1.赤い目のお姫様
とても久しぶりです。思いついたまま書いていきます。矛盾点等あると思いますがよろしくお願いします。
――お姫様、あなたの望みはなんですか?
始まりは、忘れもしない、4歳の誕生日の夜、窓から部屋に乗り込んで来たシルクハットの男だった。
――それがどんな望みでも、私の力すべてを持って必ず叶えてみせましょう。
――それなら私ペンとも人形とも話してみたいわ。お友達になりたいの。
今思うと、4歳の私は何の疑いもなくよくもまあそんな怪しい人物の言葉に耳を貸したなぁと心底思う。ちょっとは疑った方がいい。
――そんなことお安いご用です。三つ数えた後には、あなた様は人形ともペンとも話せるようになるでしょう。
確かに、その後からペンとも人形とも話ができるようになった。
初めてお気に入りの人形に掛けた言葉は「こ、今晩は」というなんとも間抜けな言葉だったが、高い声で「こんばんは、エリナ、お元気?」なんて返ってきたときには感動と信じられない気持ちでしばらく声が出せなかった。
そのとき、はらりと一枚の紙が落ちてきて、そこには「あなたの涙頂きました」とあった。そのときは意味が全く分からなかったのだが、それ以来泣くことが出来なくなってしまったので、本当に涙を奪われてしまったということなのだろう。
願いには代償がつきものだが、今さらそんなことを言っていても仕方がない。4歳の私はそれだけ誕生日を一人で過ごすことに寂しさを覚えていたのだから。
◆◇◆
「ニーナ、聞いて。今日、クリス先生が私のダンスが壊滅的だって」
「エリナのダンスは本当に弁解の余地もないくらい下手だものね」
「ええ? これでも、先生の足を踏んだ回数は昨日より減ったのよ?」
「もう何回も踊っているのだから、そろそろ足を踏まないようにしたらどうなの?」
ニーナの表情は、人形なので全く変わらない。しかし、その言葉は、私の心にグサグサと突き刺さった。
あの4歳の誕生日の夜からもう13年経っているが、変わらずニーナは私の話し相手だった。時には嬉しいことを話したり、愚痴を聞いてもらったりと、ニーナやオーレがいたから今まで頑張ってこられた。
「オーレ、ニーナったらこんなこと言って、ひどいと思わない?」
「おれもニーナの言葉に同意するぜ。以前エリナのダンスを見た事があったが、あれは見られたもんじゃなかった」
万年筆のオーレにも味方をしてもらおうと思ったのだが、その試みは見事に失敗した。
「オーレもニーナもひどい……」
ちょっと不貞腐れて、ベッドに沈み込んでみる。
ダンスなんて、舞踏会くらいしか使わない。私は舞踏会には参加するつもりはないし、使う機会はない。私と踊りたがる物好きな男性なんていないだろうし。
自分の瞳をそっと閉じて、そう心の中で呟く。
私の瞳は、この国の瞳に現れると忌み色である「赤」だ。昔、国を滅ぼした魔女の髪と瞳が赤だったという言い伝えがあって、王族の私がこの瞳だったことを知ったときに、相当問題になったようだ。
それ以来、私は両親からも離れて別邸で暮らしているし、外にだってあまり行かないようにしている。
それでも、王女を教育もしないで放っておくのはよくないと考えたのか、勉強もさせてもらえるし、ダンスだって、先生をつけてくれている。世話係のアヤという女性もいる。そのあたりはやはり感謝をするところなのだろう。
「そんなことより、エリナももう17歳なんだから私達と話してばかりいないで、人間の友達を作ったらどうなの?」
「なんで? 私にはあなた達がいるから、寂しくないわよ? ……それに」
「それに? 瞳の色のことを言っているの? そんなのただの言い伝えだわ。もし本当のことだとしても、今ではこのハールラフス国も豊かだし、魔女なんてもういない。昔のことよ」
「おれもそう思う。ずっと、おれたちがエリナについていられるわけじゃないし、エリナも外の世界に感心を向けてみたらどうだ?」
「…………」
二人の言うことももっともなのだ。いつまでも、瞳のせいにして家に閉じこもっていることで二人に心配させてしまっているのは重々承知していた。
王族としての仕事も満足にできていない。これでは、友達どころか両親との間にもどんどん溝ができてしまうのは明らかだった。
少しだけ唇を噛んで、すぐにベッドから起き上がる。そして二人に笑ってみせた。
「分かった。これから城に行ってみましょう。私にもなにかできる仕事があるかもしれないわ」
「エリナって思ったらすぐ行動ね。その行動力恐れ入るわ」
「そうだよな。エリナはすごいな~」
「昔からニーナに言われてきたからね。悩むのは……」
「前に進んでからでもできる、ね。城に行くのね。行ってらっしゃい」
サアラはもう公務を行っていると聞く。両親に頼めばなにか手伝わせてくれるかもしれない。そうすれば、誰か話せる人も見つかるかもしれないし、王族としての責任も果たせる。気がかりは、この瞳だけどアヤだってクリス先生だってそんなに気にした風ではない。なんとかなるかもしれない。私は早速世話係のアヤを呼んで馬か馬車を用意してもらおうとした。
「じゃあ、行ってくるわ。アヤ? ちょっといいかしら?」
「はーい? エリナ様、どうなさいましたか?」
「これから父様と母様のところへ行こうと思うの。アヤもついて来てくれる?」
「はい、かしこまりました。すぐに馬車の準備をいたしますね」
ハールラフス国は大陸の東にある小国だ。しかし小国とはいっても、代々の王の治世がしっかりとしていたため、ここ何百年かは大きな災害などは問題とならなかった。周りの国々は化学や工業などが発展しているところが多いが、ハールラフス国には国内に大きな森や透き通った川やいつも作物がなっている畑があり、自然がたくさんある綺麗な国だった。
そんなハールラフス国にも、今から1000年ほど前に大地が荒廃して何もなくなるほどになることがあった。
それが、魔女セイ・リーの到来だということだ。それまで豊かだったハールラフス国にやってきたセイ・リーは突然ハールラフス国の隅から隅までを自身の強大な魔力で壊していったという。あっという間に国内はまっさらな状態になり、セイ・リーは去っていった。
当時のことを記した歴史書には、その凄惨さがなすすべもなかった人々の絶望と共に事細かに綴られている。
セイ・リーのことは彼女の髪と瞳の色から「赤の破壊者」という二つ名で語り継がれているのだ。
大事な時にはなるべく「赤」は避ける。夕陽が赤い日も子供たちに「セイ・リーがやってくるから早くお帰り」という文句で好まれてはいなかった。
そんな中、赤い瞳を持って産まれてきてしまった王女である私は、ハールラフス国中に衝撃を与えてしまった。
セイ・リーの再来かと騒がれ、王女を追放したほうがいいという声まで上がった。父様と母様はそんな中でも私を王女として育てたいと主張してくれたそうだけど、それでも側近たちの断固とした反対を前に貫きとすことができなかった。泣く泣く離れて暮らすことを受け入れた両親は、それでも追放はしないで欲しいと言ってくれたようだ。アヤという世話係を付けて別邸に暮らすことになった私は、外の世界を知らないで育った。
だから外に友達を作ったほうがいいというニーナとオーレの言い分には、どうしても恐怖が先行して二の足を踏んでしまう。私にはこうして父様と母様に会いに城へこっそりと向かう事で精一杯だ。
「さあ、到着しましたよ。エリナ様」
「ありがとう」
馬車を降りるのにアヤの手を借りて、周りをさっと窺う。なるべく急いで門番を通り過ぎ、城内に入っていった。今では、セイ・リーの再来なんて言われることはめったにないが、それでも、私が城に来ると口さがない人達が陰口を叩く位はする。そんな陰口なんて慣れたつもりでも、やはりあまり聞きたいものではない。
ありがたいことに、父様と母様に面会するのに許可など取らなくていいと言われている私は、真っ直ぐに謁見室へと向かうことにした。
「そういえば、聞きまして? ブルタリア国の王子がなんでも意識不明に――」
「ええ? ブルタリア国というと、あの大国の?――」
メイドたちの噂話が耳に入ってきたが、私はずんずんと回廊を進んで行った。
「まあ、無事に意識が戻るといいのですね……」
「――そうね」
アヤが話しかけてきたが、ちょうど使用人の男と目が合ってしまい、ぱっと下を向いて歩く速度を速めたので、あまり気にしていられなかった。