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太閤秀吉  作者: 恵美乃海
1/13

1 お拾、夭折

実在の豊臣秀吉は、ある時期から、人格崩壊してしまったような印象を受けます。

その原因のひとつに、晩年になって、生まれた息子への偏愛があったかと思います。

もし、のちの秀頼が、鶴松同様に、幼くして亡くなり、秀吉が人格崩壊することがなかったら、という発想での小説です。

 医師は、静かに頭を下げた。

臨終を告げる仕草。


「お、お、お、拾。お拾い」


 太閤、豊臣秀吉は、我が子の体に取りすがった。

 哭いた。哭き叫んだ。


五十歳を過ぎて、初めて出来た我が子、鶴松を三歳で亡くし、悲嘆にくれた日々。

再び子を授かった時の歓喜。

だが、その第二子。拾も、たかだか二歳で亡くなってしまった。


かくの如き、悲しみを味わうのであれば、鶴松は、そして、拾は、何のためにこの世に生まれてきたのか。


太閤は、三日三晩、哭き続けた。


「猿」

誰かの声が聞こえる。

何だ。


「猿」

また聞こえてきた。


この儂を、猿などと呼ぶのはあの方のみ。

だが、あの方は・・・

あり得ない。

夢か。


「いつまで寝ているのだ。さっさと起きろ、猿」


 太閤、秀吉は飛び起きた。

この声は。


 目の前にいたのは、紛れもない。

 秀吉の主君、織田信長。


「久しぶりだな、猿」


 上様は、信長様は生きておられたのか。


「う、上様。ご、ご無事だったのですか」


 あれから十二年間、この方は、一体どこにおられたのだ。

 しかし、今、見る信長は、秀吉が、最後に知る姿のまま。

 少しも年を取られていない。


「無事か、だと。そんな訳ねえだろ。

腹、かっさばきましたよ。本能寺でな。火をつけ、体もきれいさっぱり燃え尽きましたぜ」


「では、では、あなた様は一体」


「どこから来たのかということか。決まっているだろう。あの世からだ」


「そのようなことができるのですか」


「ああ、死んでもあの世では、また体を持つ。おのれが死んだあとのこの世も、魂となって、見守り続けることはできる。

儂は、死んだら全ては終わりと思って生きてきたからな。むしろ驚いた。」


「そ、そうなのですか」

では、この方は、一体どこまでご存じなのだろう。


「だが、こうやって、あの世の人間が、この世の人間に、生身の姿を持って会う、というのは、色々と手続きが、厄介でな。滅多に出来ることではない」


「そうなのですか」

秀吉はほっとした。


これからずっと、この方が、傍らにおられるということになったのでは、たまらない。


「ああ、お前に頼みたいことがあってな。今のこの時期が最もよいだろう、と思って、面倒な手続きをすませて、こうやって、やってきたという訳だ」


「は、はい。どのようなことでございましょう」


「おお、おっと、その前に本能寺だ」


ドキッとする


「猿、あれ、黒幕はお前だろ」


言われた。しかし、認める訳にはいかない。この方は恐ろしい。それに、直接手をくだしたのは、あくまでも光秀。


「とんでもございません。何故、そのようなことを思われるのです」


「鮮やか過ぎるんだよ。中国の大返しか。色々と、話を作ったようだが、そのことがあることを事前に知っていなければ、とてもあのようなことはできまい。」


「何をおっしゃられます。あれは、あくまでもこの秀吉が、知略の限りを尽くし・・・」


「じゃかましいわ。このごに及んで。死んじまった人間に、ぐだぐだと、嘘をついてるんじゃねえ」


「はは、ははあ」


秀吉は平伏した。

恐ろしい。やはり、この方は、恐ろしい。


「おっと、つい怒鳴っちまったな。

なあ、猿よ。誤解するな。儂は、お前を責めているわけではない」

「は」

「お前にしろ、あの禿げにしろ。よくぞやってのけた、と感心している。戦国の世に生を受けたもの、あのような機会があれば、断行するのは、むしろ当然。

お前らが、儂に反抗するなどということを予想もしていなかった、この信長の油断が招いたこと。残念だが仕方ないと思う。だが、あの光秀がなあ、とは思う。どうやった」


 秀吉は、腹を決めた。この方に、嘘は通用しない。

それに、どうやら真実を話したほうが良いようだ。

それにしても、この方が、最初に言っておられた頼みとは何なのだろう。

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