーパーに後退を訴えかけようとしたところで、更なるローウェンの魔法が放たれる。
「『クォ――、ショ――テラス』」
ローウェンの身体から無数の水晶の散弾がリーパーに撃たれる。
点ではなく面での攻撃。それにリーパーは直撃してしまう。
しかし、私もリーパーも安心して、その魔法を見送っていた。
ローウェンの目は間違いなくリーパーに向いていた。魔法もリーパーを対象としていた。ならば、魔法がリーパーの身体に届くことはない。
グリム・リム・リーパーはそういう存在だからだ。
そう――、信じていた。
「――え?」
リーパーの小さな身体に穴が空く。
胴体に空洞ができ、手足が散弾によって千切れる。
口から赤黒い血を吐き出しながら、リーパーは砕けた大地へ倒れこんだ。
「あれ、なんで、実体が――、戻って――」
リーパーは残った手で自分の傷に触れる。
そして、大量の血を手に取り、それを見て涙を流した。
「ローウェン――、アタシも、血、が――……」
その言葉を最期にリーパーは動かなくなる。
丘を包んでいた闇が解け、世界は白日の下に晒される。
私は突然の事態に頭の中が真っ白になる。
リーパーが死んだ。
殺しても死なないような特性を持ったリーパーが、いとも簡単に死んだ。
何らかの条件を満たし、リーパーの『呪い』が解けていたのだ。それに私たちは気づけなかった。
私は呆然と立ち尽くす。
幸い、守護者に仲間を殺されたことへのトラウマはない。それはリーパーが持ったまま逝った。
けれど、別の記憶が私を襲う。
かつて、最初の友人が死んだときを思い出す。少しだけ私は動揺する。
「ほ、本当に死んだの……、リーパー……?」
私は震える。
その間にローウェンは動く。
変わり果てた姿だった。身体のほとんどが水晶に覆われ、蜘蛛のような八本腕を生やしている。
水晶でできた能面のような顔をギギギと動かし、死体のリーパーへと近づく。
リーパーの身体に宿っていた膨大な魔力が、黒煙となって立ち昇る。
『呪い』の力全てが霧散していく。多くの『繋がり』が解けていき、ただの少女となっていく。
化物となったローウェンは、ただの少女となった死体を見て啼いた。
宝石の臼が回っているかのような甲高い咆哮が丘に響く。
ひとしきり啼いたあと、ローウェンは周囲を見回す。
そして、次の敵である私へと顔を向ける。
その禍々しい魔力に当てられ、私は我に返る。
今のローウェンは正気でないだろう。モンスターになれば全てを壊すと彼自身が言っていた。それに一目見れば、あれが会話の可能な存在でないことはわかる。
ローウェンは宙に残ったリーパーの魔力の残滓を身に纏う。
魔力を増幅させながら、ゆっくりとこちらへ歩く。
私は必死に頭を回転させて、この状況を利用する方法を探す。
リーパーを失った今、カナミを取り戻すのにローウェンの力は必須だ。
このローウェンをカナミのところへ連れて行けば、連合国から出て行くのを防ぐことは出来るかもしれない。それだけの危険性と関係性を、目の前のローウェンは孕んでいる。
しかし、現実的ではない。
これを御しきれる自信はないし、誘導するにも時間が足りない。
このローウェンを自分の力とするならば、方法は一つ。
今、この場で『地の理を盗むもの』ローウェン・アレイスを倒し、魔石を手に入れることだけだろう。
連合国史上最高のモンスターであろう彼を倒せば、大陸史上最高の魔石が手に入る。
私はそれを知っている。
それに賭けて、私は走り出す。
大剣をローウェンの身体に打ちつけながら名前を呼ぶ。
「ローウェン・アレイス!!」
「――ノウ、――!!」
ローウェンも言葉にならない言葉で応えた。
至近距離の戦いになり、互いの凶器がぶつかり合う。
こうして、私の二度目の守護者との戦いが始まる。
ローウェンは丘全てを水晶と変えていく。木花は色彩豊かな宝石へと変質し、大地は湖に張った氷のように透き通っていく。空から降り注ぐ太陽光が、水晶の戦場に乱反射する。
地上とは思えないほど幻想的な世界の中、私という竜の化身が戦う。
それは神話の一枚絵のようだった。
神々しさすら感じる水晶の花畑を竜の風が荒らす。竜の咆哮が全てのものにヒビを入れていく。
人外の豪腕がガラスを割るかのように、鉱石を砕いていく。
連合国で史上最高の『最強』と言われた私が、連合国の宿敵である守護者と戦う。それはウォーカー家や『エピックシーカー』の悲願でもある。
だが、今の私には関係ない。
私は持てる力を出し切り、ローウェンと戦う。
戦いは幻想的だった。たとえこの戦いを見た冒険者が、違う誰かに話したとしても信じられないだろう。
少しずつ、戦いは終末に向かっていく。
私は満身創痍の身体を動かして、無傷のローウェンに斬りかかる。
力量は互角に近かった。
互いの長所も似通っている。
しかし、長所である防御力と持久力の桁が違いすぎた。
『地の理を盗むもの』ローウェンの強みは、その砕けない水晶の身体にある。
私はそれを突破できないのに、ローウェンの魔法は私の竜の鱗を容易く傷つける。
「強い……、これが守護者ローウェン……」
原型を保っていない上着を一枚脱ぎ捨て、私は大剣を構えなおす。
そこへローウェンの魔法が放たれる。短い詠唱による水晶の散弾が、絶え間なく襲いかかってくる。
それを避ける私の動きは頼りない。
長時間の戦闘と出血で、足も翼も生まれたての子どものように震えていた。
避けきれず、翼に穴が空く。
私は血を流しながら、水晶の大地へと倒れこんだ。
倒れこみ、敗北が迫っていることに気づく。
「……ち、ちくしょう。……ウィルさん、やっぱり私には無理だよ」
かつての先輩の名を叫びながら、ローウェンから距離を取ろうとする。
地を這いながら、無様に逃げる。
「私にはできない……、守護者を倒す『最強』の『英雄』になんてなれない……!」
無慈悲にローウェンは追撃を行う。
水晶の八本腕が私の身体を掴まえる。翼をへし折り、トドメに首を締めようとする。
首だけは死守しようと、私は両手で迫りくる腕を掴んで押し返す。
「リ、リーパー、カナミ、助けて……。身体がボロボロ、血が足りない……。死んじゃう……、これで……、これで私の人生は終わり――?」
避けられない死を目の前にして、私は目の前が真っ暗になる。
そして、黒いカーテンの裏に過去の記憶が通り過ぎる。
走馬灯だ。
今日までの全て。
多くの失敗と不幸が脳裏によぎる。
私のせいで多くの人が死んでいった。死体の山を築いた。
戦えば戦うほど不幸になった。強さは私を孤独にするだけだった。
そして、私は水晶の丘で独り。
過去の私に殺される。傍には誰もいない。
仲間も友達もいない。みんな死んでしまった。いや、そもそも最初からいなかったのかもしれない。私はウィルさんもリーパーも利用して殺しただけ。こんな関係で仲間や友達なんて、口が裂けてもいえない。
そう。
ずっと私は独りだった。
結局、私は死体の山を踏み台にして、何にも手に入れられなかった。
報われない人生。
そんなの――
「――い、嫌だ! 死にたくない! こんなところで死ぬなんておかしい! そんなのおかしい!!」
私は否定する。
このままでは死んでも死にきれないから――、この状況を、現実を、世界を拒む。
「ここで死んだら、報われない! 私もみんなも報われない! 私のせいで、死んでいった人たちはどうなるの!? 誰にも顔向けできない! 私が報われないなんて、おかしい!!」
私は咆哮する。
ローウェンも咆哮を返し、八本腕を更に動かす。
ついには、私の喉を潰し、手足をも砕く。
激痛で全身が硬直する。
血が沸騰するかのように、視界が赤く染まる。
それでも、私は潰れた喉を震わせ、空へ叫ぶ。
「ゼ、ゼッたイに嫌ァアああアあア゛ア゛ーーー!!」
そして、世界は赤く染まる。




