5.手掛かりは
小鳥がさえずっている声がする。その声と共に目が覚めた私は、慌てて飛び起きた。今日はジェラルドさんにレンのことを聞きにいくのだった。ジェラルドさんが城を発つ前につかまえなければならない。
いつもの3倍速で支度をして、朝食もそこそこにニーナとオーレに出かける旨を伝える。駆け足で階段を下りてアヤに馬の用意を頼む。今日は馬車を待っている時間はない。
アヤは私の必死な様子に気圧されながらも、すぐに馬の準備をしてくれた。乗馬なんてとても久しぶりだ。感覚を覚えているか心配だったが、馬の背に跨ると、すっと背が伸びた。クリス先生に乗馬を習っておいてよかった。馬の背からレンに声を掛ける。
「じゃあ、ちょっと忙しいと思うけど、レンはついてきてね」
「ああ、大丈夫だ」
友達の為に何かをしているという気持ちが、こんなに心地いいとは思わなかった。今ならどんなことでも乗り越えられそうな気がする。
◆◇◆
「あ……! ジェラルドさんっ!!」
城に着いたときに、ジェラルドさんが自分の馬に鞍をつけているのが分かって、急いで呼び止める。すると、ジェラルドさんが作業の手を止めて私が馬から下りるのを手伝ってくれた。
「エリナ王女?」
「……はぁ……。ごめんなさい。戻るところでしたか?」
「ええ。私の役目は終えましたから。何か私に御用でしたか?」
「はい。少し聞きたいことがあって。――あの、レンという人のこと何か知っていませんか?」
その名前を聞いたとき、ジェラルドさんが目を見開いて、身を乗り出してきた。
「その名をどちらで!?」
「え……あの。私の知っている人で、レンという名の人がいるんですが、もうかしたらアレン王子のお知り合いかもしれないと思って……」
私のつたない説明に、ジェラルドさんはぐっと身を引いて顎に手を当てて何か考えだした。
「知り合いも何も、レンというのは、アレン王子の愛称です。ですが、アレン王子ではないんですよね?」
「アレン王子の? 私の知っている人は、深緑色の瞳に、黒いサラサラの短髪の20歳くらいの男性ですが……」
ジェラルドさんは、私の言葉にゆっくりと首を横に振った。
「アレン王子は金髪です。私の早とちりでしたね。レンという名前の男性はきっとたくさんいるのでしょう。……そうですね。残念ながら私の知る限りですと、その特徴を持つレンという男性は存じ上げません。――あの方も黒髪ではないしな」
「え?」
「いえ、なんでもありません。他に御用がなければ私はアレン王子のもとに戻ろうと思うのですが……」
ジェラルドさんは最後に何か言ったが、私には何を言ったのか聞き取れなかった。私は、ジェラルドさんに聞けばきっと何か分かるはずだと思っていたので、その返答に内心がっかりしつつも、笑顔で彼を送り出す。
「あ、引き止めてしまって、ごめんなさい。それでは気をつけてくださいね」
「はい。失礼いたします」
颯爽とかけていくジェラルドさんの後ろ姿を見送りながら、ちらりと隣のレンの様子を窺う。
「ごめんなさい。ジェラルドさんに聞けばって思ったんだけど、何の手がかりもなかったわね……」
「謝ることない。きっとアレン王子に聞き覚えがあったのも俺の勘違いなんだろう……」
「レン……」
「エリナが暗くなることない。そんなに親身になってくれたことに感謝しているよ」
なんとも思っていない風に言うレンを見ていると、ますますこのままにしておけないと思ってしまう。
「もしかしたら、俺、アレン王子に憧れていた一般市民なのかもな。レンってアレン王子の愛称だって言っていただろう? なあ、アレン王子ってどんな人なんだ?」
確か、ブルタリア国には二人の王子がいて、長男がアレン王子だったと思う。私も詳しくは知らないのだが、風の噂では、とても人望があって次期国王としての期待を一身に背負っているということだ。
アレン王子の個人的な情報なんて全く知らないのだが、そういうとレンは、じゃあ憧れている人は多いんだろうなと笑った。
そうだろうか。それで憧れているアレン王子の愛称が口を突いて出たということなのだろうか。それよりも、本当にレンという名前だったということのほうがありそうな気がするのだが。
「じゃあ、家に帰ろうか。エリナも明日に備えて何かしたいだろう?」