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太閤秀吉  作者: 恵美乃海
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2 本能寺の変の真相

「光秀殿は、ただただ、上様を恐れておられました。人ではない、神にも等しい方と。

その方の命のままに使われ、おのれの才覚の全てを上様に捧げる。それが、自分の生きる意味と思い定めておられました。


 でも、やがて、信長様が、どのような世を作ろうとされているのかが、光秀には分かった。

 光秀は、伝統と旧来の秩序を重んじる男。信長様の目指しておられる社会は、おのれが理想としている社会ではない。


 本能寺の変が起こるまでの数年の間、私は、中国征伐、毛利との戦いにかかりきりでございましたが、その戦いの中で、安土に参上し、上様に、最後にお目にかかったことがございましたでしょう。」


「おお、覚えておるぞ。お主が持参した土産の多さに、流石に、この信長も驚いた。あの時だな」


「はい、その安土の滞在中、光秀殿と一夜、酒を共にする機会があったのですが、その時、酔った光秀が、さきほど、申し上げたことを口にしました。

言ってすぐに、はっとしたような顔をして、それきり口をつぐみましたが」


信長は黙って聞き続けた。


「私は、その時、こう答えました。光秀殿のおっしゃること、分からぬでもない。上様は、あまりにも途方もないことを考えておられると。

その私の言葉に意を強くしたのか、光秀は、こう言いました。

「上様がなさろうとされていることで、どうしても同意できないことがふたつある、

 ひとつは、上様が、神になろうとされていること。上様は、たしかに私にとっては神にも等しい方ではあられる。ではあっても、本当に神になるということは、現に生きている人間が決してやってはいけないこと。

 もうひとつは、自らが帝を超えた存在になろうとされていること。これは、この日の本に生まれた者が、決して越えてはならない一線であると」」


「で、その光秀の言葉に、お前は」


「はい、同意いたしました。上様が、そのふたつのことを実行にうつされようとしたら、この秀吉も、命を賭してもお止めすると」


「光秀は、喜んだろうな」


「はい、秀吉殿からそのような心強いお言葉をお聞きできるとは思わなかった。この光秀、心の同志を得ました、と」


「それは、お前の本音だな。猿。お前のやってきたことを観ると、よく分かる。

 お前は、この日の本を統一して、絶対的な権力を握っても、あくまでも帝の臣下としての立場は守っている。そう、この日の本の歴史での幾多の英雄たち同様にな。」


「はい、この日の本に生まれたものとして、この秀吉も、それは、決して越えてはならない一線であると、思い定めております。」


「そうか、で、本能寺は」


「私は、光秀殿に手紙を書き送っただけです。中国の戦線は今、膠着しており、近く、上様に、この中国へのご出馬を要請する。上様は、安土城を出られ、京都に、おそらくは本能寺にお泊まりになられるであろう、と」


「で、秀吉も同じ思いである、と思った光秀は、本能寺の挙に及んだ訳か。なるほどな。で、お前は、そうなることが予測できていたので、予め、毛利との間に、講和の条件を提示し、既に同意していたという訳だな」


「やはり、お分かりになられますか」


「ああ、儂が生きていたら、あのような条件で講和する訳がない。そして、本能寺が、実際に起こったあとで、あれほどの短時間で一気に講和を結ぶのは無理だ。たとえ、毛利が、本能寺の変のことを、知らなかったとしてもな」


「はい、本能寺の変以前に、小早川隆景との間で、既にあの条件で同意しておりました。信長様の了解は得ている、と言って」


「では、小早川も、本能寺にお前が一枚噛んでいるということは、薄々分かっていると言うことか。まあ、あやつであればそのことを軽々しく口にすることはあるまい。ましてや、お前が天下人と定まってはな」


「は」


「では、山崎の合戦は、お前が光秀を騙したということか。・・・いや違うな。そこまでの約は交わしていない、ということか。」


「はい、光秀と私が秘かに交わしたのは、信長様がおられない世をもたらすこと。信長様が亡くなられたあとのことまで、約した訳ではこざいません」


「では、あの合戦は、儂のあとの天下人がどちらになるか、文字通りの天下分け目の戦いであった訳か。

それにしては、光秀に精彩がなかったな。

まあ、無理もないか。

儂を討つということを、第一の目的にした男と、そのあとの天下を取るということを最大の目的にした男の戦いだ。

戦に臨む、心構えが違う。

お前が天下を取っても、光秀が、どうしても、許すことができなかったふたつのことは、守られる訳だからな。

なあ、猿よ」


「はい」


「お前はいつから、天下を望むようになったのだ」


「恵瓊の予言でございます」


「ああ、あれか。

「信長之代、高ころびにあおのけにころばれ候ずると見え申候、藤吉郎さりとてはの者にて候」

だったかな」


「さようでございます。私は、それまで、上様のお役にたちたい。信長様に褒めていただきたい。それだけの思いで上様に、仕えてまいりました。

安国寺恵瓊の予言を聞いたとき、世の中にそのように思っている人がいる。ましてや、切れ者として名高い、あの恵瓊が、そのように評していると知り、私の心に天下の二文字が入ってきたのでございます。

私が、この世で、怖いお方、どうしても敵わないと思わせられるお方は、ただひとり、あなた様だけでございます。

上様さえ、おられなければ。

それからは、そのことが、時に私の心に、囁き続けたのでございます」


「で、あるか」


信長は瞑目した。





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