5 銀風の救世主
5 銀風の救世主。
おおまかに軍部と言われる場所には、いくつかの部門に分かれている。
一つは、一般人も入ることが許される保安部。
街の治安維持など、簡単な事件で出動することが多い。
特殊部隊のように強力な魔術を扱う人間は居ない。
二つ目に情報管理部。
国の様々な情報。戸籍等の住民データなど、国務情報の管理を行なっている役所のような場所で、一階や二階の施設は一般公開されている場所だ。
次に裁判所や留置所が置かれる公務部。
普通の人はまず入ることは無く、出来れば一生行きたくない場所でもある。
その奥には、ナギ達『烈風』や他の隊たちの、特殊部隊施設が置かれている。
各部隊には専用の兵舎が設けられており、13の建物が点々としている。
その中で特殊なのが『黄龍』の施設。『白猫』や査問会の置かれる場所、砦とも呼ばれる軍部元帥部、実質上の司令部にあたる建物と連結する形で並んでいる。
元帥部には一般人は当然立ち入ることの出来ない場所で、特殊部隊の隊長格でさえ、許可が下りない限りは立ち入ることは許されない。常に憲兵が見張っている場所だ。
これからナギとテイルが行くのは、その元帥部に並ぶ『黄龍』の施設である。
「悪いことしたか?セイラ、怒ってたみたいだけど。」
「別に。テイルが言ってたことも間違いじゃないし。最も、俺も兵器なんてゴメンだけどな。」
軍部を歩きながら話す二人。
「そうか。アイツも心配性だからな。姉ゆずりで。」
「姉ゆずり?」
「そうだな…。そのうち分かるよ。」
意味深にテイルが言う。
「意味分かんないし。ちゃんと仲直りするんだよ?」
ニヤッと笑うナギ。
「わ、分かってるよ!!」
焦るテイル。案外お茶目なところもあるみたいだ。
「ここだ。」
『黄龍』の施設の前で止まる。憲兵が向かって来た。
「籍とご用件を。」
「二番隊『流星』副長テイル・リクト。『黄龍』隊長にお会いしたい。」
「お話は伺っています。こちらへ。」
前に出て案内しようとする憲兵たちをテイルが止めた。
「いや、いい。中は自分で歩ける。」
「承知しましたっ。」
先を歩くテイルの後をナギが追った。
「さて、準備はいいか?」
「大丈夫。行こう。」
歩いて行く二人は、奥へ奥へ進んで行き、やがて一つの扉の前で止まった。
分かる。ここに近づくにつれ魔力が大きくなってきた。
まるで針の穴を通すかのように精密で、無駄の無い完璧な魔力。これが『黄龍』の隊長か。
「総長、リクトですが。」
「入れ。」
扉をゆっくり開けると、仮面をつけた男が座っていた。
おそらく書斎のような空間。二人が仮面の男と対峙した。
「テロの撃退ご苦労だったな。テイル・リクトと…」
「ナギです。」
「ナギか。私はディオ・クラウン。キミの所属する『烈風』、確かクリス・リーゼルの部隊だな。その他、特殊部隊を統率する『黄龍』の隊長であり、この軍部の総長だ。」
「はい。話は聞いています。」
仮面をつけているに関わらず、声が薄れている様子はなかった。
「すまないな。こんなものを付けている姿で。これが無いと魔力を抑えられないのでね。」
『仮面の道化師』。賢者に匹敵するであろう強力な魔力の持ち主、とナギは以前セイラに聞いていた。
「総長、今回の手柄、ナギに与えてください。彼の活躍、素晴らしいものでした。」
「報告書によれば、情報の横流しをしていた貴族が居たらしいな。大方、過激派の集団に脅された可能性があるが、それでも王族を売った罪は重罪。ほう…、その過激派のリーダーを討ったのがキミか。」
「…。」
何を話せばいいのか、言葉が出なかった。流れに任せる。
「そして、風の保持者であると…。」
全てはお見通し。どうするつもりなのだろうか。
「そうだな。『銀風の救世主』。ナギ、お前の二つ名だ。」
遂に自分にも二つ名が与えられた。
しかし、あれほど欲しがっていた名前ではあったが、言いようのない重圧が重くのしかかってきた気がした。
それでもこの時は、ここからようやく何かが始まると思えた。今から俺は『銀風の救世主』だ。
そして、問題はこれからだろう。
「テイル・リクト、下がれ。」
「しかし…。」
「下がれと言っている。」
「はい。」
テイルが部屋を後にした。
一人残されたナギ。
「ナギ。」
「はい。」
「これから『白猫』たちに会ってもらおう。」
「『白猫』に…?」
ナギの言葉が終わらないうちにディオは立ち上がり、ナギを導いた。
直結している施設から元帥部に移る。
ディオは憲兵たちに顔パスだった。
終始、何も話すことは無く、『白猫』が居るであろう部屋の前に案内され、一言言って去って行った。
「くれぐれも、節度ある態度を。」
今まで感じたことのない孤独感。
一人で居る弱さを知った。
そんな想いを胸に扉を開ける。
「失礼します。」
なるほどね。
まるで死装束のような白い服を来たご老体が7人。
半円状のテーブルに並んで腰を降ろしている。世界を見透かしているような目。
つまりは傍観者。世の理を乱す事無く、自然の法則に身を任せる。
ここでそれを見物するかのように。
「キミがナギ君だね。」
「そうですけど。」
こんな大人数で相手にするなよ。
そんなにビビらせたいか?
「風の能力者と聞いたが、」
「何故、黙っていたんだ?」
間を置いてナギが言う。
「聞かれなかったからです。」
「ふっ、面白い。貴様、どうしたい?」
「何がですか?」
しらじらしい。
そんな気さえしながら、元帥の言葉を待った。
「このまま軍に身を置くか、保護対象になるか。我々も、貴重な人材を敵に渡すわけにはいかぬからな。」
「保護対象?軍事目的の時にだけ呼び出されて、人間兵器になれと言うんですか?」
やっぱり、そんなことだろうと思ってた。回りくどい言い方にイライラしてきた。
「そうとは言って――」
言葉を裂くように別の元帥が割って入った。
「その通りじゃよ。これからは軟禁生活になる。行動範囲以外は、何不自由の無い対応を与えよう。貴公の存在は国家秘密になるじゃろうな。」
ふざけんな。心の中で何度も連呼した。
ナギの気持ちは、すでにハッキリと決まっていた。
「すいませんが、お断りします。」
元帥たちが息を飲む。
「刃向かうのか?」
「そう思うのなら結構。俺は俺の力で道を作る。簡単に死ぬ気も無いし、兵器になる気もない。縛られて生きていくつもりもないし、俺は俺の意志で力を使う。例えば…」
風を周囲に発生させる。
こけおどしだが、ただの傍観者である老人達を脅すには充分だろう。
高みの見物を決め込んだだけの無能な政略者たち。
所詮、この国を戦争によって拡大させるしか頭に無い、いけ好かないクソジジイ共だ。
「こんな風に、ね?まだ何かありますか?俺は、人を殺すために生まれてきたんじゃない。わざわざ戦争に使われるために生まれてきたわけじゃない。俺は、自分の世界を救うための風だ!」
そうだ。俺は今の生活が大好きなんだよ!
毎日、セイラさんと一緒の家で暮らし、クリスやスミスさんみたいな上司のもとで仕事して…。テイルたちレジスタンスと共に王家を救済する。スカーさんの店にもまた行きたい。みんなで朝まで騒ぐんだ。
そして、アイツ。
イリスとも会わないと。昨日の舞踏会ではあれっきりになっちまったけど。いつか気持ちをちゃんと伝える。無理だと分かっていても、伝えずに居たら後悔しか残らない。
俺は、俺の世界を守りたい!みんなを守りたい!
「テメェらの飼い犬なんて…、ゴメンなんだよ!!」
ハァハァ…。息を切らしながら啖呵を切った。
元帥が静かに口を開く。
「いいだろう。そこまで言うなら好きにするがいい。だが…。」
「何だよ?」
「敵は多いと思えよ?」
そんなものは知った上だ。
覚悟なんてとうにある。
「上等っ!」
「面白い彼奴だ。我々にそんな啖呵を切った人間も、今まで居ないからな。」
まるでこれからの暇つぶしが決まったとも言える言い方。
せいぜい妄想してな。
最悪の娯楽にしてやるからよ!
「これから、ヴァルハラ跡の探索任務だろう?行って来るがいい。貴様の処置はそれからだ。」
完全に白猫を敵に回したみたいだ。
関係ない。
俺は最初からそのつもりで来たんだから。
首長くして待ってやがれ。
「ハァ…。すっげぇ緊張した。」
『白猫』たちの部屋を後にし、ホッと息をついた。
無理もないだろう。国の権力者を前にしてあんな台詞を言えば、どんな処置が待っているか安易に想像がつく。
「そうだ…!任務、行かないと!」
ナギは急いでクリスたちが待っている場所へ向かった。
セイラとテイルの仲は未だに不穏なままだった。
ナギを売った。今のセイラには、それしか映っていなかった。
「じゃあ、ナギは来ないんだな?」
クリスが問う。
「さぁな?俺は来ると思うぜ?だーからっ。もう少し待てって!」
さっきからなかなか出発しないのは、テイルが止めているせいでもあるみたいだ。
セイラは相変わらず機嫌が悪い。
「なぁ…?ナギが仲直りしてほしいってよ。」
「知らないわよ!あの子から聞いたわけじゃないもんっ。」
そっぽを向いてしまうセイラ。
その向いた方向に立っていたのは…。
「そーだよ?仲直りしろっての。」
「ナギ…!」
今にも涙を流してしまいそうなセイラの表情。
「『銀風の救世主』。ヴァルハラ探索にお供しますっ。」
「だから行っただろ?」
自慢げなテイルだったが、ナギは気に食わなかった。
「テイル!何の真似だよっ!恐かったぞ!!『白猫』に喧嘩売っちまったじゃねぇか!!」
「想定の範囲内だ。」
「『白猫』を敵に回したのか!?」
クリスが驚いている。
セイラもいつしか泣き止み、クリスと同じように驚く。
「あぁ。俺、アイツら好きになれそうにねぇや。」
頭に手を回しながら、ナギは気楽に答えた。
その瞳は、何だか活き活きとしている。
「さすがは俺の部下だ!」
クリスもナギの肩に手を回して誉めた。
能天気な人だなー、と思いつつも、こんな瞬間が好きだな、と改めて思った。
「プレゼント、気に入ってくれたか?」
「プレゼントって…。二つ名が?」
テイルがニヤッと笑った。
「欲しいって言ってただろ?」
「そのためかよ…。まぁ、ありがとうっ。」
「じゃあ、行きましょうか?」
こうして、ナギの物語が始まっていく。全ては、自分の力で掴み取るために…。
そこに待つのは過酷で険しいものなのだろうか。
でもナギは、折れる事無く突き進んでいくことを決意した…。
そう。その頃はまだそう思っていた――。
初投稿になります。ここまで読んでくれた方々、ありがとうございました!
もし少しでも展開が気になったら、次回も是非読んでみてください!
片手間に少しずつ書き溜めていたものを、思い切って公開してみようと思い、今回の投稿に至りました。
超ド素人なので、表現だったり文法だったりいろいろおかしいところがあると思いますが、少しずつ手を加えて修正もしようと思ってます。
ちなみにこの作品ですが、計三部作です。今回のこの『王国編』が序章となっています。
現在、第三部冒頭までストックがあるので、今後は執筆のペースに合わせて投稿していく予定です。
では、宜しければまた第二章でお会いしましょう!