ドラゴンシリーズ
「アスカさんっ! お風呂で騒がないでくださいって、いつも言っているでしょう!」
扉の開く音に怒気を乗せて、ミュールが飛び込んできました。
その勢いでアスカに説教をしようとしたところで、勇者の裸が目に飛び込んできます。
「アスカさ、あっ?」
「おっ、おっと?」
勇者はもう一人の己が見られないように股を閉じて、閉じた足をミュールがいる入り口とは逆方向へずらしました。
彼の態度を見て、アスカは心穏やかではありません。
(こ、こやつっ。ワシが入ってきたときは動じなかった癖に、ミュールには男の態度を! ゆ、許せん)
彼女は乙女心をズタズタに切り裂かれ、ご立腹。
そんなアスカをよそに、ミュールは視線を風呂の端に向けて、勇者に謝罪をしています。
「すみません。つい、いつもの癖で……勇者さんがお風呂に入っていること忘れてました」
「い、いや、気になさるな。騒いでいたのはたしかだからな。申し訳ない、ミュール殿」
「いえ、どうせアスカさんが暴れていたんでしょう。そうでしょ、アスカさん……アスカさん?」
ミュールの視線の先には見知らぬ大人の女性。
アスカによく似た女性が、裸の勇者を前に全裸で涙を流しています。
「えっと、アスカさんですよね? これはいったいどういう状況で……?」
ミュールの戸惑い――これ幸いと、アスカの復讐心が火山のごとく噴火します。
(くひひ、この状況を利用して! 勇者めっ。ワシをからかった許されざる罪。罰をしかと受けるがよいわ!)
完全に逆恨みなのですが、アスカは構うことなくミュールの胸に飛び込んでいきます。
「ミュールゥゥ! 勇者が勇者が、無体な事をしたのじゃぁぁ!」
「うわ、濡れてるっ。ちょっと、お洋服が!」
全裸の男の前で全裸の女性が涙を流していれば、もはや答えは一つしかありません。
それを逆手に取り、アスカは勇者を陥れようとしました。
勇者は誤解であることを伝えるため口を大きく開けようとしましたが、ミュールが手の平を向けて、声を制止します。
そして、彼女はアスカから気づかれないように、ポーチからそっと小さな針を取り出して、彼女の肩にぷすりと刺しました。
「プギャァァァ!」
アスカは肩を押さえながらお風呂の床に転がります。
「痛い、痛い、痛い、何じゃ今のはぁっ!?」
「対アスカさん用、お仕置き道具。龍の針です」
「ど、どらごんぴん?」
「勇者さんの持つドラゴンキラーをヒントに先ほど制作しました。材料は同じミスリルとオリハルコンの合金。精霊文字による加護は難しかったので、代わりに勇者さんの血を代用しました」
「ミュ、ミュールよ。まさか、そのために勇者から血を?」
「はい。調べてみると勇者さんの血には、物質の力を増幅させる効果がありましたので、その効果を使い、合金の特性を強化しました。勇者さん、ありがとうございます」
「え? よくわからぬが、役に立ったのならばよいが……」
人の好い勇者は自分の血が勝手に利用されたことに気づかずに、場の空気を読んで軽く頷きます。
アスカはハチに刺されたようにじくじくと痛む肩を押さえながら、ミュールに問いかけました。
「い、いくら、勇者の血を使い、ワシに痛みを覚えさせる武器を造ったとはいえ、どうしてこうまで痛むのじゃ? たかが針なのに!?」
「この針は龍の痛覚を刺激して、痛みを何倍にもする効果があります。アスカさんには、このくらいしないとダメですからね。うふっ」
爽やかな黒い笑顔を見せるミュール。
アスカは顔を青褪めて叫びます。
「悪魔か、お主はっ!」
「悪魔でもなんでも結構です。さぁさぁ、まだ終わったわけじゃないですよ」
「ど、どういう意味じゃ?」
「短い時間でしたけど、他にもいろいろとアスカさんに通じそうな武器を作ってみました。それを試そうかと」
ミュールはアスカの羽を握りしめて、引き摺って行きます。
「や、やめろ、ミュールよ。クッ、おかしい? 痛みで力が入らぬのか、力が湧かぬ?」
「あ、ピンの先にはアスカさんの血で作った痺れ薬をつけておきましたので」
「悪魔すぎるじゃろ、お主はっ!」
「さぁて、色々試さないと。ドラゴンナックルにドラゴントンファー」
「トンファー? またマニアックな武器を。しかも、たかが数十分でよくもここまで」
「元々あった武器に属性を付加しただけですから。これからもっと良いものへ昇華しますよ。そのためにも、アスカさんの協力が不可欠なんです」
「いやじゃいやじゃ。なんでそんなもんに協力を。勇者~勇者~、助けるのじゃ。か弱き乙女が悪魔に連れ去られようとしておるのじゃ~!」
「もう~、大声はご近所迷惑になりますから。あ、そうだ。罰として、とりあえずドラゴンハリセンでお尻をぺんぺんしましょう」
「だからなんでマニアックな武器ばっかり作っておるのじゃ! だ、誰が行くものかぁ~」
アスカは必死に抵抗を試みますが、自身の血によって作られた痺れ毒が全身に回り、思うように動けません。
それでも彼女は諦めず、訴えます。
「嫌じゃ~、絶対嫌じゃ~、痛いのは嫌なのじゃ~!」
声はお風呂から遠ざかっていき、徐々に小さくなっていきます。
そして――
「ぷぎぃぃぃぃぃいいっぃいいい!!」
ひと際大きな豚の啼き声が響き渡りました。
浴室内でその声を耳にした勇者は、軽く息を漏らします。
「ふぅ……風呂に入るか……」
彼は聞こえなかったことにしたようです。




