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ぐーたらな龍少女と理を紡ぐ錬金術士の少女  作者: 雪野湯


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16/26

どさくさに紛れて

 彼らの激闘を全くもって見ることの叶わなかったミュールは、二人を交互に見回して、言葉をかけようとしました。


「あ、あの、もうおわ、」

「グフッ!」


 前触れもなく、勇者の体中に(あざ)が浮かび、彼はうめき声を一つ上げます。

 そして、膝から崩れ落ち、口より血を吐き出しました。

 慌ててミュールは彼へ声を掛けます。


「ゆ、勇者さんっ? アスカさん、これはっ?」

「ふむ。こやつの傍を通り抜けるときにの、ぼっこぼっこに殴ってやったのじゃ」

「ぼこぼこって……」


「まぁ、軽めのを数十発くらいかの? それでも並みの者なら命を失っておるが……さすが勇者じゃ。死んでおらぬ」

「死んでって。勇者さん大丈夫ですか?」


 勇者は膝を折り、剣を地に突き刺し、辛うじて地面に伏せることを拒否します。

 ミュールは彼の前に回りました。


 か細い呼吸を漏らし、小さく上下する彼の姿を見て、ミュールは絶句します。


「そんな……」

 

 彼は口元から血を流し、露出された肌の部分には、アスカの小さな拳の跡が大量についていました。

 それらは全て紫に変色し、皮膚の内側に血を産んでいます。

 

 おそらく、服の中も彼女の凄烈(せいれつ)な拳の跡がついていることでしょう。

 ボロボロの勇者の姿を見て、ミュールはちょっとだけ後悔します。



「申し訳ありません。まさか、アスカさんがここまで強いとは……勇者さんに無茶をさせてしまいました」

「い、いや、お気になさらぬともよい。この戦いは何も君のためだけではない。私自身がアスカ殿の強さを見たかったのだ」

「勇者さん……」


「はは、戦士とは阿呆(あほう)ばかりだからな。だから、ミュール殿が気に病む必要はない」

「そう、ですか……ふふ、勇者さんは優しい方ですね」


 ミュールはポーチよりハンカチを取り出して、彼の口元の血を拭います。

 その行為に勇者はすぐさま背を仰け反らせました。


「それはいかぬ。綺麗なハンカチを私の血で汚してしまうとは」

「大丈夫ですよ、別に。私は日常的に血を扱っていて、いつも血に塗れてますから」

「それは……?」


「とにかく、傷を癒さないと」

「いや、これしき。私は勇者。勇者の血が回復力を高め、力を増幅し、すぐに傷など癒えてしまいますから」


「力を増幅、勇者の血……」



 ミュールの瞳がキラリと輝きました。

 彼女はポーチより、治療用の道具と……注射器を取り出します。


「だめですよ。すぐに治療しましょう。腕を出してください」

「し、しかし」

「勇者さん!」


 ミュールに強く睨みつけられ、勇者は小さな戸惑いを見せながらも腕を前に出した。

 彼女は彼の腕を握り、静脈を確認して、ぷすりと注射器を突き刺し、血を抜き取ります。


「あちらこちらに傷があって、普通の治療では追いつきませんね。よろしければ、我が家のお風呂を利用してください」

「風呂?」


「はい。私の家にはお風呂があります。錬金術士の誇る薬湯(くすりゆ)ですので、傷にとても良く、治りが早いと思います。そこに勇者さんの回復力と合わされば、あっという間に元気です」


「だが、女性宅の風呂に男の私が……」

「そんなこと気にしませんから。それに、清潔にしておかないと黴菌(ばいきん)が入っては大変です。これは薬を扱う、治療を重きとする錬金術士の私からのお願いです」


「ミュール殿……そうまで言われては断る術がない。相伴与ろう」

「ええ、どうぞ。お風呂は家に入って、廊下をまっすぐ行ったところにあります。あの、一人で歩けますか?」


「ん? ああ、大丈夫だが」

「私はこれからちょっと用事がありまして、申し訳ありませんが」

「はは、そうであるか。大丈夫だ、気にする必要はない」


「すみません、では……」


 

 ミュールは一度も使わなかった治療用の道具をテキパキとポーチに納め終えると、注射器を大事そうに両手で抱えて、そそくさと家に戻っていきました。

 その注射器を目にして、勇者は疑問に思います。


「そういえば、私はなぜ、血を抜かれたのだ?」



 一連のやり取りを横で見ていたアスカは、ミュールの後姿に戦慄を覚えます。

(あやつ、どさくさに紛れて勇者の血を抜き取りおった。なんちゅー、女じゃ……)

 

 彼女は視線を勇者へ戻します。

(じゃが、風呂とはの……ちょっと、面白くなりそうじゃの。くひひひひ)

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