壁ドン感
「あ、それはそっちにしまっておいてもらえますか?」
「へーい」
図書委員、というと『仕事が楽』なんてイメージがあるのでは無いだろうか。
カウンターに座って、本の貸出し及び返却の時にだけ少しだけ働けば良い、とか。
図書委員の職場が図書室であるから、基本的に静かで手を焼く必要がない、とか。
最近は本の貸し借りの情報がデータ管理されているから、催促がしやすい、とか。
冗談じゃない。
どこが楽なんだ。
どこの誰がそんなイメージを植え付けたんだ。
どこの誰がこの学校の校則に『生徒は全員、どこかしらの委員会に入れ』なんて書いたんだ。
そのお陰で今俺は、図書室から資料室へと大量の本を運搬している最中だ。
ボロくなった本を新品に入れ換える、なんて贅沢なミッションを遂行中だ。
苦節数時間、仕事の終わりがようやく見えてきた。今はそんな状況の中だ。
「よっ、と」
ドシン、と、重く低く鈍く音がした。
鈍器にでもなりそうな分厚い辞書。こんな物が図書室にあるとか、バトルロイヤルにでもなったら大人気なんだろうな。
だが、これは地震の時とかに落下したら危ない、とかなんとか、そんな理由でこの度解雇となった。
……、よし。
「おいアイアイ。次はドイツをどこに運べば良いんだ」
「誰がアイアイですか! 毎度毎度、猿みたいに呼ばないで下さいよ!」
と、俺の視線の先でぷんすかと怒るアイアイ――もとい、西宮亜依。
一年生にして図書委員長に任命されたりしている、ちっこい上司。
または、後輩な先輩。
または、威厳のない支配者。
「いや、なんかやかましいし、ちっこいし、ピッタリじゃねぇか」
「やかましくもちっこくも無いですよ! もうちょっと委員長を敬って下さいよ!」
「委員長なのに平委員に敬語を使ってる時点でもい色々おかしいだろ」
「ハッ!」
びくっ、と体を震わせながら驚くアイアイ。漫画だったら背景には雷とか描いてあるんだろうな。きっと。
「で、これはどこにやるんだよ」
「え、えっと、それはこれと合わせてこの倉庫にしまいます! それで終わりですジ・エンドです!」
と、アイアイが指差す二つの物体。
片や、机の上に山積みになった本。
片や、大きいとは言いにくい倉庫。
「……入りきるのか?」
「ガッツです」
「うっしょ、っと」
ぼしん、と音を立てながら、本の上に本が置かれていく。
それを幾度と無く繰り返し、今のが最後の一冊だった。
つまり、
「後は倉庫に鍵かけちゃえば終わりですねー!」
と、アイアイがテンション高く言うのにも頷ける。終わりなのだ。終わりなのだから。
「じゃ、後はこっちでやっとくんで大丈夫ですよ! ありがとうございました!」
言い終わるが早いか、倉庫へと首と視線を向けるアイアイ。
「いや、その倉庫、色々面倒だろ」
家の玄関のように『挿して回して終わり』な鍵なら良いんだが、これは違う。
自転車のタイヤにやるようなチェーン式の鍵だとか、南京錠だとか、色々と様々な鍵が付属している。
ハッキリ言って、過剰だと思う。
「大丈夫ですよ! ここは私に任せて先に行け、って奴ですよ!」
「いや、ここで帰ると俺が大目玉食らうんだが」
「別に閉めてしまっても構わんのだろう?」
「閉めながら言うセリフか、それ」
「こんな埃臭い所に居られるか! 私は早く閉めて家に帰るぞ!」
「うがいしろよ」
「こんな気持ちで倉庫の鍵を閉めるなんて初めて! もう何も怖くない!」
「倉庫の鍵を閉める事がそもそも少ないだろ」
っつーか、なんでそんなに死にそうな
あと、今ここで死ぬなよ。犯人の候補が俺しか居ねぇじゃねぇか。
しかも、アイアイが鍵閉めに時間をかけてるからか、積んだ本のバランスが崩れてるような音がするような……、
「ぅおらッ!」
バンッ!! と、倉庫にすぐさまかけより片手で扉を押さえる。
案の定、この片手(右手だ)にかかる負荷は重く強く痛い。腕がヤバい。さっきまでの重労働の後にこれはキツい。
「……、え?」
早く鍵閉めてくれねぇかなそうしないと俺の右腕が悲鳴を上げる事すらできなくなり最終的にご臨終してしまいそうなんだが――ん?
今、アイアイの声がしたような、
「……アイアイ? どうしたんだ?」
声につられてアイアイの方――つまり自分のほぼ真下、倉庫と俺の間――を見ると、そこには鍵に手をかけたまま硬直しているアイアイの姿があった。
カタカタと震えながら、俺を見上げながら、硬直しているアイアイの姿があった。
「な、なな、な、なななんなんですかかかかか……?」
そして、か細く震えるような声。その声色に宿っているのは、きっと怒りの感情。
「は?」
震えてるし声が小さいし、怒られる意味すら分からない。
「確かに私は死亡フラグは立てましたけど、こういう風に迫られるフラグは立てた覚えが無いと言うか、猿が狼に食べられちゃうのは弱肉強食的には正しくても倫理的には正しくないような気がすると言うか、えっと――」
「おい」
「はいっ!?」
「俺の右手が耐えられる間に、早く鍵をしめてくれ。いや、閉めて下さい」
格好悪いとか知った事か。
命の方が大事なんだよ、こちとら。
だから、早く、頼む。
「よし、帰るか」
ぱんぱんっ、と両手を鳴らしながら、俺は呟いた。
……ちっくしょう、鞄は教室か。面倒臭ぇ。
「ぅええぇえ!?」
「あ?」
見ると、アイアイが真っ赤な顔でこちらに目を見開いていた。
「なんか忘れ物でもしたのか?」
「い、いえ、あの、私、さっきみたいに、されたの、初めてだったん、ですが」
さっき?
?
……、あぁ。
「お前、友達居なかったのか」
鍵閉めを手伝ってくれるような友人が居なかったから礼を、とかそう言う事か。
で、いつもアイアイとか言ってる俺に礼を言いたくはない、でも言わなきゃ、みたいな感じなんだろう。その顔の赤さは。
「じゃーなアイアイ。忘れ物には気をつけろよ」
言いながら俺は出口を目指し、歩き出した。
教室で鞄を回収して、用を足して、その後にまた顔を出してやろう。
友達がいないアイアイの為に、忘れ物探しを手伝ってやろうじゃないか。
可哀想だし。
「なんなんですか、もぅーッ!!!!」
暫く歩いて。
背後から、聞き覚えのある声で、そんな咆哮が聞こえてきた。