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7.仕事と男の子2

「先生たち、さようならー」

「ばいばーい」


 今日の集幼園も終わりの時間になって、子供達が次々と迎えの大人たちに手を引かれ帰っていくのを他の先生たちと見送る。

 この集幼園には、貴族の子供達もいるが、商人の子供もいたり、平民の子供達もいる。身分関係なく通えるという園を目指しているらしいのだが、子供達が一緒に遊べるのか最初は不安だった。しかし、数日を終えてみると、そんな心配は杞憂だったようで、身分なんて関係なくみんな仲良く遊んでいたようでほっとした。

 後ろを振り返ると、所在なさげに佇んでいるシンマ君がいる。あと迎えがきていないのはシンマ君のところだった。

 今日もサクラバさんが来るのかなと思いながら、近づく。


「シンマ君、私と中で待ってようか」

「おれにかまうな」

「それじゃあ、私もここで待ってるね」

「なんだよ。おれに同情しているのか」


 一緒にシンマ君の迎えを待つことにした私にシンマ君は何かを耐えるような顔を向けてきた。


「ううん。私がもう少しシンマ君と話したかっただけ。今日は、どうだった?」

「嫌みか? おれが楽しそうに見えたのか。こんなところ本当は来たくなかった」


 とげとげしい態度だったが、私はシンマ君と会話ができていることに嬉しさと驚きを感じながら、質問をし続けた。


「ふーん。シンマ君は家にいる方が好きなのかな」

「別に。ここにいるより家で勉強をする方が将来の為になるってだけ」

「…………」

「なんだよ。もし、おれに友達を作ったほうがいいってお説教をする気ならごめんだからな」

「ううん。そんなつもりはないよ。ただその年で将来のことを考えているなんてすごいなと思って」


 私がシンマ君の頃は話し相手が欲しいということくらいしか考えていなかったと思う。それを彼はもう将来のことを考えて勉強をしているという。なんだか、今の私よりもしっかりしているなぁと思った。


「シンマ君は、お父さんの後を継ぎたいと思っているの?」


 確かシンマ君の家は貿易業を営んでいるんだった。今から勉強しているのならきっとお父さんの後を継ぎたいと思っているのだろうか。

 しかし、シンマ君は顔を曇らせ言葉を詰まらせた。


「そ、そんなこと、お前に関係ないだろう」

「そ、そっか。ごめんね」


 何か話したくない事を聞いてしまったようだ。私は、素直に謝る。そして、次の話題を探そうと思ったそのとき――。


「シンマ!」

「え? 母様!?」

「お母様!?」


 ようやくシンマ君のお迎えがきたと思ったら、世話をしているサクラバさんではなく、お母様だった。

 とりあえず、挨拶をと思い、腰を折って挨拶をする。


「お世話様です。シンマがご迷惑をおかけしませんでしたか?」

「いえ、シンマ君はいつもいい子ですよ――」


 そのとき、私の瞳を間近で見たシンマ君のお母様は、ひっと息を呑んだ。


「あ、赤……っ!?」

「え?」

「……あ、あなた、もしかして、エリナ王女じゃありませんか……?」


 なんだか嫌な予感を抱きながら、嘘を吐くことはできずに首肯する。


「ええ。そうですが……」


 すると、シンマ君のお母様は悲鳴を呑み込んでシンマ君を自分の後ろに隠した。


「なんてこと……! このような集幼園ができると聞いたから期待をしていたのに、先生の中にエリナ王女がいるなんて知っていたら、シンマを入れなかったわ!」


 そのあまりの剣幕に、シンマ君も私も目を白黒させた。園の奥から園長先生をはじめ先生たちが出てきた。園長がシンマ君のお母様に静かに声を掛けた。


「失礼します。何かございましたか?」

「何かございましたかって! なんで集幼園に、子供を預かる場所に魔女と同じ瞳を持つエリナ王女がいるんですか……! 子供に何か影響があったらどうするんですか!?」

「っ!!」


 今まで誰も私の瞳のことに触れなかったので、最初に抱いていた不安は随分小さくなっていたのだが、初めてシンマ君のお母様に指摘され、やっぱりそう思う方もいるんだなと思い直す。どうしようと思う気持ちもあったが、なんとかしなくてはという気持ちが勝った。シンマ君はまだお母様の後ろで訳も分からずに私と先生方とお母様をかわるがわる見つめている。今、不安なのはシンマ君だ。


「その件につきましては、事前に説明していなくて申し訳ありませんでした。しかし、この瞳は、魔女と同じ色と言いますが、今までそのせいでどうにかなったこともございません。お子様に与える影響を心配されているでしょうが、その点については何もないと誓って断言できます」

「まあ! あなたがなんて言っても信じられるわけがないのよ! 園長、エリナ王女を辞めさせてくださいませんか!?」


 私が頭を下げたが、それで場が収まるはずもなくシンマ君のお母様は私を辞めさせろと園長先生に言いつのった。

 頭を下げたまま、唇をかむ。もともと無理を言って父様からいただいた仕事だった。仕事をもらったときはとても嬉しかったし、今日まで頑張ってきて、子供達ともなんとか仲良くなれたような気がしたし、続けられるかと思ったが、こんな風に思う保護者の方もいるのももっともだ。これ以上迷惑はかけられないと、辞めるのもやむなしと少し悲しく思っていたとき、遠慮がちにシンマ君のお母様に声を掛けた者がいた。


「エリナ先生が辞めるなら、おれもこの集幼園をやめるよ」

「シンマ!?」


 シンマ君は今度ははっきりと自分の母親の目を見て言いきる。


「エリナ先生はみんなに優しく接していた。あと、誰ともかかわろうとしようとしないおれに何度も話しかけてくれた。おれは、つめたくしてしまったけど……嬉しかったんだ」

「え?」


 思わず、顔を赤くしながらお母様に訴えているシンマ君の顔をまじまじと見つめてしまう。

 うれしかった? あんなに「話しかけるか」とか「近づくな」とか言っていたのに、本当はそう思ってくれていたの?

 ほんの少しでもそう思ってくれていて、この集幼園にいる間、楽しい気持ちになれていたら嬉しい。


「だから、おれ、エリナ先生がいない集幼園には行かない。魔女と同じ目の色? そんなこと、関係ない。みんなきれいだって言っているよ。大人だけだ、そんなこと気にしているの」

「シンマ……!」

「……シンマ君……」


 どうしよう……。なんだか泣けてきた。今までの苦労なんてどこかへ飛んで行ってしまった。


「シンマ君のお母様。このエリナ先生はシンマ君のことを人一倍気にかけていた心の優しい先生です。魔女の瞳を確かにエリナ先生は持っているかもしれません。しかし、シンマ君も言った通り、そのことを気にしている人はここには一人もいません。どうか、シンマ君がここに通うのを認めてやってくれませんか? エリナ先生のことを信じてあげてください」


 園長先生が私の隣でシンマ君のお母様に頭を下げる。私も慌てて再びお願いしますと頭を下げる。やはり、一度始めた仕事を中途半端な状態で辞めたくはない。


「…………」

「母様、お願いだよ」

「……分かったわよ。シンマはこれからもここに通う。エリナ先生も変わらずシンマのことをお願いします」

「あ、ありがとうございます!」


 深く頭を下げる。それを見たシンマ君とお母様は、明日からもお願いしますと言って、去っていった。

 良かった。何よりもシンマ君が言ってくれた言葉が私の胸を温かく灯す。これで、明日からも頑張れる。きっとシンマ君とももっと話せるようになるだろう。

 他の先生たちに断って、私は家に帰った。この嬉しい気持ちを皆に伝えたい。私は家路を急いだ。



◆◇◆



「今日ね、シンマ君のお母様が来たんだけど、私が集幼園で働くことを許してくれたの! それが、シンマ君が庇ってくれたからで……!」


 ニーナとオーレ、レンが揃ったところでまくしたてるように報告する。


「シンマ君って、この前言っていた、エリナに冷たくしていた子だよな?」

「そう! それが、今日、私が話しかけていたことが嬉しかったって言ってくれて!」

「ちょっと! レンと二人で分かったように話さないで。私とオーレにも分かるように説明して」


 ニーナに言われて、私は、あ、と気付く。そういえば、シンマ君のことはレンにしか相談していなかったのだった。二人に話す前に、やることは決まってしまったし、二日目からはもうへとへとだったので話す余裕もなかった。

 私は、今までのことをかいつまんでニーナとオーレに話す。二人は黙ったまま聞いてくれた。話し終えたときにニーナが溜息を吐く。


「そうだったのね。もう解決しているのなら私は何も言わないけどもっと早く話してほしかったわ。レンよりも長い付き合いなんだから、アドバイスもできたはずよ」

「そうだぜー。エリナが悩んでいたのに、何もできないなんて、友達としちゃ歯がゆいじゃねーか」


 二人の言葉に、確かに二人のほうが私との付き合いが長い分、もっと私に合ったアドバイスがもらえたことだろうと思う。しかし、あのときは、ぱっと思い浮かんだのがレンだったのだ。なぜだろう。


「本当にごめんね。次からはちゃんと相談するから」

「頼むぜー」

「シンマ君のお母様が瞳のこと言ってきたの初めてだったの?」


 ニーナはもう違う話題に移っている。


「そうよ。今日まで誰からも言われなかった。なんだか拍子抜けよね」

「シンマ君も言っていたけど、子供達は目のこと気にしていないみたい」

「俺も何も言われなければ、きれいな目だなと思うくらいでそんな嫌悪感とかないな」


 レンも言ってくれたが、レンは記憶喪失だし、ハールラフス国の出身じゃないかもしれないからあまり参考にならない。そう思ったのだが、


「いや、知らなければ、なんともないということだ。知っても俺はなんとも思わないが」

「そうね。魔女の瞳なんて信じているの、もう一部の人なのかもしれないわ」


 そうなのだろうか。私が気にしすぎなだけ? 半信半疑だったが、もしそうだったら、いいと思う。サアラと一緒にいて離れさせられたのは、いつのことだったか。確か、5年くらい前だったろうか。そのときは、もうサアラと一緒にいるのはやめようと決めたのだけど、考えてみれば、あれから陰口を叩かれることはずいぶん減ったように思う。


「とにかく、明日も頑張るって言いたかったの。ありがとう」


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