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9.手紙とテディベア

 目覚めは最悪だった。シルクハットの男のおかげで全く寝た気がしない。


「……どうしたんだ?」


 オーレが恐る恐るといった感じで小さく問いかけた。ああ、いけない。ぼうっとしすぎたみたいだ。オーレの問いかけを聞いたニーナは、バカっとオーレを罵倒し、レンは気遣わしげにこちらを見つめてきた。

 私、そんなにひどい顔をしているのだろうか。

 それはまずい。今日も集幼園はあるのだから。

 私は、顔を洗いに立ちあがった。

 そのとき、扉の向こうからアヤが声を掛けた。


「エリナ様、国王陛下から時間があるときに仕事の報告をするようにと手紙がきております」

「分かったわ」



◆◇◆



「あれ……。どうして?」


 集幼園に着いてみたものの、そこはがらんとしていた。ぼうっとして門の辺りで立ち尽くしていると、可愛く後ろから声を掛けられた。


「あれ、エリナ先生だ」

「あ、シャロンちゃん……と、シャロンちゃんのお母様。おはようございます」


 初日に泥団子をくれた子だ。シャロンちゃんは、お母様と手を繋ぎ、かわいらしく小首を傾げて、私を見上げてきた。


「先生、今日は集幼園お休みでしょ?」


 休み、休み……集幼園が休み……。


「あ!」


 そうだ、思い出した。今日は用事がある先生たちが多かったため、お休みになったんだった。すっかり忘れていた。というか、シルクハットの男が言った言葉をずっと考えていたら、いつもの癖で出てきてしまった。


「ふふふ。先生、おっちょこちょいだね」

「ははは、そうだね」


 ひとしきり笑いあって、シャロンちゃんのお母様から挨拶をされ、私は家に帰ることにした。思いがけず時間ができてしまったが、どこか寄るところもない。家で、久しぶりにニーナたちとおしゃべりしようかな。私の魔力のことを相談してもいいかもしれない……レンはどう思うだろう。

 私の瞳のことを気にしないと言ってくれたレンだけど、本当に魔力があったと知ったら、魔女の再来だと思うだろうか。

 それは嫌だ。もちろん、ニーナやオーレにそう思われるのもつらいが、なんだか、レンに思われるのはもっとつらいというか……。


「……変なの……」



◆◇◆



「エリナ様? 集幼園に行かれたのでは?」


 家に着くと、庭仕事をしていたアヤが驚いた顔で出迎えてくれた。


「今日、休みだって忘れていたの」

「そうでしたか。あ、それでは、国王陛下に報告をされてはいかがですか?」

「あ、そうか」


 そういえば、朝、アヤが手紙が来ているって言っていたっけ。今朝言われたばかりなのに、すっかり忘れていた。ニーナたちとおしゃべりしようと思っていたが、用が出来たので、城に行くのがいいだろう。


「今、馬車を用意いたします」

「あ、いいわ。馬を用意してくれる?」

「かしこまりました」


 レンについて来てもらおうかなと考えながら、部屋に向かった。


「お帰り~。どうしたんだ? こんなに早く帰ってきて」

「どうしたの? そんなに慌てて。何かあった?」


 部屋に入ると、オーレとニーナが話しかけてきた。私は荷物を置きながらその声に答える。


「今日、集幼園が休みだって忘れてたの」

「あ、じゃあ久しぶりにおれたちとおしゃべりしようぜ!」

「オーレ! エリナだって、忙しいの。私達とのん気におしゃべりしている暇なんてないわ。……でももし、エリナに時間があるようだったら、おしゃべりも悪くないわね」

「ごめんね。今日は父様に報告に行こうと思って。おしゃべりはまた次ね!」

「へいへ~い。エリナ、最近付き合い悪いな~」

「だから! エリナは忙しいの! いいことなんだから、私達は応援しなきゃ!」


 すねるオーレにそれを窘めるニーナ。二人には悪いと思いつつ、私はレンを探し城に出発した。



◆◇◆



 父様に報告を終えると、父様は、入ってきたまえ、と誰何の声をあげた。


「お久しぶりです、エリナ王女」

「ジェラルドさん! お久しぶりです」


 背筋を伸ばして父様の声に応え、謁見室に入ってきたのは、ブルタリア国のアレン王子の従者、ジェラルドさんだった。

 彼は、母国に帰ったはずだけど、いったいどうしたのだろう。アレン王子に何かあったのだろうか。

 私が黙って話が始まるのを待っていると、父様は、彼に話してくれと合図を送る。ジェラルドさんは落ち着いた声音で話し出した。


「今日は、アレン王子のことではありません。ブルタリア国の第二王子であるルーレン王子のことでまいりました」

「ルーレン王子……」

「はい。ルーレン王子がここ何カ月か行方不明なのです。どうやら、エリナ王女、あなたに会いに行ったということらしいのですが、お会いになっていませんか?」


 ルーレン王子、そんな方は知らない。別邸に訪ねてきた方もいなかった。


「すみません。ルーレン王子という方にはお会いしていません」

「そうですか……」


 ジェラルドさんは声のトーンを一つ落とした。低い声がますます低くなる。落ち込ませてしまったのだろうか。


「…………くっ」


 そのとき、隣にいたレンが頭を抱えた。今すぐに、声を掛けたい。迷ったのは一瞬だった。


「レン! どうしたの? 大丈夫!?」

「…………うっ」


 レンは幽霊におかしな話だが、いつもよりも青い顔をしている。

 急に、私が何もないところに向かって声を掛けたので、父様とジェラルドさんは目を白黒させてこちらを呆然と見ている。しかし、そんなこと構っていられない。今はレンが大切だ。


「エリナ……? そこに何かがいるのか……?」

「父様、お話はあとでいたします。今日はこれで失礼いたします!」



◆◇◆



 レンを置いて行かないように、ゆっくりと歩いて城門を通り過ぎすぎようとしたときだった。まだ子供の声が聞こえてきた。


「エリナ王女に会わせてよ!」

「ええい! しつこい坊主だな! エリナ王女はこちらにはいらっしゃらない! そもそもお前のような怪しい坊主を城の中に入れるわけにはいかん!!」

「大切な話なんだ! お願いだよ……!!」


 どうやら、私に会いたがっている子らしい。見てみると、その子はずっと風呂に入っていなかったかのように、汗と泥で全身汚れていた。それでも、門番にゆく手を遮られても、必死に私に会おうと門番に縋りついては振り払われている。

 そのただならぬ様子に、私は声を掛ける。


「エリナは私よ」

「っ!!」


 弾かれたようにこちらを見ると、少年はすぐさま跪いた。


「エリナ王女! お願いします! 助けてくださいっ!!」

「ど、どうしたの?」

「ぼ、僕、ブルタリア国との国境付近の山で山菜取りをしていたんですが、そこで足を滑らせて……、そのとき、ルーレン王子が庇ってくれたんです……! 僕には怪我はなかったんですが、ルーレン王子が、そのままで……! い、意識が戻らなくて……」

「国境付近の、山……、子供を庇って……? …………っ」


 それは大変だ! 私は、隣で呻いているレンを気にしたが、ジェラルドさんや父様に知らせようとしてレンに一言声を掛けようとした。


「レン、ごめんなさい。ちょっと、ここで待っててくれる? 私、今の話をジェラルドさんたちに知らせてくるわ」

「これ、ルーレン王子が持っていたものなんです。これを見て、ルーレン王子がここに来るつもりだって思って、僕、来ました……。どうか、お願いです、助けてください……」


 少年から手紙とテディベアを受け取る。そこには、「ハールラフス国・エリナ王女へ」とあった。


「私宛……?」


 どうして、ルーレン王子が私宛の物を持っているのだろうと思ったのだが、今はそんなことは気にしていられない。

 この場を離れるのを気にしながらも、踵を返した。


「……エリナ王女宛の手紙と、テディベア……? そうか……俺……」



◆◇◆



「父様! ジェラルドさん!」


 謁見室に舞い戻ってきた私に、二人は驚いたようだった。しかし、私のただならぬ様子にすぐに居住まいを正した。

 私は、ところどころつっかえながらも先ほど聞いた事を伝える。二人は、特にジェラルドさんは険しい顔をして私の話を聞いていた。そして話終わるころ、ジェラルドさんが一刻も早くルーレン王子のもとへ行こうと謁見室を飛び出そうとした。そのとき――。


「エリナ……」


 後ろから呼ぶ声が聞こえた。

 振り返ったけれども、誰だかなんて、分かっていた。しかし、どうして彼がここにいるのだろう。彼は、具合が悪くて門のところに残してきたはずなのだが。

 視界に飛び込んで来たレンは、背筋を伸ばしてしっかりと立っていた。その様子には先ほどまでの具合の悪さなど微塵も感じられない。


「レン! 具合は、大丈夫なの?」


 しかし、驚いたのは私だけではなかったようで、ジェラルドさんが目を剥いてレンを見つめて声をあげた。


「ルーレン王子……!!」

「ルーレン王子……!?」


 そのジェラルドさんの言葉に、驚いたのは私だ。

 ジェラルドさんは、レンのことをルーレン王子と呼んだ。今まで見えていなかったレンが見えている……? そして、レンが行方不明だったルーレン王子……? レンは死んでいなかった? いや、もう死んでいるのか……?

 固まってしまった私を見て、レンは一瞬だけ微笑むと、父様とジェラルドさんに向かって腰を折った。


「ハールラフス国王とお見受けいたします。私はブルタリア国第二王子、ルーレン・ブルタリアと申します。このような挨拶になり申し訳ありません。ジェラルド、久しいな」

「ルーレン王子、君は今、どこにいるのかね……?」


 さすが父様、状況に即座に順応している。半透明のレンに驚く素振りを見せたのは一瞬だけで、あとはその状況を見守っている。

 ジェラルドさんは、驚きが尾を引いているのか、目を大きく見開いていた。


「本当に、ルーレン王子なのですか!? 王子、まだ生きていらっしゃいますよね……?」

「ああ、俺はルーレンだ。今、エリナ王女が説明した通り山の崖の下にいると思う。そして、生きている……と思う……」

「そ、そんな……! 早く見つけなければ……!」

「落ち着け、ジェラルド。案内するから」


 すぐに出ようという空気になったときに、やっと、私も自分を取り戻した。レンが大変な時は今だ。ここで私が動かなければ、以前誓った言葉を違えることになる。そんなこと、自分が許せない。


「私も、行きます!」

「だめだ」


 真っ先に反対したのは、レンだった。しかし、ここは引けない。


「お願い、私にも協力させて。みんなが頑張っているときに、私一人だけ何もしないでいられないわ。それに、もしかしたら、私、役に立てるかもしれない……」

「やっぱりダメだ。今から行くのは山だ、俺が落ちたのは崖なんだ、危ない」

「でも――」


 そこで、それまで黙って成り行きを見ていたジェラルドさんが割って入ってきた。


「ルーレン王子。エリナ王女がここまで言ってくださっているのです。今は一分一秒も時間が惜しい。それに一人でも多くの人の手があったほうがいいかもしれません。ここはついて来てもらいましょう」

「……分かった。だが、危険なことはしないと約束してくれ、絶対」

「ええ。約束するわ」

「ハールラフス騎士団も連れて行ってくれ。もう用意はできている」

「ありがたいです」


 父様は、私とレンが言い合っている間にハールラフス騎士団を招集したらしい。後のことは騎士団のみんなとジェラルドさん、私に任せて父様は城に残ることになった。

 ルーレン王子がいるという山まで馬で向かう途中、レンが私の隣にやってきた。


「ごめん。そういうことだったんだ……。ブルタリア国、第二王子だった……」

「謝る事ない。びっくりはしたけど……。今は、レンを助けることだけ考えましょう」

「……そうだな」

 それから、レンはジェラルドさんの傍に飛んで行ってしまった。

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