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第四話 特務の実態

 消防学校では六ヶ月間、一般の消防士採用者一緒に基礎訓練と座学に明け暮れた。一般採用者は土日と祝日は自宅への帰宅が許されていたが、剛志(つよし)達特務候補生は帰宅を許されず、追加講習と称して県内にある自衛隊駐屯地のどれかに何故か連れて行かれた。そして、自衛隊員に混ざって様々な訓練を受けさせられた。

 六か月の学校生活も無事に修了し、寮で同室だった仲間達はそれぞれ配属先へと旅立っていった。剛志達特務候補生はというと、半分が県外にある海上自衛隊、もう半分が引き続き県内の陸上自衛隊で更に五カ月の訓練を受けることとなった。

 元々人数の少なかった特務候補生だが、途中退職者や一般の消防士への転属者が出ており、入学時の半数ほどしか残っていなかった。剛志は「何とか訓練を乗り切って正式配属されよう」と同じ陸自組の仲間達と誓い合った。

 銃火器の訓練も佳境という頃、新しい寮で同室となった候補生仲間の一人がベッドの上で寝がえりをうちながらぼやいた。



「いやあ、覚悟はしてたけど、重迫撃砲とかまでぶっ放すとは思わなかったわ」


「な。俺達消防士は火事や災害と戦うのが仕事だろ? なのに、一体何と戦わされるんだか……」


「災害と戦うからこそ、この訓練を受けてるんじゃん」



 当たり前のこと聞くなよ、と言わんばかりに苦笑するルームメイトを怪訝な顔で見つめていると、彼は気を取り直したかのように起き上がって剛志のほうを向いた。



「お前、今日も教官から筋がいいって褒められてたよな。お前って、やっぱりあの噂通りなわけ?」


「噂?」


「ほら、〈東京〉から引き抜かれてこっち来たっていう――」



 剛志は眉間のしわを深めるようにクシャリと不機嫌な顔をすると、高校でも友人に同じことを聞かれた旨を打ち明けた。絶対に他言しないから本当のことを教えろよとせがむルームメイトに、身に覚えがないと答えてやると彼は肩を竦めて笑った。



「何だよ、つれないな。トチョーンの話、詳しく聞きたかったのに」


「は? トチョーン? 何それ」



 剛志が仏頂面のまま引き気味に問うと、ルームメイトは当たり前のことを諭すような口調で続けた。



「トチョーンって言ったら、トチョーンだろ。ほら、有事の際には東京都庁が究極ロボ・トチョーンに変形して国民を守るっていう……。東京タワーのゆるキャラ兄弟が巨大化して合体したり、スカイツリーがムサシソードっていう武器になるって聞いたんだけど」


「は!? 何その都市伝説!」


「いやだな、都市伝説だなんて。俺、知ってるんだぜ? マジ、誰にも言わないからさ、そろそろ白状しろよ」



 したり顔のルームメイトは、剛志がいくら知らないと言っても取り合わなかった。むしろ、馬鹿馬鹿しいことを言うなと憤る剛志を窘めるかのように笑い続けた。


 ルームメイトはもしや都市伝説好きなオタクだったのか。それとも、日々の過酷な訓練のせいで頭がいかれてしまったのか。へらへらと笑う彼を不憫そうにしばらく眺めていた剛志だったが、一つの疑問がぽっかりと頭の中に浮かんだ。

 彼は確かに言った。災害と(・・・)戦うからこそ(・・・・・・)この訓練を(・・・・・)受けている(・・・・・)と。仮に彼の言うように東京ではトチョーンとやらが有事の際に活躍するのだとして、そのトチョーンとやらと同列に扱われた特務は一体何なのか。この日常に慣れてしまって疑問にも思わなかったが、そもそも、一消防士であるはずなのに自衛隊員に混じって戦闘訓練を受けるということ自体がおかしいではないか。特務が戦う〈災害〉とは、一体何なのだろうか。


 剛志は意を決すると、高校時代に散々質問してははぐらかされてきた質問をルームメイトにぶつけた。――特務とは、一体何なのか。

 最初、ルームメイトは笑っていた。そんな分かりきったことを聞くのかと。しかし、今まで誰も教えてくれなかったため、S県外出身者の自分は何も知らないままここまできたということを説明すると、彼は笑うのをやめて真剣な面持ちで剛志と向き合った。



「お前、それ、マジか」



 頷く剛志にルームメイトは少々驚いて、何故何も知らないのに特務のスカウトを受けたのかを尋ね、その後すぐに答えなくていいと剛志を制止した。そして溜め息をひとつ吐くと、ぽつりぽつりと話し始めた。

 この地球上にはいまだ人々に存在を知られていない生物が多数存在している。特に海底はそれらの宝庫だ。それら未確認の生物の中で、既に確認されてはいるものの一般には知らされず存在を秘密にされているという生物は一体何種類いるのだろうか。――少なくとも、このS県の海底には、そんな秘密の生物の存在が一種類は確認されている。そいつら(・・・・)は海底内のトラフという場所に居を構え、定期的にいさかいを起こしている厄介者だった。



「名前は、プレートン……。そいつらこそが、俺達がこれから戦う敵さ……」


「それ、ただのユーラシアプレートとフィリピン海プレートじゃねえか」



 剛志はすかさず、手元にあった分厚い雑誌をルームメイトに投げつけた。悶絶する彼をよそに、剛志は真面目に聞いて損したと悪態をついた。ルームメイトは投げつけられた雑誌を手に取りページを捲ると、「今に分かるよーん」と鼻歌交じりに言いながら漫画を読み始めた。



   **********



 自衛隊での訓練が終了し、特殊な訓練を一ヶ月間受けることとなった。海自組も合流しての最終訓練だった。自衛隊での訓練が始まる前よりも更に人数が減っていて若干寂しい気持ちになったが、この訓練が終われば正式配属だ。剛志は仲間達と再度〈無事訓練を終えて配属されよう〉と誓い合った。



「なあ、災害救助用の装備を比べてみたら、実は自衛隊よりもうちの消防のほうがいい装備使ってたってのは結構有名な話だけど、どのくらいいい装備か知ってる?」



 最終訓練初日の朝、オレンジの作業服に身を包んだルームメイトがだしぬけにそう言った。さあ、と剛志が首を傾げていると、彼はにやりと笑って続けた。



「これさ、深さ六千メートルの海底でも地上と同じような行動が出来るように作られてるんだぜ」



 剛志はフンと強く鼻を鳴らし、馬鹿にするような目で彼を見た。彼は肩を竦めると自室のドアを開けながら軽快な口調で言った。



「お前がそういう態度をとっていられるのも、今日で最後なんだからなー!」



 寮から専用のバスに乗り訓練のために連れてこられた場所は何故か海辺で、剛志はルームメイトの言葉を思い出しては意識の彼方へと押しやろうと努めた。しかし、彼の言ったことは悲しいかな現実だった。


 訓練現場に到着するなり支給された特殊な装備品は、フルフェイスのヘルメットと胸部までの長さのチョッキが一体となったかのような代物で、作業服の上から装着するのだという。装着してみると、作業服との間の隙間を完全に埋めるかのような仕掛けが作動し、さながらシーウォークのような格好となった。一緒に支給された手袋と靴も同じような作りで、オレンジの作業服とこれらを併せると宇宙服と同様の機能を果たすようになっているとのことだった。

 装着が済むと、早速入水訓練が始まった。水の中で身動きをとることに慣れてくると、今度は自衛隊の訓練で使用した銃火器に似たようなものでの訓練が始まった。これらは水中でも使えるように改良された極秘の武器だそうで、実戦で使用される弾薬には強力な睡眠薬が含まれているとのことだった。


 更に訓練が進むと、潜水艦に乗せられての訓練が始まった。海自組が艦内での諸々をこなし、陸自組が特殊なダクトから海底へと降り立って戦闘配備につくといった流れだった。



 ――これが現実なのだから、きっとプレートンも本当にいるのだろう。剛志はもう、考えることをやめた。

※シーウォーク


専用ヘルメットを被って海中を歩く、ダイビングの一種。

沖縄などで体験できます。

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