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第一章 銀風の救世主  1 風の少年


1 風の少年


「力を欲すか…?」

「え?」

「汝、我の力を継承せし者。我、汝に力を与えし存在。」

「誰…?」

「力が欲しくはないか?」

「知らない…。」


はっきりと断ることが出来なかった。

自分の記憶を無くした帝都を恨んでいるから。

殺したいほど憎んでいる。

帝都に匹敵する力が必要なんだ…。


だけど…


「分からない…!」



「分かんねぇよ!!!」


目が覚めた。

ここは…、俺の家。


正確には、ナギの保護者であるセイラの家だ。

起き上がると同時に、身体中が冷や汗を発してるのが分かった。

空気を入れ替えるために開かれた窓。空は青く澄んでいる。

先ほどまでの異質な、胸糞悪くなるような雰囲気は全くない。

単なる夢だったに違いない。


そんなことを考えていると、廊下を駆ける音と共にドアが勢いよく開かれた。

「ナギ!?」

最後の一声は夢の中でなかったらしい。

あれだけの大声を出したわけだ。

セイラが様子を見に来ないはずがない。

どう説明しようか悩みながら彼女に視線をやるナギ。

「えーと…、セイラさん…。って!?下ぁ!下履けって!!」

ナギの声を聞きつけ、着替え途中のまま大慌てで駆けつけた模様のセイラ。

普段はしっかりしているのだが、時々間の抜けた部分がある。

両手で自分の目を覆いながら、そんなことを考えてみた。


そもそも、俺だって年頃だ…。

こんな美人と一緒に住んでいたら…。

や、ダメだ、そんな下心。そんなもんこの人に向けたら殺される。

仮にもこの人は、王都ギルティア直属特殊部隊、第4番『烈風』の副長だ。


「あ…。ゴメンね?」

そう言ってセイラは、自分の身体をドアに隠しそこから顔を覗かせた。

本人も自分が相当な失態をしてしまった自覚があるようで、顔を赤らめながら目を泳がせてる姿が可愛らしい。

「着替えてた時に、ナギの声が聞こえたから…。」

「ただの夢だから…。大丈夫。」

「それなら良かった。じゃあ、もうすぐご飯だからね?」

「あぁ、すぐ行く!」

そう告げて居間の方へ向かっていくセイラ。

ナギも適当に着替えを済ませ、すぐに部屋を後にした。



今、この世界は無数の諸国に分かれていて、小競り合いをしている国もある。

俺が住んでいる『王都ギルティア』も、7年前に帝国との戦争に敗戦し、領土を奪われた。

それだけではない。

俺は当時10歳の時、その戦禍によって記憶を無くした。

そんな中、戦争跡地の調査隊として派遣された、セイラさんが所属している『烈風』に拾われて、今の生活がある。


さらに、俺には特別な力がある。

今じゃ50年近くも扱う者が居らず、絶滅種と呼ばれていて、古来より最も希少とされていた『風』の魔術を構成できる力だ。

時々思うのだが、セイラさんや、その他の人たちが俺の世話を焼いてくれているのも、その力を欲し、そばに置きたいがためなのかもしれない。


…そんなバカなことを考えて、やめた。



「ごちそうさまー。」

「じゃあ、片付けお願いできる?」

先ほどまでの朝の騒動など無かったかのように、いつもどおりセイラと団欒しながら朝食を取ったナギ。

本人もすでにそのことを忘れている様子である。

「うん。」

「私は今から軍部に行くから、ナギも時間になったらおいで。いい?」

「あぁ。いってらっしゃい!」

隊の副長でもあるセイラは当然忙しく、毎日朝早くから軍部に通い詰めている。

もっとも、今日は部隊全隊員の招集日であり、いつも以上に雑務に追われているのだろう。

ナギも昼過ぎの招集に間に合うよう、軍部に向かわなければならない。


セイラに頼まれた片付けも終わり、いつでも出かけられる用意はできた。

でも時間にはまだ早い。しばらく考えたが、思いついたのは一つしかない。

家を出たナギは城内をうろつく事にした。


「毎度思うけど、やっぱ場違いだよなー…。」

城内で声を漏らす。

王立図書館なども設けられていることから、ここギルティア城は一般市民にも開放されている。もちろん移動区域に制限はあるが、城という空間の空気はいつまで経っても慣れない。ちなみに、毎回ここでの用は、軍人だが市民であるナギの通れる区域で事足りる。

「ナギー!」

ほら、来た。

ナギのところへ駆けて来る女の子。

「姫!?何故、平然とブラブラしているのですか!!」

実はこの娘、王都ギルティアの王女だ。

よく見れば、その姿は鮮やかなドレスで身を包み、ナギとは到底かけ離れた品を持っている。

まぁ、その性格を除けば…、だが。

「うるさいっ。固いコト言わないのがナギでしょ?」

「まぁな。ったく…、こんなとこ突っ立ってちゃまた戻されるぞ?怒られんの俺なんだからな!?」

この姫にタメ口で話せるのもナギぐらいだ。

彼女はナギが、周囲の使用人のような堅苦しい言葉を使うことを嫌う。

王女とは言え、普通の人のような友達がほしいはずだ。

最も、それは自分にも当てはまることであって、普段いる軍の中に同年代なんていない。要するに似たもの同士ということだ。

「はいはい。いつもの部屋行こうぜ?」


王都ギルティア王女。イリス・G・セレナード。

この国の姫君なのだが、そんな肩書きをいつも邪魔そうに感じている。

中身は何の変哲もない、普通の女の子だ。


ナギの部屋よりやや広めの、城内に置かれている客間。

テーブルに設けられていた椅子に、向き合うように腰掛けて、姫との談笑が始まっていた。

「ナギも信じられないでしょ?一国のお姫様と話せることが。」

「何を今更。お前が強引だからだろ…。」

今でも、イリスと出会った時の事を懐かしく思う。

「うわー。お前呼ばわり…。」

「大体さぁ、イリスって苦労しない性格だよな。」

「何で?」

そりゃあ、見たまんまだよ…。

口に出すと面倒なので、心の中にしまっておく。

「別に?」

「ふーん…。ただの平軍人がよく言うわね。」

「はぁ?絶滅種『風』のナギ様だ!」

自信満々に吐き捨てる。

12歳の頃から、主にセイラと魔術の訓練を行っていた。その後15歳で、同じくナギの面倒を見てくれている『烈風』隊長の推薦により、一般的には異例の軍部入隊。『烈風』で兵士の訓練を受けてから、ナギはどんどん力をつけ、今では幹部を除けばダントツで負けなしだ。

「調子乗っちゃって…。」

「乗ってねーよ、事実だ。」

「はいはい…。まだ時間あるの?」

「そうだな…、誰かさんがなかなか見つからなかったから、もう行かないと。」

「はぁ?こっちのセリフよ!ったく、また来なさいよ?」

笑顔で送り出そうとしてくれるイリスだが、寂しげなのが分かる。

もっとも、彼女が相当うるさいので、時間さえある時なら、イリスと会う頻度は週に4,5回にも及んでいる。それでも毎回同じような表情を見せられるのは少々困る。

「暇だったらな。」

「どうせいつも暇でしょ?」

「は?てめぇ…。」

「ほら、もう時間ないんでしょ?頑張ってね?」

こんなんだが、イリスが本気でナギを応援し、気にかけていることは、ナギ自身が十分に分かっていることだ。

この時間はナギにとってもイリスにとっても、大事な時間になっている。

しかし、身分は国の王女と軍人。天と地ほどの差がある。

いつまでも続く時間ではないことも分かっている。


「あぁ。じゃあな!」


俺はイリスと別れ、軍部にある『烈風』のミーティングルームに向かった。

着いてすぐに目に入った眼鏡の男性。

知った顔に声をかけてみる。

「スミスさん、お疲れ様です。」

「お、ナギか。」

スミスさんは『烈風』の3番。

そして、『烈風』隊長の補佐役。つまりはこき使われている可哀相な人だ。

「ども。最近どうですか?」

「いつもどーり。隊長のお世話だ。」

「ほんと相変わらずですね。笑」


「揃ったか?」

スミスさんと雑談(主にクリスの愚痴)をしていると、男性が奥から出てきた。

この人こそがクリス・リーゼル。この部隊の隊長だ。

「全隊員揃いました。」

セイラさんが隣まで寄って行き、そう伝えた。

「そうか。では、これからの予定だが…。」


話が延々と続き、終わった。

その後、ここの隊長さんが俺を捕まえて声をかけた。

「おい、ナギ。」

「何?」

拾われてから俺のことを小僧みたいに扱うクリス。

そんな憎たらしいことばっか言うから、俺もいつしかタメ口になっていた。

子供みたいな喧嘩を繰り返し、セイラさんに仲介される日々を送っている。

「鍛錬、サボッてないだろうな?」

「当たり前じゃん。風は今日も調子いいよ!」

「さて…。」

クリスが少し間を置いて言った。

「お前に任務だ。」

「マジ!?」

最近、俺は国内での待機が続いていたので、これは久々の任務だ。

「あぁ、嘘なんて言わん。」

「俺だけ?」

「いや。セイラとスミスも同行する。むしろお前がオマケだ。」

『烈風』でも実力派とされているあの二人も一緒だということは、結構な難題任務なのだろうか。

「あん?で、内容は?」

「フォーンヴァンの地に密書を届けるだけだ。簡単だろ?」

「あっち魔物出るから面倒なんだよな…。」

「文句を言うな。いいな?」

「はいはい。」


賊の出る荒野を馬車で2日ほど進み、その先の森を抜けた先にあるフォーンヴァン王国。

セイラさんとスミスさんが動くってことは、相当重要な密書なんだと思う。

二人ともこれまで幾多の戦果を挙げた、戦闘のエキスパートだし。


家に着き、俺は任務の身支度を始めた。

出発は夜に決定なっていた。妨害を避けるために極力隠密に。

無駄な戦闘は避けるべき。それが上の意見だ。

俺としては、賊とかは放っておけない性格なんだけど。

「まだまだ昼間だっての…。」

時間まで大分時間がある。セイラさんは一人でどこかに行くし。

スミスさんに会いに行こうにも、どうせクリスのパシリの真っ最中。

イリスは姫様だから、俺なんて蚊帳の外。


「…たっく。」

結局、俺は城下をうろつくことにした。

今日も変わらぬ街並み。

たくさんの人が行き交う変わらぬ日常。


もう7年か、俺がこの街に来てから。

記憶を無くした俺は、帝都の新兵器により砂漠と化した地に、一人佇んでいるところを『烈風』に救われたらしい。

そのまま軍に所属するべく、訓練をしていた。

俺には拾ってくれた『烈風』以外に居場所が無いから。

皆に見放されたくない一心でがむしゃらに軍に入隊した。

俺は、自分の場所を失うのが恐いんだ。

もしも軍人という存在意味を失えば、俺は捨てられる。

親さえも知らない俺が捨てられれば、行く場所は無い。

完全に一人になる…、そんなのは嫌だ。


「…さん!!」

「兵士さん!!」

「え、ん!?何?」

誰かの呼ぶ声で我に返る。

考え事で、周りに気づいていなかった。

「喧嘩なんですよ!止めて下さいませんか!?」

喧嘩…?そんなの好きにすればいいのに…。それに保安部の仕事だろうが…。

まぁ、街の治安を守るのも俺らの仕事だからな。

「分かりましたっ。それで、喧嘩ってのはどこで?」

「あっちです!」

連れて行かれた先に行ってみれば、ガラの悪そうな若者が10人ほど…。

喧嘩なんてどこでもやってないけど…。

「もう終わったんですか?俺、忙しいんで行きますけど…。」

振り返って帰ろうとすると、行く手を塞がれてしまった。

しかも、ここは狭い路地裏。おまけに群集からも離れてる。


なるほど、そういうことね…。


「で?俺をどうしようって?」

「俺らの連れがお前ら軍部に捕まったんだよ。」

「そりゃ悪いことしたからだろ?その腹いせに俺をリンチってヤツか?」

「分かるなら話が早いな!恨むんじゃねぇぞ!?」


バカが…。


自分の足もとに微風が生じた。これが俺の魔術の前兆だ。

「テメェらには詠唱呪文も勿体ねぇよ。」

強風を辺りに発生させ、三百六十度四方八方に放った!

チンピラたちは、驚いた顔で倒れてやがる。

「喧嘩売る相手間違ってね?俺はギルティアの特殊部隊員だ。まだ続けるなら容赦しないけど?」

俺が睨むと、たちまちヤツらは逃げていった。


情けねぇな…。

人が考え事してる時に邪魔しやがって…。

次会ったらボコボコにしてやる!


そんなことがありながらも、城下町で買い物などをして時間を潰した。

日はすでに沈みかかっている。

まずは辻馬車の前で集合だったはずだ。

時間もそろそろだし、俺はその方角へ足を向けた。


「おまたせ。」

「あら、時間通りじゃない。」

到着した俺をセイラさんが迎えてくれた。

「任せてよ。スミスさんは?」

「馬車の中に居るわよ。さて、行きましょうか?」

馬車の中でスミスさんとも合流し、出発する三人。

やがて日も沈み、荒野は夜の闇に包まれた。

「そういえば、この三人で任務するのも初めてね?」

「まぁ、俺は下っ端だからな。」

「ナギもそろそろ強くなったし、クリスも認めてくれるんじゃないかしら?」

さっきからずっと隣で機械をいじってたスミスさんが、ようやく口を開いた。

「どうだろうな?あの人、堅いぞ?」

「知ってます…。てゆーか、さっきから何してるんですか?」

「データ解析だよ。荒野の先の森を検索中だ。」

「へぇ…。何かあるのかな?」

「さぁな?ただ、ここ最近の情報が白紙だから念のために、だ。」

スミスさんは戦闘だけじゃなく、こんな機械を使って情報を調べることも得意としている。

戦闘においての地形情報や相手の情報はかなり重要だ。

その情報一つで、弱者が強者に勝る話は少なくない。


「そこの辻馬車止まれ!」

外から聞こえた声に反応して、馬車が急に止まった。

「どうかしましたか?」

すぐにセイラさんが馭者に尋ねていた。

「夜盗ですよ!すみません、仕事はここまでです。気づかれぬうちに降りてください…。」

「大丈夫。私たちは王都ギルティア直属特殊部隊第4番『烈風』の小隊です。ご安心を。あなたはここで待っていて下さい。」

馭者を落ち着かせてから、俺たち三人は馬車から降りた。

「ガキにメガネに…、ほう、こっちの女はかなりの上玉じゃねぇか。」


ガキか…。

こいつまで俺を小僧扱いしやがって…。

やっていいか?むしろ殺っていいかな?


「セイラさん、いい?」

「いいわよ。ナギ、やっちゃいなさい。」

「よっしゃ!スミスさん、援護よろしく!」

俺は速攻で詠唱の構えに入る。

「仕方無いな…。」

スミスさんは懐から投具を取り出し、狙いを定め…、投げる!

夜盗たちは、そのせいで全く間合いをつかめなかった。

「吹きすさべ、大気の気流。我が意のままに、東洋の風!『蓮牙旋風』!!!」

大気の気流を自在に操る風の魔術。

俺の想いのままに作り出された突風が、夜盗たちを襲った!

「はっ!ざまぁねぇな。」

「スミス、あなたならどうする?」

「放っておきましょう。そのうち、他の隊で討伐隊が派遣される予定ですし。」

「逃げるぞ!!」

夜盗はそのままとんずらして行ってしまった。

「辻馬車で隠密に動いたのはいいけど、普通の盗賊に狙われるのが欠点でしたね。」

「そうね。ま、普通のチンピラ相手なら気が楽じゃない?」

「なになに?何の話?」

「密書の内容は私も知らないけど、こういう国際任務には他国の妨害があるってことよ。例えば…、帝都とかね。」

「帝都!?」

帝都の名があがっただけで、俺の鼓動が高鳴った。

それだけ俺の心も敏感になってしまっているということだろう。

「落ち着け、ナギ。そんな他国からの接触を防ぐためにも、一般人に紛れ込んで動いている。これからは、派手な魔術は慎むんだ。いいな?」

「うん、分かりました…。」

盗賊の妨害もありながらも、馬車は無事に森へ着いた。

国境線上にあるこの森の名前は、古くに忘れ去られたらしい。


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