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8.私の気持ち

 翌日、シンマ君は自分から他の子供たちのところへ行って、交ざって遊んでいた。その光景を見ていると、良かったなと心底思う。

 離れた所で子供たちを見ていたのだが、そのとき、シンマ君が先ほどまで遊んでいた子供たちの輪を抜けて、とてとてとこちらに走ってきた。どうしたのだろうとその様子を見守っていると、


「エリナ先生」

「どうしたの? 皆と遊んでいたんじゃない?」

「みんなには言ってきた。先生に言っておきたいことがあった」


 シンマ君は改まって私を見上げた。その真剣な様子に私もシンマ君と視線を合わせるためにしゃがんだ。


「先生に今まできつく当たって悪かった。でも、昨日も言ったけど、心底嫌ってわけじゃなかったんだ」

「うん」

「先生、……ありがとう。おれに話しかけてくれたことと、母様と父様と話し合うきっかけをくれて」

「こちらこそ、私、この集幼園で仕事ができてよかったと思う……。でも、話し合うきっかけって……」


 そこでシンマ君は、一拍置いて、下を向き、そして決意したように真っ直ぐに私を見据えた。その視線の強さに子供だということを一瞬忘れそうになる。


「おれ、本当はパティシエになりたいんだ」

「パティシエ、ってケーキを作る……」

「うん。おれ、甘いものが好きで。だから、この前園でスポンジケーキにデコレートするって体験がすごく楽しかった。それでますます、なりたくなって……」

「そっか……」


 シンマ君はそのときの体験を思い出したのか、再び頬を赤らめて興奮気味に話し出した。いつもクールなシンマ君がそんな風に楽しそうに話すのを見ると、本当に甘いものが好きなんだなと思い知る。

 しかし、ふと、シンマ君の顔が陰った。


「でも、ずっと父様の後を継ぐ教育を受けていて、パティシエになりたいと言い出せなくて……。周りからも親の後を継ぐのが当然と思われていて……」

「うん」

「昨日、やっと話すことができたんだ……。そうしたら、初めは反対気味だった母様だったんだけど、僕の話を聞いて、父様が分かってくれて。最後には母様も分かってくれた……」

「……よかったね!」

「自分の夢を追うことができるなんて、贅沢なことが許されるなんて、先生のおかげだ。ずっとおれ、諦めてたから……。だから、ありがとう」


 シンマ君はにっこりと笑った。その表情を見ると、今までのことはこのときのために会ったように思える。


「それは、シンマ君が頑張ったからだよ。でも、本当に良かったね。私もとっても嬉しい」


 私もシンマ君に負けないくらいの笑顔で言ったと思う。効果音が付いたら、「パーッ!」とか「キラキラッ」とかがぴったりの。

 シンマ君は、私の顔を見ると、笑顔をけして、なぜか慌てたようにそわそわしだした。


「そ、それだけ。もう、みんなのところに戻るから……!」


 そして、さっとみんなのところへ戻っていったのだった。



◆◇◆



 仕事をして何がいいかっていうと、人と関わり合うことがこんなに素敵なことだと知ったことかな。そりゃあ辛い事もあったけど、今までの私だったら辛い事を乗り越えてまで人と関わり合う事なんてしなかったと思う。そう考えると、今まですごくもったいないことをしていたんじゃないだろうか。

 ご機嫌で今日も月見に外に出ると、やはりそこにはいつもと同じようにレンがいた。


「エリナ」


 私が外に出てきたのに気付いたレンが振り返って微笑む。そのなんとなく儚い笑顔を見ると、どうしたことかいつも胸がおかしくなるのだ。

 キュッと締め付けられた胸に無意識に手をやってゆっくりとレンの傍らに立つ。


「今日、エリナと話していた子がシンマ君か?」

「え? そうだけど、なんで知ってるの?」


 レンは、この家から外に出たことはエリナが一緒に行った城ぐらいしかないんじゃないんだろうか。不思議に思ってレンを見上げると、慌てたように言葉を紡ぐ。


「いや、エリナが頑張っているのを見ていたら、俺もただじっとしているのはダメだろと思って。……この世に未練があるんだとしたら、それが何なのか知りたいし、自分のことも知らなきゃいけないんだろうと思って、今日、近くを歩いて回ったんだ」

「そうだったんだ……」


 それはきっといいことなんだろう。そして、レンがそう思うきっかけみたいなものになれたのならうれしい。しかし、少し、私の胸にツキンと痛みが走った。


「……?」


 なんだろう……今の痛みは。すぐに消えたから、気のせいかな。首をかしげていると、レンが呼びかかけてきた。


「どうしたんだ?」

「え? う、ううん! 何でもない! それより、今さらだけど、レンって、幽霊なのに、昼間も見えるし動けるんだね……」


 本当に、今さらな疑問だった。以前、出会ったときも昼間だったし城に行ったときは朝だった。だが、今、気になってしまったのでふと口をついて出てしまった。すると、レンも顎に手を当てて考え込んでしまった。


「そういえば、幽霊って夜に出るものだよな。俺って、普通の幽霊ではないのか? それとも、俺たちの幽霊という認識が間違っていたのか?」

「普通の幽霊じゃないって、なんだろうね……」


 うーんと二人して考える。


「例えば、よほど強い未練があるからその想いで昼間も見えるとか、か?」


 レンがなんだかそれっぽいことを言った。そう言われてしまうと、そんなような気がしてしまう。


「あ、時間が経つと、昼間は見えなくなるとか……?」

「ああ、幽霊の認識のほうだな。そういう可能性もあるな。俺は幽霊になったぼっかりとか? 幽霊としてまだ身体――と言えるか分からないが――が慣れていない……」

「……時間が経つと、見えなくなる、か……」

「エリナ……?」


 私は、自分で言った言葉にまたしても、胸に痛みが走ったのを感じて反芻した。

 それは、いつでもレンと会えなくなるということだ。これまでは、好きな時には話ができたし、姿を目に入れることができた。

 夜に会えるかもしれない、が、それでも――。


「……寂しいな……」

「え?」


 ぽつりと呟いた、呟いてしまった言葉に、レンはびっくりしたような顔で私を見下ろしてきた。


「あ、ご、ごめん! 前に言った、レンの力になりたいって言葉は嘘じゃないの……! ただ、……ただ、今まで短い間だったけど、ずっと話し相手になってくれたから、好きな時に会えなくなるかもしれないと思ったら、ね……ごめんなさい……」

「どうして謝るんだ? 謝らないでくれ、エリナ。そう言ってくれて、嬉しいよ……。俺が幽霊じゃなかったら……」

「……レン……」


 レンは本当に切なそうに微笑んで、ゆっくりと私の頭を何度も撫でてくれた。何故か私は出もしない涙をずっと我慢していたのだった。



◆◇◆



「お姫様、お久しぶりでございます」


 唐突に、ゆらゆらとたゆたっていた私は、その低く耳に心地いい声にパチッと目を開けた。


「あなた……!」


 そこには、忘れもしない、私が4歳の誕生日の夜にニーナとオーレを話せるようにしたシルクハットの男が佇んでいたのだった。

 そのとき、周りには漆黒の虚無だということに気づいた。私とそのシルクハットの男だけが見えるような世界だ。地に足がついているのかも定かではない。


「ここ、どこ……?」

「ここは私が創った空間でございます。急いで創ったゆえ、少々殺風景ではございますが、私とお姫様が話す分には問題ないかと」

「そ、そうよ、私、あなたには聞きたいことが……!」


 足を前に出すととりあえず前進したので、そのままシルクハットの男のもとまで進む。しかし、足を止めても前進が止まらなかったので、シルクハットの男の胸に飛び込むことになってしまった。


「わっぷ……!」

「おっと。そんなに私に会いたかったのですか。嬉しいですね」

「ふ、ふざけないで! あの、あれからニーナとオーレが喋るようになったんだけど、あれってあなたが何かしたのよね!?」

「お姫様が願ったじゃないですか。人形ともペンとも話したいと」

「うう……。た、確かに願ったわ。で、でも、あれから私、涙が出なくなっちゃったのよ。それも関係があるの……?」

「お姫様……。昔からよく言うでしょう。願いには代償が必要だと。お姫様はその代償を払われたのです」


 やはり、涙が出なくなったのはこの怪しい男のせいだった。しかし、ニーナ達が話せるようになったのは感謝していたので、代償と言われてしまうとそれを責めることはできない。

 シルクハットの男はぽつりと呟く。


「もっとも、それももうすぐ終わりですがね……」

「え?」


 顔を上げた私の鼻にシルクハットの男は人差し指を押し付ける。なんですか、止めてください。


「お姫様は気づいていますか? あなたには、魔力があると」

「……はい?」


 まさに寝耳に水。シルクハットの男は今まで考えたこともないことを言った。私は目を点にして気の抜けた返事とも言えない反応を返した。

 私に魔力があるって……。そんなこと、今まで本当に一度も、一度も! 考えたこともなかった。だって、そんな片鱗は感じられなかった。物を浮かせられたり、何か、勘が良かったりとか、怪我が治ったりとか、嫌な奴を攻撃したりとか、そんなこと、今までなかったのだ。気付いていますか? なんて言われたって、そんなの気づくわけない。

 シルクハットの男は、私の反応を予測していたらしくそれには片眉を一瞬上げただけで特に何も言うことはなかった。


「そうでしょうね。私の魔法で、お姫様の魔力は封印されていますし」

「ええ? どういうこと!?」


 シルクハットの男はとんでもないことを言ったような気がした。聞き逃すことが出来なくて、問い詰めようとしたのだが、彼は、辺りを見回して一つ息を漏らすと私に向きなおった。


「残念ですが、お姫様、詳しくお話しする時間はございません」

「な、何言っているの!? 詳しく、話してちょうだい……!」

「いいえ。もう、お目覚めの時間でございます。ただ――」


 困惑する私に静かに言葉を重ねる。


「もうすぐです。もうすぐ、お姫様には、本来の力が戻るはずでございます。そのときは、どうか、心を、落ち着けてください……」


 シルクハットの男の輪郭が徐々に消えていく。それと同時に、私の体も次第に薄くなっていった。


「ちょ、ちょっと、まだ、聞きたいことが……!」

「また、お会いできるはずでございます、それまで……」


 そこで、今度こそ、私はその真っ黒な空間からはじき出されたのだった。


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