ヤバい夜這い
――丑三つ時
ポワソの森に静謐が訪れます。
草木の静かな呼吸音を子守歌に、魔物や獣たちは揺り籠へ身を委ね、お化けたちは朝を迎えるまで音もなく漂い、やがてはあるべき場所へと還っていきます。
森に宿る精霊は、彼らをしじまの向こう側で、ただ優しく包む。
すると、風のささやきのみ広がる森に、怪しげな影が……。
「ふっふっふ~。アスカちゃんには悪いけど、美少女を相手に何もしないなんて、八岐大蛇の名折れなの~。しっかり味わないといけないの~」
一度は宿に帰ったと見せかけたヤマタノが戻ってきました。
彼女は気配を完全に消して、森の静けさに溶け込みます。
音もなく玄関を開けて、ふわふわと浮かびミュールの部屋へと向かいます。
そして、そっとノブに手をかけますが、しっかりと魔法の錠がかかっていました。
ですが、そんな錠などヤマタノの前では無意味。
開封の詔を心で唱え、あっさりと錠を破ってしまいます。
木製の扉はヤマタノの力に覆われて、軋みなど一切なく開きました。
彼女は紅く光る眼で部屋を見回します。
部屋は様子は、少女の部屋とは思えないほど簡素なもの。
大きな本棚が壁に張り付き、その本棚には難しそうな学術書がぎっしり。
正面には小窓があり、そこからは脆弱な月光が差し込んでいます。
そして、光の先にはベッド……小さく上下する毛布と微かな呼吸音だけが、静黙な部屋に命を感じさせます。
ヤマタノは鼻からスーッと息を吸います。
(美少女の吐く寝息。美味しい~)
かなり気持ちの悪い行為をしてから、ミュールが包まる毛布へ視線を向けます。
彼女は毛布に向かい、ギラリと赤の眼光を見せました。
すると、毛布の中の温度変化がヤマタノの脳内に映像として宿りました。
彼女は蛇のように、生命の温度変化を感知することができるのです。
毛布の中には、少女の形をした暖かな影。
影とはいえ、うら若き乙女のしなやかな曲線美を目にすることはできます。
スースーと、小動物のような呼吸音。
擦れる毛布の音。
もう、ヤマタノは限界ですっ。
(それじゃ)
「いっただきま~っす!」
ヤマタノはぴょんと跳ね上がり、水中にダイブするように両手をそろえてベッドにダイブしていきます。
同時に服は脱げ落ち、素っ裸。
その様子はどこかの怪盗のようです。
「ミュ~ルちゃ~ん!」
ギュッと毛布を抱きしめたヤマタノ。
次に聞こえたのは悲鳴…………ヤマタノの。
「ギャ――!!」
悲鳴と同時に、ガチャンと天井からベッドを囲むように金属製の牢が落ちてきました。
彼女はベッドの上で激痛にのたうち回ります。
その動きで毛布が取れました。
中から出てきたのは、鋭い棘で覆われた柔らかな人形。
素材はアスカの部屋にある等身大の人形と同じもの。
これはあの人形からヒントを得て、ミュールが創作したもののようです。
ヤマタノはそれを強く抱きしめてしまい、棘塗れになり痛みに暴れています。
それら一連の出来事をしっかりと確認したミュールが、壁端から顔を出してきました。
「まったく、龍という存在は……」
ミュールはマントのような布地を折り畳みながら壁から出てきます。
ヤマタノはただの壁だったはずの場所から出てくるミュールの姿に驚きの声を上げました。
「ど、どうやって。いたい、いたい、いたいの~」
「迷彩外套。この外套に覆われれば、存在そのものを周囲の光景に溶け込ませることのできる錬金術の道具です」
「そ、そんなものがぁ? でも、吾輩の目はミュールちゃんを捉えていたはずなの~」
「人形に私の魂の欠片を付着させて偽装しました。さらに今日お出しした最後の小鉢に、感覚を鈍らせるお薬を少々」
「ええ~、ひど~い」
「ひどくありません。私を襲おうとしなければ、明日の朝には抜ける軽い薬ですから」
「十分にひどいよ~。それに、いたいいたい。なんでこんなに痛いの~?」
ヤマタノはちっぽけな棘に全身を刺されています。
ですが、彼女は龍神です。
本来ならば、この程度で痛みを感じることも、ましてや肌を貫くことなどありえません。
ですが、ミュールは龍に対抗する術を身に着けています。
「勇者さんの血とオリハルコンとミスリルでできた対龍武器、龍の棘。龍の鱗を穿ち、激しい激痛を与えます」
「そ、そんなこわいのを~」
「あ、因みに牢は師匠特性の牢ですから、大精霊クラスでも抜け出すのは不可能ですよ」
「ぬぬぬ~、そんなの関係ないの~。吾輩なら~」
ヤマタノはトゲトゲだらけの手を牢に差し伸ばします。
ですが、触れた牢はバチリと激しい電流のような音を立てて、彼女の手を払いのけました。
「ひぎぃ」
「危ないから触らない方がいいですよ。っと、忠告は遅すぎましたか?」
「うぬぬ、にんげんめ~」
ニヤリと笑みを見せるミュールと、ギリリと歯を噛み締めるヤマタノ。
そこへ、大あくびを上げながらアスカがやってきました。




