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夏の雨は不思議を運ぶ。

作者: 澤葉 夕雨

「いい天気だな」



窓の外をみてそう呟いた。

今日もいい天気。



「はぁ?雨降ってんじゃん。何言ってんの。」



「雨が悪い天気だっていう根拠はないよ」



なぜみんな、雨を悪い天気だと言うのだろうか。


雨は好きだ。

地面を叩く音も、透明な傘から見える空も、水たまりに写った逆さまの世界も。


雨に濡れて漂うコンクリートの匂い。

私はこの匂いも好きだ。


スカートを捲り、一気にサイダーを飲み干す。


夏真っ只中。

地面から上がった熱が、空気を巻き込んでゆく。



こんな世界なんて、なくなればいいのに。

こんな汚れた世界なんて。



「私が死ぬ日は雨がいい。」



いつも通り宣言した。

何回目の宣言かは、忘れたけれど。



「まだそんなこと言ってんの?いい加減生きる歓びを探しなさいよ」



私の隣にいるこの人は、いつも私を生かそうとする。

いや、私がふざけていると思っているのだろう。



失礼しちゃう。私はいつでも本気だ。



世界がなくならないなら、私自身が消えればいいのだ。



「遺書も書いた。」



隣の人は溜息を吐いて、私を哀れむように見た。

もう付き合ってられないという目だ。



「勝手にすれば?」



また1人、私のそばから人が消えた。

これで何度目だろう。



「もう…慣れた。」



灰色の空に向かって小さく呟いた。







丘を越えて、橋を渡り、人のあまり来ない高台へと脚を踏み入れる。


傘越しに聞こえる雨音。

その音だけに包まれる。


ほぼ崖のようになっているこの高台。

雨が降ると私は必ずここへ来る。

誰も来ないこの場所で、ただひたすらに雨の音を聞くのだ。



高台には木のベンチが1つ、申し訳程度に置いてある。


そこに傘もささず座っている男の子。

男の子と呼ぶには少しだけ年をとっている気がした。

雨に濡れているからかもしれない。


それでも顔立ちは整っており、黒い髪に紺色の瞳をしていた。


濃い紫色のジャケット。

ツンと吊った目尻。

割りとカッコイイほうだと思う。

20代だろうか?30代だろうか?



どれだけ長い時間座っていたのだろう。

びしょ濡れの彼は私に気づき、微笑んだ。



「お嬢さん。おひとりですか?」



お嬢さん…。今どきお嬢さんなんて…。

気品があるなぁ。



「1人ですけど…。」



相変わらずニコニコしながら話しかけてくる。



「ここへは何しに来たんです?」



「…雨の音を聞きに。」



「何か悲しいことでも?」



彼は図星でしょう?とでも言うようにこっちを見た。


その顔にちょっとイラッとした。

無視して家に帰ろうと、元来た道を振り返った。

頭のおかしいヤツにかまっている暇はない。



「お嬢さん。私と一緒に逃げませんか?」



「…は?」



何を言っているんだ、この人は。

大の大人が、女子高生に向かって。

一歩間違えれば犯罪じゃないのか。



「このつまらない世界から逃げませんか?」



「……えっ?」



その瞬間辺りが藍色に染まった。

私の周りをたくさんの流れ星が駆け回る。

その度に風が吹き、私の髪を撫でる。



「ここはもう一つの世界です。お嬢さん。私のそばを離れないでください。」



怪物に食べられちゃいますよ。



冗談めかしてそう言った。

無邪気に笑っている。



「それっ!」



私たちは突然急降下をはじめた。

ジェットコースターとは比べ物にもならないスリル…。

足元に見えてきたのは…



「わぁっ…!?」



カラフルな建物たち。

空中に浮かぶ森。

桜色の湖。



なにもかもが非現実。

世界のどこかを探せばあるのかもしれないけれど。

生まれて初めて見る景色。



驚いているあいだに、私たちは地面に降り立った。












「ようこそ。コートリアへ。」



彼は私の手を離し、うやうやしくお辞儀をした。

気がつくと彼の頭には猫の耳が生えていた。




なんだこの人。

何者なんだ?



「ここはどこ?なんなの?」



「ここはコートリア。愛称はコトル。あなたが住んでいる世界とは逆にある世界ですよ。」



聞いてもさっぱりわからない。

頭がおかしいんじゃないのか?



「なぜ私をここへ?」



「死にそうだったので。」



「は?誰が??」



「あなたが。」



見破られていた。



そう、私は今日死のうとしていた。

あの崖から空を飛んで…。



ちょうど良く雨が降っていたし。

それに誰も来ないだろうと思ったから。



「世界がつまらなかったのでしょう?」



相変わらず、そうでしょう?とでも言いたげな顔で。

腹が立つ。



「私が死にたいのと、あなたが私をここへ連れ去るというのは何も関係ないでしょう!?」



私は半ギレぎみに問いかけた。

一瞬でもかっこいいと思った私が馬鹿だった。



「まぁまぁ。そう怒らずに。コトルをのんびり観光でもしましょう?どうせ次の雨まで帰れないんですから。」



「…はぁっ!?」



訳が分からない。

こんなの半分誘拐じゃない。


それに次の雨まで帰れないなんて!

どういうことなの。



「怒ることと、溜息をつくことは心に毒ですよ。幸せな溜息なら話は別ですけどね。」




なんなのコイツ…!

あの得意そうな顔が腹が立つ。


彼は私の手をとって歩き出した。













「ほら、ごらん?月が正面だ。」



正面にはそれはそれは大きな丸があった。

まるで一つの惑星のよう。



「でっかい…」



「向こうの世界の月が小さすぎるのさ。」



彼は楽しそうに話す。

月がでているのに、暗くならない。

その事を彼に問うと



「ここは暗くならないのさ。いつでも全てが見えるようにね。」



なんて不思議な世界なのだろう。

建物も変わった形のものがたくさん。

それ以上に変わっているのは、ここに住んでいるであろう人だ。

人なのだが、目の色は様々だったり、なにかの動物の尻尾があったりと、まるで協調性がない。



「ここにはいろんな形の人がいるのね。」



「生きているものを分別するなんて、向こうの世界だけさ。ここでは生きているもの全て、平等な『住人』だよ。」



ここはここで素敵な世界なのかもしれない。

色々なところがのんびりとしているようだ。



コトルは時間の概念が無いのか、人々はいつまでもいつまでも楽しそうに語り合っている。

昼夜はあるのだろうが、昼も夜も関わらず人で溢れている。



「コトルはなぜこんな世界なの?」



「君が生きている世界と真反対に造ったからね。君の世界での当たり前は通じない。その代わり、来るもの拒まず、去るもの追わずさ。みんながみんな、家族。」



「いい世界ね。」



「あぁ。」










私が生きている世界は残酷だ。

人は平等につくられない。

見た目も中身も。


中身がきちんと評価されることもほとんど無い。

コトルと比べると、なんて汚れた世界だろうか。


私ももっと人気者だったらな。

こんな思いはしなかったのかもしれない。

もっと周りが人で溢れていれば…。



「お嬢さんは、なぜ…」



「…?」



「なぜそんなに、自分を押し殺すのです?なぜそんなに、後ろ向きに考えるのです?」




なんで。つらそうに。

なんで、そんなこと聞くのだろう。

なんで私の考えていることを見破るのだろう。



この人は…。

何者なのだろうか。



「ねえ…。あなたは何者?」



「…君をよく知っている者さ」



彼は悲しい目をして笑った。

なぜだか少し苦しくなった。














「不思議ね。全然眠たくならないの。それに身体も疲れない。」



コトルに来て結構な時間が過ぎているはずだ。

それなのに、眠くもならなければ、身体も軽いままだ。



「きっと楽しんでいるからさ。楽しい時は疲れを忘れるだろう?」



「なるほどね。あなたもここの住人なの?」



「まあそうとも言えるかな。」



「あなたはいくつなの?」



「少年とも言えるし、老人とも見て取れるよ。僕の年齢なんか無いのと同じさ。」



どれだけ質問しても彼のことはわからなかった。

一方的に彼が私を知っている。



「ねぇ。あなたは私の名前を知っている?」



「あぁ、もちろん。」



「なんでも知っているのね。あなただけ。ずるい。」



「そうだね。さぁ、着いた。」







彼が私の手をひいて歩いて行く。

木々を抜けて、草をかき分け、広い場所へ出た。

そこにはスミレ色の泉があった。




「わぁ…。綺麗。」



「どうしても見せたかったんだ。ここは君の住む世界の果てだよ。」



「世界の果て…?」



「君の世界と、このコートリアはここで繋がっている。君の世界の果ては、コトルのはじまりなのさ。」



ほら、泉の奥に世界が見えるだろう?



そう言って一緒に泉をのぞき込む。


泉にはあの賑やかな世界が写っていた。

私の嫌う世界。



「君は、自分を否定しすぎている。」



「向こうの世界で生きていく術よ。否定しなきゃやっていけないの。」



「もったいない。君は素敵な人なのに。」




思わず笑ってしまう。

私が素敵な人?どこがよ。



「慰めをありがとう。」



「ちがう。君はとても優しい人だ。優しさを持つ人は、どんな人よりも素敵な人だ。人に心を分けるのだから。」



「私の何を知ってるのよ。」



言ってから、気づく。

とても酷いことを言った、と。


彼は今にも泣きそうな顔で私をみていた。












「お嬢さんは青空は好きかい?」



「普通よ。曇っている方が好きだわ。」



「ふふっ。それは腕がなります。さあ、参りましょう。」



彼は力強く地面を蹴った。

空へと飛び上がる。



「あなたは魔法使いなの?」



「さあどうでしょうね。僕が魔法を使っているとは限りませんよ。君かもしれない。」



余裕のある笑顔。

こういうところを見ると、やはり大人の男性なのだろう。



「あの浮き島へ行きますよ。それっ!」



プカプカと浮いた、芝生の生えた島へと着地する。

色とりどりの花が咲いている。

風が吹き抜け、草の青い匂いがする。



「周りを見てみてください。ほら、綺麗な空でしょう?」



辺り一面真っ青な空だった。

雲ひとつない。

空気が澄んでいる。



「…青空も素敵ね。」



「そうでしょう。」



いつもの得意そうな顔をした。

なぜかあまりイライラしなかった。

子供っぽい所があるんだなと思い、笑ってしまう。



「いい笑顔ですよ。」



「…ありがとう。」



素直に笑ったのはいつ以来だろう。

最近は引きつった顔ばかりしていた。

自分が卑屈になったのを、世界の所為にしていた。



(私は…。自分から笑顔になれる事を探していただろうか…?)



待っているだけではダメなのだ。

自分から楽しいことを見つけなければ。

つくらなければ。

世界の所為ではないのだ。

自分が変わらなければいけない。



「ちょうど、もうすぐ雨が降りますよ。」



「え?」



「だって、帰るでしょう?」



あたたかい顔をしていた。

とても穏やかな。

まるで全てをわかっているような。














私たちはさっき来た泉の前にいた。



「さあ、雨が降っているときにこの泉に飛び込めば帰れますよ。」




「ねえ。あなたは誰なの?なぜ、私を助けてくれたの?」




私の問いかけに、彼はちゃんと答えてくれた。

ちょっとだけ躊躇いながら



「ルナって言ったら分かるかい?」




その一言で思い出した。

幼い頃の記憶を。




「僕は…君がこっそり飼っていた猫のルナだよ。」



「ルナ…。なんで…?」



「ずっと君を助けたかった。世界に諦めを感じていた君を。」




幼い頃、元気いっぱいだった私。

どこかから見つけた猫と、いつも遊んでいた。

濃い紫色の毛並み、夜の闇のような色。


元気すぎて友達ができなかった私。

私はいつも猫と一緒にいた。


秘密の森で、猫を飼った。

飼ったといっても、ご飯をあげたり、毛布を持ってきたりするだけだった。


私はその猫にルナと名前をつけた。

月の女神の名前と同じ。

猫はオスだったけど。


毎日遊んで、いろんな話をした。


ある日、ルナがいなくなった。

どこへ行ったのかはわからなかった。

誰かに拾われたのかもしれない。


とても悲しかったことは覚えている。


月日は流れ、私は少しづつ大人になった。

人生は上手くいかないことも知った。


いつしか私は笑顔を忘れた。

ルナのことも忘れてしまった。

日々平凡に生きることに必死だった。




「ルナ…。ありがとう。」



私は感情を取り戻していた。

高台でルナに会った時には既に、怒るという感情を取り戻してくれた。

そして今も、私は泣いている。

笑っている。



「よかった。君と話ができて。猫の鳴き声だと伝わらないから…。僕は、いつも君の名前を呼んでいたんだ。」



時羽。



私の名前を呼んだ。



「君なら、どんな事だって乗り越えていける。だって羽が生えてるから。」



大丈夫だよ。



そう微笑んだルナの顔は、少しぼやけて、よく見えなかった。



「さあ。行きな。雨が止む前に。」



「うん。ルナ。元気で…。」



彼が私の手を離す。

そして肩をトンと押した。



「また、どこかで。」



私は泉に吸い込まれていった。












目を開けるとベンチに座っていた。

申し訳程度に置かれたベンチだ。


雨で草木が濡れている。

自然の匂いがした。


まつ毛に水滴がついている。


高台から街をみると、キラキラと輝いてみえた。


この世界も悪くないかもしれない。

今はなんとなくそう思えた。







良くするも、悪くするも自分次第だ。

私は一歩踏み出した。




end.

私自身、雨が好きなのです。

夕雨というくらいですからね( 笑 )


ですから、雨がテーマの話を書きたいと思ってまして。

記念すべき、雨がテーマの作品1作目です。


これからもたくさんの物語を書いていきたいと思っています。


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