八つの
ミュールの家では今日も豚が暴れています。
「ぷぎぃ! 舐め腐ってからに!」
そして、今日もミュールが青筋を立てながらアスカの部屋へやってきました。
「アスカさん! うるさいって、毎日毎日毎日毎日、言ってるでしょうっ!」
「今日はそんなに大声ではなかろうが!」
「普通に生活してたら、どんな大声も出ません。どうせ、またゲームで発狂してるんでしょうが、まったく」
「そうなのじゃ~、ミュール聞いてほしいのじゃ~。運ゲー臭くて、やってられんのじゃ~」
アスカは畳をゴロゴロと転がりながら近づいてきて、ミュールのスカートの裾を掴みました。
これは愚痴を聞いてくれるなきゃ返さないという意思表示です。
とても鬱陶しい豚ですが、ミュールはここで問答を繰り返すよりも、さっさと愚痴を聞いて解放されることを選択しました。
「はぁ。それで何が運ゲーなんですか?」
「東・第一局三巡目、親倍直、24000。残り千点でどうすればいいのじゃ? こんな運ゲークソゲーやってられんのじゃっ」
「ばいちょく? ああ、麻雀ですか。千点残ってるならリーチできるからいいじゃないですか」
「一局目で残り千じゃぞっ。まず、どうにもならんし、つまらん。だから、回線切ってやったのじゃ。ざまぁみろなのじゃ。打ち手のいないただ自摸切りするだけの相手にやる気を削がれるがいいのじゃ」
「アスカさん……この、おバカッ」
ミュールは素早くドラゴンナックルを装備して、アスカの頭に拳骨を落としました。
「いったっ、何じゃいきなり!?」
「マナー違反でしょう、回線切断は!」
「そんなこと言ったって、ほぼ負け確なのに残り何十分も張り付いてられんのじゃ」
「適当に振り込んで終わりにすればいいじゃないですか」
「それがの~、振り込もうと思うと、意外に当たらんもんなのじゃ」
「それはヘタクソだからでしょ」
「なんじゃと? こう見えてもゲーム内で三段の腕前はあるぞ」
「それ、たぶん大したことないですから。もう、マナー違反を犯すようでしたら、対人戦はやめたらいいんじゃ?」
「それだと張り合いがないからつまらん!」
「わがままですねぇ。いいですか、対人戦はモニターの向こう側に人がいるんですから、会話はなくとも最低限の節度をもって、」
ミュールはお説教モードに移りました。
アスカは舌を出して、両手で耳を塞ぎます。
その両手をミュールは引き剥がそうとするのですが、そこにアスカにとっての助け舟が届きます。
「お~い、ミュール~!」
「あら、この声はオークのサンカさんの……なんでしょうかね、珍しい」
「ミュールよ、客じゃぞ。早う、出た方がいいんじゃないのか?」
ニタニタとした厭らしい笑顔みせるアスカ。
説教から逃れられることが大変うれしいようです。
ミュールは何かを口にしようと思いましたが、客人を待たせるわけにも行けません。
仕方なく彼女は腹に不満を抱えてまま、玄関へと向かっていきました。
アスカはそれに小さく手を振って送り出します。
「ふ~、危なかったのじゃ。ミュールの説教はしつこいからのぉ……じゃが、玄関から感じるこの気配……まさかの」
「ミュール~。は、早く出てきてくれよ~」
玄関先からは催促の声が飛んできます。
その声には何故か怯えが混じっているような……。
ミュールは声の調子に違和感を覚え、腰のポーチに手を突っ込み臨戦態勢で玄関の扉を開きます。
彼女もまた、弱肉強食を知るポワソの森の住人というわけです。
「はいは~い、お待たせしましてごめんなさい」
ガチャリと扉を開く。
すると、同時におっきな影が覆いかぶさってきました。
「よかったぁ! ミュールが居てくれて!」
豚鼻のデブがいきなりミュールを抱きしめようとしてきました。
すかさず彼女はポーチより、雷撃を帯びた棒を取り出してデブに当てます。
「やめてくださいっ、サンカさん」
「ぶぎゃぁあぁあ!」
サンカと呼ばれたオークは身体から煙を出しながら地面に転がります。
「なんですか、いきなり。あら、テッシーさんも? それに……」
ミュールが転がった豚デブから視線を前に向けます。
そこにはサンカと同じオークのテッシーと、見知らぬ女の子が立っていました。
女の子はとても幼く、11歳設定のアスカよりも年下に見えます。
「テッシーさん、その子は?」
「えっとな、こちらのお方がミュールの家に用があるそうなんだ」
「はぁ」
テッシーは何に怯えているのか、残像が見えるほどに手を震わせながら、少女に手を向けていきます。
向けられた少女はミュールを見て、ニコリと微笑むとフリフリとした黒のスカートの裾を掴み、片足をちょっと後ろに下げて、挨拶をしてきました。
「初めまして~、アスカちゃんいるの~?」
「アスカちゃん……アスカさんのお知り合いの方ですか? ん、お酒の匂い……」
珍しいアスカの来客を、ミュールはまじまじと見つめます。
ボリューム溢れる白銀の髪を持つ、可愛らしい女の子。
ですが、それには似つかわしくない、場末の酒場に転がる酔っ払いの匂いを纏っています。
さらには、女の子の背後からは非常に物珍しいものが飛び出していました。
(あれは、しっぽ? 七本も?)
後ろからはうねうねと動いている尾っぽが七本。
その尾っぽを瞳に取り入んだところで、ミュールの眉が少し上がりました。
(蛇?)
女の子の七本の尻尾は、全て蛇。
全く知らぬ種族にミュールは心惹かれますが、とりあえず名前を尋ねることにしました。
「私はミュールと言います。あなたのお名前は?」
「ほほぉ~、この気配は……ヤマタノじゃな?」
ミュールの背後からアスカの声が飛び込んできました。
その声を聞いたヤマタノと呼ばれた女の子が、ミュールを押しのけて家の中に入ってきます。
「アスカちゃん!」
「やはり、ヤマタノか」
「久しぶりなの~」
ヤマタノはアスカに抱き着いて、自分のほっぺたをアスカのほっぺにくっつけて、すりすりしています。
さらには、右足をアスカの両足の間に差し入れ太ももを擦るように当て、抱きしめた背後の右手を尻へと向かわせます。
「アスカちゃ~ん。う~ん、気持ちいいの~」
「や、やめぇ! 相変わらず特異な性的嗜好を持ってからにっ」
アスカはヤマタノを突き飛ばして、弄られた箇所を汚れを落とすようにはたいていきます。
その様子を見て、ヤマタノは不満そうに口を尖らせました。
「むぅ~、久しぶりなんだから、ちょっとくらいいいのに~」
「よくないわいっ」
二人のやり取りを後ろから見ていたミュールが、ヤマタノへ尋ねます。
「あの、アスカさんのお友達のようですが、どうしてサンカさんたちと一緒に?」
「んとね~、吾輩が森で迷っていたら~、そこの人たち襲われたの~」
「サンカさ~ん。あ、まだ寝てる」
ミュールはサンカを睨みつけます。
ですが、サンカは電撃のショックで気を失ったままです。
仕方なく、テッシーに尋ねることにしました。
「テッシーさん?」
「あの、え~っと、そちらのお方が森で迷ってたんで、美味しくいただこうとしたんだけど、返り討ちに遭っちまったんだ」
「いくらポワソの森とはいえ、こんな小さな女の子食べようとしないでくださいよ。あとで私の耳に入ったら、あなたたちをボコボコにしてたところですよ」
「そこはバレないようにするつもりだったし」
「そういうことじゃなくて……ん? 返り討ちって、負けたんですか?」
「ああ、ザーコがバラバラの肉片になっちまった……」
テッシーは目の端に涙を浮かべます。
ミュールは事情を飲み込み、ため息を一つ漏らします。
「はぁ、龍のアスカさんの知り合いだから、それ相応の存在なんでしょう。馬鹿なことしましたね」
「クッ、ザーコは来週、モグと結婚するはずだったのによぉ」
「あら、それだと結婚祝い金を支払わずによかったじゃないですか」
「あっ、ほんとだ! ラッキー! やっぱりミュールは頭いいなぁ」
無駄金を使わずに済んだことに小躍りをする、オークのテッシー。
その代わりにお香典を払わなければならないのですが、彼は気づいていない様子です。
ですが、ミュールにとってそれはどうでもいいこと。
「それはどういたしまして。事情はだいたいわかりましたので、もう大丈夫ですよ。サンカさんを引き取って帰ってください」
ミュールは地面に転がるサンカをテッシーに押し付けて、無理やり森へと帰しました。




