3 星の魔力【セルキト】
3 星の魔力【セルキト】
下へ降りるような道を道なりに進んでいき、四人は神秘的な空間に辿り着いた。
魔力の結晶…。雪のように空間を漂う魔力の破片は幻想的で、とても綺麗なものだった。
奥にはそれを統率するかのような、球体の魔法石が置かれている。
結晶は確かにこの魔法石から放たれている。これが全ての根源、セルキトの媒介だろう。
壁は機械で作られているようだ。とても、広い広い空間。
「綺麗な場所ね…。」
「でさ、どうやって封印するんだ…?」
レヴィスも知らなかったと言っていたが、この膨大な魔力の発生源をどうやって抑えればいいのだろうか。
「そんなもの、壊せばいい話だろ?」
クリスが鎖でセルキトを破壊しようと試みた。
だが、魔力が逆流してきて、逆にクリスが跳ね飛ばされてしまった!
「防衛機能ってヤツか?」
テイルが慎重に魔法石を調べ上げるが、何もかもが未知の技術でお手上げだった。
「どうすればいいのかしら?」
ナギは辺りを調べてみた。
機械の壁に魔力の結晶。
どこかで見たような、懐かしい感触があった。
だけど、それをどこで見たのか全く覚えていない。
少なくとも、ヴァルハラ跡で発見されてからは見たことのない光景。
これは、俺の記憶が無くなる前に見た景色ってことか。
「ここには、嫌な思い出しか無い気がする…。」
何かが込み上げる感触がした。
額が熱い。頭に痺れるような感触が走る。ズキズキして吐き気がしそうだ。
身体に纏わりつくベトベトとした液体の感触。
手首足首にヒヤッとした鉄の冷たさを感じる。
フラッシュバックしてきた…。
カプセルの中に入っている10歳ほどの男の子。
中に紫色の液体が流れている。両手足には、男の子を抑えつけるような鉄の拘束具がはめられていた。頭は何十本ものコードが機械と繋がっていて、何かの信号を送っているみたいだった。
はっきり分かるのは、男の子の苦痛を訴える表情。
信号に合わせて、男の子が右手を上げた。
周りでそれを見ていた人間が歓喜の声を上げた。
「成功だ…!これで私たちは――」
セルキトは、俺の魔力に共鳴して覚醒めた…!?
「ナギ?」
我に返った。
何だったんだ?
あれは俺の記憶なのだろうか?
「大丈夫…。」
「ちょっと待って!」
「何?」
セイラがナギの目を見て言った。
「蒼い瞳…。」
ナギの瞳は淡く蒼い瞳だった。蒼き瞳の魔術、アビスの眼。
「分かったよ。」
「何が分かったんだ?」
「封印の方法。」
「!?」
分かる。俺の中の力がその方法なんだ。
破魔風を使う。蒼き瞳の今ならば、完璧なそれを使うことが可能だ。
「離れてて。俺が抑え込むから。」
そう言うと、ナギもダイダロスのようにオーラを放った。瞳と同じような蒼いオーラ。
同時に風がナギに纏わりついた。それは他でもない、破魔風と呼ばれる真の万物の力だ。
「大丈夫なのか?」
「平気だよ…。俺は心配いらない。」
あの時と同じだ。ナギの一言で気持ちが安心してしまう。
「俺は何のために生まれてきたんだろう…。何なんだ?さっきの記憶は…。」
ゆっくりと魔法石に触れる。
星の魔力が自分の中に流れてくるのが分かった。
それと交差するように自分の破魔風を送り込む。
苦しむ星の魔力。まるで自分を解放してくれと叫んでいるようだった。
もしかすると、あの時の夢の声は、星の魔力自身なのかもしれない。
唯一、話が出来る俺に問い掛けてきたんだ。
「ごめんな。でも、このまま解放したらダメなんだ。だから、その力を俺に分けてくれ。俺と一緒に戦おう?」
封印と言うよりも、それは継承に近かった。
流れてくる魔力はナギに入り込む。
やがて、完全に継承が終わると、魔法石はただの石球に変わっていった。
「ハァ、ハァ…。」
「魔力が…、消えた…?」
「何をしたんだ?」
「分からない。何となく、分かったんだ。どうすればいいのか。俺の瞳が教えてくれたのかな?」
アビスが教えてくれたのか?
分からない。何が俺に教えてくれたのか。
でも、確かに言えることは、知っていた、ということ。
「止まったのよね?」
「うん。星の魔力の媒介を、魔法石から俺自身に移したから。」
「そんな量の魔力を抑え込めるのか?」
「さぁね。でも、こんなこと出来るのは俺だけだし…。まぁ、何とかなるよ。」
きっと、ここ一帯の魔力を抑えたおかげで墓守りも消えたはずだ。
もう安心して道を戻ることができる。
「まぁ、魔力はあっても、使う術が無きゃ持ち腐れだけどな。」
突然、身体中を締め付けるような感覚が、辺りを襲った。
この感じ、ナギは知っている。レヴィスの中で見たものだ…。
「悪魔が…、来る…!」
「いよいよお目覚めの時かい…?風の魔術師サン…♪」
あの時の少年がこの場に現れる。
「何なんだ!?この感覚は…!!」
クリスが反射的に後ずさりした。
クリスだけじゃない。ナギ以外の二人も。
危険だ。本能的に理解した。この少年に近づくのは危険すぎる。
「邪魔者は消す…。それが僕のモットーなんだよね?」
少年が掌で暗黒の魔術を生成している。
「バカか…?俺がそんなの見過ごすわけないだろーが…。」
「ん?僕を止めるつもり?未完成の失敗作。アビス・2ndのキミが…?」
突きつけられた真相。それでもナギは動じなかった。
あの記憶で何となく分かっていたからだ。俺は居るべき人間では無かったこと。
最初から存在していたわけじゃない、造られた人間。
生まれたときから―。否。造られた時から、孤独を背負った罪深い存在だと。
「アビス・2ndですって…!?」
「煩いねぇ?綺麗なお姉さん…。アナタから黙らすよ?」
「アホが。」
「!?」
一瞬でナギが少年の背後に回りこみ、蹴りを繰り出した。
この感覚はレヴィスとの戦闘の時と同じだ。
だが、少年も紙一重でそれをかわした。
「魔力で極限まで鍛えた打撃…。星の魔力を持つキミの攻撃を受けたら…ねぇ?」
「退けよ。じゃなきゃ、次は本気で当てるぞ?」
蒼き瞳で静かに睨む。そこから生じられる殺気は、穏やかだがとてつもないものだ。
辺りの魔力が恐怖で叫び声をあげている。
「僕も無知じゃないんだよ?その瞳が不完全なのも知っている。消えてしまえば、こっちのやりたい放題さ…♪」
少年が閃光を放つ。
ナギも風でそれを相殺した。
「だけどね…。破魔風に覚醒めても、キミには弱点がある。この人間がキミの弱点さ…!」
先ほどよりも大きな暗黒の魔力を生成し、球体へと変換してクリスたちに放った。
「それも無駄なんだよ。」
目にも止まらぬ速さで間に割って入ったナギは、両手を差し出して球体を受け止めた。
「何…!?速い…!!」
隙の出来た少年目掛け、強烈な風をぶつけて跳ね飛ばす。
そのまま着地する前に、垂直に掌底を繰り出して決定打を与えた。
「ぐあぁっ!?」
「俺の大切な人は奪わせないぜ?もう一度試してみるか?」
「心外だね…。僕もまだ全てを解放したわけじゃないんだ。人化を解けばキミなんて…。」
悪魔と言われているわりには、この少年はさっきから人間のままだった。
おそらくは本気を出しているわけじゃないのだろう。
「人類の最期の切り札。宿命の咎人。君に余計なことをされては困る。これじゃ、創世記の二の舞になっちゃうから。」
「何の話だよ…。」
「その話が出来る人間は生きていないんじゃないかな?残念ながら、キミを造った人間たちはキミの解放時に消し飛んだよ。街一つを消し去るくらいの衝撃でね…♪」
回りくどい言い方でナギの心に直接言い放った。
それはつまり…。
突きつけられた真実は、自然とナギに隙を生んだ。
「もらったぁ!!!」
研ぎ澄まされた剣がナギを襲った。反応しきれない…。
感覚では分かっても、真実を知ってしまったナギは動くことができなかった。
鮮血が飛び散る…。
「あらら…。失敗か…。」
目の前に倒れているのはセイラだった。
ナギをかばい、無我夢中で飛び出したんだろう。
「………!!!テメェェェエエエェェ!!!!!!」
まるで大魔導師。
そう思わせる最強の魔力。
それは他でも無いナギが放つものだった。
「まずいっ…!」
逃げようとする少年。
「死ねっ!!!」
瞬きの速度で少年と距離を縮め、喉元を捕らえた。
「かはっぁ…。」
「破壊の力…。星を纏う破魔風よ…。烈空の申し子よ、立ち込めろ!『インジェクト・スターダスト』!!!!!!」
煌めく風の斬撃がゼロ距離で少年を襲う。
切り刻まれた悪魔は、自然とその姿を現した。
自分たちが想像していたものとは違う。
人間の姿をベースとし、頭から角を生やし、鋭い牙を持つ。
デーモンというよりは、ヴァンパイア。
もっと人外のものだと思っていたが、それは紛れもなく人の進化系といった姿だ。
「解放しなきゃ防げなかったね…。そして、それでも致命傷か。悪いけど、今回は退かせてもらうよ。」
先ほどの攻撃で左手を失い、息を切らしながら悪魔が言った。
そして、空間を破って消えていった。
追いたいという気持ちもやまやまだが、セイラの容態が気にかかる。
「セイラさん!!」
セイラのもとへ駆け寄るナギ。
すでにクリスとテイルが処置を終わらせていた。
「まだ息があるみたいだが…、傷が深すぎる…。」
最善の処置はしたようだ。あとは祈るのみ。
二人には手の施しようがなかった。
「どいて。」
ナギがセイラの横に座り込んだ。
「何をするんだ…?」
「星の魔力を送り込む。そうすればセイラさんは元に戻る。」
「そんなことが可能なのか!?」
「その代わり、覚醒めた破魔風もどうなるか分からないけど。そんなの、安いもんだよ。」
「ナギ…。」
「止めようとしても、無駄なのは分かるよね?」
二人を無視して、ナギは一人で術式を行った。
全身全霊でセイラの生を願う。
星の魔力を含む、自身のほとんどの魔力を治癒魔法に生成し、セイラに浴びせる。
あっという間に止血が完了し、傷口も塞がった。
セイラの呼吸も整って、完全に元の姿に戻った。
「ナギ…?」
「大丈…夫…?」
星の魔力を失ったせいか、ナギの瞳も元に戻っていた。
「助けてくれたの…?」
「ナギがうるさかったからな。全部ナギのおかげだ。」
「ハハ…。ダメだ…、眠い…。」
自分の限界以上の魔力を使ったせいか、激しい眠気がナギを襲った。
無理も無い。死に等しい人間の治癒を成し遂げたんだ。
もはやナギの魔術は遥かに常識を超えていた。
それに、それだけじゃない。
悪魔に言われた言葉。
とても一人の男の子では背負いきれない大罪。
生まれた時から自分に背負わされた罪を知ってしまったからだ。
兵器として課せられた自分の存在意義。
たくさんのものを奪ってまで存在している、自分の意味を問いただす。
だけど答えは見つからなかった。
どうすればいいのか。
自分が生まれた理由に沿って、それをまっとうするべきなのか。
分からない。
分からねぇよ…!!!