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10.セイ・リーと赤い瞳

 目的地に到着したのは、昼を大分回ったころだった。さあ、ルーレン王子を探そうというとき、先頭を走っていたジェラルドさんが大声を出した。


「ルーレン王子!? どちらにいらっしゃるんですか!?」

「どうしたんですか?」


 ジェラルドさんの切羽詰った声に、列の中ほどにいた私は、前にいた騎士団の人達をぬっていって彼の傍に近づいた。ジェラルドさんの顔色は悪く、きょろきょろと辺りを必死に見回している。


「それが、この山に到着した途端、ルーレン王子が消えてしまいまして……」

「え?」


 本当だ。ジェラルドさんと一緒にいると思っていたのに、見える範囲にはレンの姿はなかった。

 ジェラルドさんは、ますます顔を青くする。


「どうしましょう……! ルーレン王子の命が尽きてしまったということだったら……!」

「お、落ち着いてください。きっと、近くに身体があるから、魂が戻ったんですよ……! 早く探しましょう!」

「そ、そうですね……。申し訳ありません。取り乱してしまって」

「絶対、大丈夫です」


 私は自分にも言い聞かせるように強く繰り返した。そう信じていなければ、足元から崩れてしまいそうだった。

 ともあれ、これで道案内のレンは消えてしまった。あとは私達だけで探すしかない。

 ジェラルドさんは騎士団の団長さんに、これから山に入る旨を伝えた。騎士団の皆さんが団長さんの掛け声に合わせて続々と山の中に分け入る。

 私とジェラルドさんも皆さんに続いて山の中に入っていった。



◆◇◆



 山の中は外にいた時よりも薄暗かった。ところどころ獣道もあったりして、気をつけながら進む。


「こちら、足元がぬかるんでいますのでお気を付けくださいませ」

「ありがとうございます」


 前を行くジェラルドさんが、足元のぬかるみを教えてくれる。そこを踏まないようにして通り過ぎる。

 もう、どのくらい経っただろう。ずっと歩き通しだ。崖があれば、できるだけ覗き込むように下を見るのだが、そうしたところで、下までは見えない。時間が経つにつれ、どんどん焦りが募ってきた。

 今は一体何時なんだろう。前を見ると、ジェラルドさんの背中が少し遠くなっていた。いけない、早く追い付かないと。

 私は、スピードを速めようとして、ぐっと足に力を入れた。しかし、足元をしっかり見ていなかったのが悪かった。

 獣道の端にまたぬかるみがあったのに気付かず、そこを思いっきり踏んでしまった。滑った私は、バランスが取れなくなって、そのまま崖に吸い込まれていった。


「――――っ!!」


 落ちた先は、もっと暗いところだった。しかし、不幸中の幸いと言っていいのか、崖から落ちたにしては体を擦りむいた程度で済んだようだ。起き上がって、どこか怪我をしていないか確認して、ほっと息をつく。

 だが、どうしよう。ジェラルドさんとはぐれてしまった。こういう場合は下手に動かない方がいいのだろうか。しかし、単独でもレンを探したいという思いは強い。

そのとき。


「お姫様、こんにちは」

「ええ? なんでこんなところに!?」


 暗い先から見えたのは、あのシルクハットの男だった。

 なんて神出鬼没なんだろう。こんなところにいるなんて誰も思わない。


「ルーレン王子をお探しでしょう?」

「もう、あなたにどうして知ってるのとか聞くのやめるわ。それで、知っているの?」

「はい。この崖を真っ直ぐ行ったところにいらっしゃいます」

「ありがとう」


 動くのはどうだろうと思っていたが、ここから近いのでは動いた方がいい。一刻も早く安否を確認したかった。

 私の一歩後ろには、つかず離れずの距離でシルクハットの男がついて来ている。どうしてついて来ているのかとっても疑問に思ったが、もう本当に、この男に何を言っても無駄だろう。おとなしくついてこさせて私はルーレン王子のところに急いだ。


「ルーレン王子……?」


 シルクハットの男が言った通り、私の落ちた場所からそう遠くない場所にルーレン王子は横たわっていた。

 その顔はレンそのものなのだが、触ってみると、かなり冷たくなっている。息もかろうじてしているという感じだ。このままでは死んでしまう。


「どうしよう……。このままじゃ、死んでしまう……!」

「あなたなら、助けられます。お姫様」

「どうすればいいの?」

「助けたいと思いながらキスをするのです」

「は、キ、キス……!?」


 今、とんでもない事が聞こえた気がした。しかし、シルクハットの男は至極真面目な顔で混乱して紅潮する私をじっと見つめてくる。

 そ、そんな……キス? そんなこと、できるわけ、ない。だって、レンに了承を得ていないし。でも、しないとレンが死んでしまう。それは絶対嫌だ……!

 ぐるぐると思考が空回りする。シルクハットの男はそんな私に止めを刺した。


「早くしないとルーレン王子が死んでしまいますよ」

「!!」


 ええい、ままよ! 私は腹をくくった。


「ごめんなさい、レン!」


 そして、人生初のキスをしたのだった。

 その瞬間、私とレンを中心にして光が覆って広がった。温かい熱がレンを包み込む。


「…………」

「…………」


 シルクハットの男は長い長い沈黙の後呆れたような声を出す。


「なんだ、頬ですか……」

「わ、悪い!!?」

「いえ、悪くはないですよ。もうすぐ、ルーレン王子も良くなるはずです」


 その言葉通り、無意識に握っていたレンの手は先ほどまで氷のように冷たかったのだが、今では温かいとまではいかなくても先ほどよりは大分ましになってきた。


「怪我とかは大丈夫、なのかしら?」

「そちらもご心配なく。先ほどのお姫様のキスで治癒しているはずです」

「よ、よかった……」


 それにしても、実体を持ったレンを見るのは初めてである。なんだか今までずっと一緒にいたはずなのに、これが初対面のような緊張感がある。それでも、ここにレンが生きているというのがじわじわ嬉しくて、右手をそっとレンの頬に当てる。

 辺りが暗くて判然としないが、レンのままである。しかし本当に間に合ってよかった。頬に手を当ててじっとレンを見つめていたら、シルクハットの男が遠慮がちに声を掛けてきた。


「……お姫様、感じ入っているところ申し訳ありませんが、お姫様は先ほど魔法が使えるようになりました。そのことについて話しておこうと思うのですが、よろしいですか? きっと先ほどの光を見てみなさん来て下さるでしょう。それまでお話しさせて頂ければと」

「いいいわよ、どうぞ。……コホン。私も聞きたいと思っていたの」


 自分の世界に入っていたところだったので、一気に現実に引き戻された。いけないいけない。慌ててレンの頬に触れていた手を離し、何事もなかったかのように振舞う、が、そんなことは、この男にはお見通しのようだった。


「それでは、魔女セイ・リーのことからお話ししましょうか。セイ・リーは元々はハールラフス国の森に住む魔女でした。そこに一人の青年が迷い込み、セイ・リーと恋に落ちました。青年も実は魔法使いで二人はとても仲が良かったということです。しかし、大陸に魔法使いや魔女を根絶やしにする魔狩りを当時のハールラフス国の王が命じたのです。人々に薬草を提供して細々と暮らしていたセイ・リーもその対象となりました。住処すみかを追われ瀕死の重傷を負ったところに恋人の青年がセイ・リーを見つけます。自分達をそっとしておかなかったハールラフス国に怒り狂った青年はハールラフス国を壊滅させました。そして、ハールラフス王家に呪いをかけたのです。そのときからおよそ1000年後生まれた子供には悪魔も怖れる破壊的な魔力が宿るだろう。そして、再びハールラフス国は壊滅するだろうと。しかし、セイ・リーは最後の力で、その子供に宿るのは破壊的な魔力ではなく誰をも癒す慈悲の光になるだろうと呪いを書き換えました」


 今まで知っていた、セイ・リーの話とは全く違う話に頭がついていかない。この男の言う通りだとすると、セイ・リーはハールラフス国を滅ぼした張本人ではなく、恋人の青年がセイ・リーを傷つけたことに腹を立ててそうしたということになる。しかも、セイ・リーは恋人の青年が掛けた呪いを中和しようとしている。


「私が知っているセイ・リーの話とは違うわ。じゃあ、「赤の破壊者」って」

「セイ・リーも恋人の青年も赤い髪をしていましたからね。しかも恋人の青年の髪はセイ・リーのように長かった。逃げ切った人がどれだけ平常心を保っていられたかは分からないですが、間違って伝わった可能性は高いでしょう。セイ・リーは本当に慈悲深い女性でした」

「…………」


 その言葉に唖然とする。シルクハットの男はまるでセイ・リーのことを知っているかのように話す。


「あなたは、一体……? どうして、そんなに詳しいの?」

「私は、セイ・リーの子孫です。名乗るのは初めてですかね。セイングレイ・リーと申します。改めてお見知りおきを」


 セイ・リーの子孫だと言われても、特に驚きはなかった。魔法が使えて、セイ・リーのことを親しみ深く話すのだ。赤の他人だと言われたら、そのほうが驚いたと思う。

 セイングレイは、話の続きを話すため一息ついて居住まいを正す。


「もうお気づきだと思いますが、お姫様が先ほどお話しした呪いを受けた1000年後の子供です。お姫様は赤ん坊のときから大きな魔力をお持ちでした」


 もちろんそんな気がしていた。先ほどレンを癒した光も、セイ・リーが上書きしてくれた呪いなのだろう。しかし、子供の頃はそんな魔力なんて感じた事はなかったのだが。

 首を傾げる私を見て、セイングレイは目を細めつつ口を開いた。


「赤ん坊のときは魔力の暴発はありませんでした。しかし、年を重ねるにつれ、魔力はコントロールが効かなくなっていき、覚えていないかもしれませんが、お姫様の周りでよく小さな爆発が起こっていたのですよ。鍵となっていたのはお姫様の涙でした。お姫様が泣くと魔力が発動してしまっていたのです。なので、お姫様のご両親が私にご依頼なさったのです。魔力を封じるようにと。私は4歳の誕生日の夜にお姫様の涙と引き換えに欲しいものを伺いました。そうしたら、お姫様は人形やペンとお話がしたいと仰って」

「い、いいじゃない」


 セイングレイがどこかからかうような口調で言ったので、思いっきり話を遮ってしまった。しかし、そういうことだったんだ。4歳の誕生日の夜にセイングレイと会ったのは覚えているが、それ以前に私が魔力を暴発させていたことなんて全く記憶になかった。


「今はもうお姫様の力もコントロールできるようになっています。なので……いえ、やっぱりやめときましょう」

「え? なんなの?」

「いずれ分かることです」


 セイングレイは、シルクハットを直して立ちあがった。どうやら話は終わりらしい。


「そろそろ、私は失礼させていただきます。そろそろ騎士団の皆さんもいらっしゃるころだと思いますし」

「そっか……あの……」

「はい?」

「……ありがとう……」

「! いえ、幸せになってくださいね」

 返事をしようとしたときには、そこにはもう誰もいなかった。しかし、私はきっと彼の最後の驚いた後に見せた微笑みを忘れないだろう。

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