7 寧々と信長
「かたい話は、ここまでとして」
「は」
「この儂が、面倒な手続きを色々やって、得ることのできた、この世への外出許可時間もまだ残っている。のお、秀吉。少し、もてなしてはくれぬか。儂も久しぶりに娑婆の酒を飲みたい。思い出話でもしようではないか」
「おお、これは気が利かぬことでございました。直ぐに支度を調えさせましょう。」
「それから、おなごも同席してもらえたらな、と、儂は希望するぞ」
「おなご、おお、それでは茶々を呼びましょう。お拾いを亡くして、茶々は嘆き悲しんでおります。伯父であるあなた様から、どうか慰めてやってくだされ」
「慰め酒か、悪いが気がすすまんな。場が暗くなる。それに、茶々は現実的な女だ。儂の姿を見たらパニックをおこすぞ。」
パニック? 信長様は、異国の言葉を使うのがお好きなのだな。訳の分からない言葉が増えてきた。まあ、前後の内容で意味はだいたい読み取れるが。
「さようですか。では、信長様のことを存じあげない、若くて飛びきりの美女を呼びましょう。」
「それもよいが、若いおなごか、あまり気がすすまんな。たいした話もできんじゃろう。
そうじや、お前の女房殿がよいな。女房殿であれば、儂の姿を見て驚くであろうが、直ぐに事態を受けとめよう。今、この城におられるであろう」
「おお、寧々ですか。はい、寧々は、信長様を大層好いておりました。亭主の儂が妬けるくらいに。喜びましょう」
秀吉は、次の間に控える侍者に、酒肴の用意を言い付け、寧々を呼びにやらせた。
しばしの時を経て、寧々が居室に入ってきた。
「おお、寧々来たか」
そう声をかけて、秀吉が、信長のほうを見やると、信長は、にこにこと、何とも優しげな表情で寧々を見ていた。
「寧々どの、息災であったか」
「あなた様は、まさか、信長様?」
「おお、信長じゃ、久しぶりだな」
「これは、これは、まあどうしたことでございましょう」
秀吉は、寧々に、ざっと説明した。
寧々は、最初の驚きを収め、事態を受けとめた。
「そういう訳だ。寧々どの。いや、相変わらず美しいのう。おいくつになられた」
「まあ、いやでございますよ。信長様、寧々は、四十七歳になりました。もう婆さんでございますよ」
「いやいや、そなたのことは、藤吉郎の嫁になったときから、知っておる。あの頃の寧々どのも何とも愛らしかったが、今の寧々どのも、うむうむ、よいのお」
寧々は、娘のように顔を赤らめた。
その寧々の様子を見て、秀吉は、そう言えば、寧々とは、もう何年も床を共にしてはいないな、と、ふと思った。
酒肴の用意が整った。
それから三人は、昔話に花を咲かせた。
寧々は、若やいだ声でよく笑った。信長も実に楽しそうだった。
「いやあ、やはり、寧々どのはよいのお。
おお、そうじゃ、秀吉殿。儂は、そなたに言いたいことがある」
「何でございましょうか」
「お前のロリコン趣味、何とかならぬか。あの世から見ていても、何とも見苦しいぞ」
「ロリコン? 何ですか、それは」
その言葉の意味については、信長は、きちんと説明してくれた。
「お前が、大変な女好きであることは構わん。寧々どのの前で申し訳ないが、男とはそういう者だ。だが、お前が相手にするおなごは、ほとんどが、大人になるやならずやの、初めて男を知る、いたいけな乙女ではないか。初めての男が、お前のような、貧相で小男の爺さん、そなた、可哀想だとは思わんのか」
「いや、それは、何とも」
「例えば、家康のおなごの趣味はよいぞ。話していて、あまり面白味のある奴ではなかったが、あやつが相手にするおなごは、だいたいが、夫を亡くした後家だ。そういうおなごを相手にするほうが愉しいと、儂も思うがのう」
「ほんに、寧々もそう思います。いつも言っているのでございますよ。お前さま、もうちっと、大人のおなごを相手になされませと」
秀吉は、黙ってしまった。
「まあ、おなごの趣味というのは、それぞれの男で異なるからのう。やむを得ないのかもしれんが、今、言ったこと、少しは心にとどめおいてくれ」
その話題は終わり、また、思い出話が続いた。
秀吉は、気になった。信長に対する寧々が、何ともなまめかしいのだ。秀吉が、時に、どきっとしたほど。
このふたり。
秀吉は、思った。
もしかして出来ていたのか。
酔った信長が、口を滑らした。
「やはり、寧々どのは、いいのう。このまま、戻らねばならぬのは何とも残念だ。また、いつぞやの夜のように」
信長は、そこで気付いた。語尾を濁した。
「ん、どうした秀吉。何という顔をしておる。今、言ったことか。戯れ言、戯れ言」
はっはっは。と、取って付けたように信長が大笑する。
寧々が合わせて笑う。
不自然だ。
このふたり、出来ていたのだ。
儂は、いくさの遠征で留守が多かった。いくらでも機会はあったろう。
このふたり、いったい、何度、致したのだ。
しばらくして、信長に許されている許可時間も終わった。
信長は、数時間前の感動的な場面に比べたら拍子抜けするくらいに、あっさりとあの世へ戻っていった。
居室に、秀吉と寧々が残った。
「寧々」
「はい」
「床をのべよ」
「どうしました。お前さま。日は明るうございますよ」
「どうでもいい。直ぐに床をのべよ。お前を組み敷く」
「まあまあ、はいはい、お前様がお声をかけてくださったのは、何年ぶりでしょう。
お前さま、寧々は、嬉しゅうございます」
秀吉は、寧々を見た。
確かに美しいではないか。
秀吉は、思った。
お読みいただきありがとうございます。
私は、根気がなく、ディテールを書き込むのは苦手です。他にやりたいことも色々あって、小説を書くことに、あまり多くの時間を取られたくない、という気持ちもあります。
またPR めいたことを書きますが、このサイトに投稿して完結済の架空歴史小説「ホアキン年代記」。
第一部の、神々の物語と、第二部の、英雄たちの物語。本編合わせて、本来であれば、原稿用紙換算で1000から1500枚くらいは、使って書くべき内容だと思うのですが、エッセンスだけ書き連ねて、240枚程度にまとめております。
この、太閤秀吉 も、同様にエッセンスのみ、書き連ねることになるかな、と思います。
その意味では、この第七章は、不要だったかも知れませんが、書きたいな、という気持ちがあり、挿入いたしました。
本小説の「信長編」とでも言うべき部分は、これで終了です。