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プロローグ2

 リプロスのとある街

酒場『嘆きの騎士グリーフ・ナイト』。不気味な名前に反して、店はカウンター席もテーブル席も全て満席の大繁盛。やかましい位の楽しそうな声で満ちており、お酒と料理の匂いが充満している。

仕事を終えた者達は、仕事の疲れを忘れるために。

恋人達は、始まった夜を満喫するために。

 後ろのテーブルからは冗談を交わした笑い声が二つ聞こえてくる。長く鋭い角が頭から生えた、緑色の鱗で覆われた大きなトカゲのような外見をしている彼は亜人種の一つである竜人(ドラゴニュート)。もう一人は人間の身長の半分ほどで、白い髭をはやしていた老人(外見はそう見えるだけで実年齢は二十代後半だろう)は天族の一つドワーフ。昔争いあっていた種族同士が談笑するなんて大戦の頃ならあり得ない光景ね。

 店の端にある席からは、人間の青年と浅黒い肌にとがった耳が特徴的な二〇代前半の女性が仕事の疲れを(いや)そうと仲良く乾杯している。

女性の方はダークエルフと呼ばれる魔族に含まれる種族ね。カップルなのかしら? とってもいい雰囲気で見つめ合っているわ。

とは言え、(わたくし)とダークエルフである彼女の場合は人間より(はる)かに長寿なので二〇代前半と言えるかは微妙なところだけどね。

ま、お互いに上手くいっているなら関係ないんだけど。

 私はカウンターで一人、お酒を飲む。……念の為に言うけど別に一人身で寂しくって訳じゃないわよ。仕事でここにいるだけ。

 ……むっ、味が薄い。水増しでごまかしているわね。まぁ、このレベルのお店じゃこの程度ね。あとでお店を変えてから飲み直しましょう。

 そんな事を考えていると酒場の扉が軋む音がした。

どうやら、新しいお客が来たみたいね。

 お客はぼさぼさした茶髪の人間の少年だった。見た目には、まだ成長しきっていない学生に見え、少々埃っぽい薄茶色のマントを羽織っている。体格は中肉中背だが、顔立ちはなかなか良い。だが一番目を引くのは、彼の瞳だ。海のように透き通った青い瞳は大変目立つ。

 周囲は少年を物珍しい目で見るが、彼はそんな周囲の目線を無視して私の隣に座った。それを見た瞬間、目線をそらし誰かが「命知らずな」と呟いた。

 それにしても珍しいわね。一人なんて。仕事がやりやすいから、良いのだけど。

「何にする?」

「悪いがこいつから情報を買う分しか持ち合わせてないんだ」

 お店のマスターはその答えを聞き、驚いた表情を見せた。

「悪いわね。どうやら、私のお客様みたいね」

 私が笑いながら手を振るとお店のマスターはやれやれと首を振って、中断していたグラス拭きを再開しだす。

「さてと、そろそろ資金が限界だから稼げそうな遺跡の情報を教えてほしいんだが?」

「ご冗談を。先日教えたばかりじゃない? ウィリアム・シュヴェアト」

 私が微笑みながらやんわりと尋ねると、

「……あの馬鹿が残らず、稼ぎを食べちまったんだよ」

 彼は苦い顔を浮かべて答えた。

 周囲の人間は彼の名前――正確には彼の苗字を聞いて騒ぎだした。まぁ、彼の苗字は結構有名だものね。彼はそんな周囲の様子に煩わしそうな顔をする。

「だから、できれば前より儲かるところを頼む」

「仕方がないわね。今回はまだ教会が未発見のところを教えてあげるわ。ウィル」

「助かる」

 私はこちらに手を合わせるウィルにそっと右手を出した。

 ちなみにウィルと言うのが、この子の愛称よ。

「言っておくけど料金は前払いよ」

「わかってる」

 ウィルは不機嫌な顔して財布の中から全財産を取り出し、私の手に叩きつけるように置いた。

 痛いわね! 女性の手に叩きつけるなんて男としてどうなのよ。

 まぁ、代金はいただいたし渡すものは渡しましょう。それにこの子、実のところあまり女性には耐性ないものね。

「そう言えば、一人でこんなことしてるけどあれはどうしたの?」

 地図を渡しながら私が尋ねると、

「あの馬鹿は寝てるから宿屋に置いてきた」

 地図を受け取るウィルは渋い顔で答える。声には若干殺意が籠もっている所から察するに、財布の中身は間違いなくゼロに近い。

 ……いつか殺されるんじゃないかしら、あの虎は。

「それより、教会未発見とは良く知ってたな?」

「そ・れ・は、私独自の情報網よ❤」

 私が少し色気を交えながら答えるとウィルは顔を真っ赤にして目線をそらした。

やっぱり、この子からかいがいがあるわ。こんな古典的な手で顔を真っ赤にするなんて。

「それじゃあ、地図も受け取ったし、失礼するよ」

 ウィルはそのままいそいそと酒場から出て行ってしまう。

あー、もう少しからかいたかったのに!

 さてと、収入もあったし別のお店に行こうかしら。

 そんな事を考えているとまたお店に新しいお客がやって来た。今度は雪のように真白な制服を着た人間の少女だ。左胸には、という紋章が刺繍されている。

年齢はウィルと同い年くらいほどだ。銀髪のセミロングに、炎のように鮮やかな左目と若葉のような黄緑色の右目をしており、まるで高価な人形のように白く、肌理の細かい肌と相まって大変目立つ。

もう少し胸部が発達していて、微笑んでいれば完璧な美人なんだけれど。それでも周囲の視線を奪う美しいプロポーションだ。

だが、彼女を見てガタガタと震えだす者、彼女に見惚れる者と反応は皆バラつている。

まぁ、前者の方は後ろめたいことでもあるからでしょうね。

 しかし、彼女はそんな周囲を無視して私の元へやって来る。

「うまくいった?」

「えぇ、ちゃんと例の場所の地図を渡したわよ。ニア」

 私は彼女の問いにニヤリと笑いながら答えた。

 ウィルの時と違いお店のマスターは彼女には声をかけようともしない。ニアと呼ばれた少女の服の紋章を見て、職務で来ていると判断したからだろう。

「そう、それは良かった」

 私の答えを聞いたニアはご機嫌な笑みを浮かべた。

 当然じゃない。それ相応の報酬を頂いて、こんなまずいお酒のお店で我慢したのだから。

「それじゃ、(わたし)はレンと合流して先回りするわ」

「そう、策士策に溺れると言うから気をつけなさいよ」

 私の忠告に「余計なお世話よ!」と言い返して荒々しくお店から出て行った。

 やれやれ、あの子の性格上そうなりそうだから忠告してあげたのに。

一応、レン以外に彼女達(・・・)もいるし大丈夫……よね?

 そんな彼女の後姿を見て、ガタガタと震えていた連中は、ようやく震えがおさまり安心した顔をしている。気分直しに酒や料理の追加注文を行う者もいた。

……どれだけ恐れられているんだか。

 ま、やることはやったし、私もここから出ましょう。

「マスター、お勘定、ここに置いておくわよ」

「毎度あり」

 私は自分の酒代(さかだい)をカウンターに置いて席を立つと、マスターはホッとした表情を浮かべている。ま、多分あの店にとっては今日一番の厄介事だったに違いないわね。

 さてと、これで楽しそうな事になるわ。それに今のあの子なら”アレ”も使いこなせることでしょう。


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