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謎多き2次元美少女に誘拐されました。

作者: 浅井泉

 目覚めたら、憧れの人にナイフを突きつけられていた。首にしっかりと。しなやかな黒髪、つぶらでチャーミングな瞳。制服の上からでもわかる、豊満な胸……。長所をあげればキリがない。それなのに、なぜ僕にナイフを?


 それよりも大きな疑問がある……。なぜ、僕は2次元世界の住人に、ナイフを突きつけられているんだ!?


 僕の知る青嵐優花(あおあらしゆうか)さんは、こんなことする人じゃない! 清々しく吹き抜ける初夏の風のように、清く正しく美しい女性(ひと)だ。そして、謎多き美少女JKなんだ!


 僕が、脳内で優花さんを誉めまくっていた矢先、その優花さんがついに口を開いた。


「あなたの名前は、伊達武礼努(だてぶれいど)くんであってる?」


 ぼ、僕を名指しで呼んでくれるなんて……。


「ちょっと、なんで泣いてるの?」


「あっ、嬉しくて。はい、僕の名前は伊達武礼努であってます。あなたは青嵐優花さん、ですよね」


「そう」


 一言だけ放ち、優花さんはしなやかな黒髪をかきあげる。漫画越しには感じなかった、リンスのいい香りがする。身の危険が迫っているにも関わらず、僕は悠長なやつだ。


「伊達くん、あなたの自宅に電話してくれる?」


「は?」


 彼女の思惑を察してしまった。すると、急に体がわななく。その時、首筋にナイフが這う感触がした。


 護身術なんてできない僕は、身の危険を感じた。ポケットからスマホを出して、自宅にかける。すると、優花さんは僕から電話を奪い取り、話始めた。


「もしもし、伊達さんのお宅ですか。息子さんを預かっています。返してほしければ、身代金1億渡しなさいと、神に要望してください」


 神? わけわかんねえ。しかし、これだけはわかる。僕は、漫画キャラの青嵐優花に誘拐された。まてよ、電話している今がチャンスじゃないか。彼女からナイフを奪い、逆に脅してやるんだ! い、いくぞ。


 だが、こんなときに最新巻である、漫画の2巻を思い出してしまう。彼女が初登場した。


 成績優秀、スポーツ万能。品行方正、容姿端麗。しかし、素性は明かされていない。謎だ。すべてが僕にはない要素だ。誘惑に負け、欲に負け、同調圧力に負け続ける僕にとって、彼女は理想の女性。まさに俺の嫁だ。やるのか、僕。嫁にDVをしかけられるか?


 うむむ、華奢(きゃしゃ)な体だな。こんな美しい人を襲うだなんて……。ああ、良心の呵責が……。


 結局、僕は何もできなかった。電話を終えた優花さんは、殺風景な部屋に凛と佇んでいる。


 重苦しい沈黙。もしや、さっきの会話で僕の処遇が決定したんじゃないだろうな? ニートせずに働いとけばよかった……。親に迷惑なんかかけなきゃよかった。優花さんに二心など抱かず、ちゃんと話を聞いておくべきだった。


 優花さんはじっとこちらを見ている。怖い。立ち上がったけど、どうするつもりだ?


「そうだ、冷蔵庫におにぎりがあるんだよね。食べる?」


「はぁ」


 予期せぬ展開に、僕は緊張の糸がほぐれて、思わず吐息を吐いた。


「食べないの?」


「い、いえ。いただきますが、優花さんの分は?」


「あたしはダイエット中だからいらない」


「だから優花さんはナイスバディなんですね」


 誉めたのに無反応だ。でも、本当に彼女は美しい体型だ。さすが、2次元のキャラだ。そして、2次元のおにぎりも普通にうまい。


 それにしても、なんで僕を野放しにしているんだろう? 普通、誘拐なら抵抗できないよう、手足を縛るはずなんだが。それ以前に、ロープらしきものが見当たらないな。部屋には埃1つ落ちていないから、押し入れ辺りにしまってあるんだろうな。


 そう考えると、優花さんをお嫁さんにしたくなった。なんだかんだ、僕にきちんと食事を与えてくれる。そして、こんなにも掃除上手、収納上手だ。更には、この部屋内では自由に動ける。いわゆる軟禁だ。ああ、さすがだ。2次元の女性は、優しい。もしかして、僕に気があるから誘拐したのかな? 黙ってこっちを見てるし、どうなんだろう。


「ねぇ」


「はっ、はい!」


 急に呼びかけられたから、声が裏返った。


「あなた、あたしのことを好きなの?」


 ま、まさか、このあと告白されるとか? 心臓が暴れている。このまま2次元で暮らすのもいいな。


「ねぇ、どうなの?」


「はっ、はい。好きです」


「やっぱり。それなら、逃げ出す心配もないね」


「は?」


「もっとも、あなたの世界への抜け道は、この世界の神しか知らない」


 神? キリスト、アラー、天照大御神。違う、この世界の創造主とはーー。つまり、彼女は『神』から抜け道を教えられた。『神』とグルなのか? 悶々としている僕に、彼女が言い放つ。


「だから、あなたは帰れない」


 背筋が凍った。帰れない、それは恐怖そのものだ。つまり、この得体のしれない2次元空間で、僕を好きでもないこの女性と、許されるまでいるのだ。僕は、己の淡い妄想を悔いた。彼女は、僕が好きで誘拐したんじゃないのだと。僕の好意につけこんで誘拐したのだと。しかし、掃除もできて収納もできて、食欲もおさえられる淑女(しゅくじょ)が、なぜ誘拐なんか? 僕は思わず尋ねてしまった。答えはーー。


「あたしは、モーセになりたい」


「モーセ……。って、何?」


「神にとっての1番よ。その暁には報奨(ほうしょう)として、花鳥風月飽くことのないエデンの園を奉戴(ほうたい)する」


「わけがわからない」


「そう。ところで、あなたはあたしのことを知ってる?」


 説明してくれない。やはり、この人は謎だ。


「漫画は、まだ2巻までしか出ていなくて。あなたは謎の美女です」


「漫画? あなたこそわけがわからない」


「いや、ここは2次元ですよね?」


「そう」


「だから、この2次元は漫画を通して閲覧できる」


「そう。テレビドラマで、あなたの人生を放映してたように?」


「えっ」


「伊達くん、あたしはあなたのすべてを見ていたよ。学生時代のいじめ、精神疾患を患ったままの就職。過労により病状悪化、退職。それ以来毎日、自宅警備員。勤務内容、PCの閲覧。嫌になるでしょ」


「プライバシーの侵害……」


 親が部屋に入るときには、もっと大声で言える台詞が、何故か優花さんの前では言えない。怖い。この人は、謎の怖さがある。


「辛い人生だったね」


「は、はい」


 天気予報みたいだが、彼女は怖い時々優しい。


「よく頑張ったね」


「ええ。SNSや掲示板には、仲間がいたので」


「知ってるよ。PC2台持ちだよね。それから、スマホとガラケーも持ってる」


「よくご存じで。ところで、この部屋にはテレビがないですね。優花さんもスマホでドラマを見るんですか?」


「学校のPCならタダ」


 意外な答えが返ってきて、驚いた。淑女な優花さんが、堂々と学校でドラマを見るなんて。それとも、2次元では非行には当てはまらないのだろうか?


「へ、へぇー。意外でした。2次元では学校でPC見ていいんですね!」


「ダメだよ」


 やっぱり謎だ!


「伊達くん、あたしのこと何も知らないでしょ?」


「知ってます。清く、正しく、美しい!」


「じゃあ、なんで誘拐なんかしたと思う?」


「それは……。い、嫌になったんですよね。清く、正しく、美しくあることが。ほら、学校でドラマを見られてますし……」


「それだけなら、あたしはモーセにならない」


 またモーセ……。意味がわからない。とりあえずごまかしておこう。


「い、いやー。それにしても、きれいなお部屋ですよね。チリ1つ落ちていない」


「あたしはそれが寂しい……」


「さ、寂しい? ゴミのないことが」


「物はね、普通であることの特権なの。あたしは普通じゃなかった。だから、ここには何もない。そうだ、おにぎり食べたよね。冷蔵庫も、処分しなくちゃ……」


 冷蔵庫を動かそうとする彼女を、僕は見ていられなかった。


「優花さん、この冷蔵庫はまだ使えるじゃないですか! 物は大切にしましょうよ。チリも大事なんでしょ」


「これがあるから命に関わるとしたら?」


「こんなときに意味のわからないことを!」


「あなたはあたしのことを何も知らない!」


 僕は絶句した。その通りだ。この人には何故か勝てない。


「表面だけ、性格だけ。あなたのあたしに対する知識は、その程度でしょ。だから物に依存するのよっ! 物は外見の美だからね。あたしもそうなりたかった。みんなと同じように、スマホを持って、テレビを見て、PCを閲覧して……」


 泣き崩れる優花さん。今まで、殺風景な部屋の意味に気づけなかった自分が、愚かに思えた。清く、正しく、美しい淑女。外見の美、その通りだ。誘拐、身代金。彼女も、神に運命を翻弄された1人だったんだ。


 それを悟った時、僕のスマホに着信が入る。親からだ。


「もしもし、僕だけど」


「い、い、1億用意しました。で、で、ですから、息子を返してくださいっ!」


 また、僕は愚か者だと思った。親は僕に内面の美を、嫌というほど見せつけた。それを想ったら、これから始まる借金地獄に怯える前に、嬉し涙が出た。僕は黙って、優花さんの手にスマホを握らせる。


「あ、あのっ。返答をっ。息子を、返してくれるんですよね? い、1億は用意しましたからっ」


「いりません。息子さんは返します」


 優花さんが断った意味がわからなかった。


「優花さん、せっかく貧困から脱けだせるチャンスだったのに」


「いいの。よく考えたら、あたしはクズだわ。モーセが(けが)れるね」


「そ、そんなことは……」


「この世界の神は、邪神だわ。あたしにあなたを誘拐しろと指図をした。理由は、ファンレターばかり出す盲目だから。でも、あたしはクズだわ。生活苦から引き受けてしまった……。朝は学校、夜はバイトの生活も、ようやく終わると。邪神の先導者のあたしは、悪魔ね。『アメ』と『ムチ』を使って、あなたを洗脳しようとしたから……」


 うなだれる優花さん。僕は彼女の肩にポンと手を置いて、


「いいえ。僕にとって優花さんは、清く、正しく、美しい天使です!」


「あなた、まだそんなことを……」


「優花さんは僕に大事なことを気づかせてくれた。物がすべてじゃない。見かけがすべてじゃない! 僕はあなたに誘拐されて、よかった。僕を先導してくれたからっ!」


「ふふっ、あなたはドMなの?」


 そう言って、優花さんは嬉しそうに笑った。




 元の世界。母親と2人、心療内科の帰り道。


「武礼努。働くのはまだいいから、もう少しゆっくりしなさい」


「うん、そうするよ。無理をしてはいけないって、先生に言われたから。でも、PCの閲覧はやめるよ。規則正しい生活をしろと、先生に言われたから」


「ふっ、先生に言われたからばっかりね。少しは自分の意思を持ちなさい」


「じゃあ、漫画を買うからお金を貸して」


「なんの漫画?」


「『神の代償』3巻」


「えっ、その漫画? 作者が生活苦の末、自殺したという……。打ちきりだから、続き買っても面白くないでしょ?」


「いや、『神』は復活する。そして、苦しむ少女を幸福へ先導するんだ!」


 帰ったら、漫画に1億円を書きこもう。優花さんのため。了

ご閲覧していただいたすべての方をインパクトのある読後感へ先導できたら幸いです。


ご閲覧ありがとうございました。

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