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思わぬ展開

 アスカがミュールの家に部屋を借りて、ひと月が経ちました。

 その間にアスカが地球から持ち込んだ道具類が、ミュールの生活に大きな変化をもたらしていました。

 その変化の一端が、ミュールの鼻歌ともにやってきます。


 

「フフ~ン♪フフ~ン♪」


 ミュールは大量の洗濯物が入った籠を両手で抱え上げて、廊下を通り庭先へと向かっています。


「いや~、全自動洗濯機というのは便利ですね~。勝手に衣服を洗ってくれるから、他の家事ができますし。その家事も掃除機や食器洗い乾燥機といったものが手助けしてくれて、とても楽です。あ、おっとっ」



 廊下の埃を吸い込んでいた円盤状の掃除ロボットをひょいと躱します。

「地球は便利な星ですね。あちらの科学という錬金術は凄いです。私たちも負けてられません。星は違えど同じ真理の探究者として、もっと頑張らないと」


 地球の科学技術に触れて、ミュールは錬金術士としての決意を再確認します。

 そこに、彼女の決意を無為に切り裂く、薄汚い声が響きました。


「ぷぎぃぃぃ、ぶきゃあぁあ!!」


 豚のケツの穴に電気棒をねじ込んだような不快な声が家全体を震わせます。

 ミュールは洗濯籠を落として、頭を押さえました。


「はぁ、またですか……これではお家賃が龍の血だけでは割に合わないかもしれませんね」


 彼女は洗濯籠を廊下に置いて、やかましい豚の居る部屋へと向かいました。




――アスカの部屋(ブタゴヤ)



「アスカさん! 毎日毎日うるさ、きゃっ!?」


 扉を開くと同時に、一冊の週刊誌がミュールの顔めがけて飛んできました。

 彼女はそれをパシリとキャッチします。


「あっぶないですねぇ。何を考えているんですかっ? ん、アスカさん?」

 アスカはキラキラの金色お目目に涙を溜めて、奥歯を噛みしめています。


「ど、どうしたんですか、一体?」

「う、」

「う?」

「鬱展開なのじゃぁぁぁぁ!!」

「うわっ」


 アスカの叫び声はミュールの身体を浮かばせて、衝撃は家の外へと広がり、近くの茂みにいた動物や魔物たちは我先に逃げ出していきます。

 

 アスカは泣き崩れて、何やらブツブツ同じことを唱えている様子です。

 そんな彼女に、恐る恐るミュールは呼びかけます。



「何が、どうしたんですか?」

「ぐすっ、贔屓にしていたマンガ、突然の鬱展開に入ってしまったのじゃ。ひっく」

「はぁっ?」


「仲間たちと手を取り合い頑張っていたのに、前触れもなくヒロインが死んで、しかもその死の原因が主人公にあると仲間から責められる。誰も、こんな展開のぞんでおらぬのじゃっ!」

「そ、そうなんですか……」


 アスカはわざわざ床張りから畳張りに変えた畳を掻き毟っていきます。

 

 何を泣き叫んでいるかと多少の心配をしてしまったミュールは、想像以上のくだらなさに、心配した自分の愚かさに眩暈を覚えます。


 軽くふらつくミュールに気がつくことなく、アスカは愚痴を重ねていきます。


「なぜじゃなぜじゃ? 何故、作者とはすぐに鬱展開、悲劇展開に走るじゃっ。それはそういう作風に任せておればよいのにっ。仲睦まじい仲間の話に不要なのじゃ」

「そういうのって作者さんだけじゃなくて、担当の方と話して決めるんじゃないんですか?」


「そんな大人の話はいらん。ともかく、ミュールも読んでみろ。249ページからなのじゃ」

「別に興味ないんですけどねぇ」


 ミュールは例のポーチから眼鏡を取り出し、それを装着して漫画をめくっていきます。

 眼鏡はどんな言語でも、ミュールの操る言語に変換される便利な眼鏡です。

「えっと、途中途中ページ数が記載されてないのは面倒ですねぇ……と、ここでしょうか?」



 ミュールは漫画を読み込み、雑誌を閉じます。


「前の話を知らないからはっきりしたことは言えませんが、急展開な感じはしますね」

「そうじゃろ! まったく、あれだけまったりした日常はどこに行ったのか?」

「でもこれって、その後、ヒロインの死を乗り越えて、仲間たちの誤解を解き、そこから主人公の心が大きく成長し、絆がより深まっていく感じじゃないですか?」


「ま、まぁ、おそらくは。鬱展開のまま終了するやつもあるが、この作者の作風からそうはならぬじゃろうが……」

「だったら、いいじゃないですか?」

「よくない。鬱展開から脱却するまでどのくらいかかる? 一か月か三か月か? それまでこっちはヤキモキしていないとならぬのじゃぞ」


「この漫画が好きなんでしょう。我慢すればいいだけじゃないですか?」

「ふんっ、我慢できぬ」

「でしたら、週刊誌で読むのやめて、単行本で一気読みすればいいじゃないですか」

「それは嫌なのじゃ。早く続きが知りたいからの」

「そう……ふんっ!」


 ミュールは雑誌を畳に叩きつけました。

 

「こら、ミュール! 物は大事せぬか!」

「雑誌を投げ飛ばした人が何を言うんですか。それと、畳を掻き毟ってたでしょう。張り替えるの手間なんですよっ!」

「う、それは」


「もう、床に戻してくれませんか。掃除も面倒だし」

「いや、畳の方が、寝心地が良くての。イ草の香りもたまらんし」

「草の床の良さはわかりますが……でも、畳が見えないくらいに部屋を汚しておいては意味ないでしょうっ!」


 

 ミュールは大きく両手を広げます。

 その両手には収まり切れないゴミの山がアスカの小屋、もとい部屋を占拠しています。

 アスカは慌てて横で裏返っていた円盤状の掃除ロボットを起動しました。


「ほ、ほら、自動で掃除してくれるし、すぐに片付くのじゃ」

「ええ、あなたも片付けられればいいのに……」


 ミュールは周囲の空気を凍りつかせる瞳でアスカを射抜きます。

 幾星霜の時を歩んだアスカでありますが、これほど冷たい瞳を見たことがありません。

 さしもの彼女も、これ以上ミュールを怒らせてはまずいと感じて、正座をして身を正します。


「か、片付けの方はちゃんとしますので、勘弁してほしいのじゃ……」

「はぁ~、毎日その言葉を聞いている気がします。もっとも、アスカさんに何を言っても無駄なのはわかってますから……」

「お、許してくれるのか?」

「諦めたんです!」


「そうか。それは辛い話じゃのぉ」

「辛いのは私の心です!!」

「す、すまぬのじゃ」

「もう、いいです。それじゃ、静かにしていてくださいね」

「ちょっと、待つのじゃ」


「なんです?」

「鬱展開で弱った心を回復したくての。それでゲームで癒されようと思っておるのじゃ。お主の足元にあるソフトを右にある本棚の本体に入れて欲しいのじゃ」

「それくらい自分でやってくださいよ」


 そういいながらも、ミュールは足元に転がっていたゲームソフトを手に取り、ディスクを取り出します。

 その動作を見て、再び豚が啼きました。

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